第6話 「理想の人生」
脱出口を閉じてから1分くらいが経った。
小春ちゃんは今、赤い部屋をくまなく調べているだろう。
こちらの部屋の壁は……
この速度だと、完全に壁が閉じ切るまであと10分か15分か......。
なんせスローペースすぎるのでよくわからない。
ここまで来たらいっそのこと一思いに勢いよく閉じ切ってくれないかなぁ……。
こんなゆっくり進む壁に潰されたら絶対痛くて苦しい時間が長いじゃないか……。
いや、その苦しむ姿を見て楽しみたいのかもしれないな、元凶さんは。
そもそも監視されているのかも、監視されていたとしてどうやって監視しているのかもわからないが……。
まぁお得意のスーパーテクノロジーがあれば、カメラなんてものもいらないのかも。
「ーーーーーーー!」
小春ちゃんが向こうの部屋で叫んでいるようだ。
脱出口を開けてくれという合図だろう。
……ごめんね小春ちゃん。
その壁の穴はもう開かない、開けないとそう決めたんだ……。
「ーーーーーーー!」
「ーーーーー!」
うーん、これはなかなか心が痛むな……。
耳を塞ぎたくなってしまう……。
「ーーー!」
「ーーーー!」
こちらの異変に気付いたかな……。
俺がもうこのセンサーに触れる気がないんだとわかったら、彼女は心底失望するだろう。
貯め込んだ信用ポイントもゼロに逆戻りか。
そのポイントで命1つ買えるなら安いもんだけどさ。
小春ちゃんは本当にいい子だったからなぁ……。
こんな場所で命を落としていい人間じゃないんだよ。
学校や会社など所属する組織もなく、まともに友人もおらず、家族ともほぼ絶縁状態の俺は、ここで死んだとしても元の世界で悲しむやつはほぼいないだろうけど……。
小春ちゃんはあんな感じだから、きっと周りにたくさん人がいるんだろうな。
恋人だってきっといるに違いない。
あ、でもさっき、男の人のことはよくわからないとか言ってたような……。
それは恋人の有無とは関係ないか?
まぁ、いなかったとしても、だからと言って俺が恋人になれるわけではないけどな。
そもそも年齢だって10歳とか離れてるわけだし。
今時それくらい年齢の離れたカップルは珍しくもないし、そこに対する偏見もないけど、年齢以外の部分でも俺と彼女では色々と釣り合いがとれないだろうよ。
俺が死んだ後の展開はまったく予想できないけど、彼女がなんとかここを脱出して元の世界に戻れることを祈るばかりだ……。
彼女は元の世界に戻れればきっと仕事だってすぐ見つかるし、頭がいいから出世もすると思う。
そしてもし結婚するなら、旦那を立ててくれるいい奥さんになるだろうなぁ……。
あんな子を嫁にもらえる未来の旦那が羨ましいぜ、まったく……。
……その旦那がもし俺だったらどんな未来になるか……なんて妄想は気持ち悪いか?
いや、もうすぐ死ぬんだから最後にそれくらいは許してほしいな。
小春ちゃんが奥さんだったら、俺は周りを見返すなんて動機は捨てて、彼女と生きるために身を粉にして働くだろうな。
安定した職に就いてあんなにしっかりした奥さんをもらったとなれば、絶縁状態の家族とも良好な関係を取り戻せるかもしれない。
そうすれば、これまでロクにしてなかった親孝行もできる……。
旅行にもたくさん行きたいなぁ。
ずっとインドア派だったけど、一緒に行って楽しめる相手がいるなら旅行も楽しいんじゃないか?
旅行はどこに行くかではなく誰と行くかが大事だと、どっかの偉い人が言っていた気がするし。
子供は特に欲しいとは思わないけど、彼女が欲しがるのなら作るのもいいな。
俺もブサイクではないと思うが……彼女の遺伝子を色濃く引き継いだ子供が生まれたら、きっとかわいいだろうな。
もちろん、子供がいなくたって小春ちゃんが隣にいてくれるなら俺はそれで十分なんだけどさ。
そして60歳になったとき思うんだ。
ここまで前半の30年はクソだったが、後半の30年はなんて素晴らしかったんだろうって。
流石にそれは夢見過ぎか?
人生そんな順風満帆にはいかないか……。
……しかし自分でも驚いた。
あれだけ死にたがってたくせに、死ぬ間際にこんなにスラスラとやりたいことが出てくるもんか……。
俺が死にたいと思っていたのはずっと一人ぼっちだったからで、大切な人間が近くにいたらすべての価値観が違ったのかもしれないな……。
そうだ、当たり前のことじゃないか。結局人間は一人じゃ生きていけないんだ……。
……それなのに、俺は彼女を一人きりにしてしまったのか。
本当に出られるかもわからないこの謎の空間で、”ここで死ぬべきじゃない”とかいう勝手な自己満足を押し付けて。
……彼女の気持ちなんてまったく考えていないではないか。
俺は本当に愚かだな……。
でも、だからと言って今から脱出口を開き、彼女をここに呼び戻して二人で仲良く潰されて死ぬのか?
それが一番のハッピーエンドなのか?
……いや、そんなバカな話はないな。
わけもわからないまま潰されることのどこがハッピーなんだ。
だがどうする、二人で助かる方法なんて今更あるのか……?
それが見つからないから今の状況になってるわけだしな……。
もう一度ゼロから考えてみる。
センサーに手を触れ、ギリギリまで手を伸ばして出来るだけ身体を脱出口に近づけてから一気にダッシュ……。
いやそんな小学生でも思いつく小細工で突破できたら苦労はしない。
ふと、俺の指が10メートルあればなぁ……なんてありえない妄想をする。
それなら脱出口の目の前から反対の壁にあるセンサーを押して、すぐに穴に飛び込める。
あ、でもその場合は指を戻すのが間に合わなくて、壁が閉じ切ったときに指を穴にちょん切られてしまうかも……。
……穴に?
…………
俺はハッとして立ち上がった。
いや、もしかしたらいけるかもしれないぞ……。
俺が今思いついた作戦は成功率もおそらく高くはないだろう。
なにより勇気と忍耐が必要な賭けになる。
…が、俺はさっきまで壁に潰されて死のうとしてた人間だぞ? 今更何を怖がることがある。
俺自身は俺の命なんてどうでもいいと思ってる。これは今も変わらない。
でも、俺の命を必要としてくれてる人が近くにいる。だからその人のために足掻く。それでいいじゃないか。
なぜだろう、なんだか心が軽くなったようだ。
さて、そうと決まれば時間がない。
両サイドの壁の間はもう手を広げれば両手をつけられそうなくらいに狭くなっている。
俺が身動きがとれなくなるまであと何分もないだろう。
とりあえず、俺は今から過去の誓いを破らなければいけない。
この作戦は一人では実行できないからだ。小春ちゃんの協力が必要になる。
はぁ……脱出口は二度と開けないってさっき決めたのはずなのにな……。
いや、だけどきっとこれでいいんだ。本当の意味で彼女を助ける選択肢はこれしかない。
人を助けるというのは、命を守ることじゃない。心を救うことなんだ。
誓いは新しく立てる。
彼女をもう二度と一人にしない。これが真の誓いだ。
俺は右手でセンサーに触れた。
ニョンというおとを立て、脱出口が開く。
すると、穴の向こうに涙で目を腫らしながら座り込んでいる小春ちゃんの姿が見えた。
「……御守……さん?」
「小春ちゃん、悪かった!!! 一緒に生きて、一緒に死のう!!!!!」




