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無職とメイドの冥土生活  作者: はこ
魂の選別編

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第8話 「現世とあの世の狭間で①」

 瞼が重い。あぁ、また1日が始まってしまうのか。

 背中のふかふかな感触が心地よくてずっと転がっていたい……。


 ……いやちょっと待て。俺はなぜ背中にそんなものを感じているんだ……?

 俺は確か左腕を失って失血死したはずでは……。

 一瞬のうちに思考が駆け巡り、俺は重たい瞼を無理矢理開けて自分の左腕を見た。


「……ない」


 やはりあの体験は夢でもなんでもなかったようだ。

 俺があの謎の部屋で切り落とした左腕はしっかりとなくなっており、肘から先の感覚がない。服の袖は血で派手に汚れている。

 しかし、なぜか傷口は完全に塞がっていた。


 ……小春ちゃんはどうなったんだ?


 俺は上半身を起き上がらせ、急いで周りを見回す。


「……小春ちゃん」


 彼女は俺の真後ろに横たわっていた。

 俺の左腕に巻いてくれていたはずの彼女の服が、俺の血で汚れたまま彼女の上半身に掛布団のようにかけられている。

 一瞬、自分の代わりに犠牲になったのではという嫌な考えがよぎったが、彼女は呼吸をしているようだ……よかった……。


「小春ちゃん、小春ちゃん」


 俺は彼女を揺すりながら声をかけ、起こそうとする。


「……ん……あれ……」


 よかった、目が覚めたようだ。

 彼女は俺の顔を見て一瞬目を見開いて固まると、なんと俺に勢いよく抱き着いてきた。


「御守さんっ......生きてたんですね!! よかった……本当に……生きててくれてうれしいです……」


 本当に嬉しいのは薄着のかわいい女の子に強く抱きしめられている俺ですよ小春さん。

 しかしスケベ心を出してる場合でもないな。色々と聞きたいことがある。


「あの後……俺が意識を失った後はどうなった? 何が起こったんだ?」


「それが……あの後わたしもすぐに強烈な眠気に襲われて……そのまま意識がなくなって目覚めたら今この状況、という感じです……」


 小春ちゃんが何かをしてくれたわけではないのか……。

 じゃあ俺はあのとき失血死したのではなく、同じように強制的に眠らされたのか……?

 つまり今の状況は、左腕がない以外は白い部屋で目覚めたときとほぼ同じってことか。


 改めて辺りを見回すと、この場所はあの白い部屋とは随分雰囲気が違う。

 あの閉鎖的な密室とは真逆で、どこまでも広がっていそうな宇宙のような不思議な空間。

 自分たちはまるで雲の上にでも乗っているんじゃないかと錯覚するほど、地面は白くて柔らかい……。


「ここ、もしかして天国かな?」


「死んじゃったんですかね、わたしたち……」


「ここはまだ天国ではありません」


「「!?」」


 な、なんだ? 急にどこからともなく声が……。これが所謂(いわゆる)、頭の中に直接ってやつなのか?

 小春ちゃんの抱き着く力が少し強まった。


「誰だ……!? どこにいる?」


「私は実体を持たない存在。したがって、どこにもいませんが、あなた方の目の前にいるとも言えます」


 わかりませんどういうことですか? と聞きたいところだが、今はそこを深掘るタイミングではないな。

 なんせ、謎状況が始まって依頼、小春ちゃん以外で初めて言葉を交わせる存在が現れたのだ。しかも何やら色々と知ったような口ぶりでだ。

 聞きたいことは山ほどある。ありすぎて何から聞けばいいのか混乱するくらいに。


「えっと、まず君は一体何者……? あ、俺は御守と申しますが……」


 なんか不格好な切り出し方になってしまったが、会話をするときはまず自己紹介からだよな、うん。


「私はあなた方のような『魂の寿命を残したまま現世で亡くなった人間』を導く存在です。そしてここは現世と冥土の狭間のような場所です」


 ん? 魂のなんだって? 冥土ってのはあの世のことだよな。


「えっと、その『魂の寿命を~』ってのはどういうこと? もうちょっとわかりやすく頼む」


「例えばですが、本来ならば100歳まで生きるはずだった人間が、事故や病気で50歳で亡くなったとします。すると魂の寿命が50年残っているため、魂には冥土での第二の人生が与えられます」


 そういうシステムなのか……。ってことはやっぱり俺たちは一回死んでいるのか……。


「つまり、俺たちはあの謎の部屋で命を落としたのか? 俺はともかく、小春ちゃんが死ぬような状況ではなかったと思うんだけどな……」


「そうではありません。あの部屋は現世で死んだ者の魂を選別する場所です。つまりあなた方はあの部屋に来る前に亡くなっているのです。」


 おいおいマジですか……。

 ……いや、可能性として考えなかったわけじゃない。

 そもそも小春ちゃんは階段から落ちてあの部屋で目覚めたと言っていたしな。

 じゃあ俺は何で死んだんだ……?


「あなたは29歳で心不全により現世で亡くなっています」


 まるで心を読むかのように答えてくれてありがとう。

 しかし心不全か……寝ている間に突然ポックリ逝く人は一定数いると聞いたことがあるが、まさか自分がそうなったというのか……毎日超不摂生な生活ではあったけど。

 っていうか29歳って言ったか? 確か眠りについたのが誕生日前日の21時くらいだった気がするが、日付が変わるまでの3時間の間に死んだってことかな……。


「御守さん、まだ20代でよかったですね」


 いや呑気(のんき)かよ。わたしたち20代でおそろいですね♪ じゃないんだよ。20歳と29歳はもう別の世代なんだよ。

 っていうか死んだら歳とらない設定でいいのか? 永遠の20代爆誕でいいのか?


「ここや先程の場所、そしてあなた方がこれから向かう冥土では生物は肉体的には歳をとりません。そしてその肉体は現世で生を終える前の身体を健康体にしてコピーしています」


 また心読まれてるような……。

 えーとつまり、この先身体はずっと29歳、だけど精神的には当然歳をとってるから精神は現状30歳。肉体と精神の年齢がどんどん乖離していくってことか……。

 しかしなるほど……もしケガや病気で死んだ人間なら、それらの爆弾を抱えた身体をコピーされてもこっちで大変なことになるだろうからな。健康体にしてくれるのはありがたいよな。

 

「じゃあ冥土に行っても死んだじいちゃんやばあちゃんはいないのかなー……全員平均寿命超えてたし」


 うーんしかし、そういうことであれば小春ちゃんを元の世界に戻すってのも不可能になったということだよな……。

 いや、とりあえず今は聞くべきことを全部聞いておこう。

 

「えっと、さっき言ってた魂の選別? っていうのはどういうことなんだ?」


「あなた方が先程まで行っていた選別テストのことです。現世において、凶悪な罪を犯した者や、逆に多大な功績を残していた者は、亡くなった後その魂は選別にかけられることなく直ちに冥土へ送られます。魂の善悪が亡くなった時点で判別できるからです。しかし、多くの人間はそのどちらでもないまま現世での生を終えてしまうため、選別が必要なのです」

 

 それはそうだな。

 俺も人生で目立った罪を犯したことはない。かと言って人々を救うようなこともしていない。ほとんどの人間がそうだろう。もちろん日常的な小さなことなら、良いことも悪いこともたくさんしたが。

 つまり、そういう人間の魂の行き先を決めるため、善なのか悪なのかを判別するために、あの謎の部屋でテストされていたということか……。


「で、どうなったら善で、どうなったら悪ってことになるんだ?」


「テストの形式は人によって千差万別ですが、共通しているのは『白い部屋に残った者は善』、『赤い部屋に残った者は悪』ということになります。」


 なんだと……!?

 俺たちは最終的に二人とも赤い部屋で意識を失ったじゃないか。

 つまり俺たちは"悪人”として選別されたってのか……?


 いや、だがあの部屋のシステムを考えると腑には落ちる……。

 あの空間では、白い部屋でセンサーを押した人間が相方のために犠牲になり、赤い部屋に行った人間は相方を置き去りにするという構図だった。

 つまり、善人であれば白い部屋に残るはず、ということか……。

 もしお互いに犠牲を望まない場合は、二人で最後まで白い部屋に残ることになる。

 こうなれば二人とも”善人”として扱われたということだろうか。

 それじゃあ、天国に行くには仲良く壁に潰されるのが正解だったってことなのか……。

 

「壁はあなた方がギリギリ潰されないところで止まるシステムになっていました」


 よし、こいつはもう確実に俺の心を読めることが確定した。

 っていうかあの壁止まるのかよ……わかるかそんなもん。


「だがやっぱり理不尽な気がするな。相方を犠牲にしてまで赤い部屋に進むのが悪ってのは百歩譲ってわかるとしておくよ。でも俺たちは最終的に犠牲を出してないだろ。俺の左腕以外は」


 小春ちゃんが俺の傷口だった部分をさすっている。ちょっとくすぐったい。


「はい。つまりあなた方はイレギュラーな存在なのです。通常、二人で赤い部屋に行けるということはありえないはずなのです。前例がないわけではないようですが」


 まぁ俺の場合、相当な無茶をした上でそこからさらに成功率の低い賭けに勝ったという感じだからな……。


「じゃあその前例、俺たちの先輩方は結局どうなったんだ?」


「イレギュラーな存在であっても、赤い部屋に残った以上はその魂は"悪”として『地獄堕ち』となります。これを覆すことはできません」


 それは融通の利かないことで……。


「御守さん……わたしたち地獄に堕ちるんですか……?」


「そうなっちゃうらしいなぁ……」


 そもそも、俺があの選別の部屋にいたとき、自分が現世で死んでいることに気付いていなかったのも運が悪かったな……。

 脱出して元の世界に戻れる前提で色々考えちゃってたし。今言っても仕方ないか……。

 でも、もし俺があのとき小春ちゃんを赤い部屋に送ったまま白い部屋に残っていたら、小春ちゃんだけを地獄送りにしていたのか……マ、マジで危なかった……


「えーと、名前はわからんけど案内人さん? まだ時間あるかな。聞きたいことがまだ結構あるんだけど」

 

「はい。もうしばらくは大丈夫でしょう。私に名前はありませんが、よろしければ『女神』とお呼びください。」


 自称女神かよ。綺麗な声してるしそれっぽいけど、結構自意識過剰なやつだな……。


 こうして”地獄堕ち”が決定した俺たちは、この先のことについてもう少し自称女神から情報を聞きだすことにした。


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