第14話:世界の終わりが、ママ友になりたそうにこちらを見ている
「――いや、だから、本当にマズいんだって!!」
要塞託児所『緑のゆりかご』の庭(かつてはただの荒れ地だったが、今やエルフの結界とオークの突撃陣地で要塞化されている)で、俺は青空を見上げて絶叫していた。上空の雲が、不自然なほど禍々しい漆黒の魔力によって渦巻いている。大気が激しく震え、並の冒険者なら圧圧感だけで気絶するほどの「神話級」のプレッシャーが、上空から容赦なく降り注いでいた。
「レントお父様、お肉焦げちゃうよ?」
オークの血を引く長男(3歳児並みの外見だが、すでに大人のオーク以上の怪力を持つ)が、俺のズボンの裾を引っ張りながら、庭に設置した巨大バーベキューコンロを指差した。
「ああ、すまん! 火力を弱めてくれ、次男坊!」
「はい、お父様。『精霊の囁き』よ、熱量を三分の一に減衰せよ」
エルフの血を引く次男(同じく急成長中、すでに宮廷魔術師レベルの呪文を無詠唱で扱う)が、小さな手をかざしてカマドの炎を完璧にコントロールする。生まれた子供たちの手伝いのおかげで、託児所の「おやつタイム」の準備は完璧だったが、空の上の状況は全く完璧ではなかった。
ズゥゥゥゥゥン……ッ!!!
ついに、雲を割り、その「巨躯」が姿を現した。全長数百メートルはあるだろうか。全身を漆黒の、あらゆる光を吸収するような極大の鱗で覆った伝説の生物。世界の終わりを司り、数千年前に神々によって地の底へ封印されたはずの『始祖の暗黒竜ニードホッグ』である。
「グルゥゥゥゥ……ッ!!」
地響きのような咆哮が響き渡る。その凶悪な双眸が、我が要塞託児所を捉えた。いや、正確には、俺の足元で「ぷきゅぅ……?」と呑気に鼻提灯を膨らませて昼寝をしている緑色の性獣――ゴブ次を完璧にロックオンしていた。
「な、何という邪悪な気配……! これが、神話に聞く終焉の竜……!」
部屋から飛び出してきた聖女ルシエルが、神木のデザインの杖を構えて顔を蒼白にする。
「チッ、魔王軍の本隊でも手に負えん化け物が、なぜこんな辺境に現れる!」
ドルハも臨戦態勢に入り、大斧を構えて部下たちに指示を飛ばそうとした。だが、その時。我が家の全自動夜這いマシーン・ゴブ次の「本能アンテナ」が、最大出力で起動した。
――ピクンッ!!
ゴブ次は跳ね起きると、濁った眼球をギラつかせ、上空の巨大な暗黒竜を見上げた。
【固有ユニークスキル:『万象交配』・対象の『極大限界』を感知】
【対象:始祖の暗黒竜ニードホッグ(性別:メス・重度のマナ飢餓状態)】
【状態:神速夜這いモード(ドラゴン特効)――起動】
「ギギギ、キキキキキィィィィッッッ!!!」
よだれを撒き散らしながら、ゴブ次の身体が、もはや物理法則を完全に無視した「黒い光の矢」と化して上空へと文字通り【射出】された。
「ああっ、また行ったぁぁぁ! ゴブ次、相手のサイズを考えろ! 質量兵器だぞ、踏み潰されるぞ!!」
俺の悲鳴が響く中、ゴブ次は上空数百メートルのニードホッグの「眉間」へとダイレクトに激突した。普通なら、竜の絶対防御の鱗によって消し炭になるはずだった。しかし、ゴブ次の放つ『万象交配』の波動は、ニードホッグが数千年溜め込んできた「世界の呪い(マナ枯渇による飢餓)」を、ピンポイントで融解させていく。
「――!? ガ、グオォォォォ……ッ!?」
ニードホッグの咆哮が、一瞬にして「悲鳴」のような、どこか艶っぽい響きへと変化した。巨躯の周囲に渦巻いていた暗黒の魔力が、瞬時にして淡い桃色の霧へと反転していく。ゴブ次がその小さな体で、巨大な竜の頭部に「種付けの楔」を打ち込んだのだ。
そして、信じられない光景が起きた。上空の巨大な竜の身体が、まばゆい光に包まれながら、急速に「縮小」を始めたのだ。光が収まった瞬間、空から落ちてきたのは――腰まで届く艶やかな黒髪に、頭部から漆黒の角を生やし、妖艶なプロポーションを黒いドレスで包んだ、一人の「絶世の美女」だった。
そして、その美女の腕には、すっかり満足して眠りこけているゴブ次が抱えられている。ドサッ、と優雅に庭に着地した黒髪の美女(暗黒竜ニードホッグの擬人化体)は、自分の平らだったお腹が、すでに「ぽっこり」と不自然に膨らみ始めているのを見て、恍惚とした表情を浮かべた。
「ああ……、数千年分の飢えが、満たされてゆく……。この私の中に、世界の根源たるマナの種が、満ち溢れているわ……」
彼女は、鋭い竜の瞳で庭を見回した。そして、タオルとスープの鍋を持ったまま固まっている俺を見つけると、その場に静かに跪いた。
「貴方が、あの偉大なる小鬼の主……。そして、この世界の生命を再誕させる『大父』ですね?」
「いや、違います。俺はただのしがないテイマーでして――」
「隠す必要はありません。この私を交配の呪縛から解放し、次世代の竜の母へと導くための計画……実に見事です。今日から私も、この『緑のゆりかご』のママ友として、貴方に従いましょう」
「ママ友って言うなァァァ!!」
エルフの聖女、魔王軍のオーク女王に続き、ついに世界を滅ぼす始祖の竜までもが、俺の託児所の「ママ友(狂信者)」としてラインナップされてしまった。背後からは、ルシエルとドルハが「新参のメス竜が、レント様(レント殿)の正妻の座を狙っている……!」と、凄まじい嫉妬のオーラを放ち始めている。
世界の滅亡は完全に防がれた。だが、俺の平穏な独身生活は、文字通り宇宙の彼方へと消し飛んだのだった。




