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線香花火。〜わたしと母と思い出と〜

作者: 紅之 莉胡

初めて書く小説なので上手くいかないかも知れませんが・・・


どうぞよろしくお願いします。


痛い


痛いよ




お母さん…







線香花火〜番外編〜






「どうしてお母さんの言う事が聞けないの!」



テーブルの角に背中を打ち、体を休める事無く怒鳴り声が私の頭上から降り注ぐ。




『ごめんなさい…』



痛い


胸が痛い。


体が痛い。




「あんたなんか生まれてこなきゃよかった!」


これ以上無い程の罵声を浴びせた後、母は奥の和室へと入っていった。



動けない


動きたくない。


でも逃げなきゃ…




母にまた殴られない様に、物音を立てぬ様慎重に二階にある自分の部屋へと、細心の注意を払って階段を上り、自分の部屋にはいった。


部屋へ入った途端、目の前が涙で霞む。


蹲って、泣いた。




父は知らない誰かと浮気をしている。

何日も帰らない日が続き、次第に母の精神状態は壊れていった。

飲めない酒を飲み、テーブルを涙で濡らし、私を殴った。

たまに帰れば大喧嘩し、母を殴り、又帰らなくなってしまう。

そしてその鬱憤は私へと向けられるのだ。




そんな日々が5ヶ月続いていた。






ある朝、いつもの様に目を覚まし、ぼんやりと鳥のさえずりを聞きながら、学校へ行こうと制服に着替える。


本当は、学校へなど行きたくない。

私には友達がいない。それは私が誰とも話さないからだろう。

話すのが怖いのだ。

本当は自分の事が嫌いとか、陰口を言われたりするのではないかと。


唯一の学校の楽しみは小説を読む事だ。

難しい漢字が使ってあっても、私には苦にならない。

むしろ、楽しかった。

中学生が読むには難しい本でも、私にはすらすらと読めたから。




制服に着替えて、顔を洗い、ホットミルクを作ろうと、下に降りる。




トントントン―



台所から包丁の軽快な音が聞こえてくる。



トントントン―





幻聴かと思った。






母が料理を作るわけが無い。

今頃母は泣き疲れて眠っているはずである。

恐る恐る覗くと、いい匂いをさせ、母の背中が見えた。



私の為に?


そんなワケない。


きっと、自分が食べたかったのよ。


それか、私に油断させておいて、また摂関する気かも知れない。



きっと、そうだ。



そう思い、とりあえずホットミルクを入れようと、ミルクを冷蔵庫から取り出した。

冷蔵庫の音に気付いて、母がこちらを向いた。

私の体に緊張感が張り詰める。


が、次に出た言葉は、意外な物だった。




「おはよう」



時が一瞬止まった。



優しい笑顔で


優しい声で、母はそう言った。



私を殴る前の、あの頃のままのお母さん―




驚いて固まった私を見て、優しく微笑み、




「ご飯がもうすぐ出来るから、座ってなさい。」




これは夢…?





暫らくの間立ち尽くし、はっと我に返り急いで椅子に座る。


“気に入らない事をしたら殴られる。”


常にその言葉が頭にある為だ。




椅子に座ってからすぐに、



「ご飯出来たわよ」



と言って、料理を運んでくれた。


運ばれた料理は、炊き立てご飯、お味噌汁に出し巻き、納豆に私の好物な豆腐サラダ。






震える手を合わせ、『いただきます』と言って、恐る恐るお味噌汁のお椀を口につけた。



涙が零れそうだった。




大好きな大好きな


母のお味噌汁の味。



あの頃のままの味。





熱くなる胸と涙を堪えながら、精一杯『おいしい』と言ったら、



「よかった」



と微笑む母の顔を瞼に焼き付けた。





ゆっくり流れる時間


暖かい空気。




こんなに暖かい気持ちになったのは、久しぶりだった。





ご飯も半分になった頃、母が目の前の椅子に座って、



「優衣菜」




私の名前を呼んで、優しい笑顔のままこう言った。







「今日、お父さんと別れてくるからね。」






何も言えなかった。




今日、朝ごはんを作ってくれたのは



苦しみが開放されるからだったの…?





お母さん!!




「これからお父さんと待ち合わせをしている場所に行って来るわ。帰りはお父さんの車で帰るから。優衣菜もお父さんに会いたかったら、学校から真っ直ぐ帰るのよ

。」




待って…




待ってよ!




声にはならない心の叫び。





母は身支度を済ませ、静かにドアを開け玄関を出た。






泣いた。





嗚咽を交じりの声で


届くはずも無いのに呟いた。






お父さん…









その日、学校へは行かなかった。


泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまった。



食べかけの、母が作ってくれたご飯がそのまま残っている。






頭が痛い。



目も腫れているだろう。




頭の重みも感じながら時計を見ると、もう夕方だった。

そろそろ、母が帰ってくる時間。

顔を洗って、目を冷やそうと洗面所に向かう、その時―




トゥルルルルルルルルル




電話が鳴り響いた。



誰だろうと、電話を手に取る。



「もしもし、高橋さんのお宅でしょうか?」



電話の声は男の人だった。




『はい、高橋です。どちら様ですか?』



「警察の者ですが」



『警察・・・?』



「高橋優衣菜さんですね」



胸騒ぎがした。



男は話を続ける。



「冷静に聞いてください。貴方のご両親が亡くなりました。」




言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になる様な感覚に襲われた。




その後、誰かに呼ばれ、意識が戻った。

目を開けて視界に入って来たのは警察だった。

警察を見て、嫌な言葉が頭を巡る。



現実…



そう、母も父ももうこの世にはいない。

嫌でも実感した。

途端に、涙が溢れて来た。




止まらない


涙が



最後の夢



暖かいお母さん...




暫らく、警察も何も言わなかった。




何故家の中にいるのかなんて、思う余裕すらなかった。

与えられなかった。


そして、長い時間がたった後、今日はこのまま休んで明日警察署に来て下さい。

本人確認が欲しいとだけ伝えて、警察の人は帰って行った。




酷い



酷いよ神様



どうしてこんな仕打ちをするの?



もう何も解らない



もう何も見たくない




何も聞きたくない!





感情と共に、また涙が溢れ出した。




そして、朝が来るまで泣き続けた。








朝には瞼が痛々しく思える程、目は腫れ上がっていた。



もう、ボロボロだった。



髪も 顔も 体も 心も 全て。




能力が低下した頭で、本人確認の為に警察に行かなければならないと言う事実は消える事無く、ぐるぐると頭の中を渦巻いていた。




お母さんじゃ、無いかもしれない…



可能性は0%であろう、ただ、そう思い込むしかなかったのだ。



疲れた体を無理矢理起こし、重い足取りで警察署へと向かった。






どのくらい時間がかかったかは、覚えていない。

気が付けば、警察署の前まで来ていた。


警察署の中に入ると、一般の人も沢山いた。




受け付けの人に、高橋優衣菜です…と、か細い声で名前を言い、用件を告げようとすると、受け付けの人はすぐに


「高橋優衣菜様ですね、ご案内します。」


と、奥へと案内してくれた。



此処でお待ち下さいと、茶色いソファーに座る様促す。



静かに腰掛け、ほぼ放心状態のまま待ち続けた。

下を向いて暫らく待っていると、


「高橋優衣菜さんだね」



昨日の警察の人だった。



『はい・・・』


掠れながら答える私に、その人は目を細めて痛々しそうに見た。そして私を支える様に肩を持ち、私が座っていた所から一番遠い奥の部屋へと誘導してくれた。


部屋に入ると、二体の体が白いベットの上に横たわっていて、顔には白い布が被せてあった。その人は無言で横たわる体に近づくと、ゆっくりと布を取った。


目を凝らして、その捲れる瞬間を見る。



その布の下にある顔は、間違いなく母だった。


それ以上見る事は出来なかった。

私は部屋を飛び出し、走った。もう、警察署に居たくなかった。



無我夢中で、走った。








どうにか家に辿り着いて、気が付けば自分の部屋にいた。


悲しみだけが私を襲って。









両親が死んで4日後―



私は葬儀を済ませ、どうにか落ち着いていた。

涙が止まって息もちゃんと出来る様になった。


私は放ってしまっていた、4日前の母が作ったご飯の食器をそっと撫でた。異臭が漂っていたが、気にも留めなかった。

そっと、それらの食器を流しに運び、スポンジに洗剤をつけて、洗った。





悲しかった。


ただ流れればいいと思った。


水と一緒に




何もかも




洗い終わって、乾燥機にかける。


乾燥機にかけている間、私は母との思い出を思い出していた。




お父さんとのデートの思い出


プロポーズされた時の言葉



良く、話してくれた。

まだお母さんが私を殴っていない頃の、お母さんとお父さんの思い出話。

その時のお母さんは、嬉しそうで優しくて、愛に溢れていた。


その次の日も


その次の日も



自分の記憶を辿る様に



両親の思い出ばかり考えていた。







両親が死んでから一週間。





自分の中で何かがはじけた。

暑い日差しの中で

両親の思い出の場所に行こうと

両親が出逢ったのも、夏。



一人で悲しみに暮れていてもしょうがない。

そんな風に思った。

こんなに早く立ち直れるのはどうしてだろう。


自分でも解らなかった。



一週間ずっとお風呂に入っていなかったので、シャワーを浴びて体を清め、髪を洗う。


お風呂から出て、髪を乾かし服を着て、少しだけメイクをする。


母の様な柔らかいメイクを。




そして、母が大事にしていたアルバムから、写真を二,三枚抜いて、外へと飛び出した。






家から駅まで十分くらい歩いた所で、私は目的の店を探していた。

母と父が恋人同士だった頃、よく行った喫茶店でアイスコーヒーを二人一緒に頼んで、話が尽きるまで話してたって。

そんな話を聞いた事があった。

だからアルバムからその店らしき建物を写した写真を抜いて来たのである。


表や裏道を歩き回る事15分。

遠くの方で、その店らしき建物があった。

自然に体が走っていた。


店の前に立つと、急いでドアを開ける。




カラン―



『いらっしゃいませ。』


ドアの開く音と、店員の声が小さな店内に響く。

息を整え、前を向くと店の中はレトロな置物が並んでいて、意外と古臭い感じは無く、落ち着いた雰囲気。


辺りを見渡すと奥に若い男の人。


私は近くの席に座って、『アイスコーヒー』と一言伝えた。




あの頃の母と父の様に。








暫らくして、アイスコーヒーが運ばれ、ありがとうと言って受け取る。


持って来た写真の二人を見つめながら

話が尽きない二人を想像しながら


私はアイスコーヒーを飲み干した。




そのまま時が立ち、次の場所へと急ぐ為、レジに向かうと、同時に男の人と声が揃った。

先にどうぞと、笑顔をくれた。


だから私も、笑い返したの。



暖かく 優しい 強がりの 満円の微笑みで…






母の様に―


こんな物をお読み頂き、有難うございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] とりあえず簡単なことなので 「また摂関する気かも知れない。」 は「折檻」の変換間違いだと思います。それだけです。 文章も柔らかく改行が多い点は読みやすかったです。ストーリーも素晴らしいと思…
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