第10話 「地獄での目覚め」
「ん……あれ……」
この感覚を味わうのは、もうこの短期間で3度目だ。
身体に感じる知らない感触、そして目を開けると知らない場所にいる。
でも、2回目のときは御守さんが起こしてくれたから少し安心感があったんだっけ……。
わたし、双葉小春は目を覚ますと、見知らぬ森にいた。
大きな木々の間から光が差し込んではいるものの、辺りは全体的に薄暗くて青白い。
良い言い方をすれば幻想的とも言えなくもないが、どこなのかがわからない現状からすると不気味さが勝る。
「ここが地獄……?」
とりあえず御守さんと一緒に状況を確認しなくては。
わたしは上半身を起き上がらせると、自分の服が変わっていることに気付いた。狭間の世界でイメージした通りの服が着せられている。
こんな場所で実現するのも変な話だが、ずっと憧れていた服装だ。
でも服のことは後でいい。わたしは辺りをキョロキョロと見回した。
「御守さん……?」
…………いない。
360度見回しても、御守さんの姿がない……。
……急激に脈拍が早くなっていくのを感じる。
「もしかして、同じ場所じゃないの……?」
選別テストで目覚めたときも、狭間の世界で目覚めたときも、常に目覚める場所は御守さんの近くだった。
だからこの冥土でも当然御守さんの近くで目覚めるものだと思っていたが、その姿がどこにもない……。
近くで先に目覚めたなら、どこかへ行く前にわたしを起こすはずだし、こんな場所で意味もなくわたしを一人きりにするような人じゃない。
それでも近くにいることを願って大声で呼んでみようかとも思ったが、この場所はまだ得体が知れない。
他のなにかよからぬものを呼び寄せてしまう可能性を考えると、大きな音は出せなかった。
「御守さん……どこなの……」
身体を小さく震わせながら、か細い声で呟いた。
ここが世界中から魂が集まる場所なら、階層一つだけでも相当広大な場所であることは推測できる。
連絡手段なんて当然ないこの状況で、合流なんてできっこないのでは……。
身体の震えが強くなっていく。
知らない世界で一人になるのがこんなにも怖い……。
選別テストのとき、赤い部屋を調査するために御守さんと自分が一時的に分断された。
そのとき、御守さんと完全に離れてしまったことに極度の恐怖を感じ、耐え切れず脱出口をすぐに開けてしまった。
その後は目を瞑ってなんとか耐えたものの、終盤で彼は私だけを生かそうとして嘘をついた。そして再び一人にさせられてしまった。
途中で彼がもう脱出口を開ける気がないのだと気付いたとき、わたしは気が狂っておかしくなりそうだった。
一人で生かされるくらいなら、二人で一緒に死ぬほうがよっぽど楽なのに……。
でもだからこそ、最終的に「二人で生きて二人で死のう」と言われたとき、すごく嬉しくて心が楽になった。
赤い部屋で彼が死んでしまったと思ったときは、置いて行かれたことがとてもショックだった……。
御守さんは不思議な空気を持つ人だ。
自信満々というタイプの性格ではないのに、一緒にいるとなぜか安心できて、心が安らぐ。
現世では、病気がちだったわたしは入退院ばかりを繰り返していて、学校にもほとんど行けていなかった。
だから男の人との交流もなかった上、電車で痴漢被害に遭ったことで男性不信になっていた部分があった。
でも御守さんは違った。基本は紳士的なのに、少し抜けているところがあって面白い。でもいつも冷静で頼りになる。こんな男の人もいるんだと思った。
この人は多分地獄だろうと動じない、一緒にいればきっとなんとかやっていけると、そう思っていた。だから狭間の世界でも冷静でいられたのだ。
「……。」
わたしは胸に手を当て、深呼吸した。
……でも不安と恐怖に押し潰されたらダメだ。
御守さんはきっとわたしを探そうとしてくれるはず。わたしも動かなきゃ。
震えて座っているだけじゃ何も好転しないんだって、あの選別テストの白い部屋で学んだんだ。
それに、もしわたしたち二人が遠く離れた場所に転移させられるなら、女神さまはそれについて言及してきたと思う。あの女神さまはどちらかと言えば味方寄りな感じがしたから。
御守さんはきっと近くにいる……今はそう信じるしかない。
わたしは立ち上がると、地面に転がっていた石を拾った。
見渡した限りでは360度どこを見てもひたすら木々が続いているのみで、進むにしてもどの方向へ進めばいいのか皆目見当もつかない。
とりあえず今自分が向いている方向に進むことにして、木の幹に石で矢印形の傷をつけていくことにした。
こういう森では、進んでいるうちに方向感覚がなくなっていつの間にか同じところに戻ってきてしまうことがある、と何かで見たことがあるため、その対策だ。
そしてまず目標とするのは水の確保だ。
今のわたしたちの状況は、現世で例えるなら見知らぬ島で遭難し、サバイバルを余儀なくされている形に近い。
となれば、生き抜くためにまず必要なのは水だ。
わたしたち日本人のイメージだと、地獄にある水源は「血の池」のイメージしかないが、それはただのおとぎ話でしかないと女神さまも言っていた。
今いる森も、見たことのない奇妙な形のものが多いものの、植物はそこら中に生えている。
植物が現世と同じように育つのならば、水はきっとあるはず。
それに、もし飲める水がないなら自分たち人間はあっという間に死んでしまうし、魂の寿命を使い切るどころの話ではない。
わたしは木に矢印を刻みながら、できるだけ真っ直ぐ進むことを心がけてひたすら歩いていく。
突如、ブーンという音を立てながら虫が目の前を通り過ぎる。
「わっ」
森に虫が飛んでいること自体は何も不思議ではないのだが、女神さまは、この場所の人間以外の生物は元々人間だったと言っていた……。
つまりさっきの虫もこの冥土のどこかで死んだ元人間……そして近い将来自分もああなるのかもしれないと考えると、かなり恐ろしい……。
そんなことを考えながら歩き続けていると、木々の奥に開けた空間があることに気付いた。
「これって……」
耳を澄ませてみると、開けた空間がある方角から何やら音が聞こえるような気がした。
さらに近づいてみて確信した。チャプチャプチャプという音がする。間違いない、これは水の音だ。
水があったからと言ってすぐに飲めるようなものかどうかはわからないが、とりあえず水源があるというのは大きな収穫だ。
わたしは木に矢印を刻むのをやめて、小走りで開けた空間に向かう。
「わぁ……!」
木々を抜けると、そこには直径十メートル以上はありそうな泉があった。
泉には光が大きく射し込み、中心あたりから水が湧き出ているようだ。
水中でも岩のようなものが青白く発光しているのか、まるで水自体が輝いているように見える。ここが地獄だとはとても思えないほど幻想的な光景だ……。
わたしは泉を観察しながら少し水辺を歩いた後、しゃがみ込んで指先でチョンと水に触れてみた。
一見綺麗な水に見えて、なにか危ない液体なのではないかと警戒したためだ。
だが、指先に特に変化はない。ただの水……ということでいいのだろうか?
「飲むなら煮沸とかするべきだよね……」
つい飲みたくなってしまうが、仮にも地獄の水なので安易なことはできない。
両手で水を掬おうとすると、水面に映る自分の姿が目に入った。
服装のせいで見慣れない自分の姿……御守さんがこの服を見たらどんな反応をするだろうか……。そんなことを考えていたときだった――
「ヴォルルゥ……」
突然聞こえてきた唸り声に呼吸が止まり、背筋が凍る。
その瞬間、わたしは自分の警戒心があまりに薄すぎたことを猛省した。
この世界にどんな生物が生息しているのかはわかっていない。しかしどんな生物であれ水分補給が必要なはずで、水を求めてこの泉に様々な生物が集まることは想定できたはずだからだ……。
水面に映った私の後ろには、自分の数倍の大きさがあり全身が毛で覆われた、見たこともない二足歩行の獣が映っていた……。




