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殺人前夜(1)

初めて僕が人を殺したのは、三年前。



高校一年生の冬のことだった。



地元の高校に無難に進学した僕に出来たたった一人の親友と言える少年を、

僕は無残にも惨殺し、バラバラに分解して、処理しようとしている。


「・・・・・・は・・・・・ぁ・・・・」


呼吸が苦しい。どれだけ息を吸い込んでも足りる気がしない。

もっと酸素を。 体が悲鳴を上げている。

一人の人間というものを分解する作業には多大な労力を必要とする。

人間というのは無駄に頑丈に出来ているものだ。

それが生き物としての力を失ったとき、その重さは想像を絶する。


普段から見慣れていた少年が徐々にそのカタチを失っていき、見覚えのない部品に成り下がる。


そういった一連の作業を休みなく行い続ける今の自分は疲労困憊しているのだろう。

ただ、頭が冴え切っていた。自分というものを冷静に捉えることが出来る。

周囲への警戒は怠っていなかった。ここを誰かに抑えられたらもう終わりだからだ。

僕は罪の呵責に苛まれながらも、彼を殺してしまった事にある意味充足感を覚えていた。

目の前で一人の人間が死んでいく様子というのは筆舌に尽くしがたい。


「は・・・・あ・・・・はっ・・・・」


徐々に命が流れ出て周囲が染まっていくあの感触をなんと伝えようか。

僕らはどれだけ生きていることがすばらしいことかを理解出来ないで居た。

いや、この町で『生きている状態』がどれだけ美しいことか、

『死んでいる人間』がどれだけ醜く理解しがたいものか、

本当に知っている者などいるのだろうか?


「・・・・・・・ふぅ・・・・っ・・・」


鋸を持つ手が重い。


淡々と、あらゆる事実を軽視して僕は腕を動かす。

自分自身という体を動かす歯車のひとつにさえなることが出来ればそれでいい。

僕という機械に指示を下し、目の前の『物に成り下がった彼』を分解する。


ふと、腕が止まった。


呼吸を整えながらもう一度月明かりの下、無様に死んでいる少年を見下ろす。


「・・・・・・リュウジ」


リュウジ。 衣川リュウジ。


それが彼の名前。親友だった少年の名前。


もうリョウジだったそれはすでに面影はわずかにしかない。

直視することを殺した僕自身ですら憚られる姿に思わず息を呑む。


眼球はえぐられて存在しない。    僕がやった。


喉は引き裂かれ中身が引きずり出されている   声を出されたら困るから。


胸から腹までを何度も刃物で突き刺されている。   加減なんてわからない。


鋸のぎざぎざと凹凸のある切断面。  ヒトの腕とは思えない。


もう生きていない友達の姿。  リュウジだなんて思えない。


それを淡々と処理している僕。  現実味なんてない。


月明かり。  やめろ、僕を見るな。




「・・・・・・止めろ」


雲に光が遮られ、死体が影に隠れる。

闇に沈んだそれに胸を安堵させるが、

次の瞬間、雲の隙間から現れた月明かりがまた僕の罪を曝け出す。



「・・・・・止めろ!」


『どうして殺したんだ?』


「止めろ!止めろ、止めろ、止めろ、止めろッ!!!」


『殺すほどのことだったのか?』


「止めろやめろやめろヤメロやめろヤメロ止めろやめろやめ・・・・ッ!!!」




驚くほど大きくなっていた自分の声にはっとして、我を取り戻した。


血まみれの両手で押さえ込んだ両肩。

震えなどない、恐怖などない、大丈夫、僕は大丈夫、僕は正常だ。



「・・・・・・・・・・・・・・・リュウジ?」



屈んで死体に語りかける。


「おまえ、あっけなく死んじまったなあ」


僕なんかと違って生命力にあふれていたリュウジ。

いつだってみんなの輪の中心にいたリュウジ。

悪さばっかりしていて、子供っぽくてあどけなくて、笑顔が好きだったリュウジ。

友達だったんだ、本当に。

掛け替えのない、大切な友達だったんだ。

殺しても死なないと思っていたのに、こんなにあっけなく、終わってしまうんだな。


「僕は・・・・・・・お前のこと本当に友達だと思ってたんだぜ」


砂と石が転がる地面に腰掛ける。

すでに胴体から上しか存在しないリュウジと一緒に月を見上げた。


「ホラ、よく一緒に夜中に歩いたよな。お前、学校に黙ってこっそりバイク乗っててさ」


「止めろっていってんのに・・・・無免許のわりにはうまかったっけ、運転」


「一回転倒事故起こしたっけな。あれでよく無事だったよな、ほんと」


「お前に貸したCDどうする?勝手に持ち帰っちまっていいか?」


「あと、お前に借りてる本はどうしようか・・・・・・もう、返すあてもないな」




「・・・・・なあ、リュウジ?」



返事は勿論ない。当然ない。そんなことは分かっている。


ああ、わかってるさ。


でも、訊かずには居られなかった。

そうすることで何か意味があるとは思えなかったけれど、でも・・・。


その答えは自分でも理解できないことだったけれど・・・・だから・・・・。




「僕たちは、何か悪いことをしたのかな」




月明かりは静かに残酷に僕らを照らし出している。


僕と、お前が。

殺しあったり、殺されたり、死んだり、死なせたり・・・・。

そんな風にしなきゃいけないほど、世界に見放されていたのだろうか?


確かに僕らは不幸せだった。けれど『不幸』なんて言うほど奢るつもりはない。

ただ、幸せだったか?といわれたら、迷わずうなずけるほどじゃないってだけで。

僕らは幸せではなかった。でも、不幸でもなかったんだ。


僕にはお前がいた。お前には僕が居た。

僕らは友達だった。あんなにも友達だったじゃないか。


誰かと繋がっているものがあるということが、僕らにとってどれだけ意味のあることだったか。




「僕たちは・・・・・・」



そう、だから、きっと。

こんな状況になってしまったのは、僕らが不幸だったからなんかじゃない。



「きっと・・・・・」



それだけはきちんと明白にしておくべきだ。

今後、僕が彼を殺したという罪を自ら背負っていくために。



「だから・・・・・」



泣いたり笑ったり怒ったり。

人間らしい心はお前と一緒に置いて行くよ。



「それじゃ、長くなったけど・・・・・」



誰のせいにもしない。僕はお前を殺して生きるんだ。

誰にも助けを求めたりなんかしない。僕は一生、死に続けていくことを誓う。



「お別れだ」



鋸を手に取り立ち上がる。

血にぬれた両手でそれを構える。

首を切断してしまったら、もうリュウジはリュウジではなくなってしまう気がした。

そうしてしまったらもう本当に、見分けなんかつかない、『生きていないだけのなにか』になる。

そうせざるを得なかった、なんていいわけはしない。

僕は人殺しだ。

僕は殺人鬼だ。


リュウジを殺して僕は生きる。


「お前を殺したら、きっと僕はちゃんと生きていけるよ、リュウジ」










・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・。




『なあ、アキヤ』




『生きていることと死んでいること違いを、十文字以内に簡潔に述べろ』




リュウジ・・・・・お前は、本当はわかってたんじゃないか?


僕かお前か、どっちかが死ななきゃ、僕らは生きていくことなんか出来ないって。


だったら死ぬべきだったのは、本当にお前だったのか?



それとも、僕?








⇒殺人前夜(1)





「はあああああああああああ〜〜〜〜〜〜・・・・・っ!!」


がごん。


がごん・・・・なんていう効果音だ。いくらなんでもそれは酷い。

思いっきり玄関の扉に頭をぶつけて自己嫌悪に陥っていた。

あれだけ・・・あれだけカナタと会うのは最後にしようって決めてたのに・・・。


「決めてたのに・・・受け取っちゃったよ・・・・連絡先・・・・・・」


ポケットの中に突っ込んであったメモを開いてもう一度ため息をついた。

僕らが分かれた後、カナタはわざわざ僕を走って追いかけてきた。

それから強引に手に連絡先を書いたメモを握らせると、


『それをどうするかは、きみの自由』


とか、無責任なことをほざいて走り去って行きやがった。


まあ、そうだ。

これをどうするかは僕の自由だ。

僕の連絡先をあいつに教えたわけじゃないんだから。

これをここでちぎって捨ててしまえば、全ては丸く収まる。

だけどなあ・・・・あんな、顔で・・・・・言われたら・・・・。


「ああ・・・・・簡単に決意が揺らぐ僕が恨めしい」


しかもあのやろう、僕自身が約束を破るかどうかを選ぶように仕向けてきている。

その上本人が連絡先を教えるということは、また会いたいと言っているようなものだ。

鉄の扉に強くぶつけ過ぎた頭がじんじんと痛む。

ほんとにどうしたものか。あいつ、昔っからこういう嫌がらせだけは神がかって上手かったっけ。


相変わらず降りしきる雪を踊り場から眺める。

冷たい空気をぼんやりと見つめていると、なんとなく今日一日が終わっていくのを感じた。

といっても僕が起床してから数時間しかたっていないだろうけど。


「ってか、明日からの生活、どうしよう・・・・・っ」


いまさらになって思い出したけれど、僕は現在社会問題最前線爆走中のニートさんだ。

ああ、フリーターの肩書きすら恋しく思える。


カナタのことは後回しにしよう。あいつの思惑に乗って混乱するのはよろしくない。よろしくないとも。


とりあえず立ち上がって顔を上げると、一階から見覚えのある男性が上ってきた。

やや長めに伸ばした髪とおしゃれな眼鏡をかけた紺のスーツを着た男性。

いつもあんな格好なので見れば一発で分かる。

それ以前に彼はいわゆるお隣さんだった。


「こんにちは、アキヤ君。いや、こんばんは、かな?」


落ち着いた様子でやわらかく微笑みながら手を振った。

それだけでなんというか、彼の人の良さが伝わってくるようである。

僕自身も優しい気持ちになれるから、彼との会話は大歓迎だった。


「こんばんは佐々木さん」


大人びた態度の隣人に挨拶を交わした。

彼は少し不思議そうに腕を組んでその場で考え込むと、


「アキヤ君がここで俺を待っていた理由がよくわからないんだけど」


「え?僕が佐々木さんを待ってたんですか?」


「そう見えるじゃないか・・・・はっ、まさか君、俺に気があるんじゃ・・・」


それはない。


「困ったな・・・・・俺もアブノーマルな人間を否定するつもりはないけど、自分がどうかというと」


話を聞いてくれ。


「佐々木さん、幼女は好きですか」


「勿論さ。自分で言うのもなんだが、俺はロリコンだからね」


「じゃあ、僕のことは諦めてください」


「あ、諦めるってどういうことだい!?俺は君のことなんか別にっ!!」


なんですかそのリアクション、逆に怖いからやめてください。


「ふふふ、君との会話は楽しいな。何、君は人を楽しませる才能があるよ」


腕を組んで「うんうん」と一人で勝手に納得している。

佐々木さんという人が何をしている人なのか僕にはさっぱりわからない。

スーツを着ているのだから会社員か何かなのだろうけど、そうは思えないんだよなあ。

年齢も不明だし、でもたぶん年上だから僕は敬語を使っている。

言動はこんなだから誤解されがちだけど、彼は僕が知る大人の中でもかなりまともな人だ

彼は他人との関わり方が最高に巧い。

相手の心をきちんと理解しようと努力し、己を奢ることなく他人に伝える努力を怠らない。

他人を見下さず、見上げず、ただ己の延長として捉えることが出来る。

いまどき珍しいくらいの立派な人格者だ。

ただまあ、小学生とかが好きなのだけを除けばだけど。


「そうだアキヤ君」


「なんですか?デートならしませんよ」


「ふむ、まだ引っ張るということは本当に俺に気があるのか・・・・?」


「いえなんでもないですごめんなさい続けてください」


「ああ。そういえば君、バイトをまたクビになったらしいな」


情報がはやいなー。もしかしてストーキングされてるとかじゃないよね?

ああ、だめだ。訊かないほうがいい気がする。うん。


「ええ、まあ・・・・・祖母が何人も急病で倒れすぎたみたいで」


「それは一大事だな。お年寄りは大事にするといい。そうそう、これは俺が子供の頃の話だが・・・」


「そういうのはいいです。それで、なんですか?」


少しだけ残念そうに「いい話なのに・・・・」と呟くとポケットに手を突っ込み、


「前から言っているが、仕事なら俺が探してあげようか?」


「・・・・・・あー、いや」


それはそれでどうかと思う。

生きていくために必要なことくらい自分でもう一度見つけるのが筋合いというものではないか。

佐々木さんは全てお見通しと言った笑顔で僕の頭をぐしぐし撫でる。


「アキヤ君、年寄りくさい発言で申し訳ないがね」


「はい?」


「君はもう少し他人と関わっていくべきだと思うんだ」


「・・・・・・・・・はあ」


「俺は君自身というものをそれなりに評価している。君はその辺の人間と比べれば随分立派さ」


そんなことはないと思う。

立派な十八歳というのは大学にいって合コンとかしているべきではなかろうか?

や、知らないけどね。


「君が何に躓いて何に迷っているのか俺にはわからないが、いざとなったら・・・・」


「いつでも俺が力を貸すぞ、でしょう?もう、わかってますって、ホラ階段にずっといると邪魔っす」


「む、お、おおう・・・いや冷静に考えるとここには俺と君とツバキ君とあとおじいさんしかいな・・・」


「はいはい、いいから部屋に戻りましょうね寒いですから」


「ちょ、そんなに押さないでくれ!はっ・・・まさか君は俺に気があるんじゃ・・・・」


うっさいなあ、もう・・・。

部屋の鍵を無理矢理開けさせて中に押し込んだ。

話し込んでいたらかなり冷え込んできてしまった。僕も部屋に戻ろう・・・・。

そうしてドアノブに手をかけたときだった。


「アキヤ君」


隣の部屋からおっさんが顔を出して居た。


「俺は君みたいな隣人がいてくれて毎日楽しいと思っているよ」


「・・・・・・・ったく、いいからもうメシ食って寝ちゃってくださいよ!」


「はははははは!」


ばたん。


ドアが閉まると廊下に静けさが戻ってきた。

あの人はああいう直球で来るから困る・・・・なんていうか、どんな顔をすればいいかわからない。

でも、それは僕も同じ気持ちです。


「ありがとう、佐々木さん・・・」


ポケットにもう一度手を突っ込んでメモを取り出してみる。

僕はそれなりに今の生活を気に入っている。

貧乏でどうしようもなくてダメでニートまでおまけについてきている現状だけれど。


「それでもそれなりには、僕だって今を生きてるんだよ・・・カナタ」


くしゃり。

メモを握りつぶして捨てようとして・・・・やっぱりやめた。

僕が知らない彼女はこの三年間でいったいどうしてきたのだろう?

今の彼女はいったいどんな気持ちですごしているのだろう?

知りたいよ。そりゃ、知りたいさ。でも・・・・。


「・・・・・・・・・・・昔みたいにはいかないんだよ」


もう、ここにはリュウジはいない。

僕の友達はいない。

もう、完全に昔どおりなんてありえないのだから。

だからきっと、そう、僕は、このメモを捨てることは出来ない。

でもだからこそ、あいつの思惑に乗るわけには行かないのだ。


結局今日も明日も何も変わらない。

それでいい。それがいい。


部屋に入って電気をつけ、真っ先にコタツの電源を入れてテレビをつけた。

倒れるように畳に寝転がると、ゆっくり目を閉じる。


あいつはどうしてまだこの町に居るのだろう。


この町にはいい思い出なんかひとつとしてないはずなのに。

それを言ってしまえば僕もそうなのだが。


「いや・・・・」


わかっている。本当は。

僕もあいつもまだこの町に囚われたままなんだ。

逃げることなんか出来ない。

物事や他人からは逃げることが出来ても、自分自身の心からは。


「・・・・・・そうだな、僕は・・・」


立ち上がる。

料理でも作ってそれから・・・・ああ、どうしようかなあ。

お金がない・・・お金がないって本当に切実な悩みだ。しかもしょぼい。

他に悩みようなんていくらでもあるのにお金がないってどうなんだ僕。

ああ、冷蔵庫の中身がからっぽだ・・・・・本当にどうしようか。

コンビニに買いにいってもいいけれど、あそこのコンビニ行ったら気まずい気がする・・・。


「どうしたものかな」


「先輩っ!!!また仕事クビになったって本当ですかっ!!!」


ばかんっ!!


「あべしっ!」


解説しよう。僕の部屋の玄関のドアは内側に向かって開くようになっている。

結局気まずい中コンビニに行こうと考えた僕は玄関で靴を履いていた。

そこを突然謎の人物が飛び込んできたことにより鉄の扉が顔面に直撃し、ひねりを加えながら倒れた。

以上、説明終了。


「あれぇ?せんぱーい・・・・・?」


「・・・・・・・・・・・・・」


「せんぱ・・・きゃあ!?し、しんでいる・・・・っ」


「生きています」


「あ、先輩生きてました・・・・はあ、よかったあ・・・死んでたらどうしうかと思いました」


「俺がどうしようと思うよ・・・・。」


「おれ?」


「いや僕、僕」


とりあえず血は出ていないようだけど、なんだかこんなことが何度もあった気がする。

こいつが部屋にくるたびになにかよろしくないことが起こる。

何か呪術でも使えるのだろうか?


「なるほど、イッツアマジック」


「へ?先輩?」


自分でも今のはどうかと思う。

咳払いをして改めて立ち上がった。


目を丸くして僕の顔に出来たアザを見ている少女、名前はツバキちゃん。

苗字はよく覚えていない。僕にとって彼女はツバキちゃんであってそれ以上でも以下でもない。

肩口くらいで揃えられたショートカットと頭の悪そうな目が特徴だ。


「なんだか今失礼な考えをしていませんでしたか?」


「いいえぇ、まったくう」


「・・・・・・・そうですか?人がせっかく慰めに来てあげたって言うのにあんまりですね」


「というか・・・僕がクビになったって話をどこから仕入れてきたの?お前」


「え?佐々木さんと帰り道が一緒になりまして」


「うんうん?」


「それで、アキヤさんが店長に怒られているところをみて笑ってやろうと」


「お前らマジ最悪だな。」


「は、話は最後まで聞いてくださいよう!えと、それで、バイト先に行ったらクビになってたんですよ!」


「もっと最悪じゃねえか・・・俺、死んでいいか・・・。」


「し、しんじゃだめですーっ!!!ばかっ!」


ばしーん!

小気味いい音と共に左のほっぺたに衝撃が走った。

こいつは小柄なくせに力だけは一人前ときているらしい。

右側はドアののぞき穴のあとがくっきりついているし、左側はビンタの跡ときている。

僕はこのまま出歩いて笑いものになるべきなのだろうか。


「死ぬなんて、簡単に言っちゃだめです」


真顔でにらみつけてくる。冗談なのに・・・・。


「わかったよ、言わない・・・・それで、お前は僕をいじめにきたのか?」


悪いけど今色々あって傷心中だから、これ以上追い討ちをかけないでほしい。ぜひ。


「い、いじめるなんて、そんな・・・・でも冷静に考えてみるとアキヤさんの顔ひどいです」


「・・・・・・・・ごめんね、顔ひどくて」


「え!?先輩の顔がかっこわるいってことじゃなくてですよ!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「あ、ああっ・・・・先輩がどんどん見たことのないような哀しい表情に・・・・っ」


「ほんとうにおまえ、何しにきたんだ・・・・・・・・・」


もはや涙声である。


「えーと、とりあえず元気出してくださいよ・・・先輩のかおかっこいいですよ?」


「いまさらとってつけたように言われてもうれしくないやい・・・」


「あ、あはははは・・・・・そ、そうだ!今日は何かご馳走しますよ?なにがいいですか?」


「・・・・・家から出たくない」


「うっ・・・・・!せ、先輩・・・・引きこもったらだめですよ!」


「・・・・・・・・お前が顔にめちゃくちゃ傷つけたんだろうが」


「そんな女子高生がメイクうまくいかなかった、みたいな発言しないでくださいよ」


「本物の女子高生が言うな!!っていうかもう帰れ!帰ってください!!」


すでにこっちも必死である。もうただでさえぼろぼろなんだからほうっておいてほしい。

なんかさっきまでカナタがうんぬんとか考えていた気がするけどそんなのはどっかいってしまった。

ごめんカナタ、あとで思い出すと思うから。


「い、いやです!今日は先輩を元気にするまで帰りたくありません!」


「・・・・・・・・・・・・・・はあ・・・・・元気元気」


「そんな投げやりな元気いやですうううう!!」






結局、ツバキの部屋にお呼ばれされて夕飯をご馳走になることになった。

ツバキの部屋は一階にある。位置は佐々木さんの部屋の真下に該当する。

ツバキは現在高校三年生で、僕が中退した高校の後輩・・・になるはずだった子だ。

実際に僕と彼女が高校生活を共有したことは一度もない。

なぜなら僕は彼女が入学してくるよりも前に中退してしまったからだ。

そんな彼女がなぜ僕を先輩と呼ぶのか、なぜまだこんなカタチで付き合いが続いているのか。

そのあたりの説明はとりあえず省くとする。


「そんなことよりなんで佐々木さんまでいるんですか?」


「ふむ、アキヤ君の残念パーティーと聞いて俺も駆けつけたわけだ」


「へえ、最近のパーティーはすごいですね、主賓がその企画を知らないんですから」


「サプライズパーティーという言葉を知っているか?アキヤ君」


「あんた調子のんじゃねえぞ、しかも僕のバイト先覗きに来ただろ・・・・!」


「ぬ、なぜばれている!?おい、ツバキ君、これはいかに!?」


ツバキの部屋は僕の部屋より一回り広い。

内装はあまり女の子らしいとはいえないもので、飾り気のようなものが一切ない。

ただ家具を家に置いただけ、といった様子だった。

この部屋に入るのは初めてではないし、佐々木さんもそうだ。

僕らはくだらない話をしながら料理が出来上がるのを待った。


「はい、お待たせしました」


鍋の中にはホワイトシチューが入っていた。

ちなみに僕の好物である。


「でもなぜにシチュー?」


「えーと、三人いるし、いっぱい作れるし、かんたんだし」


「ふむ、うまいこと手抜きしたということか、さすがツバキ君だ」


「ち、違いますよう!」


「なんでもいいから早く食べようよ・・・・」


三人揃って『いただきます』をしてスプーンを手に取った。

ツバキの料理は今までに何度か食べたことがあるけれど、結構おいしい。

あまり手の込んだ料理とかを作ってもらったことはないが、なんというか、懐かしい感じがする。

一人暮らしの女子高生の作る料理なのだから、まあそんなものなのだろうけど。

ちなみに自慢ではないけど僕は一人暮らしを三年間続けているけどまともな料理は作れない。

そして佐々木さんはなぜかシェフ並の腕前を持つ。

なにせ一時期彼の職業が料理人だと思っていたくらいだ。

本人が否定と同時にその事実を隠匿してくれるよう僕に頼み込んだことから、

ツバキは彼が炎の料理人である事実は知らない。

あの味と比べればずいぶんチープな料理だが、でもおいしいことには違いがなかった。


「それで、アキヤさん明日からどうするんですか?」


「う〜ん・・・・・バイト情報誌でも貰って来て仕事探すよ」


「ははは、アキヤ君は季節ごとにクビになってるから、なんだかこの会話に季節感を覚えるよ」


「あなたは黙っていてください」


「確かに先輩ってクビになった回数が尋常ではないですよね」


「お前も何気にひどいこというな」


三年前、僕はこんな風に誰かと時間を共有できる喜びを知らなかった。

楽しい、嬉しいといった気持ちは今でもたぶん希薄なんだろうと思う。

でもきっと、彼らと過ごす時間は無意味なんかではないと思う。


もし仮に、カナタと僕とが別れたことで意味のあることが生まれたのだとしたら、

きっとそれは彼らと出会えたこと、彼らと一緒にいられたことだろう。

カナタも僕と同じように、僕の知らない誰かと一緒にすごしてきたのだろうか?

それは少しだけさびしいけれど、僕は心から嬉しく思う。

人と人とが繋がりあえることの喜びをカナタも理解してくれたらいいと思う。


もうあれから三年。

リュウジの死体は、まだ見つかっていない。




「・・・・・・・・・・・」


「先輩?せんぱあーい?」


「おうわ!?」


「・・・・・おうわ?」


「いや、何?何か?」


「先輩、時々物思いにふけってますけど、なんだかおじいちゃんみたいですよ?」


「・・・・・・・・・・・・・・」


「はっはっはっはっはっは、おじいちゃんか、はっはっはっはっはっは!!」


笑いすぎですおっさん。


「先輩、色々考えたりするのは悪いことじゃないと思うけど」


「・・・・うん?」


「でも、あなたがそうして考えている間にシチューはどんどん冷めていきます」


スプーンの先で僕の皿を指し示して微笑んだ。


「幸せもきっと、どんどんなくなってしまうものだと思いますよ?だから、考えたり、迷ったり、苦しんだりしながらも、私たちはちゃあんと、目の前のことと向き合わなきゃいけないんです」


「わかってるよ」


「本当ですか?だったら、とりあえずシチューを食べちゃってくださいね。片付きませんから」


にっこりと微笑む。

なんとなく、肩の力が抜けたような気がして僕も釣られて笑ってしまった。

僕はいつも、誰かに救われている。

誰かの笑顔に、助けられている。

こんなに幸せなことが・・・・・ほかにあるだろうか?






夜も更けて、月がきれいに見える頃。

僕らは解散してツバキの部屋を出た。

別れ際にツバキは『就職がんば!』とありもしない力こぶを作って見せていた。

それを見た佐々木さんのリアクションは、


『あんな細腕でよくそんなばっちりと男の顔に手形がつけられたものだ』


と、感心したように頷いていた。

というか、顔にまだ手形あったんだ・・・・・。



雪が少しだけ積もった道に出る。

僕は僕なりに出来ることをやってきたつもりだ。

だから、いまさらカナタに会って、言うことも言われることも何もないのではないか。

この三年間で僕らは出来る限り過去を処理し、清算しようとしてきた。

だからいまさら出会ったところで過去の罪を浮き彫りにすることしかできないのではないか。

僕らは結局理解しあうことも、否定しあうこともできないまま、あいまいに別れを告げた。

だからこそ、またあいまいな状態に戻ることだけは避けなければならないと思う。

でもきっとそれは建前で。


「僕は君の声が聞きたいと・・・・ずっと願っていたんだ」


だからって、何かが許されるわけじゃない。

しいて言うのならこれは罰だ。

永遠に彼女という存在を憎み、呪うと同時に愛し続けること。

そうすることで僕は彼女の存在をわすれない。きっと彼女も僕を忘れない。

だからそれでいい。今までどおりでいい。


携帯電話とメモをポケットから取り出して、番号をプッシュした。


彼女の電話のコール音を聞きながら、明日に思いを馳せる。

明日になったら無料のアルバイト冊子をもらいにいこう。

それから履歴書をまた書かなくちゃいけないな。

きっと生活は苦しくなるだろうから、またツバキや佐々木さんにお世話になるかもしれない。

がんばって生きていかなきゃいけない。たとえそこに意味や理由がなかったとしても。

生きて生きて生きていくことで僕は過去に報いることが出来るのだと信じているから。


『・・・・・・・・・・・アキヤ君?』


カナタの声に思わず決意が鈍りそうになる。

別れを告げよう。

そうして彼女のことを僕の中に記憶し続けよう。

きっと彼女は幸せになれる。

僕といるよりも、絶対に幸せになれる。

だから、別れを、



『 わたし、人を殺しちゃった 』








「え?」





え?


いま、なんて?




『これからまた埋めに行かなきゃならないんだけど』



「か・・・・・片瀬・・・・・?」


『手伝ってくれるよね?』




うそだろ?


なんでまたそんなことになるんだよ?


冗談だといってくれ、頼むから・・・・・。



「・・・そ・・だろ・・・・・?」


『うん?』


「うそ・・・だろ?」


『んー・・・・・さあ、どっちかな?』


「ごまかすなよ!!うそだろ!!!冗談だろ!?」


『・・・・・・・・・・・・・・』


「なあ・・・うそだろ?冗談だよな?なんで?そんな、そんなこと、また・・・・」


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


「片瀬ぇ・・・・っ!!!おまえっ!!なんでっ!!!」


カナタは答えない。

沈黙が絶望的なくらいに状況を語っていた。

彼女は幸せなんかじゃなかったのか?僕はさっきまで何を悠長なことを考えていたのか?


馬鹿か僕は・・・・・!忘れたくても忘れられない過去があるじゃないか!

折り合いはつけられても、なかったことにすることなんか絶対に出来やしない。

それは僕もそうだし、彼女もきっとそうだ・・・・。




『住所言うから、すぐに来て。場所は・・・・』


言われるとおりに反射的にメモしている自分が居た。

一方的にカナタは通話を切ると、世界に静寂が戻った。


真冬だっていうのにノドがカラカラだ。

なんでまた、僕はこんなに汗だくになっているのだろう?



もしも世界に神様というものが存在するのであれば、それは太陽ではなく月に似ている。


「・・・・・・・・・はっ・・・・・」


変わらない。何も変わらないさ。どうせ僕は人殺しなんだから。


「どうせ、僕は・・・・・・・・・」


目の前が真っ暗になる。どうすればいいのかわからなくなる。

三年前のように巧くやれるかどうかわからない。

とにかく頭の中がごちゃごちゃだった。今すぐ叫びだしたかった。

誰かに助けを求めたかった。どこかへ逃げ出してしまいたかった。



でも、僕は殺人鬼(ひとごろし)だから。



ゆっくりと目を開いて歩き出す。

そうさ、巧くやれる。一人や二人、変わらないさ。



明日のことなんてもう分からない。


僕たちはまた同じ過ちを繰り返し、同じ道へ到ろうとしていた。



誤字が酷かったです。

なんだか色々よくわからないまま連載しているので不安です。

次はちゃんと誤字チェックしてから更新したいです。まじで。

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