第9話 「現世とあの世の狭間で②」
「女神さんよ、色々答えてくれるのはありがたいんだけど、俺たちだけにこんなに構っていていいのか? 人間って毎日何万人とか死んでるんじゃないの?」
「問題ありません。私たちは無数に存在します。私はあなた方二人を導くためだけに生まれた存在です」
つまり例えるならAIみたいな存在ってことだろうか。
なんにせよ俺たちに付きっきりになってくれるのはありがたいな。
俺たちが地獄堕ちということに納得がいってるわけでは当然ないが、それはこの自称女神が決めたことではなく元々のルールっぽいし、責めたところでどうしようもないしな……。
「じゃあもう少し色々聞かせてもらうけど……地獄ってのはどんなとこなんだ? やっぱり針の山があったり血の池があったり?」
「それはあなた方が作り上げたおとぎ話のようなものです。しかしどんな環境なのかは私にも情報がないため、そうである可能性もあると言えばあるかもしれません」
つまり詳細は行ってのお楽しみってわけですか。あーこわい。
「しかし一つだけ言えることは、あなた方は天国や地獄というものを少々勘違いされているようです。魂が運ばれる場所は『冥土』ただ1つ。天国と地獄という2つの世界が存在しているわけではありません」
……うん? どういうことだ? じゃあ地獄堕ちってなんだ?
「冥土というのは何階層にも分かれた1つの世界なのです。そしてその最上層を『天国』、それより下の層を『地獄』と分類しています」
そういうことか......! つまり天国と地獄は直接繋がっているのか。ということは……
「地獄から天国へ登っていくことはできるんですか?」
小春ちゃんが会話に参戦してきた。蚊帳の外は寂しいよな。ごめんね。
「可能です。しかし簡単なことではないでしょう」
それはそうだよな。軽い登山感覚で天国まで登れちゃったら地獄に堕とされる意味あんまりなさそうだし……。
「じゃあ下層であればあるほど厳しい場所ってことなのか」
「いえ、それは逆のようです」
「ん? 一番上が天国なんだろ? ってことは一番下が一番キツいんじゃないのか?」
「天国の1つ下の階層が最も過酷とされているようです。これは天国へ登ろうとする者の覚悟を問い、そもそも登ってこようとする者を減らそうとする意向があると考えられます」
……そうか。上に行けば行くほど楽になれるなら、ほぼ全員が今より上の層を目指して冥土を登っていこうとするだろう。だが、登れば登るほど過酷になっていくのであれば、天国に行くこと自体を諦めて一番下の階層で生きようとする者も多くなる。ある意味これもまた選別ということだろうか。
「それじゃあそろそろ重要なことを聞いておきたい。冥土で死んだらどうなるんだ? 残った魂の寿命ってのを冥土でもまた使い切れず死ぬ場合もあるんじゃないか?」
「それは地獄にいる人間と天国にいる人間で処遇が変わります。地獄に堕ちた人間が過酷な環境に耐え切れず死のうとも、罪から逃れることはできないのです」
な、なんだか不穏な空気になってきたな……。
「あなた方人間にとって、最も重い罰はなんだと思いますか?」
女神が突然質問してきた。
「一人にさせられることですか?」
こ、小春ちゃん……俺が選別テストで小春ちゃんを一人きりで生かそうとしたこと、根に持ってるのかな……。あとで改めてめっちゃ謝ろ。
しかし人間にとっての罰、か……。
現世の場合、犯罪者は懲役という罰を背負うわけだが……。
受刑者目線だと、懲役における一番の罰は”自由を奪われること”か?
「自由を奪われるのは他の生物にとっても罰に値します」
そろそろ人の思考を読むのをやめてください。
……いや待てよ、そうか、"思考”……。
「そうです、今まさにあなたが行っている『深く考える』という行為。これは人間が持つ高い知能によって可能になるものです。つまり地獄で死んだ人間に与えられる罰は『知能の剥奪』です。具体的には、冥土に住む”人間より知能の低い生物”へと強制的に転生させられます。」
つまり地獄で死ねば「冥土在住の虫」にでもさせられるってことか? 最悪の場合微生物とか……?
「御守さん、わたしたちミジンコになっちゃうかもしれないってことですか……?」
「そうだなぁ、せめてカブトムシとかがいいよなぁ」
正直、あんまり実感が湧かないのでこんな危機感のない会話しかできない。
「冥土で生きる人間以外の生物は、そのすべてが元々人間だった罪人です。彼らは冥土の一部となり、時にまだ人間であるあなた方を襲うこともあるでしょう。」
「……じゃあもし仮に地獄で死んで虫に転生したとして、その虫としてまた死んだらどうなるんだ?」
「その場合、魂は無に還ります」
「おお、じゃあ案外すぐ解放されるのか」
「いえ、先程も言いましたが、冥土では生物の肉体は歳をとりません。そして冥土の一部として転生させられた生物は魂に寿命が無くなります。外的要因がない限り、死ぬのは困難でしょう」
「……自害はできないのか?」
「その発想に至れるのはあなたが人間だからなのです」
あっ、そうか。そもそも虫になった後の知能では自害するなんて考え自体に行きつけなくなってしまうのか。そして誰かが殺してくれるまで半永久的に虫として過ごす……まぁ元人間からしたら地獄だなそれは……。
「いくらなんでも永遠にカブトムシは嫌だな」
「御守さん、なんでカブトムシになれる前提なんですか……」
そういえばさっきから勝手に"知能低い生物代表"として虫に転生するって決めつけちゃってたな。虫に失礼か、虫ごめん。
つまり、過酷な地獄で人間として過ごすことが第一の罰。しかしその過酷さからは死んで逃げることも許されず、死んだ場合は知能の低い生物へと転生させられる、これが第二の罰ということか。
天国についても聞こうかと思ったが、そもそも行けるかわからないし別にいいか。羨ましくて嫉妬が止まらなくなってしまうかもしれないしな。華やかな世界など知らない方が幸せなこともあるのだ。
「さて、そろそろ時間です。じきに冥土への転移が始まるでしょう」
「あ、待って。じゃあ最後。冥土には全世界から死んだ人間の魂が集まってきてるの?」
「御守さん、それ重要ですか?」
「言葉通じないと困るかなって」
「海外旅行じゃないんですから……」
「当然、冥土には全世界から死者の魂が集まります。しかし異国語であってもあなた方の母国語として脳に届くでしょう。現に私はあなた方の言語を話してはいません」
えっ、なに? 今聞こえてるこれ日本語じゃないの? すごい。
現世でもリアルタイム翻訳の技術が進んだらこんな感じになるのかなぁ……まぁ戻れない現世のことはどうでもいいか。
さて……まだまだわからないことだらけで聞きたいことは山ほどあるんだが、まぁ行ってみないとわからないことがほとんどだろうしな。
しかし、新しい旅の始まりにワクワクする、なんて気分でもないな。なんせ地獄堕ちだからなぁ……。
「ちなみに冥土は何階層もあるって言ってたけど、何層あるの?」
「冥土は7階層で構成されているようです。そして先程も言いましたが最上層である第7層が天国、それより下第1層から第6層が地獄に分類されます。地獄へ送られる者は皆第1層に転移させられます」
改めて思うけどあの世ってほぼ地獄なんだな。
「最後にお伝えします。選別テストにおいて赤い部屋に残ってしまったあなた方を天国に送ることは私にはできませんが、あなた方が犠牲を生み出すことなくテストを終えたことは事実です。たとえ地獄堕ちであっても、あなた方の魂は限りなく"善”であると私個人は評価します」
そう言われると悪い気はしないが、結局地獄堕ちは変わらないし複雑な気分だ。
「したがって、あなたの失った左腕と、あなた方二人の汚れた服はサービスしたいと思っています。私にできることはそれくらいです」
「え? 左手を再生してくれるってこと? それめっちゃありがたいな」
「失う前とまったく同じものではありませんが」
あぁそう……。代用品の義手的な感じかな……。
「まぁ何もないよりマシだろうし頼むよ」
「よかったですね、御守さん」
小春ちゃんはこれから地獄へ送られるというのにあまり動じていない感じがする。選別テストの時もだいぶ肝が据わってたしな。
一人になることを怖がることはあっても、場所自体を恐れることはあまりないのかな。
「服はあなた方の望むデザインを再現します。自分が着たい服を頭に思い浮かべてください」
そんなこともできるのか。
にしても服かぁ……。30年で最も難しい服選びだな。
まさか地獄へ行くための服を考えなきゃいけないとは……。
お洒落していくようなところでもないし……まぁ無難に動きやすい格好がいいか……そうなると結局今のスウェットが最適解な気も……あれ、なんか眠くなってきた……。
「御守さん……」
小春ちゃんも意識が落ちそうだ。なるほど、またこのパターンね……。
「私はあなた方のことがとても気に入っています。どうか女神の加護があらんことを……」
それ本人が言う言葉じゃなくないですか。
さて地獄、どんな場所なのかなぁ……。
自称女神は俺たちの想像する地獄はおとぎ話でしかないみたいなこと言ってたし……。
とりあえず小春ちゃんがミジンコにされないように頑張らないとな……。そんで魂の寿命を使い切るまで地獄で生きるのか、それとも天国を目指すのか……。
はは、でもなんだかとんでも展開すぎて、死にたいとかどうでもよくなってきたな。現世から離れて色々とリフレッシュされたのか? 地獄堕ちだってのにさ。
人間は現世で死んだら無になるんだとずっと思っていたが、まさか若くして死ぬとこんなトラップがあったとはな……。現世のみんなに教えてあげたいよ……。教える相手いないけど……。
そんなことを考えながら俺は段々と意識を失い、再び目の前が真っ暗になった。




