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出会う二人の微妙な距離

(あっ、れ……?)



今やっと、小豆島 幹兎(しょうどしま みきと)は自分の置かれた状況の可笑しさに気付いた。


目に映る上弦の月。


後頭部と背中と尻と……とにかく体の裏側が冷たかった。


そう、幹兎は今まさに川に浮いている真っ最中だった。


「んづっめだああ!」


急に感じられる夜の水の冷たさに驚いて、ただひたすらに、もがいた。シブキをあげる冷たい水が更に、幹兎の顔にかかって状況を悪化させる。


幹兎は別段泳げないわけではない。ただ、混乱によって脳が体に泳ぐ指令を出さないのだ。


条件反射で泳ごうとする幹兎の体を、身体的反射によるもがく動作で押さえつける。


熱いものを触って手を無意識的に引っ込めることを、意識的にしないことを出来ないのと同じである。


しかし幹兎は、科学的に証明されたその中学の理科で習うようなことすら思い出せず、ただ、ただ何故今泳げないのかについてが謎だった。


「やっ、ゅぐはぁ!んっ……んはあ!まっ、待って!……あぁ……」


(俺、死ぬのかな……)


発せられる声も動いている体も焦りに焦っているのにも関わらず、思考だけは何故か冷静に初めての死ぬ覚悟、をしていた。


するとそこを、幹兎の溺れている川と並走している道を、魔法技術高等学校、通称「魔技高」の生徒の放課後の隠れスポットであるこの川と並走している道を、一人の少女が歩いている。


このまま上手く溺れれば、およそカップ麺ができるのと同時に溺れ死ぬ少年幹兎に、少女が気付いた。


何か呪文のような、しかしそこまで邪悪なものにも聞こえないような言葉を呟く。もちろん幹兎にその珍しい言葉は聞こえない。


瞬間、少女の頼りない背中から、少女には似合わないような赤黒い手が一本、シュルシュルと幹兎の方へ伸びる。


それは、幹兎の腕をアザが出来るほどの力で掴んで、引っ張り抜く。


このとき、邪悪な腕が自分の命の恩人になるとはまだ思ってもみない幹兎は、阿呆らしく、助かったと安堵していた。


夜中の静寂が響き渡る道へ放られた幹兎。


ベタベタに濡れた髪を、犬の様にブルブル震わせて申し訳程度に水分を切る。


四つん這いになって荒ぶる肺を時間を掛けて落ち着かせる。すると幹兎の視界の隅に細い足が二本立っているのに幹兎が気付く。


その頃がした視線を、一歩前に出た少女の細い足が思い切り踏んだ。


そして苛立ち混じりの声音で一言


「助けてもらった礼も、手を煩わせた詫びも無いの?」


そこでやっと幹兎は自分が何故助かっているのか、さらに言えばどうやってこの一瞬で、川と道に挟まれたこの、高低差約5メートル、幅約5メートルの坂道原っぱを超えてこんなところまで上がれたのか、という単純明快で実に奇っ怪怪奇な謎に気付いた。


「もっ……申し訳ありがとうございました」


自分の口から発せられた感謝と謝罪のごちゃ混ぜな言葉に少し笑う。


「なにそれ」


それより、と少女は続ける。


「あなた……魔法使えないの?」


「魔法……?ってなんだよ、使えるわけないじゃん」


あくまで助けてもらった身分なのに、幹兎はこの世界の住人に対しては凄く不思議で、しかし凄く失礼なことを言った。


もちろん少女は聞き逃すわけも、それについて怒らないわけもない。


瞬間、先ほどと同じ邪悪な腕が再び姿を現し、そして幹兎のみぞおちに勢いつけて正拳突きをかます。


咳き込む。


それが治まった頃に気付く。


(……なんだ今の!?)


それはもう、科学の世界で生きてきた人間には信じられない光景で、しかし少女が生きてきた魔法の世界では日常な光景。


言葉すら出せずオドオドしている幹兎を見て、本格的に不信感と好奇心を少女は抱いた。


「あなた……名前は?」


「えっ……ああ、小豆島 幹兎……だけど」


そんな風には答えたものの、幹兎は科学世界ではいわゆる霊魂と呼ばれるべき目の前の存在から、どのように逃げようか考えていた。


逃げたところで魔法の知識が無い幹兎が魔技高トップの成績を誇る少女からは逃げられるはずもないのに。


「小豆島……長い。けどちゃんと呼んであげる。私は笹木 神奈(ささのき かんな)。別に覚えなくたっていいけれど、聞いといて言わないのも変だし一応言っておく」


幹兎は思う。


(お前みたいな奴の名前なんて一生かけたって忘れられない……っての)


それでも幹兎は考える、逃げる方法を。少女神奈は既に、幹兎をどう確保し保護するかさえ考えているというのに。


「とりあえず……気絶してね。あなたのこと、気になるから」


名前で呼ばないのかよ、なんてツッコミさえいれる気が失せるくらい幹兎は恐怖していた。


四つん這いから、気付けば尻餅をついた体制になっている幹兎に、もはや逃げ切れる可能性は1%しか残っていない。


しかし、幹兎はその1%にかけて行動するタイプの人間だということを神奈は知らない。


尻餅をついたその体制から、比較的長いと言っていい足を伸ばして神奈の足を払う。これ以上ないといえるほど、神奈は見事に尻餅をつく。


(今だっ!)


と、体を一直線に伸ばして高低差と幅約5メートルの坂道原っぱを、まるで丸太のようにして転がる。


「捕まって何処ぞの宇宙人よろしく解剖されるくらいなら俺はもう一度だって飛び込んでやる!!」


映った月が形をミミズみたいに歪ませてしまうくらいに勢いよく転がり入水する。


「馬鹿……なのかしら」


少年に聞こえない静かな罵倒。それと同時に先ほどと同じ邪悪な腕がまたまた幹兎の方へ向かう。


一方幹兎はというと、勢いよすぎた入水のせいで鼻に水が侵入してきて、泳ぐどころの騒ぎじゃなかった。


腕は、そんな幹兎を引っ張り上げるのよりも先に、幹兎を気絶させることを優先し、魔法にしては物理的すぎる方法で、つまりは殴るという方法を取ってとりかかった。


「はぅあっ!……くふぅ……」


映った月がまた、少しずつ綺麗さを取り戻して行く。


次いで今度は足首を掴んで幹兎が引き上げられる。


「とりあえず……学校ね」


少女神奈の足音が、少女神奈の背中が、夜中の道へスウっと消えてゆく。


それを見る者は誰もいない。

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