久遠ノ月(3)
先輩が出て行ってから三十分。
私は自室のコタツに入って窓の外を見ていた。
彼が最後に言い残した事。それはある意味遺言でもあった。
でもあんなの私は納得できない。したくもない。
「まあ、妥当といえば、妥当なんだろう。アキヤ君らしいともいえる」
佐々木さんが口を開いた。
さっきから何杯もお茶をおかわりしているあたり、本音は緊張していそうだ。
残る一人、派手な服装のお姉さんはコタツで寝ている。
「せっかく明日はクリスマスイブなのに・・・・」
思わずつぶやいた。
私たちは出会ってまだほんの数日だ。
先輩と佐々木さんとは古い仲だけど、ルミアさんもカナタさんもまだ別れるには早すぎる。
もしかしたら今年はみんなで騒ぐクリスマスもありえたかもしれない。
だったら何故今日なのだろう。今日二人が決着をつけるのは何故?
「縁起が悪いのかもな」
私の疑問に佐々木さんはそう答えた。
クリスマスイブにはあまりいい思い出がないのだそうだ。
そういえば先輩はいつもクリスマスは外出していていなかったと思う。
誰かと遊んでいるような気がしていたけれど、そんなことはない。
先輩は人と関わるのを極端に恐れる超絶ヘタレなのだから。
テーブルに突っ伏してまぶたを閉じた。
時計を見つめて待つのなんて私には耐えられない。
まどろんでいく意識の中、私はカナタさんの姿を思い出していた。
誰にもとらわれない、颯爽とした歩みを進める彼女。
私は彼女のことを思い出す。
彼女を以前みたのは・・・・確か・・・・・。
⇒久遠ノ月(3)
「ふう・・・・・」
ため息をついた。
深夜の山は真っ暗で足元さえよく見えない。
月明かりを頼りにしようにも、木々に遮られて光は僕の下へは届かない。
まるで三年前の再来のように、僕は道なき道を歩いていた。
カナタが部屋を飛び出して向かった先はどこか、僕はなんとなくわかっていた。
わかっていたけれど、まずはカナタのマンションにいって、車がないことを確かめた。
あとはカナタが行きそうなところはひとつしか思い浮かばなかった。
僕らがリュウジを、そして名前も知らない誰かを生めた山。
そのふもとにカナタのオープンカーが打ち捨てられるように停まっていた。
深夜の山道を登るのは想像以上に疲れる。
時間の経過もよくわからないまま僕は上り続けた。
背中に背負ったバッグには様々な凶器が入っている。
真冬だというのに額にはじっとりと汗がにじんでいた。
それをコートの袖でぬぐって、空を見上げる。
山の中、ぽっかりと開けた場所に出た。
その場所だけは木々に遮られることなく、月に照らされている。
小さな池と、その周辺の枯れた木々。
今となっては見慣れた景色の中に足を踏み入れた。
一息ついてから、さらに一歩、一歩と奥に足を踏み入れていく。
「やっぱりここか」
足を止めて、畔に立っていたカナタに声をかけた。
彼女は感情の篭らない無機質な目で僕を見ている。
こうなるのはある意味当然だったのかもしれない。
『カナタは、自分に近づかれるのを恐れてるガキみたいなもんだ』
ルミアさんが、出発する前僕に語った言葉。
『あいつの世界はお前と、自分と、それ以外というカテゴライズでしかくくられていない』
僕もそんなことは理解していた。だからなんとも思わない。
『お前もそうだが、近づきすぎることで失った時の悲しみは何倍にも膨れ上がる。結局お前らが恐れていたのはそういうことだ』
全く持ってその通りだ。僕はただビビってただけだ。
『それをなかったことにしたいからあいつは殺しを止められない。お前を誰かに奪われる恐ろしさや、お前に裏切られる恐ろしさが、あいつをおかしくしてんのさ」
そうだ。僕はあの時逃げ出した。彼女と向き合うことから。恐ろしかったから。
『本当は三年前も今も、お前はあいつが落ち着くまで傍に居てやるべきだったんじゃねえのか』
僕は結論を急いでいたのかもしれない。僕自身の決着を急ぐあまり、彼女の気持ちを忘れていた。
『だからケリつけんならもう、お前らが直接付けるしかねえだろ』
それは僕もそう思う。だから、決着を付けなければ。
『殺して失うってことがどういうことか、あいつにわからせてやんねえとな』
裏切られるくらいならいっそ、というその自己防衛を、僕が殺さなければ。
カナタは、僕が殺さなければ。
「殺しあおう片瀬。僕とおまえと、分かり合うために」
「殺しあう?」
突然現れたアキヤ君は、わたしになにを言うでもなく、そんなことを言い出した。
その事に少なからずショックを覚える。
彼は殺し合いを望んでいる。あれだけ殺すなといっていた彼が。
胸がずきずき痛む。苦しすぎて呼吸を忘れそうだ。
彼の目は無色透明。何も語りかけてはこない。だから何を考えているのかもわからない。
わたしの質問に答えることもせず、彼はバッグから銃とナイフを取り出した。
それから扱い方をわたしに説明する。
淡々と、事務的に。
彼の気持ちは・・・・いつだってなんとなくわかった。
わたしたちはどこかで通じ合えていたんだと思う。
それをぶち壊しにしてしまったのはわたしだということはわかっているけど。
彼が何をしたいのか、何を望んでいるのか、わからないことは酷く不安だった。
「ねえ・・・・・・・あのね・・・・・その・・・・・・」
「僕は、おまえを殺したい」
「・・・・・・・・・え?」
片手をポケットに突っ込んで、もう片方の手でナイフを翳して見せた。
彼が一体何を言っているのか理解できない。
「おまえも、僕を殺したいんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・それは・・・・」
あの時はどうしてあんなことをしてしまったのか自分にもわからない。
なんだかすごく怖くなって、気づいたらああなっていた。
どうやって謝ればいいのか、そのことばかりずっと考えていた。
どうしたら元通りになれるのか、ずっと考えていた。
あんなどうでもいいような、些細な事で全てを失いたくなんかない。
だからわたしは逃げ出した。謝る方法を考えるために。
アキヤ君がここにやってきたとき、とてもうれしかった。
きっと許してくれる。そう思っていた。
けれど彼は今、目の前で想像もしていなかった言葉を口にしている。
それは確かに、そうだ。わたしは怖い。裏切られるのが怖い。
だからアキヤ君を殺したいと思った。でも、それは、だって・・・・・。
「僕は、おまえを独り占めしたかったんだ」
「え?」
「おまえは僕のものになりそうもなかったからさ。僕は、お前が誰かにとられてしまうのがすごく嫌だったんだ。バカみたいだけど、本当だ。だからいっそのこと、おまえが僕の手元から去ってしまうのなら、翼をもいで・・・・殺してしまいたいと思った」
「アキヤ君・・・・・・・」
「おまえのことが、たまらなく好きだったんだ。だけどおまえを殺してしまうことも、おまえと向き合うことも、何もかもが怖くてたまらなかったから、僕は逃げ出したんだ」
それは懺悔の言葉だった。
自分の罪と弱さに向き合った、彼なりの贖罪。
「理由を付けたり、なんともないそぶりをしておまえを避けてたのは僕だ。結局僕もおまえのことが殺したくてたまらなかったから。だから、僕らはもう、そういう決着をつけるしかないんだと思う」
「そんな・・・・・」
「そのせいで、おまえが人を殺してしまったり・・・・僕の大事な人が巻き込まれたり・・・・僕らの問題にこれ以上何かを巻き込んで壊しちゃいけないと思うから」
それは、自分たちのことは自分たちでけりをつけようと。
その責任を果たそうと。
そういうことだった。
わたしはそれに対して答えられない。
本当はずっと、彼と一緒にいたいから。
本当はずっと、彼の事が好きだったんだから。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どんな言葉を口にしたら、過去をなかった事に出来るのでしょうか。
どんなふうに振舞ったら、わたしたちの時間はやり直せるのでしょうか。
手に取った銃の重さ。
こんなものを持って居そうなのは、まあ、ルミアさんくらいのものだ。
ということは彼らも公認でアキヤ君はここに来たということになる。
わたしに、殺されてもいいと、彼らも、思っているのか・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった」
マガジンを装填して、引き金に指を添える。
「わたしも、アキヤ君のことが殺したい」
いつだったか、夢に見た景色。
わたしがいて、アキヤ君がいて。
そこにはきっと、多くの人々が居て。
この世界はきっと、すばらしいものだった。
駆け出す。銃を構える。
彼も同じように動き出す。
引き金にかけた指に、力を入れる。
いつか彼と過ごしたたった一日だけの幸せな日々。
彼の服を着て、一日中彼の部屋で過ごした。
一緒にミスターチルドレンを聞いて、オセロをした。
星空の下、たくさんの夢を語り合った。
銃の衝撃に驚く。
こんなもの、お互いにまともに撃てるわけがない。
互いにろくでもない方向にずれた照準にあきれながら、それを収めてナイフに持ち変えた。
彼は、わたしのことを名前で呼んでくれたことがない。
いつだって『片瀬』と距離をとってわたしを呼んだ。
あの時わたしが言いたかったこと。彼に名前を呼んでほしかったこと。
「・・・・・・・・・〜〜〜っ」
少しばかり照れくさくて、非日常的で、現実味がないような世界。
手を取り合ってわたしたちはいつまでも踊り続けていたかった。
この世界の全てが憎い。全てが愛しい。
そこに彼が居ればわたしにとっては楽園だった。
そこに彼が居なければ、その逆。
世界は相対的にその彩を変えていく。
わたしにとって彼は太陽だった。
「うわああああああああっ!!!」
ナイフを振り下ろす。
数時間前と似た光景。
月明かりに照らされた池を背に、刃を打ち合う。
思えば、最初に人を殺した時から、わたしたちはどこかおかしかったのかもしれない。
おかしくなる道を選んでしまったのは紛れもなくわたしたちであることに違いない。
だけど、誰が想像しただろう?
大好きな彼と、いつかナイフを取り合って打ち合うことになるなんて。
殺しあうことに、なるなんて。
考えたくもない。こんなの悪夢に一番近い現実だ。
なのにどうしてだろう。
心が穏やかなのは。
彼に殺してもらえるのなら・・・・・・それも・・・・悪くないか。
けれど、手加減を彼の目が許さない。
わたしたちは真剣に殺しあって、真剣に答えを出さなきゃならない。
そこに手加減なんてあってはならない。
「本当はずっと前から・・・・こうなるような気がしてたんだ」
彼が距離をとってつぶやく。
「だってそうだろ?僕は・・・・僕たちはさ・・・・リュウジの時から、お互いを尊重するために殺すって方法を選んだ。お互いの罪を黙認するっていう方法を、選んだんだ。だからそれから先、それをしないことは、過去の過ちを認めることになるから・・・・・」
そう、だから逃げられない。
気づけばやってしまうのはそういう理由もあったのだろう。
心が、体が、彼と選んだ未来を否定する事を恐れていたのかもしれない。
「だけど僕はそんな間違い続けていく未来はだめだと思うんだ。だから、僕らは殺しあって、それで最後にしなきゃならない」
いつだったか、イオリ君がわたしに言った言葉を思い出す。
たった数日前の出来事のはずなのに遠い昔のように感じる。
彼はわたしが人を殺してしまう理由をわかっていたのかもしれない。
だから自分を殺させて、わたしとアキヤ君を引き合わせた。
彼を信じていたのか。わたしを変えてくれるのは、変えられるのは、彼しか居ないと。
ナイフが打ち合う。
それはどこか幻想的で現実味のない空虚なダンス。
虚空を舞うようにわたしたちは何度でも交わった。
痛みも疲労も感じない。それは現実的ではなかったけれど、筋道は通っていた。
もしこれから先自分たちが変わっていけるとしたら、それは根源から道を正すしかない。
わたしたちはお互いを殺し合い、否定することで、過去を否定し、現在を肯定することで、分かり合う。
彼は言った。分かり合おうと。
血のにおいがする。
空に鮮血が舞う。
彼は、アパートでわたしに切り刻まれた後だった。
全身に血をにじませながらも必死で腕を振るう姿は、どこか美しくすらある。
時間の経過がとても穏やかだ。
ずっとこうしていたいような気もする。
利き手である右腕は既に負傷して血まみれだった。
ぼたぼた血を流しながら、呼吸を乱しながら、彼はナイフを振るう。
そんな怪我で、最初から勝ち負けなんか決まったような勝負に乗り込んできたの?
決着がつくのはもうすぐだと思えた。どちらにしろ素人同士の打ち合いだ。長くは続かない。
それ以前に彼はもう、腕を上げられなくなってきている。
やがて利き手を諦めて左手にナイフを持ち替えた。
だらりとぶら下がった右手。弱いものいじめでもしているようにわたしの優勢は変わらない。
ずっとこうしていたかった。こうしてみたかった。そうしたらどうなるのか試したかった。
なのに、その結果、わたしはどうしようもない悲しみに襲われている。
そうだ、わたしたちが選んだ道はこういうことだ。
どうして、どうして、どうして・・・どちらか片方だけでもいい。
相手を傷つけたっていい・・・・・その未来を否定してあげられなかったのだろう?
お互い傷つけあうことを恐れて、結局自分を守るために間違い続けた。
間違いだと認めたくないから、間違いだと理解したくないから、間違い続けた。
そんなのはもう、本当に、子供のようで。
「あ」
その声は同時に漏れた。
空をくるくると、くるくると・・・・銀色の光が舞っていた。
その持ち主であるアキヤは、呆気にとられ、それから諦めたように晴れやかに微笑んだ。
「僕の負けか」
わたしの勝ちだった。
そんなの当たり前だ。わかりきったことだった。彼は最初から傷だらけだった。
だったらなんで、どうして、こんなことを?
「・・・・・・・・・・・・・・殺す必要まではないでしょ?」
「いや、あるよ。どっちかが一度死なない限り、僕らは痛みを背負えない」
「痛み・・・・・・?」
「悲しみや苦しみ、痛みは人を苦しめるけど・・・戒めにもなる。僕らはお互いを傷つけあって、もっとちゃんと理解しあうべきだったんだ。でもおまえとこうして刃を打ち合ってみてわかる・・・・」
両手を広げ、わたしを受け入れるように。
「僕たちはわからなかったわけじゃない。わからないフリをしていただけだ。だからどっちかが消え去れば、その痛みと世界を背負って、強く生きていけるよね」
そうだろう? と、微笑んだ。
そんなわけがない。彼が居ない世界なんて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ。
「そっか・・・・・・・・・・・・・」
彼が居ない世界を恐れていた。
けれど何より、彼とわたしはお互いに囚われていたんだ。
お互いが間違っていることを知っていたから、忘れる事も、傷つける事もできなかった。
お互いがお互いを縛り付ける強固な鎖になっていた。
鎖を断ち切ることでしか、わたしたちはもうやり直せない。
そういうところまで来てしまっているんだ、と。
ナイフを捨てて、銃を構える。
両手で一生懸命に。この距離ならどんなへたくそでもはずさない。
せめて、せめて、せめて。
彼を殺してしまう罪の感触から逃げられるように。
それくらいのことは・・・・・許してもらえるでしょう?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・殺すね?」
「うん」
引き金に人差し指をかけて、力をゆっくりこめる。
彼はそれを見て安心しきったように、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「これできっと、強く生きていけるよね・・・・・・・・・・・カナタ」
乾いた音が空に響く。
衝撃で軽く背後に飛んで、傾斜を転がり落ちていく。
それは間違いなく命中したという証。
彼がゆっくりと、目の前から消え去っていく。
思わず手を伸ばした。
けれど届かない。もう届かない。当たり前だ。自分で殺した。
どさりと、しばらく転がった後、彼は倒れた。
暗闇に埋もれて・・・・彼は動かなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その場にひざを着いて、それから崩れ落ちた。
拳銃を捨てて、震える両手を見つめる。
「ずるいよ・・・・・・・・・」
どうして最後に、名前なんか呼ぶの?
そんなのずるい。ずるい。ずるい・・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・ああ・・・・・・・・・・あああああああああああーーーーーーッ!!!!」
『無視してるわけじゃないさ』
寒空の下、彼に出会った。
変わらない笑顔で、わたしに答えてくれた。
その声が、そのしぐさが、何よりうれしかった。
『片瀬ぇ・・・・っ!!!おまえっ!!なんでっ!!!』
わたしが人を殺したことを、何よりも怒ってくれた。
そして一緒に、悲しんでくれた。
『人助けしてたんだよ。悪いかよ』
いつでも誰かのためにがんばることを惜しまなかった。
自分に出来ないからって、諦めたりしなかった。
『うさぎーーーーーーーーーーーーー!!!!きたーーーーー!!!!』
子供っぽくて、無邪気で、純粋で。
一緒に居ると楽しくて、幸せで、幸せで・・・・・。
『・・・・・・・・・・・・・・僕、カナタの事が好きだ』
たった一度だけ、つぶやくように真剣な表情でそういってくれたこと。
それが何よりうれしくて、恥ずかしくて、怖くて、頭が真っ白になった。
『僕がっ!!僕らが!なかよ、く・・・・幸せになっちゃ、悪いのかよおっ・・・・』
いつも泣いていて、弱虫で、寂しがりやで。
『お前を殺したら、きっと僕はちゃんと生きていけるよ、リュウジ』
間違うことにすら素直で従順で、だからこそ、認められなくて、そんな自分が受け入れられなくて。
『僕は、おまえを殺したい』
ひたすらに不器用で、でも決して逃げ出す事だけはしないようにと、ひたむきだった。
大好きだった。絶対に失いたくなかった。
間違えてたってよかった。こんなに悲しいなら死んだ方がましだった。
どうしてあの時、あの時、あの時・・・・何度でもあった未来を変えるチャンス。
わたしが臆病じゃなかったら。わたしが彼を傷つけられたら。傷つけられる覚悟があったら。
こんな結末にだけはならなかったはずなのに。
悔やんでも悔やんでも悔やみきれない。
全てを呪いたくもなる。
けれどそれがわたしたちの終わりで、選んだ結果なら・・・・・。
そこから目をそらす事なんて絶対に許されない。
もう動かない、アキヤ君。
停止していた何かがあふれ出すように、泣いた。
泣いて泣いて、どうしようもないくらい泣いて。
とても月がきれいな夜だった。
皮肉なことに日付は変わってクリスマスイブ。
ぼろぼろの心と体でわたしは歩き出す。
立ち止まることはもう出来ない。こうなった以上、未来を受け入れるしかない。
でもねアキヤ君。
あなたの居ない世界は、あんまりにも寂しすぎるよ。
わざわざ殺す必要なんかなかった。死ぬ必要なんかなかった。
だからあれは彼なりのけじめ。わたしなりのけじめ。
どちらかが命を落とすまでやりあって、過去の間違いを認めること。
そうして人殺しの自分たちにふさわしい痛みを手に入れること。
彼はそれをわたしに送ってくれた。教えてくれた。
でも、立ち去れない。
涙を流して、そこで泣き続けるしかない。
ならばせめて諦めさせて。
後どれくらい泣いたら、わたしは彼を諦められるだろう。
それはきっと無理だ。けど、偽善でも、わたしは、諦めなきゃならない。
強く生きていくことを。彼と生きていくことを。夢を見ることを。
そうしてわたしは正しい生き方を模索していく。
それがどれだけ過酷な未来でも。
それがわたしと彼の物語の終わり。
ほんのわずかな物語の終わり。
彼は間違えて。
わたしは選択した。
それからの事はよく覚えていない。
ただそれが、わたしの中にある彼との最後の記憶だった。
なんだか長々続いた今作ですが、次で終わります。
やたら長くなりそうな気もしますし突っ込みどころも色々ありますが、今しばらくお付き合いください。
はー、明日休みだ・・・眠いけどいっきにやるか・・・。