シスコンもブラコンもサドもマゾも百合もツンデレもまっぴら御免です!
ついに来た。
篠宮先輩や百合様と付き合うようになって1ヶ月近く立つし、それまで一向にされる気配はなかったので、安心していたのだが。
ついに、ファンクラブに呼び出された。
「確か桜海、さんだっけ? アタシは、第1勢力、篠宮夕斗様ファンクラブ会長の3年、佐藤鈴乃」
「は、はあ…… 1年、桜海雪音です」
校舎裏の壁際に立たされ、会長さんを先頭に私を囲むようにしてファンクラブの人たちが立っている。
その表情はお世辞にも穏やかとは言えない。
「桜海さんさぁ、最近夕斗様とよく一緒にいるわよね? 特に、ほ・う・か・ご、ねー」
「そう言われればそうですね」
何故この会長さんは、わざわざ人の神経を逆なでするように言ってくるのか。
ああ、わざとか。
いつもなら放課後、校舎裏ともなれば篠宮先輩か百合様の相談係とならねばならないのだが、今日は2人ともいない。
というのも、百合様が風邪で学校を休んだからである。
それを噂で聞いた時、百合様LOVEな先輩なら学校休んで看病しているのかなと思っていたが、どうやら先輩は律儀に学校に来ていたらしい。
お昼休みになると、校舎裏に呼び出され、今日は直帰して百合様の看病をしたいと言っていたので、元々先輩の相談日であった今日はナシになった。
一応、これでも百合様との多少の交流はある私もお見舞いに行った方が良いのかと聞いたら、一言で却下された。
なるほど先輩、熱で火照っている百合様を目の前にあんなことやこんなことですか。
というのは冗談で、私を好きな百合様のお見舞いに私が行ったりでもしたら、風邪のせいで理性より本能が勝っている百合様に襲いかかられる確率100パーセントらしい。
確率じゃなくて確実だよね、それ。
そんなわけで、久しぶりの早くに下校をしようと思ったら、校舎裏で呼び止められコレである。
「何で、夕斗様に1日置きに呼び出されてんのかなー? あまつさえ、百合様まで」
「…………」
…… 言えない。
神性のシスコンマゾ、同じく神性の百合サドブラコンツンデレのノロケ話を聞いているなんて言えない!
だけど、ここで何か言わなかったら更に困ったことになる。
学園の王子様とお姫様と名高い先輩と百合様は、当然ながらファンクラブがある。
ミーハーな友達に聞いたところによると、ファンクラブは1つではなく、複数存在するらしい。
数100人単位の大規模なものから、同好会みたいな数人のもの、色々ある。
そして、15あるファンクラブの中で会員が多いものから順に第1勢力、第2勢力という風に呼ばれている。
特に違うファンクラブ同士の争いは凄いらしく、泥沼化しているみたいだ。
というのも勢力が大きいファンクラブの地位が高い人間は、それだけ篠宮先輩と触れ合える機会が多くなるんだとか。
触れ合える機会、と言っても、例えば篠宮先輩がハンカチを落としてそれをファンクラブの誰かが拾った場合、そのファンクラブの会長が先輩に届けるんだとか。
…… 同じ人好きなんだからもうちょっと仲良く出来ないのか。
でもそう言うと、私がどこのファンクラブに目を付けられもしなく、先輩に告白出来たのって奇跡に近いんじゃないだろうか。
それで今、私の目の前の挑戦的な目の少女、彼女こそが篠宮先輩ファンクラブの最大手のトップ、佐藤鈴乃ということだ。
「まあ、色々ありまして」
「…… ふぅーん? 色々って何かな?」
だからノロケ話だよ!
適当に切り上げて、 早く家に帰りたい。
「色々は色々です。別に、先輩にお話する義務はないでしょう」
「あるわ」
あるんだ!
私が驚いているのが分かったのか、会長さんは満足そうにくすりと笑う。
「そうですか。では」
「そうなのよ______ って、何帰ろうとしてんのよ!」
私を取り囲んでいたファンクラブ会員たちの間をすり抜け、校門の方へ向かおうとすると会長さんが慌てて私の腕を掴んできた。
「いや、帰りたいので」
「帰りたいのでじゃないの! まだ用事は終わってないわ」
「用事って、篠宮先輩と百合様との関係のことですか」
私は篠宮先輩に惚れていた。
だけど、先輩のシスコン発言で私の初恋は1ヶ月で崩れたし、あの残念な態度を散々見せつけられている今では惚れる箇所など微塵もない。
安心して下さい、ファンクラブの皆さん。
美形兄妹に近い人間だからといって、全員2人に惚れているわけじゃないんです。
「それなら、ご心配なく。私が先輩を好きになる可能性は0パーセントです」
「そ、そんなの誰が信じるって言うのよ! それに、百合様のことだって、あ、あやしいって……」
もごもごと口ごもる会長さんの態度に、思わず首を傾げる。
そして、百合様に関する私が知る限りの噂を思い出してみると、あることに辿り着いた。
……百合様との百合疑惑のことだ。
普通、女の子だって人前でハグなど早々にしない。百合様だって人前でしないだけで、プライベートではしているだろう。多分!
でも、百合様がハグする相手となると彼女の犬である先輩くらいしか浮かばないから不思議である。
だが、やっぱり犬にハグなんてしてプライドが許さないとかあるんだろうか。
でも、本人の前以外でしかデレないブラコンのツンデレだからな、百合様。
ハグしたくても出来ない、とかそういう状況なのだろう。
「大丈夫です、会長さん。私、ノーマルですから! 普通に男の子好きですから!」
「そこだけ聞くとあなたが男好きに聞こえるから不思議よね」
会長さんが真面目にツッこんでくれるが、これ、もう最初の目的とか完全に忘れてますよね。
この機を狙って、早く帰ろう。うん。
「ですから、会長さんとファンクラブの皆さんは遠慮なく先輩を狙って下さい! 何なら私、紹介しますよ」
「は、はあ!? _____ え、遠慮しておくわ。何かウラがありそうだし」
私の言葉は想定外だったのか、会長さんは素っ頓狂な声を上げると一度、ファンクラブの人たちと円陣を組んでコソコソと話し合う。
その間に帰ってしまおうと思ったのだが、そこはちゃんと考えているようで、腕はバッチリと握られたままだった。
「そうですか。それは残念ですね」
「残念なの!?」
ああ、本当に残念だ。
私としては百合様との近親相姦警察エンドは出来ればやめてほしいので、先輩には実妹以外の血縁関係がない、まともな女の子と付き合って欲しいと思っている。
仮にも実家はお金持ちらしいので、そこの子息令嬢がそういうことになったらある程度はニュースになるだろう。
テレビや新聞とまではいかないが、ネットのニュースとかセレブ芸能人たちのゴシップ紙くらいは乗りそうだし。
会長さんはこの嫉妬深い性格を直せば、見た目は良いわけだし、十分先輩に釣り合うだろう。
………… いやでも、シスコンがなくなったとしてもマゾな部分は残っているだろうし、そこを受け止められる人間じゃないとな。
というか私、子供の結婚相手をスペックで勝手に選ぶ親か仲人のおばちゃんみたいじゃないか!?
そうだ、このご時世、恋愛は自由!
私は、先輩のシスコンとマゾを直すことだけに専念しよう。
いやでも、恋愛は自由って言った割には百合様とくっつくことは良くないと言ってるしな。
それに、シスコンとマゾを直したら個性潰しとかになるんじゃないだろうか。
でも、これは良い方の個性なのか? 悪い方の個性なのか?
先輩のマゾやシスコンがなくなったら悲しむ人間とかいるのだろうか。
…… うん、やめよう。
「アタシ、夕斗様に近付く人間は徹底的に排除してきたけど…… 全員、夕斗様に下心大アリで、逆に紹介するとか言われたの初めてだわ……」
「まあ、普通あんまりありませんよね」
何故かしょぼんとしている会長さんだった。
その態度に、何か私が悪いことをしたような気分になり、思わず励ましてしまう。
あれ、私、下手したらこの人に暴力振るわれそうになっていたんだけど。
それから1時間、私は最終下校時間までよく分からない流れで会長さんやらファンクラブ会員たちの篠宮先輩と時々百合様のノロケ話を聞かされた。
結局、相手が先輩や百合様じゃなかっただけで、内容はいつもとほとんど変わらない放課後だった。
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「桜海旭君に質問です」
「え、なんだよいきなり」
あまつさえ、会長さんとメルアド交換までしてしまった私は目の前の薄いタッチパネルに書かれた佐藤鈴乃という名前を凝視しながら、複雑な心境について考えていた。
すると、リビングということもあってか、テレビの録画していた番組を見ようとソファに座った旭を捕まえ、こう質問した。
「例えば、旭君に好きな女の子______ いや、好きな人がいたとしましょう」
「何で女の子から性別特定出来ないようにしたんだよ!?」
録画番組の一時停止ボタンを押しながら、話し続ける。
旭はそれに気付かずに、引き気味に私を見た。
ああ、旭がバカで良かった。
「ある時、旭君はその人に告白しました。結果、フラれました。その人には、他に好きな人がいるとのことだったのです」
「ぐ……」
すると、旭は辛そうにうつむいた。
も、もしやこれは、ついに旭にも好きな子が出来たのか!?
それならば弟よ、姉は応援するぞ!
変態じゃなければだけど。
「そして、その好きな人とはなんと、旭君が好きな人の年下の血縁者だったのです。あ、いとことか結婚出来るようなのじゃなくて、もっと近い血縁者ね。結婚出来ないような」
「ロミジュリだな!」
弟よ、そこはもっとツッこむべき箇所があるじゃないか。
そして、私と思考が結構似てるな。
「そして、旭君は旭君が好きな人の好きな人に告白されました」
「ややこしいから、AさんとかBさんとかにしろよ……」
げんなりとする旭の言葉に、それはそうだと同意する。
でも、さんとか君とかで性別分かったらいけないので、単にAとBで良いか。
「では、旭君が好きな人をA、その旭君が好きな人の好きな人をBとしましょう」
「何か更にこんがらがるんだけど……」
Aは篠宮先輩で、Bは百合様だ。
「旭君は2人に挟まれてきゃー、どうしようー、的なものはありません。実は、AもBも特殊な趣味を持っていて、旭君は今までの2人のイメージどんがらがっしゃーん、です。そして、旭君は何故かその2人の相談を受ける日々になりました」
「話がまったく繋がらないんだけど!?」
何かもう、半分は自暴自棄である。
言われてみれば、篠宮先輩に告白して、百合様に告白されて1ヶ月にもなるのか……
よく毎日耐えた、私。そして、これからも耐えろ、私。
「こういう場合、旭君はどうしますか?」
「え…… いや、どうしろと言われても」
戸惑っている旭に、私は嘆息する。
そして、ふっと笑ってこう告げた。
「ああ、ごめん。小学生に聞いた私がバカだったね。今の話は忘れて、さあ、“心霊現象〜あなたの後ろにも〜”を見るが良いさ」
「何かその態度凄いムカつくんだけど!?」
いや、今のはボケですが。
私は録画再生ボタンを押し、ソファから立ち上がった。
「とりあえず、現状維持」
「え?」
恥ずかしいのか何なのか、私に顔を向けずにテレビを見ながら旭が口を開いた。
予想していなかった言葉に、思わず聞き返す。
「だって、BをフッたらAは傷付くんだろ。で、例え話のだけど! Aが傷付いたら、あ、旭君も傷付く。だから、現状維持。旭君がBをフラなければ今の状態のまま。関係を変えたいのなら、旭君は何か行動をおこさなきゃいけないけど」
いや別に、旭君(仮)はもうAを好きじゃないんだけどな……
でも、確かに私が百合様をフッたら関係は変わる。
「でも、結果は決まってるのに期待させておくのはダメなんじゃないかな?」
「それは、今まで現状維持してきた旭君が言うことじゃないだろ……」
疲れたように笑う旭君(本)。
本物の旭君は分かっていたのか、どうか。
これから、多分、私は百合様を好きにならない。
でも、このおかしな3角関係を壊したくもない。
いつかは百合様をフることになるだろうけど、その時はその時だ。
無責任、なんて言われるかもしれないけど、私は今の状態が好きだ。
相手の愚痴を聞かされる、相談の役目が。
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翌日。
百合様の相談日だが、もうすっかり風は治ったと聞いたので校舎裏へ行ってみた。
すると、すっかり血相が良くなった百合様が会うなりいきなり抱き付いてきた。
「雪音さん、会いたかったですわー!」
「え、あ、はい、お久しぶりです」
すると、百合様は私の頬をすりすりとやってきた。
…… 何だろう、いつにもまして百合様の変態具合が悪化している気がする。
いつもは、発言だけだったのに今日は行動に出ている!
「昨日は大変でしたの。バカお兄様が部屋に侵入するのを阻止しながら、部屋に入らせないために普段より罵倒時間が長くなり、雪音さんに会えないストレスからバカお兄様を雪音さんだと間違え襲ってしまいそうになりましたわ。わたくしとしたことが、あろうことかバカお兄様と雪音さんを間違えるだなんて! ああもう雪音さん、失礼ながら何故わたくしのお見舞いに来てくれなかったんですか!?」
身の危険を感じたからです。
本当にお見舞いに行かなくて良かった!
というか、篠宮先輩、百合様が風邪なのを良いことに結構いちゃついてたな。
私にお見舞いを行かせなかったのは、もしや、そのためか……!
まあ、お見舞いに行ったら確実に私もそっちの道に引きずりこまれそうになっていたので、良かったけど。
何だろう、昨日、あんなに悩んでいた私がバカみたいに思えてくるぞ。
「そういえば雪音さん、バカお兄様のお友達から呼び出されたと聞きましたが、大丈夫でしたの!?」
「あ、はい。メルアド交換しました」
ファンクラブ会長は、“お友達”カテゴリなのか。
百合様も自分にファンクラブがあることなんて知らないし、当たり前といえば当たり前だが。
「ぐっ…… 佐藤鈴乃、なんたる策士ですの……! ま、まさか、彼女も雪音さんのことを」
「だから、何でお2人はそう、ねじ曲がった解釈をするんでしょうか!」
会長さんは、そのバカお兄様狙いなので大丈夫です。
それにしても、さすが兄妹というか、思考が似てるな。
「わたくしでさえ交換もまだだというのに……! 雪音さん、メールアドレスと電話番号を交換しましょう! 固定電話、パソコンメール、その他もろもろ連絡先は全てですわ!」
何か怖いですよ、百合様。
とりあえず、パソコンメールだけはないと言って死守したので、百合様とメールアドレスと電話番号、固定電話番号を交換した。
そうしたら百合様から、今日の晩ご飯の写真とかどうでも良いメールが大量に送られてきた。
新しく携帯をかったお年寄りの相手をしているみたいだった。
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「桜海さん、メールアドレス交換をしよう」
「お断りします」
「何故!?」
その翌日。
百合様のその後報告をされ、最新型のスマートフォンを取り出し、篠宮先輩はこう言った。
以前、デートサポートの時のは今日と同じく身の危険的な何かで使い捨て携帯を使用していたので、今日こそはと思ったんだろう。
何だろう、最近はメールアドレス交換するのが流行っているのだろうか。
「いや、何か怖いからです」
「百合と交換して僕と交換出来ないとはこれまたいかに!?」
「えーと…… そうです、これはプレイですよ、先輩。メールアドレスが欲しいけど、それを教えてくれない、我慢しないといけない。犬にとっては最高じゃないですか!」
「それとこれとは話が違うと思うんだ!」
最近先輩に何かを拒否する時には、犬を口実にすれば大体引き下がってくれることが分かった。
ここは、先輩がマゾで良かった。
「それに、百合は新しい恋のライバルが出来たと昨日言っていたんだ。これ以上別の女性が表れたら百合が僕に構ってくれる時間がなくなるに等しい!」
「大丈夫です先輩、百合様の好感度は先輩マックスです」
ブラコンだからな、百合様。
男の中では、篠宮先輩の好感度が1番高い。
というか、百合様の男のパラメーターには先輩しかませんよ。
独り勝ちだな、先輩。
「本当!? …… ということで、桜海さん。僕とメールアドレス交換をしよう」
「話聞いてましたか、先輩」
スマートフォンを持ちながらじりじりと迫ってくる先輩に構えながら、昨日、旭に言われたことを思い出す。
“とりあえず、現状維持”
そうだ、現状維持だ。
このおかしな関係は、出来るだけ変わらないまま続けてみたい。
大変で面倒だけど、彼らといると何だか楽しいのだ。
「お断りします!」
______ シスコンも、ブラコンも、サドもマゾも、百合もツンデレも。
変態はまっぴら御免だけど、それでも何だか面白い。