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第9話 浴衣と夏祭り

 八月になった。

 

 夏祭りがあるという。


「行きたい」

「夏祭りか?」

「テレビで見た。浴衣を着て、屋台を回るのだろう」

「まあ、そうだけど……」


 クロハの目が、珍しくキラキラしている。

 死神なのに、人間の祭りに興味があるらしい。


「……分かった。行くか」

「本当か」

「ああ。浴衣は……俺が買ってくる」


 浴衣を選ぶのに苦労した。

 クロハのサイズが分からないから、店員に相談しながら選んだ。

 銀髪に合う色……紺色か、紫か。

 結局、藍色の浴衣に決めた。


 当日。


 クロハが浴衣を着て出てきた。


「どうだ」


 俺は言葉を失った。


 藍色の浴衣が、クロハの銀髪に映えている。

 白い肌と、紫の瞳を、浴衣の藍色が引き立てている。

 いつもより大人っぽく見える。


 そして――


 うなじが、見えていた。

 浴衣を着ると、うなじが露出する。

 白いうなじ。うぶ毛がうっすらと光っている。

 艶っぽい。


 髪は上げていて、銀色の髪がうなじに触れている。


 足元は下駄。

 浴衣の裾から、白い足首が覗いている。

 細い足首。華奢で、繊細。


「似合っている…か?」

「……すごく、似合ってる」


 クロハの耳が、赤くなった。


 夏祭りの会場へ向かう道中、クロハは俺の腕に掴まっていた。

 下駄に慣れていないから、歩きにくいらしい。


「大丈夫か?」

「問題ない」


 そう言いながら、クロハは俺の腕をしっかり掴んでいる。

 腕が、クロハの体に密着している。

 浴衣越しでも、胸の感触が分かる。

 控えめな膨らみが、俺の腕に当たっている。


 心臓がバクバクいっている。


 クロハは他の人間には見えないから、端から見たら俺は一人で祭りに来ているように見えるだろう。

 でも、俺には分かっている。

 隣に、浴衣姿の美少女がいることを。


 屋台を回り、焼きそばを食べ、金魚掬いをした。

 クロハは金魚掬いが下手だった。

 死神なのに、金魚を掬えないらしい。


「……難しい」

「まあ、最初は難しいよ」

「貸せ」


 俺が掬おうとすると、クロハが後ろから覗き込んできた。

 顔が近い。吐息がかかる。

 いい匂いがする。


「っ……!」

「どうした」

「い、いや、なんでもない……」


 結局、金魚は掬えなかった。

 でも、おまけで一匹もらえた。


「……かわいい」


 クロハは金魚の袋を、まじまじと見つめていた。

 その横顔が、花火の光に照らされて、綺麗だった。


---


 夏祭りの帰り道。

 俺はスマホで、夜空の写真を撮った。

 花火が終わった後の、静かな夜空。

 星がきれいだった。


「……何をしている」


 クロハが不思議そうに聞いてきた。


「写真を撮ってる」

「写真?」

「ああ。この瞬間を、記録するためだ」

「なぜ記録する必要がある?」

「思い出を残すため、かな」


 俺はスマホをクロハに見せた。

 画面には、さっき撮った夜空の写真が映っている。


「人間は記憶力が弱いからな。こうやって写真を撮っておくと、後で見返した時に、その時の気持ちを思い出せる」

「……そうか」


 クロハは、じっとスマホの画面を見つめていた。

 何かを考えているような、物思いにふけるような表情。


「でもお前は死神だから、記憶力は良いんだろ? 三千年分の記憶があるわけだし」

「記憶はある。だが……」


 クロハは黙った。

 そして、小さく呟いた。


「……忘れたくない記憶と、忘れられない記憶は、違う」


 俺は、クロハの言葉の意味を考えた。

 三千年生きてきた死神。

 その間、どれだけの記憶を積み重ねてきたのだろう。

 そして、どれだけの記憶を、忘れてきたのだろう。


「お前との時間は……」


 クロハが、小さな声で言った。


「……忘れたくない」


 俺は、クロハを見つめた。

 クロハの目が、いつもより潤んでいるように見えた。


---


 それから数日後。


 俺がリビングでくつろいでいると、クロハが近づいてきた。

 何か言いたそうに、もじもじしている。


「……どうした?」

「……」

「何か言いたいことがあるなら、言えよ」

「……私も撮ってくれ」


 俺は目を丸くした。


「写真を……か?」

「……そうだ」


 クロハは目を逸らしながら、小さく頷いた。

 耳が赤くなっている。


「監視任務が終わって……お前と離れた後も……」


 クロハの声が、少し震えていた。


「この時間を、覚えていたいから」


 俺は、言葉を失った。


 永遠を生きる存在。

 三千年の死神。

 そんなクロハが、俺との時間を「覚えていたい」と言っている。


 人間の一生は、クロハにとってほんの一瞬だろう。

 俺と過ごした数ヶ月なんて、瞬きの間に過ぎない時間だろう。

 それでも、クロハは「覚えていたい」と言ってくれた。


「……分かった。撮るよ」


 俺はスマホを取り出した。

 クロハは、ぎこちなくカメラの前に立った。


「笑って」

「……どうやって?」

「口角を上げるんだ。こう」


 俺が手本を見せると、クロハは不器用に笑顔を作った。

 ぎこちなくて、無理やりで、でも可愛らしい笑顔。


 パシャリ。


 写真を撮った。


「……見せろ」


 クロハが、スマホを覗き込んできた。

 画面には、不器用に笑っているクロハの姿。


「……変な顔だ」

「そうか? 俺は可愛いと思うけど」

「……」


 クロハの耳が、真っ赤になった。


「……大事にする」


 クロハは小さく呟いた。

 俺は、その言葉が嬉しくて、何も言えなかった。


---


【次回予告】

「なあ、クロハ。お前って、実際何歳なんだ?」

「人間の時間で言えば、約三千歳だ」

三千歳の死神と、三十四歳の人間。

そして、俺は風邪で倒れ——

「お前の死は、怖い」


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