誰も寝てはならない〜明日には処刑される予定の冤罪悪役令嬢ですが、夜明けまでの一日で、牢獄の中から形勢逆転して見せますわ〜
太陽が落ち切った、とある冬の日。
王立学院の創立記念パーティー会場。
その会場に、青い髪に金色の瞳を持つ青年、レオナルド・プッチーニ第二王子の声が響き渡った。
「エリナリーゼ・パヴァロッティ侯爵令嬢、お前が犯人だ」
「レオナルド殿下。冤罪、ですわ」
美しい赤髪に銀の瞳を持つエリナリーゼは、その人形のように美しい顔を横に振った。
「うるさい、証人もいるんだ! お前がルシアの飲み物に毒を混ぜていたことはバレている!」
エリナリーゼを断罪するレオナルドに、黒髪黒目の少女が怯えたようにピッタリとくっついている。
彼女はルシア・フォンベルク男爵令嬢。癒しの聖女の力を持つことが確認されている、国家公認の聖女である。
「ですから誤解です。私は単に自分のグラスと間違えてルシア様のグラスを飲みかけたので、慌てて縁に口紅などがついていないか、こっそりと確認しただけですわ」
「ではなぜ、ルシアの飲み物から、エドラ由来の毒が検知されたのだ?」
「そんなの知りませんわ」
レオナルドは、やれやれと首を振った。
「見苦しい言い訳はやめろ。お前がグラスに何かしようとしていたことは見ていた! 聖女を毒殺しようとすることは重罪だ!」
「そうですわ、今なら間に合います! 罪を認めて!」
ルシアもエリナリーゼのことを犯人扱いして罪を認めてくるように言ってくる。
何を言っても聞き入れられないだろう。
エリナリーゼはこっそりとため息をついた。
そんな様子のエリナリーゼに気がつかず、レオナルドは続けた。
「お前のような罪人と婚約していたとは、身の毛がよだつ。この場において宣言する! 私レオナルドは、この罪人であるエリナリーゼ・パヴァロッティ侯爵令嬢と婚約を解消する! そして、ゆくゆくはこのルシアと結婚する!」
レオナルドの取り巻きたちから、賛同の声が上がる。
「確かに殿下に、あの女は似合いません」
「ルシアに嫌がらせしていただけでなく、殺そうとまでするなんて性根が腐っています」
「悔しいけど、ルシアと殿下はお似合いです」
取り巻き以外の周囲の貴族の子息たちは、息を潜めてこの様子を見守っていた。
「衛兵、こいつを牢獄に連れて行け! 聖女に危害を与えることは重罪だ。明日、処刑を行う!」
「し、しかし……」
様子を伺いにきた衛兵が、本当に捕まえていいのか困惑していると、レオナルドは衛兵の一人の腹に思いっきり拳を叩きつけた。
「ぐふっ……」
痛みから思わず腹かがみになる衛兵。それを見下ろして、レオナルドは冷酷な調子で言う。
「さっさと職務を全うしろ。この愚図が」
「殿下、暴力を振るうのはおやめ下さい。衛兵の方、私を連れていきなさい」
苦しむ衛兵を庇うように、エリナリーゼは一歩前に出て、レオナルドの行いを止めた。
レオナルドはそれを見て顔を顰めた。
「今更善人ぶっても、もう遅いぞ。元々お前のことは気に入らなかった。けど、それも明日までだ。その命で、ルシアへの罪を償え」
レオナルドは、エリナリーゼを見て犬歯を見せるように、表情を歪めた。
(今は何を言っても聞き入れられないわね。しょうがない、大人しくしましょう)
衛兵がエリナリーゼの前にくると、エリナリーゼは手を前に出した。申し訳なさそうに魔封じの魔道具でエリナリーゼのことを衛兵は拘束する。
そして、そのままの状態でゆっくりと衛兵に先導されて、エリナリーゼはその会場から出ていった。
♦︎
エリナリーゼが連れられたのは、貴族用の隔離室ではなく、平民を閉じ込める罪人用の地下牢獄の一つだった。
腕の抜入れもできない鉄格子で隔離された狭い空間には、剥き出しの地面の上に僅かにボロボロの藁が敷いてあるだけだった。
小さな窓から月の光が差し込んでいたがその光は弱々しく、衛兵の持つ蝋燭がむしろ暗闇を明るく照らしていた。
「すみません、レオナルド殿下から、貴族用の牢を使うなと厳命されており……」
エリナリーゼを先導する衛兵が申し訳なさそうにする。
「いえ、あなたの責任ではありません。気にされなくて大丈夫ですわ」
そう言ってエリナリーゼは牢獄に堂々と入り、ドレスが汚れるのも構わず腰を下ろした。
衛兵たちはそれを見て痛ましい表情をするが、数秒黙った後、牢獄の鍵をガチャリとかけた。
そして一礼すると、廊下の蝋燭に火がついていることを確認し、階段を上がり、牢獄から出ていった。
「さて、あの子はうまくやるかな」
そんなエリナリーゼのつぶやきは、誰にも知られることなく闇に消えていった。
♦︎
王国の第一王子であるアレクシスは、執務室の椅子に座って書類仕事をしていた。
(そろそろ仕事終わりのはずだが、何やら騒がしいな)
扉の向こうから聞こえてくる喧騒に、アレクシスは思わず眉を顰めた。
その時、突然執務室の扉が乱暴にノックされた。
「入れ」
そこには、慌てた様子の宰相補佐がいた。
「緊急事態です。エリナリーゼ・パヴァロッティ侯爵令嬢が、聖女毒殺未遂の罪で捕らえられました」
「な、なんだと!?」
アレクシスは、捕まったというエリナリーゼ侯爵令嬢のことをよく知っていた。
(何度か社交界の場であったことがあるが、決してそんなことをするような令嬢ではなかったはず。むしろ素敵な……。いや、そんなこと考えている場合じゃない)
「と、とにかく事実確認だ。何が起こっているのだ?」
「はっ。入ってきた情報によりますと、貴族学院の創立記念パーティーにて毒殺未遂があり、その犯人がエリナリーゼ嬢だとレオナルド殿下が断定なさったそうです」
「なんだと!? 証拠はあったのか?」
「それが毒を入れる場面を見たとの証言と状況証拠だけらしく……」
「何を馬鹿なことを!」
アレクシスは机を力任せに叩きつけた。
「あの愚弟はどこまで愚かなのだ! そんな理由で捕らえたら、パヴァロッティ侯爵家を敵に回すではないか!」
「そ、それだけでなく……」
アレクシスは怪訝な顔をする。
「まだ何かあるのか?」
「実はエリナリーゼ嬢が、平民用の地下牢獄に入れられているとの噂が……」
アレクシスは呆然とした。
「さらに、レオナルドは明日エリナリーゼ嬢の処刑を行うように、法務局に手を回しているらしく……」
アレクシスはプルプルと体を震わせ始めた。
「で、殿下?」
(お、お、お、落ち着け、俺。まだ時間はあるはずだ)
あまりの情報に一瞬動揺してしまったが、気持ちを落ち着けるためアレクシスは大きく深呼吸をした。
そして言った。
「早急に、情報を集めて事実確認をしろ。流行り病に臥せっている父上の判断は仰げない。とにかく、なんとかするぞ」
アレクシスは椅子から立ち上がり指示を始めた。
♦︎
「うわっ、思ったよりジメジメしているし暗いな。全く、お前のようなクソな女にお似合いの場所だよ、エリナリーゼ」
「あらそうですか。ありがとうございます。レオナルド殿下のお褒めの言葉、ありがたく頂戴しますわ」
レオナルドは、ルシアと近衛兵を連れて、エリナリーゼのいる地下牢獄にやって来ていた。
挑発に乗らないエリナリーゼに、鼻を鳴らすレオナルド。
そんな二人の様子を見てルシアがエリナリーゼに話しかける。
「ねえ、正直に毒を入れたって言ってくれたら、処刑されないようにお願いしてあげます。エリナリーゼ様、正直に言う気はないですか?」
「ルシアはやっぱり優しいな。ほら、エリナリーゼ。ルシアもこう言ってくれているんだ。さっさと自白しろ」
(「お願い」してくれるだけじゃない……。どうせ処刑するつもりの癖に)
エリナリーゼは内心毒を吐きながら、表面上は淑女らしく、優雅に微笑んだ。
「お断りします。やってもいない罪を自白するつもりはないですの」
その様子を見て、レオナルドが目を釣り上げる。
「助けてくれるお前の父親はいないぞ。お前だって、パヴァロッティ侯爵が任務でまだ帰ってこれないと知っているだろう」
「そうですわね」
淡々としているエリナリーゼに、レオナルドはイライラする。
「けっ。強がりやがって。その顔が死ぬ時に恐怖で引き攣るのが楽しみだぜ!」
そう言ってレオナルドは鉄格子を思いっきり蹴り飛ばした。
その様子をじっと見ていたルシア。
何か思いついたようで、彼女は上目遣いでレオナルドに媚びるように言った。
「レオナルド様、少しエリナリーゼ様と二人だけで話をさせていただいても良いですか?」
「おう、さよならでもいうのか? ルシアは優しいな。いいぞ。お前ら、少し下がれ」
近衛兵とレオナルドが、部屋の前から少し距離をとった場所に移動した。
そして、ルシアはグッと牢の前に近づいた。そして前に出てくるように手招きしてきた。
(何をするつもりなの……)
不気味だったが、どうせやることはないのだ。
胸のペンダントに手を当て、エリナリーゼはゆっくりと牢の鉄格子に近づいた。
エリナリーゼが鉄格子の前に立つと、ルシアはささやいた。
「ありがとうね。これで全部あなたのせいになった。あなたのおかげよ」
(突然なんの話?)
エリナリーゼは顔を顰めた。
その表情を見て、ルシアは邪悪な笑みを浮かべた。
「毒を入れたのは私。全ては自作自演だったのよ。ふふ、全ての罪を被ってくれてありがとう」
(ああ、そういうこと。だからエドラ植物由来の毒を入れた本当の犯人は分からなかったし、毒の特定も自分で出来て早かったのね)
エリナリーゼは異様なほど落ち着いていた。それは、迫り来る死を前にして、逆に冷静になっていたからかもしれない。
「だから最後に教えてあげようと思って。殿下と結ばれるためにあなたは邪魔だったの。だからこの計画を練った。悪く思わないでね。強いていうなら、殿下の婚約者になってしまったことを恨んでね」
そう言って、ルシアは悲しそうな表情をして、くるっと振り向いた。
「ああ、エリナリーゼ様は全く反省する気がないようです。死後の世界で神の救いが彼女に在らんことを祈ります」
そう近衛兵とレオナルドに聞こえるように、わざと大声をルシアは出した。
(はいはい、それがあなたの本性ってわけね)
エリナリーゼが微笑んでいる内心、思いっきり殺意を込めた瞬間のことだった。
「彼女が裁かれると決まったわけではないぞ。ルシア殿」
一人の声が地下牢に響き渡った。
視線が声の主に集まった。
そこにいたのは、アレクシス第一王子だった。
「な、なぜここに」
「部下に情報を収集させた」
そう言ってエリナリーゼの元に行こうとしたアレクシスを、レオナルドの近衛兵が止めた。
「殿下。申し訳ありません。レオナルド様に命じられております。誰にも、処刑までの間、干渉させるなと」
アレクシスは少しどうしたらいいか迷った。
近衛兵は王族に忠誠を誓っているが、王が今倒れている時、支配下にないレオナルドの近衛兵に無理やり命令することはできなかった。
そんな迷いを察知したエリナリーゼは、その笑みを強くし、明るい声で言った。
「アレクシス殿下、大丈夫です。明日までの我慢ですもの」
「……すまない」
レオナルドとルシアは二人のやりとりを聞いて込み上げてくる笑いを堪えていた。
(明日の朝には処刑されるから、確かに明日までの我慢だな)
(強がっちゃって。本当に惨めな女ね。あー処刑の瞬間を考えただけで、気持ちいいわ)
それを横目に、エリナリーゼは続ける。
「実は、もう大丈夫ですの。殿下に取り巻きは 3 人いらっしゃいますが、一人の方が真実を明らかにすることを約束してくださってますの」
「な、なんだと!」
慌てて、レオナルドが牢の鉄格子の前にくる。
「どういうことだ! そして誰なんだ! 言えっ! そいつの名前を教えろ!」
「嫌ですわ。言ったら真実をレオナルド様が握り潰すかもしれませんし、その方がレオナルド様に処罰されてしまうでしょう? 何より、その方のおかげで私は助かることがわかっているのです。だから、何も心配しなくていいですわ」
名前を教えろとギャーギャー騒ぐレオナルドを横目に、エリナリーゼは声を張ってアレクシスに自分は大丈だと伝えた。
「……本当に信じていいんだな?」
「ええアレクシス様、大丈夫ですわ。その代わり、裁判にはきちんと殿下の取り巻き含めて関係者は集めてくださいね」
「それくらいは尽力しよう」
獣のように血走った目でレオナルドは、自分のことを無視してくるエリナリーゼを殺すかのように睨みつけた。
「無駄だぞ、法務官は貴族派で、俺たちの派閥だ! 何をしようと、お前の命は明日までだ!」
(法務官のような大貴族がつく役職は、確かにレオナルド様を支持する貴族派の貴族が多いのよね。まあ関係ないけど)
レオナルドは、その言葉にも無表情な私を見て、いらただしげに近衛に向かって言った。
「誰も牢に近づけるな。俺は少し確認することができた」
そうしてルシアの手を取ると、慌てて乱暴に階段を登っていった。
(愚弟レオナルドとルシア嬢がいなくなったので、近づけるか?)
アレクシスはそう思い、なんとか牢に近づこうとした。
しかし、やはり、レオナルドの近衛に邪魔をされて近づけなかった。
そんなアレクシスを見て、エリナリーゼは声を張り上げた。
「大丈夫です! 殿下、その代わりに協力者を探してください! それから使われた毒物含め徹底的な調査をお願いします!」
それを聞いてアレクシスは自分のやるべきことを自覚した。
「わかった! しばらくの間、我慢してくれ! 皆のもの、誰も寝てはならない! 徹底的に周囲の人物などを調査するのだ!」
「はっ! 承知しました、殿下!」
アレクシス派の近衛に、アレクシスは合図をすると、地下牢から出ていった。
エリナリーゼは胸から手を下ろし、ほっと息を吐いた。
(あとは信じるだけね)
♦︎
その晩、王宮に関わる貴族は皆、眠ることができなかった。
微笑む者。
情報を集める者。
審議の準備をする者。
証拠隠滅を試みる者。
裏切り者を探す者。
様々な思惑が入り混じる中、みんな朝一番に開催されるであろう侯爵令嬢の処刑に向けて、方針の策定と今後の準備をそれぞれ進めていた。
そして夜は明ける。
♦︎
ゴーン、ゴーン。
夜明けを告げる鐘の音が王都に鳴り響いていた。
エリナリーゼは結局、一晩中起きていた。
そして、ふと気がつくと鐘の音が鳴っていた。
顔を上げると、衛兵が扉の前にいた。
「審判の間まで迎えにあがりました」
そう言って衛兵は扉を開けた。
近衛兵たちがそれを見守る。
エリナリーゼは大きく深呼吸をした。そしてスクっと立ち上がった。
「行きましょう」
そして衛兵に連れられて、エリナリーゼは牢獄から出た。
戦いが、今、始まる。
♦︎
「ですから、私がどうやって毒を入れたというのですか?」
「エリナリーゼ様の他に、毒を入れることができる人物はおりません。それが答えです」
王宮の一室。簡易的な審判の間に設けられた被告席にエリナリーゼは座っていた。
部屋の反対側には、レオナルド、そしてルシアたちが座っていた。
争点はエリナリーゼが犯人であるか。
エリナリーゼは淡々と犯人であることを否定した。
「ですから、明確な証拠がないのであれば無罪であるはずです! 私は毒を入れておりません!」
「グラスに何かを入れた可能性があることがすでに示されている。その言い訳は見苦しいぞ」
レオナルドとルシアの方をエリナリーゼが見ると、勝ち誇った顔をしていた。
事実、苦しいのはエリナリーゼだった。
あの場で確かに、本人以外で毒を入れられたのは私だけ。そして毒を入れた可能性のある行為を目撃されてしまっている。
裁判官役の貴族たちが頷き合っている。
(間に合わなかったかな)
エリナリーゼが半分覚悟を決めた時。
「では判決を言い渡……」
「待て!!」
声のする方をみんなが見ると、王子アレクシスと、アレクシス派の貴族たちが立っていた。
「審判場所がなぜ急に移動になるのだ。おかげで探し回る羽目になったではないか」
アレクシスたちはツカツカと音をたて、部屋に入った。
そして、エリナリーゼの近くに立った。
「そもそも今回の事件にはおかしいところがある。それを今回伝えに来た」
そう言ってアレクシスはエリナリーゼにニッコリと微笑んだ。
「兄さん、悪いけどもう判決は出るんだ」
「いや、その判決に必要と思われる情報があるから、指摘をしに来た。それとも何か。判決を急ぎたい理由でもあるのか?」
言い負かされたレオナルドの方を見ると、悔しそうに唇を噛み締めていた。
(悔しがるのは、ここからよ)
エリナリーゼは姿勢を正して、はっきりと通る声で言った。
「アレクシス様も来たことですし、改めて一つ一つ今までの話を簡単に振り返りたいのですが、よろしいでしょうか?」
貴族の裁判員の方を見ると、アレクシスの様子を伺っていた。
「ああ、よろしく頼む」
「では、まず。本件はルシア嬢の毒殺未遂の犯人を裁くものになります」
「ああ、そうだな」
周囲の人間がみんな頷く。
「ルシア嬢、犯行に使われた毒はあなたが鑑定しましたよね。何の毒でした?」
「え、エドラ植物由来の毒物です」
「ちょっと待……」
「すみません、一旦最後まで話させてください」
アレクシス様が話をぶった斬ろうとしてきたので、釘をさす。
アレクシス様の方を見ると、不満そうだったが頷いてくれた。
(よかった。わかってくれたみたい)
「そして、グラスを交換できたのは、ルシア嬢以外では私のみ。これも間違いありませんか、ルシア嬢」
「はい」
ルシアを見ると、何を当たり前のことを言っているのよと言った顔をしていた。
(墓穴を掘ったことに気がついていないのね)
「では、私の方から。まずはグラスの交換ができたのはルシア嬢以外に私だけということは認めましょう」
場がざわめく。
「そうか、この犯罪者め、やっと罪を認めたか」
レオナルドが喜色満面の顔で唾を吐き散らしながら叫ぶ。
「いえ? 認めていませんが?」
レオナルドが、呆気に取られたような顔をする。
「私が認めたのは、グラスの交換ができたのはルシア嬢と私だけということです」
「だ、だからそれはお前が毒入りのグラスと、ルシアのグラスを交換したってことだろ!?」
「いいえ、違いますわ。単にグラスを交換可能な人物が他にいなかったことを指摘しただけですわ」
レオナルドが口をぽかんと開けたまま、こちらを見ている。
「では次に行きます。ルシア嬢」
「な、何よ」
ルシアを見ると、警戒心マックスと言った顔つきをしていた。
「あなたは自分のグラスにエドラ由来の毒が入っていたとおっしゃっていたわね」
「ええそうよ。あなたに入れられたのよ。私が鑑定したから間違いないわ」
(お馬鹿さん。まんまと墓穴を掘っちゃって)
「アレクシス殿下。ルシア嬢のグラスから、エドラの毒は本当に検出されましたか?」
「え?」
今度はルシアがぽかんとする番だった。
「先ほどそれを指摘しようとしていたのだ。ルシア嬢のグラスから、毒物は何も発見されなかった。代わりに毒物が発見されたのは、エリナリーゼ嬢のグラスからだった」
「そ、そんなわけないでしょ!! 私は確かに自分のグラ……」
「ん、なんですか?」
「なんでもないわ」
場が騒然とした。
今までの前提が覆ったのだ。
殺されそうになったと主張していた人物が殺されそうになっておらず、犯人だと思われていた人物が殺されそうになっていた。
「さて、ルシア嬢に聞きます。毒を入れられたのは、つまりグラスに触れたのは私かあなたのみ。そして、その前提で、なぜあなたは、何も毒の入っていないグラスを鑑定して、ありもしない毒を検出でき、私のグラスに盛られていた毒の種類までわかったのですか?」
沈黙が場を支配した。
観衆は静かに、ルシアの方を見た。
ルシアはしばらく歯をギリギリと噛み締めていた。そして、名案が思いついたかのような表情をして話し出した。
「そ、それは兵士たちが保管を間違えたんじゃないかな。私のやつと、あなたのやつを間違えて保管しちゃったんじゃないかな」
「ほう、あなたは王家の捜査員たちを疑うと?」
「そ、そうは言っていないけど、それしか考えられないじゃない!」
ルシアが焦ったように言う。確かに苦しいが筋が通っていないわけではない。
その可能性もある。万に一つといった可能性だが。
(しょうがない。これは使いたくなかったのだけれど)
「皆さん、さらに決定的な証拠があります」
観衆が今度はエリナリーゼの方を見た。
エリナリーゼは少し迷った。家宝の力を明らかにすることになるからだ。
しかし、手段を選んでいられる状況ではなかった。
エリナリーゼは胸のネックレスに、昨日からずっとつけているネックレスに触れた。
すると、ネックレスから空中に映像が出現した。
牢獄にいた時の映像が。そして、ルシアとエリナリーゼの会話が流れ出した。
「毒を入れたのは私。……。強いていうなら、殿下の婚約者になってしまったことを恨んでね」
映像が止まった。
聴衆は皆黙っていた。
「う、うそよ! で、出鱈目だわ!! 私こんなこと言っていない!」
ルシアが必死に否定する。
「これは我が侯爵家に伝わるアーティファクトの一つです。鑑定士に出してもらえれば、効果などははっきりし、これが本当の映像であることは証明できるかと」
ルシアは下を向いた。ただワナワナと拳を握りしめている。
いくらなんでも言い逃れできなことに気がついたのだろう。
「る、ルシア」
そうしてレオナルドがルシアに話しかけた瞬間だった。
ルシアは一気に部屋の入り口から廊下に出ようと走り出した。
(まずい、逃げるつもりだ)
動こうとしたが、冬の寒い夜を牢獄で過ごした体は思うように動かなかった。
(あ、まずい)
そう思った瞬間、エリナリーゼの目の前を通り過ぎる人影があった。
アレクシスだった。
アレクシスは一気にルシアとの距離を詰めると、その背中に一撃を入れ、意識を刈り取った。
ルシアは床に倒れ込んだ。
「お、おい!」
「大丈夫だ。意識を刈り取っただけだ」
次第に場が騒然とする。
それもそうだ、真犯人が逃げるところだったのだ。
「これはどう言うことなんだ」
「本当に彼女が犯人なのか?」
「いや、実際逃げようとしただろ? あれが証拠じゃないか」
ざわめきが大きくなっていく。
「静粛に!」
アレクシスが叫んだ途端、場が一気に静かになった。
アレクシスは周囲を見渡しながら、ゆっくりと、しかしはっきりと言った。
「ひとまず、エリナリーゼ嬢が有罪かどうかを確定させなければならない」
誰からも異論は出なかった。
数秒待ってから、アレクシスは続けた。
「有罪だと思う者は挙手せよ」
誰の手も挙がらなかった。
「では、エリナリーゼは無罪とする。以後、王家の名にかけて、新事実が出ない限り、異議は認めん」
裁判官役の貴族たちも頷いている。
ここまでの証拠を揃えられたら、第二王子派といっても、有罪にはしないようだ。
「では、行こう。エリナリーゼ嬢」
こうしてエリナリーゼの人生で最も長かった一日は終わったのだった。
♦︎
エリナリーゼは、アレクシスのお茶会に招かれ、真紅のドレスを身に纏って離宮に来ていた。
「来てくれてありがとう。エリナリーゼ嬢」
「今日を楽しみにしていました。殿下には助けて頂きましたし、今後とも仲良くしていただければと思っていますわ」
今後という言葉を聞いて、アレクシスの顔が赤くなる。それを見て、エリナリーゼは見当違いのことを考える。
(熱でもあるのかしら?)
「こほん。さて、今日はあの事件の顛末を伝えたくて呼ばせていただいた」
エリナリーゼは姿勢を正した。
「結論から言うと、フォンベルク男爵令嬢は北方の開拓地に農奴として送られることになった。また、弟のレオナルドは王位継承権を剥奪、地方の軍に連れて行かれるそうだ。また、君を断罪していた貴族の子息たちにも、それぞれ重い罰が下る予定だ」
そういって、アレクシスは少し深く息を吐いた。
「本当にすまない。あのままでは君は処刑されるところだった。王家を代表して謝罪する」
そういってアレクシスは頭を下げた。
エリナリーゼは慌てて手を振った。
「頭を下げられなくて大丈夫です! 本当に殿下の助けがなかったら、あそこまで綺麗に追い詰めることもできなかったでしょうし。むしろ感謝しているのです」
そういってエリナリーゼはニッコリと笑った。
その言葉を聞いて、おずおずとアレクシスは頭を上げた。
エリナリーゼは続けて、困ったような顔を浮かべた。
「実はあの日、ルシア嬢と私のグラスを実際に黙って取り替えていたのです。ルシア嬢のグラスから刺激臭がしたことで何か入っているぞと気がつき、これは保持しておこうと思ったのです。しかし、まさかあんなことになるとは思わず」
そして、紅茶を一口飲んだ。
「そのことを直接伝えられたら良かったのですが、牢獄にいた近衛の方からレオナルド殿下に伝えられて証拠隠滅される可能性もあり、言えませんでした。気がついてくださり、本当にありがとうございます。殿下が調べてくださらなければ、再調査が行われることはなかったでしょう。王子までもが毒が入っていたと断言していましたから」
そこまで言い切って、エリナリーゼは再び笑みを浮かべた。
「お礼に、私にできることならいくらでも力になりますわ。なんでもおっしゃってください」
アレクシスは少し迷った。そして息を吐き、想いを正直に伝えることに決めた。
「あ、あの」
「はい、なんでしょうか?」
「また、こうやって話す機会をもらえないだろうか。今度はプライベートで。よければ男女として」
アレクシスの顔は耳まで真っ赤になっていた。
その日は、冷たい冬とは思えないほど、暖かい日差しだった。
少しでも面白い、レオナルド・ルシアざまあ、と思っていただけたら、★評価、ブクマしていただけると嬉しいです。




