第7話 「走馬灯」
さよならしたはずの小春ちゃんと再び対面する。
小春ちゃんは突然開いた脱出口に一瞬驚いたようだが、すぐに立ち上がって壁の穴を通り、こちらに走ってきた。
「御守さん! なんでですか!? なんで開けてくれなかったんですか!? 合図したら開けてくれるって約束したのに……!」
裏切りを責められるのは当然だが、今はとにかく時間がない。
「ごめん小春ちゃん、謝罪は後でいくらでもする。今は時間がないんだ、聞いてくれ。二人で生き残る方法を見つけたんだ」
「えっ……本当なんですか……」
「さっき言ったろ? 一緒に生きて一緒に死のうってさ。俺たちに残されてる道はもう、二人で生きるか二人で死ぬかだ」
と言ったものの、俺はついさっき彼女を裏切ったばかりだ。
何を言っても信用は地の底まで落ちている状態だと思うが、そもそもまだ一人で死ぬつもりなら脱出口を開けた意味がわからないだろうしな。
彼女は戸惑っているが、押し切るしかない。
「もう説明してる時間がないんだ、とにかく俺の指示に従ってほしい」
「……わかりました」
完全に信じてくれた、というわけではないだろうな。
そして説明している時間がない、というのも事実ではあるんだが、そもそも今から取り組む作戦を彼女に説明したら実行を躊躇ってしまうだろう。
……そういうことを、俺はやろうとしている。
不確定な要素もあるが、なんとか思い通りにいってほしいところだ……。
「小春ちゃん、センサーに触れて脱出口を開けておいて。俺は脱出口のところに行くから、俺が合図したらセンサーから手を離すんだ」
「……? わかりました」
そんな今までも散々やってきたことを繰り返してどうするんだと言わんばかりの表情だ。
俺は脱出口の目の前まで走ると、彼女に背を向けたまま一度深呼吸をして左腕の袖を捲る。
よし、やるぞ。もう他に方法はない。
「小春ちゃん! 脱出口を閉じて!」
「いきます!」
彼女がセンサーから手を離し、脱出口が閉まり始める……その瞬間、俺は穴に左腕を思い切り突っ込んだ。
そして直後、バツンッという音が辺りに響き渡る。
「っしゃらああああああああああ!!!!!」
「御守さん!? 一体何を……」
彼女には背を向けていたため、俺の身体が邪魔して何が起こったのか理解できていないのだろう。
俺は閉じる壁の力を利用して、左肘から先を切り落としたのだ。
激痛に襲われ、血も大量に出血しているが、本番はむしろここからだ、痛がっている場合ではない。すんげー痛いけど。
俺は残った腕の部分に服の袖を力いっぱい巻いて締め付け、止血を試みながら口を開いた。
「小春ちゃんっ……、もう一度脱出口を開けてくれ……! 急いで……」
彼女は明らかに動揺しているが、言われた通りにセンサーに触れ、脱出口を開けた。
赤い部屋に転がっている自分の左腕をサッと拾って脇に挟み、白い部屋に戻って叫んだ。
「小春ちゃん! センサーはもういい! こっちに来てくれ!!」
「はっ、はい!」
小春ちゃんは急いで俺の傍まで駆け寄ると、俺の左腕を見て絶句した。
「……! まさか腕を...…切り落としたんですか……!?」
「あぁ、そうだよ……。コイツを今からセンサーに向けて投げる……。当たれば一瞬だけ脱出口が開くはずだから、2人で一気に向こうの部屋に飛び込むんだ……!」
「……そんな……!……いえ、わかりました」
混乱しつつも、即座に頭を切り替えて俺の覚悟を無駄にすまいと受け入れたようだ。
そして彼女は両手で俺の左腕に巻かれた服の袖を強く握ると、締め付けられる力が強くなるのを感じた。
「止血はわたしがやります。御守さんは投げるほうに集中してください」
「……助かるよ」
ここからセンサーまで約十メートル。
切り離された腕はずっしりと質量があり、投げても飛距離は十分届くだろう。
あとはこの投げたことのない歪な物体を二十センチ程度の見えない的に当てられるかどうか……。
迫りくる壁の幅はもう俺たち二人が横に並べないくらいに狭い。
一発で決める。
決めて二人でこの世話になった白い部屋とおさらばだ!
「いくよ小春ちゃん、投げづらいから一瞬手を離してくれ。俺がコイツを投げたら思いっきり後ろの壁に体重をかけるんだ」
「は、はい!」
俺は右腕をしならせ、センサーがあるであろう場所に向かって放物線を描くように、我が左腕を放り投げた。
そして投げ終わると同時に再び左腕を強く締め付けつつ、小春ちゃんと同時に後ろの壁に全体重をかける。
投げた方向はいい、おそらくジャストくらいだ。
……しかし、高さが少し上すぎたか……!?
二人で宙を舞う俺の左腕を見つめながら息を呑む。
極限状態で、まるでスローモーション映像を見ているかのように時間の流れがゆっくりに感じる。
そして、俺の左腕は向こうの壁にベチャ、という音を立ててぶつかった。
……しかし脱出穴は開かない。
やはり位置が高すぎたか、もしくは切り離された身体の一部ではそもそもセンサーが反応しない仕様なのか……?
しかし俺の左腕が重力によって下に落ちようとしたそのとき────
ニョン
壁の脱出口は俺たちを歓迎するかのように突如開いた。
壁に全体重をかけていた俺たち二人は、身体を支えていた壁が消え去ったことにより、赤い部屋へと投げ出された。
成功した…、成功したぞ!!!
おそらく、俺の左腕は最初センサーの少し上に当たってしまったのだ。
だがその後落下するタイミングで、どこかが一瞬センサーの一部に触れたのだろう。
なんにせよ運がよかった……ありがとう、そしてさよなら我が左手よ……。
アドレナリンが大放出されているせいか、傷口の痛みは切断されたときに比べればさほどでもないが、出血は相変わらず続いている。
俺は改めて右手で左袖を強く締め付けなおした。
「御守さん……こんな無茶して……」
小春ちゃんは涙目になりながらこちらを見ている。
「はは……、嘘じゃなかったでしょ? 二人で生き残る方法があるって」
「あんな無茶するなんて聞いてません!」
そう言うと、なんと彼女がおもむろに上の服を脱ぎだした。
な、なんだ急に……?
もしや頑張ったからご褒美タイムということなのか……?
彼女はキャミソール姿になると、脱いだ服を俺の左腕にさらに巻き付けて縛り始めた。
なるほど、服で止血してくれるということか……。
流石にそうですよね、こんな状況で何を期待しているんでしょうか俺はまったくけしからん……。
しかし、今までゆとりのある服を着ていたからわからなかったが、小春ちゃん、なかなかご立派なものをお持ちのようで……。
……いやいかんな。懸命に手当してくれている子をそんな目で見るのは不義理というやつだろ。
俺も男だから不可抗力なところはあるのだが、世のおじさんが嫌われる理由はこういうところだと思うので気を付けていきたい。
さて、ここから先は何が起こるんだろうな……。
脱出口が閉じているから俺たちが元いた白い部屋の状況はわからないが、もうじき迫ってきていた壁が完全に閉じ切る頃だろうか……。
それがトリガーになって新しい何かが始まるのかね……。
いずれにせよ、俺は左腕を半分近く失う重傷だ。
何が起きるかわからない上に、失血によるタイムリミットもあるということになる。
「御守さん、一応強く縛っておきましたけど……。血もかなり流してますし、一刻も早く治療しないと……」
「そうだね……あとどれくらい持つのか……」
と答えながら考えていたら、なんだか急激に眠気が襲ってきた。
まさか、もう失血によるリミットが来てしまったのか……?
……このまま眠るように死んでしまうのか?
せっかく2人でここまで生き延びられたというのに、このまま死んだら結局潰されるのと変わらないじゃないか……ダメだ…頭が回らなくなってきた……。
「こは……ちゃ……」
「御守さん? ……ダメ!やだ!死なないで!!!」
俺の意識が薄れていくことに気付いたようだ。
「ぁ……」
「二人で生き残るって言ったじゃないですか! ……言ったのに……! 一人にしないでよぉ……」
小春ちゃんの声が段々と遠のいていく……。
なんだよ……あれだけ無茶したってのに結局結末は変わらないのか……。
結局、どう足掻いても生き残れるのは一人だけだったのかもしれないなぁ……。
二人で生きるか二人で死ぬかなんて言っておいて、これじゃ嘘つきになっちまうよ……。
走馬灯というやつだろうか……ふと、無意識に自分の人生が思い返される……。
自分で言うのもなんだが、子供の頃から地頭は良いほうで、大して勉強しなくても中学生くらいまでは優秀なポジションにいた。変なあだ名をつけられたりしていたが、友達も少なくはなかった。
だが、それなりに偏差値の高い高校に進学したこともあって、高校からは努力なしでは周りに追いつけなくなった。
しかし俺は努力が苦手だった。小手先だけで生きてきた俺にとって、少しずつ積み上げていかなければならないものは苦痛でしかなかった。
そんなんだったから周りとの差は開いていく一方で、俺はいつしか徐々に"置いていかれる側”として生きていく人生になってしまっていた。
大学に入ってからは現実から目を逸らしてネットにのめり込んだ。
お互いのリアルを知らない者同士の、インターネットでの浅い関係が心地よかったのだ。
卒業後はなんとか小さな会社に入社するも、人との距離の取り方がわからなくなっていた俺は先輩や上司からも可愛がられず、むしろパワハラを受ける連続だった。
ますます逃避が止まらなくなってネットにどっぷりと浸かった俺は、残っていた数少ない友達とも疎遠になってしまった……。
そんな中で、ネットでよく遊んでいたグループの女の子と意気投合して、付き合うことになったこともあった。
何回かリアルでも会い、通話を重ね、彼女は俺の心の拠り所となりかけていたが、付き合い始めてから3ヶ月後にグループのリーダー的ポジションの男に寝取られた。もはや誰も信じられなくなった。
こうなったらネットを使って自分で事業を起こして、一発逆転して全員見返してやると意気込み、勢いで会社も辞めた。
両親からは大反対されたが無視して突っぱねたことにより険悪に。ついに俺の周りには誰もいなくなってしまった……。
そんな人生を送ってきたやつが事業で成功できるわけもなく、俺は空っぽになって人生がどうでもよくなってしまったというわけだ……。
……だからこの場所にきて、小春ちゃんに出会って、彼女が自分を慕ってくれたこと、信頼してくれたことがすごく嬉しかった。
小春ちゃんに出会ったのがこんなわけのわからない場所でなければよかったのにとも思うが、逆にこんな場所でなければ出会えなかったのかもしれないし、仲良くもなれなかったのかもしれないな……。
ひどい目に遭ったが、そこだけは感謝しておくか……。
ごめんね、小春ちゃん……。
ここまで偉そうに指示を出しておいて、結局君を1人で残してしまう……。
でも俺、最後まで二人で生きるために頑張ったんだ……。
君と生きるために、頑張ったんだよ……。
今度こそ、本当にお別れかな……。
「あり……が……と…………」
「御守さん!だめ……!!」
「ーーーーー!!」
小春ちゃんの声が遠くなっていく。
泣き叫ぶ彼女に抱きしめられながら俺は完全に意識を失い、目の前が真っ暗になった。




