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転校生の紹介です。

(何がどうしたら、一体こんなことに……)


長い溜め息も、それは幹兎にとって仕方のないことである。


「何をそんなに緊張するんですー?大丈夫。私の、これからのあなたのクラスは、とっても温かいの。むしろウキウキしてほしいですっ」


木ノ本 エリー(きのもと えりー)は言う。彼女は欧米の血が混ざった様な顔立ちからは、少々信じられないくらいに流暢な日本語を話す。


しかし先ほど幹兎には、四月から、つまりは学期の始まりからこの学校に外国からやって来た新米教師だと言った。


日本語も、ものの三日でマスターしましたよと嬉しそうに話すエリーは子供みたいだったと、幹兎は好感を抱く。


今日は五月である。


歩いている廊下の窓はまばらに開いていて、その上今朝から雲一つない快晴だ。魔技高の先生生徒、幹兎を含めたほぼ全ての人々の気分は明るい。


いくら不安がろうとも、幹兎は心の何処かでは多少の安心感を感じていた。


しかしあくまで多少、の話である。


その様子を見てエリーは首を傾げるが、御構い無しに幹兎は今朝のことを思い出す。





『小豆島 幹兎君、君は今、自分が今までとは違う世界にいることを自覚しているかな?』


のちに自己紹介されて、その質問をしてきた女性は宮下 法子だと知った。


『ああ、まあ。いきなり魔法を使えるか、なんて聞かれたら、そいつがおかしいのか、もしくは自分が狂ったのか。そのくらいは考えた。けど俺、もう少しで本当に狂っちゃいそうだ』


それはそうである。


魔法なんてもちろん今まで使ったこともなければ見たこともない幹兎が、いきなり住んでる世界を時空間移動させられたり、魔法はあって科学はないなんて言われれば、そうなるのは神でなくとも理解できる。


『幹兎君。君に理解してもらいたいことはたったの三つだけ』


一つ、と法子。


『ここはもう君の知ってる科学の世界ではなく、魔法の世界。全ては魔法で解決するし、今後この世界で科学なんて言葉を発せば、君は変人扱いされる。それも、魔法を専攻するこの、″魔法技術高等学校″ではなおのこと』


二つ、と法子。


『そして君は、魔法を使える体になっている。でも力はあまりないものと思って。私に人並みの力を与えることまではできなかった』


三つ、と法子。


『でも、君は科学も同時に使える。それはこの世界では特異なこと。だから、授業は魔法しか使ってはいけない。それどころか、日常生活でだって科学を使ってはいけない』


全て、言っている意味は理解できた、が、幹兎はそれをすぐに信じることはできなかった。


『そっ……そんなこと!……信じられっかよ。本当にここは俺の知らない街で、世界で、知り合いもゼロ?……いや、まあ知り合いがゼロってのはむしろ嬉しいんだけど』


そんなこと言うのには理由があった。ごくごく簡単な理由だ。


幹兎は生まれてこのかた、仲間外れにされなかったことはない。つまり、雑把に言えばイジメにあっていたのだ。


おかげで、幹兎の精神はボロボロだった。


だから最初は、神奈が魔法だのとほざいたときも、幹兎は自分自身が狂ったものと思っていた。それくらいに、幹兎は精神がみそっかすのようだった。


だから。だから幹兎は。


『……知り合いゼロか。んー。むしろ好都合かも』


なんて思い始めていた。それは、壊れかけの精神が成せる技だ。


『わかった。とにかく、そういう設定でこの学校に転校生として生きてけばいいんだな?』





「みーきーとくーん?大丈夫です?」


「おおわっ!」


回想を終えると同時に耳元から飛び込んできたその声に少し幹兎は驚く。


幹兎が気が付けば、エリーの足と、それと一緒に幹兎の足も止まっていた。無意識だったと心の中で笑った。


「ここ、二年C組が幹兎君のクラス。ちょっと待ってて、それで私が呼んだら入って来てねっ」


そう言ってガラリと元気良くドアを開ける。そのため幹兎の姿が一瞬教室中から見えてしまうが、それに気付いたのは学級委員長である神奈だけだった。


おはよう!と小学生見たいな挨拶が飛び交う。


本当に、温かいクラスなのかもしれない、と幹兎の口角が上がる。


ふと、幹兎は長い廊下の最果てに焦点を合わせる。


J組まで、計10クラスあるこの学年の、Gクラスまでの7クラスがこの階にある。1クラスは約三十人と少し。三学年合わせて千を超える、いわゆるマンモス校。それが魔技高である。


H、I、Jの三クラスは、この階の生徒よりも待遇が段違いであることを、幹兎はまだ知らない。


つまり劣っているクラスにいる時点で、いくら成績がよくても、神奈は落ちこぼれであることに変わりはない。いくら校内トップの成績を誇っていたところで……。


転校生の紹介を目前とし騒がしいクラスの中、神奈だけは虚ろだ。


「はーい!そーれーではー。小豆島 幹兎君!入ってオッケイデース!」


エリー自身、文字ですら表せないほどごく僅かに英語訛りが出てしまうほどには興奮していた。


ドアが幹兎の手によって開かれる。瞬間、教室に一瞬の静寂が訪れ、次いで大歓声と拍手喝采が一歩踏み出そうとする少年の足を圧倒する。


それでも少年幹兎は足を踏み込んだ。上がった口角が戻らないままに。


ゆっくりと一歩ずつ緊張を踏みしめて、やっと黒板の中央に立つ。


拍手歓声が止んだ頃にエリーが


「じゃあ、名前黒板に書いてから自己紹介」


こくりと子供のように頷いた。


視界の中央に半分のチョークを捉える。


そこに書かれていった″小豆島 幹兎″の文字は、どの角度から見たって歪んでいたが、教室中の生徒たち、彼も、彼女も、そんなことを気にする輩は何処にもいない。


幹兎が求めていたのはまさに、こんな環境だった。


書き終える。


「しょ、小豆島……幹兎です!ああ、ええと。魔法はあんまり得意じゃなくて、俺。だから、皆から見たらすっげー変かもしれないことをするかもしれない。俺田舎もんだからさーっ。でも、こんな俺でも、こんな小豆島 幹兎でも……仲良くしてくれたら超ちょうちょー!嬉しいっす!ってことで!よろしく!」


初日からこんなにテンションを上げて大丈夫だろうか、と幹兎は不安になる。


言い終えた瞬間に、今度は


「よろしく!」


男子の大声や


「ちょっとカッコ良くない?」


女子の小声が歓声と拍手に混じって響かせるが、それら全て、幹兎には終わった後の緊張で聞こえていなかった。


「じゃっ!幹兎君は神奈ちゃんの隣の、あの一番後ろの一番窓際の席に着いてね!特等席ですよー?だから真面目に勉強しないと怒りますからねっ?」


そこでやっと我を取り戻す幹兎、と、神奈は同時に


(よりによって……)


と思ったことは誰も知らない。


幹兎は過去のイジメられたトラウマから、どこか高圧的な人間が苦手だったし、神奈はただ単純に、面倒ごとの塊である幹兎が少々疎ましかった。


今朝、理事長である法子と幹兎の極秘の会話に、神奈も実は同席していた。ただ、科学の世界のことを知ってしまった、ただ巻き込まれた、というだけで。


本当は、この事態をラッキーと受け止めている幹兎より、奇っ怪なオカルトを現実として突き付けられた神奈の方が、今は混乱している。


それもあったからこその、虚ろな表情だった。


廊下の窓とは違い、全て開いた教室の窓。


それほどに無防備だというのに、風ですらこの教室の熱気には敵わない。

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