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出会い編・アスティラ視点




 出会いは強烈だった。いや。強烈過ぎたというべきか。


 俺の立場は生まれる前から全てが決まっていた。この国の次期王になる事も、将来の伴侶も全てが決まっていたのだ。

 何もかもがだ。だが、それを騒ぐことはなく、当たり前だと受け止めた。7歳の頃には俺の感情の揺れはほぼ無くなっていたと言っても良いだろう。

 子供らしくない、という声と、流石アスファーム様の子だという2つの声があった。でも俺にとってはどうでもいい事。その程度の感情の揺れしかなかった。


 だがその時、俺は俺の運命と出会った。

 俺よりも3歳年下の許婚。絹糸のように柔らかく、それでいて輝きを放つ金色の髪。瞳は淡い水色。迷いのない1対の眼差しが俺を捕らえて離さない。

 3歳も年下なのに、俺よりも知性を携えた深く、そして重い眼差しから、俺は目を逸らす事が出来なかった。

 逸らしたら負けだと、本能的に感じていた。

 嫌だ。この少女の視界から消える事が嫌だと思った。

 それが、俺が始めて見せた他人にも分かる感情の揺れ。だが、次の瞬間天使と見まごうばかりの少女の口からは、俺の想像を遥かに超えた、4歳の子供が口にするには雄弁すぎる言葉が紡ぎだされた。



「はじめましてアスティラ様。私はリディアディア・ナールマリアス・ガードゥードーナ・ハーリザと申します。一応殿下の婚約者ですね」


「……」


 流暢にスラスラと舌を噛みそうな名前を口にした後、“一応”に力を込められた気がする。口を閉じておけば天使にしか見えなかった少女の婚約者は、口を開くとその印象をガラリと変えさせる。


「生意気だな。俺はこの国の次期王だぞ」


 俺に興味のなさそうな態度が気に食わなくてそう言えば、小馬鹿にしたように息を吐き出し、俺の姿を視界から外しながら言う。


「今、自分の両手に乗っかっていないものを振り翳して脅迫するなんて、人間性が知れてしまいますよ。ちなみに、陛下の許可は取ってあります」


 リディアディアの言葉の意味を、俺は理解出来ずに──…いや、理解したくなくて、間抜けにも口をぽかんと開けて、目の前の少女を見つめた。

 父上からの許可を取っているだと?


「それと王子様。一月程こちらに滞在するようにと、陛下からの手紙を預かっています」


「それを貸せッ」

 

 滞在だと!? そんな話は全く聞いていないぞ。

 相手が年下だとか、女だとか、そんな事は頭から完全に抜け落ちていた。いつもだったらこんな事は絶対にしないで、あくまでレディファーストを忘れはしないのだが、今回はそんな事を考えている余裕はなかった。

 ひったくるように手紙を奪うと、俺はそれに目を通す。確かに父上の字だ。間違いない。

 読み進めていくと、3歳年下のこの目の前の少女から魔力制御を学べと書いてあった。つまり、ハーリザ家の長女は、俺よりも魔力の制御に優れているという事だ。

 魔力持ちは、精神で魔力を制御する所為か大人になるのが早い。かくいう俺も早い。だが、3歳年下のこの女の方が早いのだろう。この会話から察するにだが。

 ──…屈辱だ。魔力制御もだが、こんな子供に負けているなんて屈辱過ぎる。


「顔に全てが出ちゃってますよ。ほら、そんなに怒らないでこれでも食べて落ち着いて下さい」


 そう言われ、口の中に何かを突っ込まれる。吐き出そうとも思ったが、思いの他味が良かったから最後まで食べてから飲み込む。

 正直美味かった。

 視線だけでもっと寄越せと言うが、少女はにっこりと綺麗な微笑を浮かべた。嫌な予感がする。


「欲しいなら、ちゃんと言葉に出して言いましょう」


「──ッッ」


 やっぱり、と思った。

 城では俺が何かを言わなくても、視線だけでメイドが何でもこなす。俺が何かを言う必要なんてなかった。だが、目の前の少女はそれを許さない。


「美味しかったですか? 美味しかったら、それを伝えましょう。喜ぶと思いますよ。美味しいって言ってもらえると」


 父上が何故こんな手紙を書いたか、流石に分かった。俺は必要と思う事意外で話さない。正直面倒だからだ。だが、今のうちはそれで何とかなるが、このままでいくと、将来に不安を覚えたのだろう。俺はこの国の王になる事が既に決まっている。父上の気持ちも分からなくもないが、ハッキリ言って他人に関わる事。俺よりも劣っている連中に態々声をかけるなんて面倒でしかない。

 それなのに、平然と俺に向かって言ってくる少女。幾ら父上の許可をとってあるとは言っても、俺の放つ魔力を軽く流せる所を見ると──…認めたくはないが、目の前の少女は俺と同等。んもしくは遥かに力が上という事なのだろう。力も負けて、制御でも負ける。

 魔力を持つ人間は少ないわけではないが、魔力を魔法として具現できる人間の数は多くはない。ただ、内蔵されて入れば良いというわけではない。

 だから俺は強いのだ。内臓されている魔力量は多く、そして魔法として具現できる力も強い。


「王子様。私に、王子様の力は効きません。諦めて陛下の手紙通り、私に魔力の指導をさせて下さい」


 話す声音は何処までも澄んでいて、耳に届くだけで天上の歌を聞いているように心地よい。言っている内容は兎も角。容姿所か声までもが2つとない宝にしか見えないのに、さっきから俺を見ている少女の目は、“困った子供ですね~”と物語っている。

 お前の方が子供だと言いたいが、ここで口を開くと負けた気がする。少女の望む言葉を口にするのは敗北でしかない。

 だが、少女はこの俺の態度など予想内と言わんばかりに、俺に向かって溜め息を落とすと持っていたお菓子の入った器を何処かに消した。

 ……つまり、この少女は空間を操る能力を持っているという事だ。

 空間魔法を行使出来るという事は稀な上に、俺の魔法レベル何て軽く凌駕している。底が見えない事が悔しくて、どうすればいいかわからない。力を込めて握り拳を作ると、そこから血が滴り落ちた。


「駄目ですよ。王子様」


 そう言って、少女は壊れ物でも扱うように、俺の手に優しく触れ、力を込めて握られている指を1本ずつ伸ばしていく。

 少しくすぐったかったが、手を振り払う気にはなれなかった。

 そして、ほのかに温かい魔力が行使される。治癒魔法だ。治癒魔法の使い手も少数だったはず。目の前の美しい宝石みたいに輝く少女は、余りに稀である魔法の使い手だった。


「王子様の魔力は強いものです。でも、外から色々なものを取り入れた方が柔軟になりますよ」


 何が、とは言わなかった。

 俺ならわかると思ってくれたのだろうか。

 目の前に佇む美しい少女。



「俺の名は知っていると思うが、アスティラ・ラーマンド・カディラナスラ・カームランドだ。現時点で魔力は劣っているかもしれないが、リディアディア。お前には負けん!! これから勝負だ!!!」


 そして俺は、少女に……リディアディアに戦いを挑んだ。

 負けたまま、父上の言う“婚約者”になんてなれない。

 そう思った。





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