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久遠ノ月(2)



結論から言うと。


ツバキちゃんは頭にたんこぶが出来た程度の怪我で済んだ。

僕はいたるところに包帯を巻いて、痛み止めの薬を貰った。

落ちていたカッターナイフの破片を丁寧に拾い集めて、僕はテーブルに置いた。

佐々木さんとツバキちゃんと僕。

三人でコタツを囲んで沈黙している。

佐々木さんの登場で僕の心は少しだけ落ち着いていた。


「さて、どこから話したものかな」


佐々木さんは湯飲みを傾けながら口を開いた。


「俺がこのぼろアパートに引っ越してきたのは・・・アキヤ君、君が居たからだ」


「僕が・・・・ですか?」


「君は三年前、衣川リュウジという少年を殺しているね」


「えっ!?」


声をあげたのは僕ではなかった。

驚いたのは僕もそうだが、何よりツバキちゃんが一番だったのだろう。

彼女は、彼女だけは、本当にこんな血なまぐさい話とは無関係だったのだ。

だからあらかじめ僕は彼女には席をはずしてもらう、あるいは僕か佐々木さんの部屋に移動するべきだと提案した。

けれどツバキちゃんは絶対に嫌だと言って聞かなかった。

結果、彼女は知る必要のなかった事実まで知ることになった。

いや、知られたくなかったのは誰より僕だ。

僕は彼女の前ではいい先輩でいたかった。

そんなの僕の都合のいい自分勝手な願いに過ぎないのに。

だから顔を上げることも口を開く事もできない。

うつむいたまま、僕は否定もせず肯定もしなかった。


「そんな・・・・リュウジ先輩は行方不明だったんじゃ・・・・」


「彼は色々あって結局アキヤ君の手で殺されたのさ。そのあたりは細かく説明すると、」


僕の方を見る。

たぶん僕は無表情に、けれど信じられないほど怒った目をしていただろう。

ツバキちゃんが、驚いて息を呑むほどに。


「まあこんな具合だから詮索しないほうがいい」


「・・・・・カナタさんも、関係者なんですね?」


「そうだ。あの子もまた、四人の人間を殺しているからね」


「そんな・・・・・・・・・・・」


ツバキちゃんが口を押さえて黙り込んだ。

これで終わった。僕と彼女の関係は終わりだ。

へたしたらツバキちゃんはこのまま警察に連絡するだろう。

だから僕はそれまでの間にケリを付けなきゃならない。

カナタに会いに行かなきゃならない。


「俺はまあ、リュウジ君の実家とは多少の関わりがあってね。その依頼で俺はアキヤ君のことを監視することになった。よく後をつけたりしていたのはそのせいだから、許してほしい次第だな」


「構いませんよ、そんなの」


「だろうね。そして俺の依頼人っていうのが」


「あたしだ」


それはいきなり窓から入ってきた。

もう見慣れたというか、特に違和感なく見えるおかしな格好。

きつい獣のような目の女、衣川ルミア。

あいているコタツの四方の一片に収まると、改めて口を開いた。


「あたしとそいつは探偵仲間でね。ま、コミュがあったのさ。そんで気になってた弟の死の真相について、そいつに調べさせたってわけだ。もちろんお前のことだけじゃない、カナタのこともな」


「何のために?」


「前にも言ったと思うが、別になんともしねえよ。強いて言えばあたしはお前とお友達になりたかっただけだ。お前という個人のエピソードに、あたしは必要な存在じゃない。ただリュウジの姉貴という位置に居る以上、お前をどうにかしてやる義務はあるのかもしれないが」


「弟の罪は自分で償うってことですか」


「そういうつもりはねえさ。ただまあ、こういうことになるだろうなーとはなんとなーくわかってたから、あたしに出来るのはお前とあいつを応援してやることくらいだ」


そう言ってルミアさんがテーブルに持ち出してきたのは、拳銃とホルスター。そして分厚いコンバットナイフ。それらをいくつかゴロゴロひっぱりだした。

ツバキちゃんが軽く悲鳴を上げた。僕もさすがにびっくりした。

この人が出すんだからおもちゃってことはないだろうし。

ずっしりとした質感のそれを手に取る。

何をしろといっているのか、その意味はなんとなく僕にはわかった。

この凶器たちを手にして僕らが出来ることなんてそれだけなのだから。


「三年前お前がしたように、もう、どうしようもなくなっちまったのなら」


「存分に殺しあえ、ですか」


僕の問に皮肉なまでに楽しそうに歪められた彼女の頬が答えてくれた。

なんとなくこうすることしか解決方法がないような気は、確かにしていた。

佐々木さんは落ち着いた様子でお茶を飲んでいる。

僕は目を細めてそれを覚悟しようとして、


「だ、だめっ!!ダメですよう!!」


ツバキちゃんの悲痛な叫び声にそれを阻まれてしまった。

彼女は目にいっぱいに涙をためて、僕の手を取って首を横にぶんぶん振っている。

そんなに振ったらとれちゃうよ?ってくらい振っている。


「あなたもなんてものを渡しているんですか!?そんなのダメ!絶対だめです!」


「ツバキちゃ・・・・プギャー!」


顔面を引っぱたかれた。

僕は呆気にとられる。


「逃げるなっ!!」


それは、僕の胸に酷く響き渡った。

彼女はこぼした涙をぬぐう事もせず、僕を見つめていた。

涙?

彼女は僕のために泣いてくれているのだろうか?

僕が人殺しだって知って。

カナタが殺人鬼だって知って。

こんな、どうしようもない僕だって知ってるのに。

彼女は僕とあいつのために、泣いてくれている・・・・・・。


「自分たちだけが特別だと思わないで!悲しい事も辛い事も、いっぱい、いっぱい、いっぱいあるんですよ!?みんな辛くて悲しくて寂しくてどうしようもないけどそれを投げ出したりしちゃいけないんですよ!その度合いには個人差があるかもしれない!!でもそれに耐えられなかったからって、非日常に逃げ込んだってなんにも、なんにも、なあんにもっ!!!絶対に楽しい未来なんか、待ってるわけがないじゃないですかあっ!!!」


目が点になる。

言っていることがよくわかるから。

僕は逃げていたんだろうか?

違うとは言い切れない。けど、やっぱり違うんだと思う。

なんとなく可笑しくなって、僕は頬を緩ませた。

それから彼女の頭に手を乗せて、優しく撫でる。


「そうじゃないんだ。僕は今すごく悲しいけど、でも、逃げたりなんかしない」


「・・・・・・・・うー」


警察に通報する?んなはずないか。

この子は本当にいい子だ。いい子過ぎて僕なんかにはもったいなかった。

もしもこれから先楽しい未来を想像してもいいのなら。

きみを、そのシーンに思い浮かべることを許してほしい。


「僕は馬鹿で不器用でダメでヘタレかもしれないけど、自分で選んだ結論から逃げたりしない」


おばあさんが僕に教えてくれたこと。

迷っても苦しんでも何があっても、また歩き出す。答えにたどり着けるまで。

それがどんな答えでも、それにきっと、僕は後悔しないから。


「ありがとう、ツバキちゃん」


だから微笑む。彼女の涙が力をくれる。

傍に誰かが居てくれた幸せに感謝したい。

どうしようもない現状だけど、僕が選んで道を往くのなら、それはきっと間違いなんかじゃない。


「僕は、あいつとちゃんと、けりをつけたいと思います」


銃を手放さないまま僕は言った。

それが僕の選んだ答え。


「それと、みんなにひとつ、お願いがあるんだ」


全員が僕に視線を集中させる。


「もし、僕が・・・・・・・・・・・・・」




言葉を紡ごう。

彼らに最後、僕が何か期待することくらい、許されてるはずだから。

それくらい、僕は僕を許してやれる。



行こう。彼女と分かり合うために。




それはあの日の、月のきれいな夜に似ていた。







⇒久遠ノ月(2)








それで。

ああ、なんだっけ。


僕とカナタは、夜が明けるのを待って、早朝、山を降りた。

深夜走り回った僕も、暴行を受けたカナタも、正直ぼろぼろだった。

僕は当時実家に住んでいた。カナタもたぶん、そうだと思った。

そのままカナタを家に帰すなんて、そんなことは出来なかった。


僕の家族について、いきなりだけど語ろうと思う。

僕の家族は、はっきりいって、ものすごく平凡だ。

不幸な事情なんかひとつも見当たらない。ある意味とても幸せな家庭だった。

僕はそこの一人っ子として生まれた。

一人っ子ゆえの期待なんかもあったけれど、僕はそれを苦に感じなかった。

寡黙だけれど優しい父。

口うるさいけど気前のいい母。

そして僕。

そんな平凡な家庭に育ったからこそ、僕は『普通』になるのが嫌だったのかもしれない。

家庭に文句を付ける気はさらさらない。けれど、僕は普通が嫌だった。

誰かの中で特別になりたかった。世界は毎日平然と僕のことなんか知らん顔で流れていく。

世界のどこかでは今日も戦争があって、多くの人が死んで、悲しんで。

そんな風になってほしくはない。けど、普通なのも嫌だった。

今思えば始まりは自分が誰かの特別になりたいという、幼い感情だったのかもしれない。

正義の味方になりた。そんな夢を持った。

けれど世界はそんな僕も見てはくれない。

僕は誰にも愛されていないんじゃないか、そんな気にすらなった。

それから僕は苗字が嫌いになった。

はっきりいっておくけれど、家族が嫌いになったんじゃない。

僕は、家族に対して恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。

あんなに幸せに育ててくれたのに、僕はどうしてだめなんだろう、と。

中学生の僕はそんなことばかり考えていた。

いつのまにか他人に馴染めなくなってしまった僕。

いつか、どこか、誰かが世界を変えてくれることを待っていた僕。


そんな僕が、何より家族に対して、申し訳がなかった。


「寄ってきなよ」


立ち去ろうとする彼女の手を引いて、僕は歩き出す。

けれどカナタは足を止めて、首を横に振った。


「そこまで迷惑かけられないから」


「・・・・・・・・・・・・・・頼むよ・・・・いいからさ」


無理矢理にでも笑って見せた。

カナタはそれを見て、仕方なさそうに頷いてくれた。


そんで、僕は家に帰ったら父に頭をぶったたかれた。

すんげえ痛かったけど、けど・・・・・それで涙が溢れた。

自分はどれだけ子供だったか思い知った。そして何より彼らに大して申し訳がなくてたまらなくなった。

両親は深く僕らのことを詮索しなかった。

カナタにシャワーを浴びさせて、ついでに僕も浴びて、僕の服を彼女に貸した。

サイズが大きすぎてぶかぶかのそれを身に付けてカナタは少しだけうれしそうに微笑んでいた。

平日の学校。僕は初めて学校をサボった。

僕らは部屋でそれからいろんなことを話した。

とめどないことを、話した。

彼女がポルノグラフティが好きだってこと。

僕はどっちかっていうとミスターチルドレンのほうが好きだっていうこと。

好きなアイスの話。

クリスマスにちなんで、サンタクロースをいつまで信じていたか、なんてこと。

苦手な科目。好きな芸人。

昔見た映画の話。

それから僕らはステレオから流れるミスチルを聞きながら、オセロをした。

子供のころ、父が買ってくれたもので、ひっぱりだしたら埃がすごかった。

箱の中であの頃の彩を失っていなかったそれを、テーブルに二人で並べた。

子供のころ、僕はオセロじゃなくてウルトラマンの人形がほしかった。

だからずいぶん、駄々をこねたものだ。

父は困ったように僕をなだめ、一緒にオセロをしてくれた。

父はそれからしばらくしょんぼりしていた。

母は、「あなたと一緒に遊びたかったのよ」と僕に告げ口した。

それから僕が一緒にオセロしよう、というと父は喜んで付き合ってくれた。

そのくせ負けず嫌いで、手加減一切しないから僕はよく負けてないてたっけ。

中学生まで、ヒマさえあれば僕らはオセロをした。

それは誰かと繋がっていたいという僕らの気持ちが詰まったボードゲーム。

白と黒の色をめくってはめくり、めくってはめくり。

めくるめく白黒の世界。僕らは何度でも世界を塗り替えた。

日が暮れるまでオセロをして。

さすがにおなかがすいたのでダイニングキッチンに向かうと、カナタの分も夕飯が用意されていた。

それから母はカナタがすっかり気に入ったのか、頻繁に話しかけていた。

父は何故か気に入らないらしく、僕をジト目で見つめプレッシャーをかける。

困ったように笑いながら、でもうれしそうに、僕に助けを求めるカナタ。

そんな食卓。


僕らはひとつのベッドの上、窓の外を眺めながら眠った。

ひとつのヘッドフォンを僕らは一緒に使った。

夜までポルノグラフティやらミスターチルドレンやらを繰り返し聞いた。

それから僕らは、お互いが知らなかったことを話した。

僕の話の大半はリュウジのものだった。

それを話している内に、僕は悲しくなってまた泣いた。

カナタはそんな僕の手を握って、寄り添ってくれた。


次の日の朝、僕らは玄関先で別れた。

家まで送るという僕を断って、彼女ははにかんだ笑顔を浮かべて帰っていった。

それがたぶん、彼女と僕がちゃんと向き合えた最後の時間だったと思う。

それからの僕らは、間違った方法でしかかみ合えなくなってしまったんだと、そう思う。






それからさらに翌日。町はクリスマスムード一色。

実際その日はクリスマスイブで、僕は学校に登校せず、しかし入り口であいつを待っていた。

リュウジはまだ顔面あざだらけだった。僕を見つけるなり、何事もなかったかのように会釈した。

そうして僕らはそのままの足で、隣の市まで歩いた。

数日置いたことで僕の中に怒りより真相を知りたいという気持ちが強くなっていたのかもしれない。

僕らはカナタが閉じ込められていた、あの倉庫に向かった。

夕暮れの倉庫で、僕らは向かい合った。

深呼吸して、言葉を紡ぐ。


「本当の事を教えてくれ、リュウジ」


薄暗い倉庫の砂埃でよどんだ空気。

空気中に舞い散るそれを夕日が浮かび上がらせている。

それは光の柱のように無数に倉庫に差し込んでいた。


「本当の事なんてねえよ。あれが事実だ」


「頼むから言ってくれ・・・・僕は、そうじゃないと納得できない」


「・・・・・・・・・・・・・」


リュウジは腕を組んで、しばらく悩んでいた。

目をそらすわけにはいかなかった。こいつを見ていると今でも怒りが湧いてくる。

でも、知らなければいけない。僕は、その義務があると思ったから。

やがてゆっくりと、寂しげにリュウジは語りだした。


「オレ、お前の事、結構マジで・・・・・友達だと思ってたんだぜ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「好きだったんだ・・・・・お前の・・・ダメなとこも含めてさ・・・・・オレにとって心を許せたのは・・・お前だけだった・・・・いつでも・・・な」


僕は黙り込む。

僕だってそうだ。でも、だったら、どうして?


「オレは最初、お前には人殺しの才能があると思った」


「え?」


あまりに意外というか、途方もない話に僕は眉をひそめる。

それを見てもリュウジは気にせず続けた。


「オレは、この世界から居なくなりたかった」


「・・・・・・・・・・・・・どうして?」


「どうして、か・・・わかんねえよ。でも、疲れたんだ。普段のオレを見てれば、わかるだろ?」


そうだ。こいつは人気者でいつも人の環の中心に居るようなやつで。

容姿端麗成績優秀運動神経抜群。

でも、そうじゃない。

こいつは、人に合わせてないと、怖くて仕方ないだけだ。

だから人に好かれた・・・フリをするのが、絶望的にうまいだけ。


「オレたちは誰かと関わってなきゃ生きていけない弱い生き物だ。オレは、誰かに嫌われたり仲間はずれにされるのが・・・たまらなく恐ろしかった。なのにそれを平然と行うお前には、正直、羨望の念すらあった」


「それは・・・・・・・・・僕だって同じだよ、リュウジ」


僕に言わせればすごいのは君の方だ。

僕はリュウジのように生きられなかったから環から外れてしまいたいと思った。

自ら逃げ出した臆病者だ。だから、リュウジを見て、尊敬して、惹かれたんだ。


「それはわかってた。だから・・・・笑ってもいいぜ?オレは・・・お前と進む未来なら、すげえ、楽しい事とかあってよ・・・・・」


それは、


「なんつーか、バカやりながらも幸せになれんじゃねえかって・・・・なんとなく信じてたんだ」


僕の・・・・・・・。


「だから・・・・・・・許せなかったのかも知れねえな」


「・・・・・・・・・カナタが?」


「あいつは横から現れて、おめえを掠め取って行っちまった」


「そんな理由なのか・・・・・?」


「お前にとってはそうかもしれねえな・・・・けど、たった一人の親友を失くすことがどれだけオレにとって恐ろしかったか・・・・わかんねえだろ?」


ふと、思う。

逆の立場だったらどうだろう?

カナタのことをこいつが好きになって。

カナタとこいつが仲良くなって。

僕を置いていってしまったら・・・・。

想像しただけで僕は胸が詰まりそうだった。

当たり前じゃないか・・・・僕たちは、僕たちしかいなかったんだ。

僕にはこいつしか、こいつには僕しかいなかった。

満足いくほど幸せではなかったけれど、でも、満ち足りた日々があった。

なのに僕は・・・・・・・・・・・・・・。


「最初にも言ったが、人の環から外れたお前には人殺しの才能があると思った。はじめ、お前にはオレのことを殺してもらうつもりで近づいたんだ」


「え?」


いつだったか。

こいつがそんなことを、語っていた気がする。


「最初からオレは、こうするつもりだった」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・リュウジ」


「正直我慢の限界なんだよ・・・・・マトモで居続けるのはさ。だから、終わらせてえんだ」


「だからって、カナタを・・・・・」


「あいつを壊す必要はなかったってか?だったら、その怒りをオレにぶつけて殺せよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・嫌だ」


「どうしてだ?お前の好きな女をオレはめちゃくちゃにしてやったんだぜ?」


「それでも嫌だ」


「あいつの顔ったらなかったな、最初から諦めたような、いい表情だった。何をしても泣く事もわめくこともしなかったしな。まあ、おかげで『お楽しみ』にはならなかったけどな」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「どうした?やれよ」


歩み寄ってきたリュウジは僕の手にナイフを握らせる。

泣き出しそうな目で僕を見つめている。

目をそらしてはだめだ。


「あの時みたいに、力任せにオレを壊せよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・悪かったよ・・・ほんと、お前には・・・・悪いことしちまったなあ、クソ」


「・・・・・・・・・・」


「なあ、頼むから殺してくれや」


「・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・助けてくれよ、なあ・・・・・アキヤ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


手にしたナイフを強く握り締めた。

強く強く、握り締めた。

リュウジ。

僕の友達。

リュウジ。

僕の親友。

リュウジ。

もう一人の僕。



リュウジ・・・・・。




僕はポケットからナイフを取り出して、手渡された方のナイフを押し返した。

僕は最初から、そうするつもりでこいつを呼び出したんだ。

あの時の約束を果たしてやるために。

忘れたわけなんかない。忘れるはずなんかない。

正直に言えば、僕もこいつと似たような望みを抱いていたのだから。

そうだ、壊してもらうのなら、一番好きだったやつにやってもらうのがいい。

そんなの、僕だってそう思うから。

けど僕らは近づきすぎてしまった。失いたくないと、思ってしまった。

だからこうするしかなかったのかもしれない。けどそれは僕らの問題だ。

カナタは関係ない。あいつはきっとこれから幸せな人生になるはずだったんだ。

根拠なんてない。けど、僕はそう言える。

信じた未来を破壊したこいつを、僕は殺さなくてはならない。

そして・・・・・・僕もまた、彼女の前から消えねばならない。


だから、僕は、僕の意思で。


自ら用意したナイフで。


自ら育んだ殺意で。



「リュウジ」


「あ?」


「君にあえて、よかった」


「ああ」


思いっきりナイフを突き立てた。

心臓を一突き。だから、もうきっと助からない。

助けも呼べない。世界から切り離された暗い森の奥。

僕は、僕の親友を終わらせた。


「オレもだ、アキヤ」


口いっぱいの血を吐き出して、リュウジは倒れた。

僕はそれを抱きかかえて、壁際に引きずっていく。

もうすぐリュウジは死ぬ。けれど、即死ではないから時間がある。

僕は彼が死んでいく様子をその目に焼き付ける義務がある。

だから僕は隣に座った。


「・・・・はっ・・・・・なぁ・・・・・・・・・・・アキヤ」


「何?」


「ごめん・・・・・な・・・・・」


「・・・・・・・・・いいんだよ、もう・・・・僕は、怒ってない」


「・・・・・・・・うそつけ、バーカ」


「そうだね、きっとうそだ」


こんなことをさせたおまえに怒りがないわけがない。

けれどせめて、死んでいくときくらい、安らかに眠ってほしい。

血に染まった手をそっと握った。

リュウジは最後、泣き出しそうな顔で、満面の笑みを浮かべた。




それが、僕の親友の最後だった。






「なあアキヤ、もしもオレがどうしようもねえ間違いを犯しちまったら」


「なんだよそのたとえ。そんなの僕が知ったことじゃない」


「最後まで聞けよ。そうなったらお前、オレを殺せ」



いつかの夕暮れの図書室で、リュウジはそういった。

その時の言葉を、僕はきっと、永遠に忘れない。



「その責任と覚悟と、背負わなきゃいけねえ世界がオレたちにはあるんだよな」







それから僕は、動かなくなったリュウジの目を閉じてやって、引きずり始めた。





山から山へ。

リュウジを殺すのにふさわしい場所を、僕は探した。

ずっとずっとさまよって、たどり着いたのが、あの池。

冷え切った空の下、月明かりが照らすその底の見えない池のほとり。

突発的な殺人だといえた。けれど、殺すつもりだけは最初からあった。

持ってきていたのはスコップだった。

ここに来て人一人埋めることの難しさに気づく。

リュウジの鞄の中になにか使えそうなものがないか、探してみる。

そこには何故か、小さなのこぎりがあった。

丁度鞄にぎりぎり収まる程度のそれを手にして、僕は笑った。


「なんだ、おまえ」


こんなとこまで頭回るなんて、さすがだよな。

もう一度リュウジを見下ろす。

それから僕は、鋸のカバーを取って、月明かりに輝くそれをリュウジに押し当てた。





それからどうしたかは、特に言うべき事ではないと思う。




とにかく僕は、一通り仕事を終えようとしていた。




「お前を殺したら、きっと僕はちゃんと生きていけるよ、リュウジ」



最後、首に鋸を押し当てたときだった。

背後に人の気配を感じて慌てて振り返ると、そこにはカナタが立っていた。

僕は何も言えず、無駄だとわかっていても慌てて死体を隠すように移動した。

カナタは何も言わなかった。僕も何も言えなかった。

お互い見つめあったまま沈黙が続いた。

それを先に破ったのは、カナタの一言だった。


「手伝うよ、それ」


「え?」


「わたしも、手伝うから」


そういって彼女は僕の手から鋸を奪い去り、

それから、ぎゅっと、抱きしめてくれた。

それがとても暖かくて。

寒空の下、ばかみたいに汗だくになって鋸を振るっていた僕。

彼女は全部わかっていて、僕を責めなかった。


このとき僕らは決定的に間違えてしまったんだ。

彼女が僕を責めてくれたのなら、僕らはもう間違うことなんてなかった。

一時の安らぎや甘い感情のために、その後ずっと間違い続ける道を選んでしまった。

彼女はそれから、乾いた僕の唇に口付けをしてくれた。




時間が止まる音を聞いた気がする。




僕らは自分たちが何をしているのかわけがわからなくなるまで鋸を振るった。

二人でリュウジを埋めた。

罪を隠した。


全てが終わると、僕らはまた手を取り合って月を見上げた。

その日は皮肉なことにクリスマスイブ。

もしこんなことになっていなかったら、僕ら三人、楽しく過ごせたかもしれなかった日。

しばらくそうして月を見つめ、僕は最初から決めていた言葉を口にする。


「もう、会わないほうがいい」


それもきっと間違いだった。

僕らは同じ間違いを犯した。だから一緒にその間違いと向き合っていくべきだった。

そこでそういってしまったのは今思えばただ彼女の前から逃げ出したかっただけ。

子供みたいな感情、慟哭。

それに彼女はきっと気づいていた。

大人だったのは、カナタのほうだった。


僕たちは、そこでもう二度と会わない約束をした。

罪がばれてお互いが裁かれないように。

だから僕が知っているカナタはここまでで。

僕は、彼女のことを拒絶して・・・・逃げてしまったのと同じようなものだった。


去っていく彼女が、寂しそうに、名残惜しそうに、何度も何度も、振り返って。

やがて走り去っていくそれを見送って、僕はまた泣いた。

泣いてばかりでどうしようもない僕は、また泣き続けた。

彼女を失う事が何よりも悲しかった。

彼女と向き合うことが何よりも恐ろしかった。





そうして久遠の月から逃げ出した僕は、高校を中退した。





そろそろおわりです。

ねむすぎなのでねます。

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