第17話 好きなんだ
半年が経った。
俺の体は完全に健康を取り戻していた。
健康診断の結果は全て正常。血圧も血糖値も問題なし。
医者からも「素晴らしい改善です」と褒められた。
だが、俺の心は晴れなかった。
クロハとの時間が終わる。
その事実が、俺の胸を締め付けていた。
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その夜、俺はクロハと一緒にベランダで星を見ていた。
いつもの光景。いつもの二人。
でも、これが最後かもしれないと思うと、全てが特別に見えた。
クロハの銀髪が、月明かりに照らされて輝いている。
紫色の瞳が、星を映してキラキラしている。
白い肌が、夜の闇に浮かび上がっている。
美しい。
この半年で何度も思ったけど、今夜は格別だった。
「……誠一」
クロハが、俺の名前を呼んだ。
最近はそう呼んでくれるようになった。
「鈴木」ではなく、「誠一」と。
「これで、任務は完了だな」
クロハが、静かに言った。
その声は、いつもより少し震えているように聞こえた。
「お前は健康的な生活を身につけた。もう監視の必要はない」
「……そうか」
「私は、戻る」
俺の胸が、ぎゅっと締め付けられた。
過労死の時とは違う、別の痛み。
もっと深く、もっと鋭い痛み。
「いつ」
「……明日の朝」
「そんなに早く……」
「任務完了の報告をしたら、すぐに召還される。それが規則だ」
俺は黙った。
クロハの横顔を見つめた。
この半年、毎日一緒にいた。
朝は一緒に起きて、一緒に朝食を食べた。
夜は一緒に料理を作って、一緒に眠った。
休日は一緒に買い物に行って、一緒に映画を見た。
クロハがいる生活が、当たり前になっていた。
クロハがいない生活なんて、もう想像できなかった。
「クロハ」
「何だ」
「俺……」
言葉が出てこない。
何を言えばいいのか分からない。
ただ、彼女にいなくなってほしくないという気持ちだけがある。
「俺、お前がいなくなったら、また不健康な生活に戻るかもしれない」
「それは脅しか?」
「違う。ただ……」
俺はクロハの手を取った。
冷たい手。だけど、この半年でずっと一緒だった手。
何度も握った。何度も温めた。
この手を離したくない。
「お前がいないと、俺、ダメなんだ」
クロハは目を見開いた。
月明かりが、その紫色の瞳を照らしている。
「それは……どういう意味だ」
「そのままの意味だ。クロハ、俺はお前のことが……」
言葉が詰まる。
三十四年生きてきて、こんなことを言うのは初めてだ。
相手は見た目十代後半の美少女。中身は三千歳の死神。
年齢差がありすぎて、どっちが年上なのかもう分からない。
倫理的にどうなんだ、これは。
でも、そんなことはどうでもよくなっていた。
俺は、この半年でクロハのことが好きになっていた。
見た目とか年齢とか、そんなことは関係ない。
クロハという存在が、俺にとって大切になっていた。
俺は深呼吸した。
心臓がバクバクいっている。
膝枕の時とも、添い寝の時とも違う、別の緊張。
「……好きなんだ」
声が、夜空に吸い込まれていった。
風が止まった。
世界が静まり返った。
クロハは固まったまま、俺を見つめている。
その瞳に、月と星と、そして俺が映っている。
「……死神を、好きだと?」
「ああ」
「私は人間ではない。いずれ、お前の魂を迎えに来る存在だ」
「知ってる」
「私は見た目は十代後半だが、実際は三千歳だ」
「それも知ってる。というか、お前の方が年上だよな」
「……そうだな」
「じゃあ、年齢差は問題ないな。俺が年下なんだから」
「……屁理屈だ」
「屁理屈でも何でもいい。俺はお前が好きだ」
俺はクロハの両手を握りしめた。
冷たい手が、少しだけ震えていた。
「俺を生き返らせてくれたのはお前だ。健康的な生活を教えてくれたのもお前だ。『いただきます』を一緒に言うことを教えてくれたのもお前だ。俺の名前を呼んでくれたのもお前だ」
俺の目から、涙がこぼれた。
自分でも驚いた。こんなに泣くなんて。
「お前がいなかったら、俺は今頃死んでた。お前がいなかったら、俺は生きる意味を見つけられなかった。だから……」
俺は深呼吸した。
震える声で、言葉を紡いだ。
「残りの人生、お前と一緒に過ごしたい」
---
【次回予告】
クロハの目に、涙が浮かんだ。
「お前の魂は、私のものだぞ」
「だから、長生きしろ。私がもらうまで」
そして——初めてのキス。
「愛してる」「……私も」
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