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思考錯誤(1)



「はうあっ」


世界が

逆転する。

マンガのようにグルグル回って見える視界。

しばらく自分に何が起こったのか想像も出来ず、ただ唖然とする。

それから『いつもどおりのこと』であることに気づき、起き上がる。

ベッドから落下して目を覚ますという最悪極まりない朝。

朝、といってもまだ朝日が昇り始めたばかり。

町はまだ薄暗く、朝霧に白く霞んで見える。

パジャマのまま半纏を羽織ってサンダルで部屋を出た。

浅く積もっていた雪はもうほとんど残っていない。


「・・・・・・・」


階段を上る。

このぼろアパートには住民が四人しかいない。

私を含めて四人なのだから、つまり残る住人は三人。

一人は私の部屋の真上に住んでいる変な男の人、佐々木さん。

メガネをかけてリッチな服装をしているのでお金持ちっぽいんだけど、なぜかここに住んでいる。

私と同じ一階に住んでいるのはおじいさん。

おじいさんの名前は知らない。ここの住人はみんなおじいさんと呼んでいる。

老後を年金生活で満喫している人で、別名世捨て人。

そして最後の一人が、私の先輩である、アキヤさんだ。

アキヤさんの部屋は佐々木さんの隣にある。

悪いとは思ったけれど、こっそりドアノブをひねってみると、扉はあっさり開いた。


「やっぱり・・・・」


中を覗き込んでみると、予想通り彼の姿はなかった。

昨晩、私たちは一緒に夕飯を楽しみ、それから解散した。

彼は何故か嬉しそうな顔でしばらく空を眺めていた。

少しでも先輩を元気付けることが出来たのならそれは幸いなのだけれど。

何故か先輩は電話に向かって大声で何か叫び始め、

部屋に一度戻ると慌ててどこかへ行ってしまったのだった。

ちなみにあの先輩があんなに必死な顔になっているのを見たのは随分久しい。

彼はなんと言うか、常にほんわかしているというか、のんびりした人だ。

全力疾走するとあんなに早いとは思わなかった。

昨日の夜は遅くまで彼が戻ってこないかと部屋で待っていた。

それがいつの間にか眠ってしまって、その姿勢がきっとおかしかったのだろう。

ベッドから落下するなんていうへまをやらかしてしまったわけだ。

彼はよく夜中に一人で出歩いていた。

怪しい・・・・と思って一度後をつけたことがある。佐々木さんと。彼が言い出したことね。

彼は深夜、公園で空を見上げていた。

ただ何をするでもなく、ぼんやりと月を見つめていた。

何か月に思い入れでもあるのだろうか?

佐々木さんは何かと彼を面白がって尾行したがる。

私もそれは面白いので賛成なのだけれど、そればっかりは二人とももう止めようと誓った。

彼にとって月と向き合う時間は、きっと誰にも見せたくないはずだから。


「おや、こんな朝早くに奇遇だね」


いつもどおり、ぴしっと決まったスーツ姿で佐々木さんが部屋から出てきた。

朝起きたらいつもいないと思ったらこんな早朝に出勤していたのか。

出勤・・・・・?彼の仕事ってなんだろう?


「おはようございます、佐々木さん」


「今なんか、変な間がなかったか・・・・まあいい、どうしたねそんな格好で」


言われてわが身を振り返る。

たしかに『そんな格好』だった。


「あ、あはは・・・・もう戻りますよ」


「そうかい?それにしてもアキヤ君、帰ってこなかったな」


彼も私と同じようなことを考えていたのかもしれない。


「うーん・・・・・・どこいったんでしょうね?」


「アキヤ君も朝帰りする年頃か・・・・ムフフ」


「変な笑い方しないでください!あとそれどんな年頃ですか!?」


「俺の口からそんな恥ずかしいことを言わせるなんて・・・・もうっ」


きもい。


「そんな目で俺を見ないでくれ・・・・」


「わかってるんならやめてくださいよ、もう・・・・」


「そんなに心配しなくても、彼はそのうち帰って来るさ。ああ見えて結構風来坊というか、猫みたいなところがあるからね、アキヤ君は。おなかがすいたら帰ってくるさ」


「うーん、そうかなあ?でも猫みたいというのは同意です」


佐々木さんは「そうだろうそうだろう」とうなずきながら微笑む。

それからアタッシュケースを片手に持って歩いていく。


「それにしても、寒空の下いたいけな少女を待たせるとは、アキヤ君も隅に置けないな」


「え、ちがっ」


すれ違い様にそんなことをささやいて彼は去っていった。

階段の下から高らかな笑い声が聞こえる。

近所迷惑な人だ。


「・・・・・・・・・・・はあ」


確かに、我ながらこれはちょっと乙女ちっく過ぎて引くかもしれない。

別に彼のことを気にしているつもりはないのだけれど。

部屋に戻って二度寝でもしよう・・・・学校はそれでもあるわけだし。

と、振り返った時だった。

見知らぬ女性が階段を上ってきていた。

女性は自然な様子で私に会釈すると、


「ってちょっとまったあ!?」


そのままアキヤ先輩の部屋に入っていこうとする。

女性は不思議そうな表情で振り返った。


「何?」


「いや、何じゃなくて・・・えと、その・・・・そこ、あなたの部屋じゃないですよね?」


「そうだけど」


「えっと、ど、どういう関係で・・・・・」


女性は面倒くさそうな表情を浮かべながら扉から手を離し、私に向き合った。

全体的にシャープな印象を受ける、黒衣の女性。

一言で言えばミステリアスというか、威圧的というか・・・。

でもなんていうか・・・ちっこい。

ちっこいし・・・目がぼーっとしてるというか・・・・なんか眠そうっていうか・・・・。

というかどこかで見たような気が・・・・・?

でも美人さんだな。かわいいし。ううむ。


「彼とは友人関係みたいなもの。別に悪さをしているわけじゃないわ」


「っていわれても・・・・・・アキヤさんに友達なんかいませんっ!!!」


我ながらものすごく失礼な先入観である。


「確かに、友達かどうかと言われるとちょっと微妙かも」


なのに彼女は真顔で腕を組んで首をかしげている。

なんというか、なんか、変なひとだ。


「でしょう?いっとくけど、私だってあの人とは友達じゃないんですからね。まじで孤独ですよ。最近までフリーターだったけど昨日からニートですからね!」


「・・・・・・・・なんていうか・・・・・可哀想」


「はい、可哀想ですっ」


先輩がいたら殴られそうだ。


「きみ、名前は?」


「へ?」


「名前、あるでしょ」


「そりゃ・・・・ありますけど・・・・ツバキっていいます」


「ふうん」


「えと・・・・それがなにか?」


「別に。とにかく怪しいものじゃないから。なんなら見張っててもいいよ」


「ではそうさせてもらいますからね!」


黒い女性は頷くと部屋に入っていった。

廊下は寒いけど、先輩の貴重品が盗まれてしまわないように見張ってなくちゃ。

・・・・・ん?あの人すごい貧乏なんじゃ・・・・盗むようなものあったかな。

何もないんじゃ・・・・・・別に私ここにいなくても・・・・いいような・・・・・。

女性は先輩の上着やら服やらを手にとって部屋から出てきた。

上着やら服やらってちょっとまったあああああ!?


「ええ!?盗んでるじゃないですかっっ」


「盗んでないわ」


「盗んでるから!!!明らかに盗んでるからっ!!!」


「違うわ、彼の服が必要だから取りに来たのよ」


「へ?」


女性はまたあの面倒くさいといった様子の表情になり、

なんだかよくわからないことを口にした。


「彼、うちに泊まってるから」


それじゃあね、と女性は階段を下りていった。

一階からバイクのエンジン音が聞こえてくる。

私はぽかーんとそこに立ち尽くしたまま、彼女の言葉に首をかしげていた。


「・・・・・・え?」


あんな美人さんのおうちにお泊り?

どういうこと?


佐々木さんがなんかゆってたような・・・・。


「ええええええええええええええええええええ!?」


せ、せんぱいの・・・。



「先輩のばかやろーーーーーっ!!!!」







⇒思考錯誤(1)








「うぁあっ」


上下が反転した世界で目を覚ました。

自分が今どうなっているのかさっぱり理解できない。

ここはどこだろう?見覚えのない部屋だ・・・・というか上下さかさまだ。

とりあえず頭が痛いので起き上がった。

どうやらベッドから落下したらしい。

寝ぼけたままの頭でベッドに腰掛けて改めて周囲の様子を観察してみる。

なんというか・・・・白いものと黒いもの(モノトーン)しかないなあ。

あらゆるものが白いか黒いか縞々模様(ストライプ)だ。

家具やら小物はなんだか高そうだし、この部屋の主は結構なお金持ちなのだろう。

僕なんかは家具なんか買うお金もないというのになんということか。

ああ、それはともかくなんで僕は、こん、な・・・・・・とこ・・・・・・・ろに?




『ありがとうね』





「カナタっ!?」


思わず彼女の姿を真っ先に探してしまった。

そうだ、僕は昨日この部屋で・・・・・。

気づけよ・・・・全身血まみれじゃないか・・・・。


「馬鹿か、僕は・・・・」


でも一晩経ったからだろうか。なんだか気持ちは落ち着いていた。

こんな風にどんなことにも慣れていってしまうのだろうか?人間ってやつは。

いや、今はできる限り何も考えないようにしよう・・・・頭が痛い。


「・・・・・・・あれ?これ、僕の服?」


クリアテーブルの上には僕の服と一緒にメモ書きが置いてあった。


『おはよう。シャワーを浴びたほうがいいよ。服は、とってきたから』


とってきたって・・・・・僕の部屋にだろうか?いや、そりゃそうなんだけど。

時計に目をやる。時刻は午後二時。昨日同様、昼過ぎにお目覚めだ。

昨晩あんなことがあったのだから今日ばっかりはゆっくり寝てても仕方ないのだけれど。

いや、なんというか・・・・・疲れているな。

お言葉に甘えてシャワーを借りることにした。

ぼんやり考え事をしながらシャワーを浴びていると、一時間近く経過してしまった。

何はともあれ汗と血痕で気持ち悪かった感触がさっぱりし、気持ちも楽になった。

洗い流したところであの不快感は忘れようもないのだけれど。


「なんだろうな・・・・・」


昨日はあんなに困惑していたのに、いざ終わってみるとひどくあっけない。

そういえばあの時、彼を殺した後もこんな気持ちだったか。

物足りないというか、現実味がない。


「・・・・・・・あいつ、どこいったんだろう」


死体をどこかに埋めに行ったのか、とも考えたが、彼女が勝手にそんなことをするとは思えない。

いや、思いたくない・・・・。

洗面台にまだゴミ袋があったのでまあそれはないと思う。

なんにせよ彼女は彼女なりに何か考えて行動しているのだろうから、僕はとやかく言うまい。

それにしても広いマンションだ・・・・これいくらくらいしたんだろうか・・・・。

カナタはお金持ちだった、なんて話は聞いたことがない。

けれどそもそも僕らは家庭の事情なんか説明しあったことがないのだから当然とも言える。


「・・・・・・・・・おなかすいたな」


こんなときでもしっかり食べ物を要求するあたり、僕の体も不謹慎なやつである。

水でももらおうと台所に行くと昼食が容易されていた。

といっても茹でたスパゲティの麺とホワイトソースがラップがけされていただけだけれど。


「へえ、気を使うことなんてできるんだな、あいつ」


ちょっと意外な一面を垣間見た気がする。

僕は一人でスパゲティを暖めなおしてずるずる啜った。

なんとなく想像してみる。

無表情にカナタが一人で台所に立っている映像・・・・。


「ぷっ」


危ない、吹くところだった。


「いやあ・・・・ないだろこれ」


自分でも何が『ない』のかよくわからなかったが、ちょっと想像つかないというかなんというか。

ていうかあいつ、料理をしようなんて女の子らしい一面があったのか。

電子レンジでゆで卵作って爆破してそうなイメージがあるのにな。


「ま、人のこと言えるほど料理できないけど」


味はなかなかだった。でもやっぱり佐々木さんには及ばない。

僕は後片付けだけはしっかりすると、『ごちそうさま』とメモを残して部屋を出た。

どうせまたここに戻ってこなければならないのだけれど、一度部屋に戻ることにした。

何か必要なものがあるかもしれないし、みんなに怪しまれるといけない。

昨日あれだけ残酷なことをしておいて僕の足取りは軽かった。

我ながら本当にあきれる。僕は本当に人間と呼ばれる資格があるのだろうか。

今となっては彼を分解したことになんの疑問も抱かない。

割り切ってしまったのか、それとも感覚がマヒしてしまっているのか。

体が疲れているのはよくわかるけれど、気持ちは晴れ渡っていた。

こんな晴れやかな表情をした僕を見て『殺人鬼だ』と思う人がいるだろうか。

今の僕は何かうれしいことがあって浮かれた少年、くらいにしか見えないだろう。

これなら戻ってみんなと顔を合わせても大丈夫そうだ。


三十分ほどのんびり歩いて自分のアパートに戻ってきた。

あのマンションと比べるとなんとさびしいものか。

そういえば鍵をあけっぱなしで出てきてしまったことをいまさらながら思い出した。

部屋に入ると当然だけど僕の服がいくつかなくなっていた。

自分の部屋にあいつがいる映像がいまいち想像つかない。

ほんと、わけのわかんないやつだよな。


大の字になってその場に寝転び、携帯電話でメールを打つ。


「自分の部屋にいるから、戻ってきたらメールしろよ・・・っと」


送信ボタンを押して、また苦笑した。

あいつ(カナタ)とメールなんかする日が来ようとはなあ。


携帯をたたみに投げ出して天井を見上げる。

なんだかんだやっても結局朝はやってくるし、次の日はやってくる。

時は止まらないのだから当然なのだけれど、その事実に心が救われる。

目を閉じて少しだけ考えてみる。


僕はどうしてこんなに落ち着いていられるのか。


仮説はいくつかある。

僕はもともと人殺しの才能があった、とか。

二回目だから慣れている、とか。

カナタと会えてうれしいから、とか・・・・。


どれも正解なような気もするし、どれも間違いのような気がする。

ただこのずれこんでしまった世界にいるおかげで僕は落ち着くのかもしれない。

まともに生きなければならないと必死であがいてきた三年間と、

もう取り返しがつかないからとすっぱりあきらめてしまった今の僕と、

どちらが精神的に負担がないのか。


「はあ・・・・・・・・・・・・」


ものすごく不謹慎で、かつ、人間失格なのはよくわかってる。

わかってるけど・・・・・・。


「今すごく・・・生きてるってカンジがする」


充実しているというか、満たされているというか。

心が落ち着くのは何故だろう。

事態はちっとも甘くないというのに、なんとかなる気がしてならない。

ゆっくりと起き上がると部屋を出た。

雪はすでに溶けてしまったのか、ところどころにちらほら見える程度になっていた。

冬にしては強い日差し。今日はいい天気だ。

昨日クビになった自分のバイト先で就職雑誌を購入し、ついでに無料のバイト冊子を貰って帰宅。

それからそれをコタツに入ったままぼんやりと眺めていた。

なんとなく、明日があるような気がしてくる。

ぺらぺらと、ページをめくるたびに見える誰かの人生の欠片。

僕は昨日の僕より明らかにがんばって生きていける気がした。


自分の右手をふと見つめてみる。

彼女と繋がった右手。人と繋がることができる僕の手。

どうして今まで僕はそんなことすらしないまま生きてきたのだろう。

いや、そうしないようにしてきたのはやはり僕なのだ。

ほとんど夢うつつでよく覚えていないけれど、カナタは僕の手をずっと握っていてくれたと思う。

あいつは口で何か言うのは苦手だから、ああいう事でしか気持ちを伝えられないんだろう。










今何かひっかかった気がするけど、気にしないことにした。


「うーん・・・・・・あんなに寝たのに、眠いなあ・・・」


机の上に身を投げ出して欠伸する。

ようやくこれからゆっくりできる、という時に、


「せんぱーい、かえってきてますかー?」


「出た・・・・・・」


「出たってなんですか・・・・そんなオバケみたいな表現・・・・」


ツバキちゃんだった。学校帰りなのか、制服のままあがってくる。

あがるのに僕の同意は必要ないらしい。さすが僕の部屋だ。


「昨日は何してたんですか?」


なぜかツバキちゃんは不機嫌そうにコタツに入ってくると、真正面から僕を睨んでいる。

何してたんですか?って・・・・人体解体してましたって・・・いえるわけないしなあ。


「ちょっとね」


「何がちょっとですか!先輩の・・・先輩の・・・・・っ」


あ、これはなんかよくわかんないけど来るね。間違いなく。

わなわな震えた手を振り上げて、


「ばあっかぁーーーーーっ!!!」


ばしーん!!


「ふぃりっぷ!!」


思いっきり右頬を強打されてしまった。

何故?


「どういうつもりだか知りませんけどね・・・・あんな危険な女性とお付き合いしちゃだめですよ!」


危険な女性(カナタ)・・・・・・っ」


まっさきにカナタがイメージできてしまうあたり、僕の中のあいつのイメージは失礼らしい。

話を聞くところによると、どうやら朝方あいつと遭遇したらしい。

事情は理解できたけど、何で僕が殴られたのか。

それはさっぱり理解できないままだった。

まあ深く突っ込むとまたろくでもないことになりそうな気がするので黙っていよう。

沈黙は大人のマナーだよね。


「それにしてもあの人、どこかで見たことがあるような・・・・・」


「ん?見たことがあるもなにも、会った事あるじゃないか」


なんだ、ツバキちゃんそんなことも忘れちゃってたのか。

まあ記憶力云々でいうと僕は何もいえないからそこはつっこまない。自爆になる。

あの状況で会ったんじゃ、印象に残ってなくても仕方ないけど。


「ほら、ツバキちゃんが中学生の時、うちの学校を見学に来ただろ?」


「え?ああ・・・・・・」


急にツバキちゃんの表情が曇ってしまった。

まあ、そりゃそうなんだけど。

その話題に深く踏み込まないように僕は勤めて明るく言う。


「あの時あそこに座ってた変なのがそうだよ」


「えっと、爆音でポルノグラフティ聞いてた人ですか?」


「そうそう」


「・・・・・言われてみるとそうだったかも・・・・でもなんか、そうだったかなあ?」


首をかしげて思い出そうとしているが、あそこ以外で二人の接点がよくわからない。

ほかに彼女たちが交わるようなことがあったのかどうか知らないわけだし。


「ま、そんなとこだろうと思うよ。あいつはカナタっていうんだ」


「カナタさん、ですか・・・・・なんていうか、確かにカナタってカンジの人でしたね」


どんなひとだろう。

僕自身あいつの人格を一言で言い表すことは・・・・できるけど・・・・。

そうすると『異常者』とか『変人』とかになっちゃうからやめておこう。


「まあとにかくさ、つまりあいつは学生時代の友人ってこと」


「そう、みたいですね・・・・なんか先輩の友達ってリュウジ先輩しかいないイメージが」


彼女の口からリュウジの名前が出たことに若干、鼓動が早くなる。

体の芯がスっと冷えていくような、暗い感触。

でもそんなのはもうコントロールできる。

できる限り何も気にしていないような口ぶりで微笑むだけだ。


「ま、確かに僕の友達といえるのはあいつだけだったけどね」


「あ、やっぱりそうですか」


「うん・・・・高校も一年たたずにやめちゃったし、基本的に他人となじめないつまらないやつなのさ」


「確かに物事が長続きしないのはどうかと思いますね」


言うね・・・・。


「でも、先輩はつまらないやつなんかじゃありませんよ」


にっこりと、太陽のように微笑む。

うっ、まぶしい・・・・・なんだか人殺しとか考えていた僕の弱い部分が露骨になるようだ!

やめろ、そんな目で僕をみないでくれえ!


「ツバキちゃんは、よい子だなあ・・・・」


思わず頭をなでなでする。

それに対し、彼女の反応は。


「よい子ですよ、えへへ」


というなんともいえないものだった。

この人は本当に十七歳なのだろうか。

まあそれを言うと、あの身長のカナタもそうだけど・・・・。


「って、そうか・・・・もうツバキちゃんも十七歳か」


「はい?先輩、今年ももう終わるんですよ?私とっくに十八歳ですけど」


「あれ?そうだったの?」


「・・・・・毎年私の誕生日忘れてるんだから・・・・別に何も期待してませんけどっ!」


期待してないなら反射的に僕の顔を殴らないでほしかった。


「先輩、その分じゃ自分の誕生日もいつか忘れちゃいますよ?」


指摘されて気づいたのだが、僕の誕生日はさていつだっただろうか?

たぶん秋くらいだったような気はするのだけれど・・・。

腕を組んだままなんともいえない表情で笑っていると、


「呆れた・・・・・・本当に大丈夫ですか?」


「あ、あはは・・・・あはははははは」


ジトーっとした目で見つめられたのでとりあえず笑い飛ばした。


「先輩、とっくに十九歳ですよ?わかってます?」


「そうだったんだ・・・・ってそっか、もうすぐ二十歳になるのか」


二十歳どころか高校生だって、『はるか遠い大人の存在』だったのに。

気づけば高校生になって、それをやめて三年。十九歳になっていたらしい。

時間の流れは本当にあっという間だった。この三年間だって、本当に一瞬のような出来事。

昔は見上げるだけだった大人という存在に、僕は近づきつつある。

いや十分あのころの僕に比べれば、もうその理想に近い位置にいるだろう。

昔は自分で好き勝手にやりたくて早く大人になりたい、なんて思ったものだけれど。

今はそうして大人になってしまうことが少しだけ怖く感じる。

二人の人間の死を目前で垣間見た僕は、まともな大人になれるのだろうか。


「せんぱーいもしもーし」


「あ、うん、聞いてるよ」


この子も十八歳か・・・・・中学生だったころが昨日のことのように思える。

って、こんなこと考えてたんじゃ、年寄り呼ばわりされてもしかたないな・・・・。


「ツバキちゃん」


「はい?なんですか?」


「僕は君に会えてよかったと思ってる」


きょとーん。

目を真ん丸くしてツバキちゃんは首を傾げる。


「へ?」


「ツバキちゃんや佐々木さんがいてくれて、本当によかった」


「・・・・・・・・佐々木さんも、ですか・・・・」


なぜか不機嫌になったツバキちゃんは大きくため息をついた。


「まあ、先輩は一人にしたらさびしくて死んでしまいそうですからね」


僕はウサギか。


「電子レンジにネコ入れて殺しちゃったり」


欧米か。


「それに、本当は・・・・・私だって先輩がいなくちゃさびしいです」


恥ずかしそうにぺろりと舌を出して笑う。

そんなまっすぐ過ぎる言葉に僕も思わず顔が赤くなる。


思えばこの三年間、僕が普通でいられたのは彼女がいてくれたからかもしれない。

いまさらになって彼女のありがたみを実感する。


「ありがとう・・・・・ツバキちゃん」


「ええ、まあ、仕方ないからこれからも先輩の面倒は私が見てあげますよ」


にやにやしながら立ち上がると、そのまま玄関に向かう。


「それじゃ先輩、帰りますね」


「あ、うん、じゃあまた」


ツバキちゃんはミニスカートをふりふりしながら去っていった。

なんというか、座ったアングルからだと見えそうで見えないあたりさすがだ。

いつの間にか日も暮れ始めている。

なんとものんびりした午後を過ごしてしまったが、カナタのやつは何をしているのだろうか。

一度カナタのマンションに戻ったほうがいいかな・・・・。

と、立ち上がろうとしたところ、


「アキヤ君、いる?」


カナタだった。

ずかずか土足のまま立ち入ってくると・・・って土足!?


「出かけるよ」


「はあ!?」


つーか靴脱げよ!畳が傷むだろうがっ!!!

しかもハイヒールかよ!おい、やめろ、頑丈じゃないんだ、穴が開くッ!!!


「ちょ、まって・・・・いきなりなにーーーーーっ!?」


腕をひっぱってぐいぐい連れ去られていく。

この小柄な(ちっこい)体のどこにこんなパワーが・・・・階段ひきずらないでいたいから!


「あれ?せんぱ・・・・きゃーーーー先輩が拉致されてるー!?」


「ツバキちゃんたすけてえええええええええーーーーーーーー」


一階で玄関先を掃除していたツバキちゃんが暴徒と化したカナタの前に立ちふさがる。


⇒つばき が あらわれた


⇒ぶき:ほうき ⇒ぼうぐ:ちりとり


「待ちなさい!先輩を北○鮮に拉致するつもりですか!?」


危ない、伏せるのが間に合ったようだ。


邪魔(どけ)。」


カナタは有無を言わさずツバキちゃんを睨みつける。


「がくぷるがくぷる・・・・・」


ツバキちゃんは一撃で倒されてしまった。

カナタどんな顔していたんだろう・・・ちょっと気になる。


救世主は庭の隅っこで震えている。戦闘意欲を奪われてしまったようだ。

なんだかわからないまま、アパートの前に止まっていた黒いオープンカーに突っ込まれる。

シートベルトやらなにやらでがんじがらめに拘束すると、カナタは満足そうに笑った。


「それじゃ、いくよ」


「どこに!?」


「行けばわかるわ」


ドルン、とすさまじい排気音を立ててエンジンが始動する。

そんなに暴走族みたいに蒸かさなくても・・・・・。


「ツバキふっかーつ!まてーキムジョ      」


危険すぎるので音声はカットさせていただきます。


「ってそうじゃなくて、ツバキちゃんまじで助けて!!!解体される!!!!」


あ、あれは狩る者(ひとごろし)の目ですう・・・・っ。


「解体ってなんですか!?」


「口が滑った・・・・じゃなくて、首にナイフ刺される!!!」


「そんなことされるんですか!?」


やばい、これ以上言うと僕の人生にかかわる。


「なんでもいいから誰か助けてくれええええええーーーーーっ!!!」


僕の悲鳴を無視して黒いオープンカーはすさまじい速度で走り出した。

空がどんどん矢のようにすっ飛んでいく。


「アキヤ」


カナタが振り返ってかわいく笑っている。





じゃなくて。



「前をみてくれええええええええええ〜〜〜〜〜〜っ!!!!」





なんでこんなことに。


吹き飛ばされていく景色を眺めながら、僕は泣きたい気分になっていた。





あんドーナッツが食べたいです。

だれか買ってきてください・・・。

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