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殺人前夜(2)

人は生まれた瞬間その平等さを失うものだ。

わたしはそう考えている。

全ての物事に対して平等という言葉を使う気にはとてもじゃないがなれない。

そもそも、そんな言葉を誰が作り出したというのか。

この世界には神様なんて当然いない。居たとしてもわたしを救ってはくれない。

だったら居ても居なくても同じこと。なら、居ない方がまだましといったところか。


冬の夜の静かな月を見上げていると、三年前のあの日を思い出す。


(アキヤ)』はわたし(カナタ)のために、殺人という罪を犯してしまった。

正直に言えばそれは余計なことだった。わたしは別に彼に殺してほしいと頼んだわけではない。

それでも、やはり、まあ、少しくらいは。

わたしの中に残っている良心が痛むことだってある。

彼はきっとわたしがその人生を狂わせてしまった。わたしの被害者だ。


生まれてこの方十九年間、わたしは人の足を引っ張って破滅させることばかりしてきた。


世界というものを呪って来た。世界に生きるものを呪って来た。

ただそれは、この世界を愛したいという想いの反動だったのかもしれない。

今思えばばかばかしく、なんてチープで幼い感情か。

それでもあの頃のわたしたちにとって、それだけが世界の全てだった。


「ねえ、知ってる?イオリ君」


ベッドに寝転がったまま、問いかける。

そこに意味などないとわたしも彼も理解しているはずだ。


「罪は、罪でしかないの。罰は、罰でしかなく、償いは、償いでしかない」


「・・・・・・・・・それ、口癖みたいに言うよな、カナタって」


彼はフローリングの床に座布団を敷いてそこに座っていた。

わたしの言葉を聞きながらシャツを着て、髪を掻き揚げる。


「カナタって、ほんと変わってるよな」


「変わってる?わたしが?」


「他に誰がいんだよ・・・・ったく、トボけたフリしてりゃいいと思ってんだろ?」


金髪の少年は煙草にマッチで火をつけて苦笑する。

確かに、とぼけたふりをしているのは本当だ。わたしは、とぼけていたい。

実際世の中真面目に取り組んだところで自分にとってよい結果になることなんて数えるほどしかない。

総じて世というものが集団性と連続性(コミュニティ)によって成り立っている以上、それは仕方のないことだ。

人は一人では生きられない。

当たり前のようなその事実に、ただただわたしは絶望する。

他人という存在はあまりにもかけ離れている。だってそうでしょう?別の存在だもの。

それと関わり、時には憎みあい、時には愛し合って生きていかねばならないということ。

それは、わたしにとっては途方もなく理解しがたいことだ。


「んー・・・・さぁ、どうかな?わたしって、とぼけてる?」


「つーか、腹黒い?」


「ひどいね。でも、否定はしないかな」


微笑んで視線を窓の外、月に移す。

冬は月がきれいに見える。空気が澄んでいるからだと、誰かが言っていた。

だからこそ、冬は少しだけ自分と言う存在を振り返ってしまいたくなる。

これから先、生きていることで、わたしはあとどれくらいの人間を殺していくのだろうか。


「・・・・・・・・・・つか、お前・・・・服着ろよ」


気まずそうにイオリ君が視線をそらしている。

ああ、そういえばさっきからずっと裸だったかもしれない。

ベッドに横たわって毛布に包まる。


「さっきまでさんざ、見てたくせに」


「・・・・・・・・・・・・・・うっせーなあ」


「もしかして、意外とシャイ?」


「黙れって!ああもう、お前は平然としてすぎ!」


「・・・・・・・ふうん?」


目を閉じる。

さすがに少しだけ寒いな。


こんな冬の夜は、今はもう傍にいない彼のことを思い出す。


アキヤ君。






「ね」


まさか、そんな彼と翌日出会うことになるとは、


「アキヤ君」


まったく想像もしていなかった展開。

だからすごく嬉しくて、同時に、ああ、またこれでわたしは人を不幸にするんだ、と。

ただ冷静にそんなことを考えていた。


「無視、しないでよ」


彼は心底驚いた、という表情でわたしをみつめていた。

でもそれは一般的に見れば無表情といえるようなもので。

だけど、わたしにはわかる。あれは、びっくりしているときの顔だ。

ぶっきらぼうに、だけど、嬉しそうに彼が言う。


「無視してるわけじゃないさ」


もしここで彼に出会うことがなかったら、わたしはもう少しの間まともでいられたのだろうか。

そう思うと彼を恨みたくもなるし、感謝したくもなる。


馴れ合いや偽善で成り立ったぬるまったい世界も悪くはないけれど、

その全てを否定して生きていこうとしていたあの頃のきみがまぶしくて。


取り戻せるのなら全てを取り戻したいと。




そのときわたしは、がらにもなく、未来のことを想像しては嬉しくなっていた。



彼とわたしが出会ったのは三年前。


うだるような暑さと強い日差しが降り注ぐ、学校でのことだった。







⇒殺人前夜(2)





ぱらぱら。


ぱらぱら。


聞こえてくるのは蝉の鳴き声だけ。

遠くから聞こえてくる誰かの声。

体育館の横に生えている桜の木の木陰で本を捲っていた。

ぱらぱらと、ぱらぱらと。

夏休みと言えば、学生にとっては一大イベントのはず。

そんな中わざわざわたしがこんなところにきっちり制服を着込んでやってきているのは何故か。

それは・・・・・まあ、どうでもいいでしょう。


「んん〜ん・・・・」


本を閉じて大きく伸びをする。

硬いコンクリの階段に座っていたせいで腰が痛い。

ぬるい風が髪を梳いていく。木々がざわめき、木漏れ日が揺れる。

一人の時間は好きだった。何よりも、一人であることはすばらしい。

一人でいればこんなにも世界は美しく感じられる。

ヘッドフォンからは馴染みの音楽が流れっぱなしになっている。

脇に置いたMDプレイヤーから流れる音楽にぼんやりと耳を傾ける。

そうしてどれくらいぼんやりしていたのか。

おなかがすいてきたのでそろそろ家に帰ろうかと考え始めた頃。


「           」


気づくと隣に見知らぬ男子生徒が立っていた。

なにやら口をぱくぱくしている。


「              」


「え?なに?」


少年は徐に手を伸ばすと、わたしの耳からヘッドフォンを奪い去った。


「うわ、音大きいな・・・・」


「あ、そっか。ヘッドフォンつけてたんだった」


そりゃ何も聞こえないわけだ。自慢じゃないけど、音量には自信があるし。

それにしてもこの少年、見覚えがあると思ったら隣の席の男子だった。

よくよく見れば、頬には痣があった。口元は切れているのか、少し血がにじんでいる。

それでもって、その私のヘッドフォンを持った手とは反対側の手は、


「なにそれ?」


見知らぬ少女の手に繋がっていた。

俯いて何も口を利こうとはしない少女。

顔はよく見えないけれど、うちの学校の制服ではないようだった。

恐らくどこかの中学生だろう。今日はそういう日なわけだし。

問題はその少女がなぜ俯いたまま一言も口を利こうとしないのか、ということ。

そして何故隣の席の男子がその少女を体育館の裏から引っ張り出してくるのか。

とりあえず冷静に状況を分析し、判断する。


「犯罪はよくないよ?」


「とりあえず言いたいことは山ほどあるが、お前がバカだってことはよくわかった」


まあ、なんて失礼なんだろう。

でもあながちはずれでもないし、否定はしないけれど。

少年は徐に隣にどっかりと座り込むと、大きく深呼吸をした。

少女も少年に釣られて隣に座りこむ。

さっきまで一人の世界に満たされていたその場所がいきなり破られてしまった。

侵入者はそこにいることが最初から当たり前であったかのように空を見上げている。

それは、なんというか、さすがに、どうかと思う。


「わたしに何か用?」


「いや、別に。ただここって、少し涼しいかなと思って」


少年は少女が何も言わないことを気にしていた。

何度も目をやり、少女が何か言わないかそれを待っていた。

彼と彼女の関係がどんなものかはさっぱり理解できないが、何故わたしは巻き込まれたのか。

状況的に考えればわたしはどう見たって無関係だ。

ますますわけがわからない。でも別段彼らを追い払うほどの理由も見当たらない。

はてさて、どうしたものか。

わたしまで黙り込んでいたら少しばかり沈黙が重すぎるかもしれない。

ここは声をかけてみるのが正しい選択、かな?


「それで、きみたちは、何してたの?」


「・・・・・・・まるで僕たちがあそこで何かしてきたような言い方だな」


「違うの?」


「合ってるけど、僕はしてきたっていうかされてきたっていうか・・・・」


されてきた?

うーん、それはどういう意味だろう?してもらったってことかな?


「口で?手で?」


「とりあえずお前、ほんとバカだろ?」


「え?」


「え?じゃないから・・・・・あのな、そういうんじゃないから、まじで」


若い男女が体育館裏でこそこそすることといわれると、そんなことしか思いつかない。

そんなことが思いついてしまうあたり、わたしも前時代的というか、妙というか。

うん、そりゃ冷静に考えればそうだ。体育館裏といっても野外は野外。

若い健全な男女だったら、とりあえずは室内でするものだろうし。


「なんだか知らないけどへんなこと考えてないか?」


「え?うーん、それで、じゃあ何してたの?」


「んー、あ、いや・・・・・・」


少年はなぜか気まずそうに少女のほうをうかがっている。

こういう仕草が『そう』にしか見えないのだけれど。

まあつまり、この話題は彼女にとってあまり嬉しくないものであると考えていいだろう。

つまり彼もまたその事情に巻き込まれたようなカタチなのだろうか。

しばらく考え込んでいると、少女が突然立ち上がり、


「私もう行きますね・・・・それじゃ、ありがとうございました・・・・先輩」


少女はぺこりと少年に頭を下げて走り去っていった。

少年は何か言おうとしていたが、そのすばやい行動に取り残される形で口を閉じた。


「何がありがとうございました?」


「・・・・・・・・あー、いや・・・・笑うから言わない」


「笑わないよ」


しぶっていたが、少年は照れ隠しなのか、少しだけ突き放すような口調で、


「人助けしてたんだよ。悪いかよ」


明後日の方向を向いたまま言った。

それがしばらくの間理解できず、わたしがそれを理解出来た頃には彼はこちらを向いていた。


「ノーリアクション?」


「えー、いや、うん、悪くはないと思うけど・・・・なんで?」


「・・・・なんでって・・・・・人を助けるのに理由が必要なの?」


彼はさもそれが当然であるようにそんなことを口にした。

それがおかしくて笑ってしまいそうなのを堪えていると、


「・・・・・笑うんじゃないか」


拗ねたようにため息をつきながらそんなことを言っていた。

そりゃ、笑うでしょう。笑わないほうがおかしい。


「きみはじゃあ、正義の味方か何かなの?」


「いや、今は違う。だけど将来そうなる予定」


冗談半分の質問に彼はいたって真面目にそう答えた。

彼自身本当にそんなことが実現できると思っているわけではないのだろう。

『今度は笑わないのか?』と、不機嫌そうな目が語っていた。

それがなんだか可愛いというか、こう、胸に迫るものがあって。


「きみ、面白いね」


今度は面白いから笑ったのではなく、彼の存在が愛しく思えた。

わたしは全てを憎み、全てを愛する。

彼はまるで木やMDやコンクリの階段のように、当たり前のようにそこにいた。

それがたまらなく愛しく思える。そして、同時に壊してしまいたいような衝動にかられた。


彼自身が自分のことをどう思っているのかはわからない。

そんなわたしを見て彼が何を思ったのかもわからない。

ただ彼は、微笑むわたしを見て、やはり同じようにそれが当たり前だとでも言うように。


「おまえも面白いな」


微笑んだ。微笑んでそれから伸びをして、空を見上げた。

二人で見上げた夏の空。彼が一体何をしていたのかはよくわからない。

ただ、それはきっと彼にとって意味のあることには違いない。

そして少女にとってもきっと礼を言うに足りることだったのだろう。

その事実さえあれば、詳細はこの際どうでもよかった。


「ん?」


突然、少年はまるで今気づいたとでも言わんばかりにわたしの顔を指差し、


「あれ?おまえもしかして・・・・・」


「今更気づいたの?」


「ああ、同じクラスだろ?」


「・・・・・・・・・・・」


「え?違った?」


「・・・・・・・・違わないけど・・・・そうじゃなくて」


まあいい。彼の中でわたしの存在が今まで非常にどうでもよいことだったことは理解出来た。

そりゃ、わたしも彼のことをどうでもいいものだと思っていた以上、贅沢はいえないけれど。

どうでもいい同士がこんなどうでもいいところでどうでもいい時に出会った。

そんな偶然もあるものだなあ、と思う。

それからまた沈黙が訪れた。

木漏れ日が風に揺れる。蝉の鳴き声が聞こえる。

遠くからは誰かの声が聞こえてくる。私はその声に自分がここにいる理由を思い出す。

けれどそれはもう今となってはわりと同でもいいことに思えた。のだが、


「おまえ、なんでこんなところにいたんだ?」


質問されてしまった。

こうなったら答えない理由も特にないので、わたしはその理由を口にする。


「今日が中学生の学校見学の日だっていうのは知ってる?」


「ああ、知ってる」


「で、わたしはその案内のお手伝いをしてるの」


「いや、してないだろ」


「してないね。だからする予定だったってこと。ほら、わたしクラス委員だし」


「へえ、そうだったのか」


そんなことも今まで知らなかったとなると、彼はこの学校に何を求めているのか。

クラス委員が誰かくらいはなんとなく誰でも知っていそうなイメージがあるけれど。

よほどわたしに興味がないのか・・・・それとも物事を記憶する気がないのか。

後者ならわたしと似たようなものだけれど、前者はちょっと気に食わないかもしれない。


「そういうきみは?どうして今日、学校に?」


「ん?僕はクラス委員だから、学校案内の手伝いをしているんだ」


「してないでしょう」


「してないな。だから、する予定だったてこと。ほら、僕クラス委員だし」


「へえ、そうだったんだ」


ってまてまて、彼は今なんていった?

クラス委員?同じクラスで、隣の席で、二人ともクラス委員だったってこと?

その事実と何より『それをお互い知らなかった』ことに笑いがこみ上げる。


「ウソだろ?知っとけよ」


「それは、わたしのせりふ」


二人して顔を合わせて笑い続ける。

ひとしきり笑い終えると、彼は立ち上がって頬の傷を指先でなぞった。


「保健室で絆創膏でも貰って帰るかな」


「うん、そうだね。ほっぺに絆創膏って、漫画みたいでかっこいいかも」


「漫画みたいだとかっこいいのか・・・・?よくわからない感性だなあ」


「かもね」


それが彼、アキヤ君と・・・わたし、カナタとの出会いだった。

正しくは出会いそのものは随分と前なのだけれど。

お互いを一人の人間として認識したのはそれが始めてだった。

今までわたしたちの世界では、隣の席は空白のままだったのだろう。

そこに他人であるアキヤ君という存在が当てはめられたことに、わずかな違和感を覚える。

彼はまるで古くからの友人のように、またわたしたちが出会えることを当然と言う様に、


「じゃ、また」


それだけ口にして去っていった。

その言葉に驚くほど従順に反応している自分がいた。

また彼とは出会える。それは当然のことだ。何しろ隣の席の生徒なのだから。

けれどそれを嬉しく思える自分がいた。

直感的に、彼を見た時に思ったこと。

彼はどこか自分と似ているのではないか。

それが自分の淡い期待が生み出した幻想なのか、

はたまたわたしを超える変人である事実を彼が持っているかどうかは別として、

他人にそんなことを思ったり、期待したり、笑ったりしている自分が気持ち悪かった。


「・・・・・ばーか」


思えばこの学校に来て教員以外で口を利いたのは彼が始めてだったか。

だからって何を嬉しそうに口元を緩めているんだか。

人と関わることはとても面倒だ。でも、彼なら少しだけ関わってみてもいいかもしれない。

そんな風に思える人間がまだわたしにもいるということが、なによりの奇跡。

夏休みが終わったらまた会える。


その決まりきった事実が、何よりも心強かった。









わたしは全てを愛し、全てを憎む。


わたしという絶対的な領域に何者も立ち入ることを許したくない。


否定、拒絶、不信。


わたしは普通であることを憎む。


そうあることで、自分以外の全てに溺れていくことを良しとしない。


別に世界を否定しているわけじゃない。


ただ、わたしはわたしで在りたいだけ。


自由なんて言葉を振りかざすつもりはない。


ただ、囚われていくことを自分で選びたいだけだ。


人と人とが関わりあう神秘と不安と絶望と愛しさをわたしは知らないままで生きてきた。

けれど知ってしまったらもう、その温くて黒くて濁った感触から逃れられなくなる。

人の心にある闇に惹かれる。

それが自分にとって愛しいものであればあるほど、壊してしまいたくなる。

そんな衝動が付きまとう限り、わたしは普通にはなれないのだろう。

誰かと歩むということは、最終的にその終わりを見る責任を持つということだ。

わたしは、誰かの責任を負って生きていくことなんてごめんだ。

何よりそんなことをする理由がないし、そんなことをしたところで意味もない。

だから一人がいい。


一人でいい。





ごちゃまぜになる善意と悪意の思考。

一体わたしはどうしたいのか。

誰かと一緒にいたいのか。それとも一人でいたいのか。

きっと、どっちなんだと、聞きたいと思う。

けどそんなのは・・・・・・わたしが誰より一番・・・・・わたしにきいてみたい。


そもそもそういった物事に結論などないと思う。

わたしたちは生まれながらに永遠に己に問いかけ続けねばならない質問者だ。

永久に自分自身と対話し続ける義務がある。

それを怠っている人は少なくない。

己というのはそれほど美しいものでもなければ、理想的なものでもないから。

誰だって夢を見ていたい。そんな自分に酔っていたい。


自分を満たすために世界と関わり、自分を守るために塞ぎ込ませる。

なんともまあ、ご都合主義なものだ。

わたしもその人間の例に漏れることなく、

全てを否定しつつ、彼の存在に惹かれていた。

だからきっと、わたし自身もどうしようもないものなのだと思う。


高校生から大学生になった今でも、頭の中をぐるぐるめぐる思考のループは停止しない。


自分で停止ボタンを忘れてしまったように、リピートされ続ける疑問と質問と回答と解凍。

自分自身でも考えているのか眠っているのか分からない。


目の前が真っ暗なのは自分が目を閉じているからだろう。

そんなことはわかっている。

目を開けば朝になり、全てが開かれる。

そんなことはわかりきっている。

でも、だから、なんだというのだろう。

明日など来なければいいのにと何度思ったことか。

昨日に戻ることを恐れた夜を何度も過ごし、

未来に続く世界に絶望し、

過去があることを悔やんだ。





いい加減、目を開けよう。




おまえもいっぱしの人間として学校に通っているのならば、


いい加減目を覚まして、おきるべきだ。





マンションの一室で目を覚ます。

そこは当たり前のように自分の部屋だった。

絶望的なくらい当然のように訪れた朝に気が滅入る。

熱に浮かされたようにはっきりしない思考のまま、ベッドから起き上がってシャツに袖を通した。

本来ならここで熱いシャワーでも浴びておきたいところだけれど。

化粧台に備え付けられた円形の鏡を覗き込む。

虚ろな目をしてぼさぼさの髪と下着の上にワイシャツを羽織っただけ、という自分がいた。

しばらくそれをぼんやりと眺める。

これが、わたしの形(かたせかなた)


わたしはこんな形をしているのか、と、改めて思う。

そしてちゃんと自分がまだ生きていることを知り、絶望し、安堵する。

深呼吸して少し思考を落ち着かせよう。

頭の中がぼんやりしているのはきっと彼の夢を見たせいだ。

あれから三年。彼は今どこで何をしているのかさっぱりわからない。


ため息をついてジーンズを履いて顔を洗いに行く。

ついでに歯を磨いて適当に髪を整えた。

大学に行かなくてはいけない時間だったが、そんな気分にはなれない。

随分長いこと彼の夢を見なくなっていたはずだった。

それがなんでまた、いきなりあんな、楽しかった頃の夢なのか。

血にまみれたあの頃の夢なら、まだどれだけ救われるか。

鮮明に思い出せる死のにおい。

思い返すだけで背筋にぞくぞくと寒気が走る。

今の自分の手は白くきれいだが、結局一度血に塗れた手は永遠に乾くことなどない。

その事実にどこか鼓動を高鳴らせている自分がいるのも事実だ。

それは、彼とわたしをつなぐ最高の絆であると同時に、

彼の中にわたしがあり続ける理由になるだろう。


呪いのように彼とわたしに刻まれたその記憶が、心のどこかでわたしたちを繋げている。

歪な絆だ。でも、それがなによりも愛しい。

この呪いがある限りわたしは生きていける。生きていけるとも。


彼は幸せになれたのだろうか?わたしはどうなのかわからない。

わからないまま、なんとなくなあなあにして生きている。


冷蔵庫を開いてみたが、中身が何もないことに気づいた。

そういえばおなかがすいたと思ったら昨日から何も食べていなかった。

昨夜はどうしていたか・・・・・・・。

よく、思い出せない・・・・・なんだか頭が痛い。酒でも飲んだのだろうか。


再びベッドの上に腰掛けて頭を抱える。

カーテンが引かれたモノトーン調の部屋にぽつんと一人だけ。

ここがわたしの世界。ここがわたしの領域。


そこに他の誰かがいるなんてこと、ありえないってわかっているけど。



「アキヤ君、ごめんね」



会いたいよ、すごく。






部屋を出て大学へ向かう道を歩く。

ここ最近曇っている空を見上げた。

明日にでも雪が降りそうだという。


大学で予定通りに授業を受ける。  何も感じない。


廊下でジュースを飲む。  味が良く分からない。


ヘッドフォンで音楽を聴く。  誰の声も聞きたくない。


一人でいたい。   一人はいやだ。




「よお、カナタ」


聞き覚えのある声に振り返る。

彼は当たり前のようにヘッドフォンをわたしから奪い取って微笑んでいた。

その映像が・・・・・・・・・だぶる。


「イオリ君」


少年はポケットに手を突っ込んだまま微笑んでわたしの髪に触れる。


「なんだこりゃ、寝癖すごいぞ」


「なおしたつもりだったんだけどな」


「なおってねーっつーの・・・・ちょっとまて、動くな」


なにやらぶつぶつ言いながらイオリはわたしの髪を梳いていた。

それを心地よく感じる自分がいるのと同時に、それを不快に感じる自分も居た。

相対的な気持ちを抱えながらわたしは彼のなすがままに目を閉じ体を預ける。


「・・・・・これで少しはマシになったんじゃねえかな?それにしても昼過ぎまで寝てるなよな」


「うん、そうだね」


「カナタ?」


「うん?」


「なんか、どうした?変だぞ?」


心配そうに顔を覗き込んでくる。

思わず視線をそらして一歩後退した。


「別になんでもないから」


「・・・・・・・・・・・・・ふうん?ま、別になんでもいいけどよ」


「うん」


心が乱れているのがよくわかる。普段ならありえないようなめちゃくちゃな思考が頭をめぐる。

いや、これが本来の・・・・・『彼』といた頃のわたしの心なのだろうか。

不安定にもほどがある。少しくらい、自分でコントロールできないと・・・・、



うっかり、彼を**してしまいそうだ。



「その様子じゃ何も食ってないんだろう?」


わたしの気持ちなんて知らないまま、彼はいつもどおり微笑む。


「なんか食いに行くか?俺もちょうど今暇になったところだしよ」


「うーん・・・・・」


しばらく考え込んだ。

曇った空を見上げる。

あの頃見上げた木漏れ日から差し込む日差し。

ギャップが強すぎるんだよなあ、日本の季節は。


「きみの家に行っていい?」


「あ?なんで?」


「んー、なんか、しようよ」


「するって何が?お前ってゲームするっけ?」


「ゲームするけど、なんかもっと、やらしいこととか」


「・・・・・・・・・・・・・・・・はっ?」


素っ頓狂な声を上げたまま、イオリ君は固まっていた。

そりゃ当然か、うん。当然だろうなあ。

自分でも何を言っているのかよくわからない。

ただ、このまま一人になってしまうのが嫌だった・・・いや、彼を逃がしたくなかった。

彼はわたしに惚れている。それは見ればわかる。

自分に好意的な存在。それは今のとこを彼以外わたしは知らない。

だから、逃がしたくない。何をしてもいいと思う。彼を従えたい。


「わかった、得意の冗談だろ?お前はいつも本気なのか冗談なのかよくわかんねえんだよ」


「冗談だと思う?」


「・・・・・・・・・・・・って・・・・まじ?」


「んー、わりかし」


イオリ君は驚いた後、複雑そうな表情を浮かべ、それからしばらく腕を組んで悩んでいた。

健全な少年がそんなに悩むほどのことかどうかわたしにはよくわからなかったが、

彼はしばらくするとひどく真面目な表情で言った。


「お前がそうしたいなら、それでも俺は構わない」


まるで心の中を見透かしたような発言に少なからず衝撃を受ける。

今のわたしは・・・・赤の他人に悟られてしまうほど、おかしくなっているらしい。

自分の気持ちをきちんとコントロールできていると思っていた。

でもそんなのは、ただのわたしの自己満足に過ぎなかったんだろう。


「じゃ、おねがいします」


少年は黙って頷いて、気まずそうに視線をそらして歩き始めた。

わたしもそれについていく。

なんとなく、そのときから何か変なこになりそうだなあ、という予感はしていた。

今日の自分はどうかしている。どうかしているのは、彼の夢を見たせいだ。





本当にそうなのだろうか?


迷信を信じないわたしでも、このときばかりは魂やら絆やらという不確かなものを理屈にしてしまいたくなる。


なんにせよ、この翌日、わたしは彼に出会うことになるのだから。




・・・・・・殺人前夜。




わたしはこの翌日、彼、荻野イオリという少年を、殺すことになる。






たぶん、きっと。




そんな予感は最初からしていたのだ。



・・・・・・きっと。



眠いです。きりのいいとこまで書こう!と思うといつも朝になります。

明日は休みです。暦の上ではすでに『今日』ですが。


また誤字がいっぱいありそうで怖いのですが、それは明日にすることにして、とりあえず寝ます。


みなさんおやすみなさい。がんばってください。

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