第2話 死神との同居が始まった
目が覚めると、病院のベッドの上だった。
白い天井、消毒液の匂い、心電図のピッピッという音。
「……生きてる」
俺は自分の胸に手を当てた。
心臓が動いている。呼吸もできる。
夢だったのか。いや、あまりにもリアルすぎた。
あの銀髪の少女。
あの紫色の瞳。
あの華奢な体。
……って、死にかけた直後なのに、何を思い出してるんだ。
「起きたか」
その声に、俺は飛び上がった。
ベッドの横に、あの銀髪の少女が立っていた。
「お、お前!?」
「静かにしろ。他の人間には見えていない」
少女は腕を組んで、俺を見下ろした。
改めて見ると、本当に美少女だ。
銀色の長い髪は、病室の蛍光灯に照らされて、淡い光を放っている。
透き通るような白い肌。神秘的な紫色の瞳。
今はローブを着ていなくて、黒いワンピースのような服を着ている。
そのワンピースは――
体にぴったりしているわけではないが、華奢な体のラインがよく分かる。
細い腰。すらりと伸びた足。
そして、控えめながらも確かに存在する胸の膨らみ。
ワンピースは肩が出ているデザインで、白い鎖骨が眩しい。
細い首筋から肩にかけてのラインが、なんともいえず綺麗で。
華奢な肩、細い腕、白くて細い指。
十代後半くらいに見える。下手したら高校生くらいか。
……って、何を見てるんだ俺は。
死にかけた直後に、女の子の体をじろじろ見るとか。
人間として終わってる。
「……どうした。体調が悪いのか」
クロハが、俺の顔を覗き込んできた。
近い。顔が近い。
紫色の瞳が、至近距離にある。
吐息がかかりそうな距離。
いい匂いがする。花のような、少し冷たい香り。
「い、いや! 大丈夫!」
「顔が赤いが」
「大丈夫だって!」
俺は慌てて顔を背けた。
心臓がバクバクいっている。
これは病気じゃない。別の理由だ。
「予定通り、お前に戻ってきた。これから私が監視する」
「ちょ、ちょっと待って。本当に死神なのか?」
「そうだ。名前はクロハ。死神第七課、回収担当だ」
「回収担当……」
「本来は魂を回収する仕事だが、今回は特別任務だ。お前が健康的な生活を送るまで、私がここに留まる」
クロハは窓際に移動し、外を見た。
その横顔が、やけに綺麗で。
銀髪が窓からの光に照らされて、キラキラと輝いている。
長いまつ毛が、頬に影を落としている。
薄い唇が、少し開いている。
そして、窓際に立つことで、ワンピース越しに体のラインがはっきり見える。
細い腰のくびれ。
すらりと伸びた足。
控えめな胸の膨らみ。
……いやいやいや。
俺は三十四歳で、彼女は見た目十代後半。
これは犯罪臭がするやつだ。
落ち着け、鈴木誠一。相手は死神だ。人間じゃない。
「お前の魂を、私が責任を持って育てる」
「育てるって……」
「長生きして、たくさん経験を積め。そうすれば、良い魂になる。私が最後に回収する時、やりがいがある」
……さっきも言ってたが、なんか飼育されてる気分だ。
まあ、生き返らせてもらったんだから、文句は言えないか。
「まず、退院したらお前の生活を改善する。食事、運動、睡眠。全て見直す」
「いや、仕事が……」
「仕事より命が大事だ」
クロハは振り返り、冷たい目で俺を見た。
その目が鋭くて、背筋がぞくっとした。
「それとも、今ここで連れて行ってほしいか?」
「……いえ、大丈夫です」
俺は観念した。
どうやら、本当に死神が監視役として住み着くらしい。
……美少女の死神が。
俺の心臓は、過労死より先に別の理由で止まるかもしれない。
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退院後、俺の生活は一変した。
まず、残業禁止。
クロハが会社まで付いてきて、定時になると強制的に帰らされる。
「鈴木、まだ仕事が残ってるんだけど……」
「知らん。お前の寿命の方が大事だ」
「いや、でも明日の会議の資料が……」
「死んだら会議も出られないだろう」
「……」
「死んだら残業もできないぞ」
「……なんか、すごく正論だな」
俺は思わず納得してしまった。
確かに、死んだら何もできない。
当たり前のことなのに、働いている時は忘れていた。
「お前のような人間を、私は何度も見送ってきた」
クロハが、珍しく真面目な顔で言った。
「『もっと仕事したかった』と言って死んだ者はいない。皆、『もっと家族と過ごしたかった』『もっと趣味を楽しみたかった』と言う」
「……そうか」
「そういう後悔を抱えた魂は、重い。回収する時、こちらも辛くなる」
「……」
「だから、残業するな。死んでからでは遅い。後悔のない人生を送って、軽やかな魂になれ」
なんだか、胸に刺さる言葉だった。
死神に人生の教訓を説かれるとは思わなかったが、説得力がありすぎる。
上司に「体調管理のため」と説明したら、意外とあっさり許可が出た。
どうやら俺が倒れた時、会社もかなり焦ったらしい。
産業医からも「しばらくは無理をしないように」と言われている。
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次に、食事改善。
カップ麺とコンビニ弁当ばかりだった食生活を、クロハが厳しく監視する。
「野菜が足りない」
「いや、サラダ食べてるし……」
「コンビニのサラダは栄養価が低い。自炊しろ」
「自炊なんてしたことないんだけど」
「教えてやる」
意外にも、クロハは料理が上手だった。
死神なのに、なぜか和食の基本を完璧に把握している。
「なんで死神が料理できるの?」
「人間の魂を見送る仕事をしていると、人間の生活に詳しくなる。最後の晩餐を聞くことも多いからな」
「……切ない理由だな」
「美味しいものを食べた経験は、魂を豊かにする。だから、お前にも美味しいものを食べさせて、良い魂に育てる」
「……また養殖の話か」
「養殖ではない。栽培だ」
「大して変わらないだろ!」
クロハの作る料理は、素朴だがとても美味しかった。
久しぶりに温かいご飯を食べている気がする。
そして、運動。
「毎朝、三十分のウォーキングをしろ」
「朝は弱いんだけど……」
「だから起こしてやる。五時半に起床だ」
「五時半!?」
クロハは容赦なかった。
毎朝五時半、枕元で鎌を振り回しながら俺を叩き起こす。
「起きろ。さもなくば、魂を刈り取る」
「それ脅迫……」
最初は地獄だった。
だが、一週間、二週間と続けるうちに、体が慣れてきた。
朝日を浴びながら歩くのは、思ったより気持ちがいい。
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【次回予告】
同居生活一週間。問題発生。
風呂は一つ。クロハは物理的に存在している。
「背中が届かない」「洗ってくれ」
……俺の理性は、持つのだろうか。
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