犬が死んだ
その犬が、身体を硬くして横たわっていたのは、いつの頃だったろうか?
俺が小学生だったことは間違いない
抜けるような冬の青空、汽車が通る橋の下、草むらの上
目を硬く閉じ、二度と開くことは無かった
泥で薄汚れてしまった白い毛
冷たい風に淋しく揺れていた
名前が有ったかどうかも覚えていない
最初から、その橋の下に捨てられていた仔犬
近所の子供たちが見つけて、代わる代わるパンや牛乳を運んでいた
大人に見つかると保健所に連れていかれて殺されるからと
紐に繋いで飼っている気になっている様だった
一カ月か? 半月だったか?
子供たちは、来なくなった
また見捨てられた仔犬
当時、近所にリヤカーを引いて魚を売り歩いていたおじさんがいて
そのおじさんだけが、近くを通る度、余った魚の頭を仔犬に与えていた
それだけが、仔犬の命をやっと繋ぎとめていた
家で犬を飼うことを決して許してもらえない俺は、仔犬に近づくことを避けていた
一時の優しさは、後が辛いだけだと分かっていたから
でも、橋の下で一人ぼっち、寂しそうな姿を見て、とうとうそこへ行ってしまった
俺が仔犬を抱き上げた時、ガタガタと身を震わせていた
目ヤニがいっぱい付いていて、目を上手く開けられない
濡れたタオルで顔を拭いてやったが、思うように綺麗にはならなかった
パンと牛乳を食べるにも、もうあまり力が残っていない
夕暮れ時、いつまでも一緒に居てやりたかったが、暗くなって帰らなくてはならない
仔犬は、いつまでも俺の背中に向かって、クィーン、クィーンと鳴き続けていた
その日がいつだったのかは分からない
次の日だったのか?
もっと先だったのか?
はっきりと覚えていない
ただ真っ青に晴れ上がった真冬の寒い日であった
ガタンゴトンと汽車が通る橋の下、草むらの上
どうしてそこに行ったのか?
どうやって見つけたのか?
なに一つ確かな記憶がない
ただ、あの魚売りのおじさんがそばに居て、ぼそっと呟いた一言を
今も鮮明に覚えている
「やっと楽に成れたんや ……」
おわり
遠い昔、「犬が死んだ」というだけなのに、今も時々夢を見ます。
あの悲しい日の夢ではありません。
なぜか仔犬が家にいて、餌をやらなきゃって焦っている様な夢です。
もしかすると、あの日からずっと、
ついて来ているのかもしれません。