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第15話 私は、お前を愛している

 別の日の朝。


 俺が目を覚ますと、クロハの顔がすぐそこにあった。


「!?」

「熱を測る」


 クロハが俺の額に手を当てた。

 顔が近い。吐息がかかる。

 紫色の瞳が、俺を見つめている。


「平熱だな。三十六度四分」

「あ、ああ、ありがとう……」

「脈も測る」


 クロハが俺の手首を掴んだ。

 細い指が、俺の手首を包み込む。


「……脈が速い」

「そ、そうか……」

「九十二回。通常より高い」

「まあ、起きたばかりだから……」

「いや、お前の平均は七十八回だ。今は明らかに高い」


 クロハは不思議そうに俺を見つめた。


「なぜ脈が速くなっている?」

「いや、それは……」


 お前の顔が近すぎるからだよ。

 朝一番にこんな美少女の顔を見たら、心拍数も上がるに決まってる。


「……お前の魂、輝いているな」

「……また、それか」

「朝起きた時が一番輝いている。睡眠は魂に良いらしい」


 違う。

 お前の顔が近いから輝いてるだけだ。


---


 ある静かな夜。


 俺とクロハは、いつものようにソファに座っていた。

 俺の肩にクロハが頭を乗せている。

 いつもの光景だ。


 でも、その夜は少し違った。


「……誠一」


 俺は、自分の耳を疑った。


「……今、なんて言った?」

「誠一」


 クロハが、俺の名前を呼んだ。

 今まで「鈴木」としか呼ばなかったのに。


「……クロハ?」

「お前の名前だろう。鈴木誠一」

「いや、そうだけど……なんで急に?」


 クロハは少し恥ずかしそうに目を逸らした。

 耳が赤くなっている。


「……お前の名前を呼びたかった」

「……」

「最初は、お前は監視対象だった。だから、姓で呼んでいた」

「うん」

「でも、今は違う」


 クロハは俺を見上げた。

 紫色の瞳が、真っ直ぐ俺を見つめている。


「お前は、私にとって……大切な人だ。監視対象ではない。だから……名前で呼びたい」


 俺は、胸が熱くなった。


 三千年生きてきた死神が、俺の名前を呼んでくれた。

 「鈴木」ではなく、「誠一」と。

 それは、クロハにとって大きな一歩だった。


「……嬉しい」

「そうか」

「すごく、嬉しい」


 俺はクロハの頭を撫でた。

 銀髪がサラサラと指の間を滑る。


「じゃあ、俺もお前を名前で呼び続ける」

「……え?」

「クロハ。これからもずっと、クロハ」

「……うん」


 クロハの耳が、真っ赤になった。

 でも、嬉しそうに微笑んでいた。


「誠一」

「クロハ」


 俺たちは、お互いの名前を呼び合った。

 それだけのことなのに、とても幸せだった。


---


 また別の日。


 俺たちは一緒に映画を見ていた。

 ソファに並んで座り、大きなテレビで映画を流す。


「これは何の映画だ」

「恋愛映画。クロハは見たことないだろ?」

「ない。人間の恋愛には興味がある」

「じゃあ、見よう」


 映画が始まった。

 主人公の男女が出会い、惹かれ合い、すれ違い、最後に結ばれる。

 よくある恋愛映画だ。


 クロハは真剣に画面を見ていた。


 映画のクライマックス。

 主人公が「愛してる」と告白するシーン。


「……鈴木」

「何だ」

「『愛してる』とは、どういう意味だ」


 俺は少し考えた。


「その人と一緒にいたい。その人のために何でもしたい。その人がいない人生は考えられない。そういう気持ちだ」

「……そうか」


 クロハは黙って映画を見つめていた。


 エンドロールが流れ始めた。


「……私は」


 クロハが小さく呟いた。


「お前のこと、愛しているのかもしれない」


 俺は固まった。


「い、今、なんて……」

「愛している。多分。お前と一緒にいたい。お前のために何でもしたい。お前がいない三千年は、考えられない」


 クロハは真っ直ぐ俺を見つめていた。

 紫色の瞳が、いつもより輝いて見えた。


「……俺も」

「え?」

「俺も、お前のこと、愛してる。多分」

「……多分?」

「いや、多分じゃない。愛してる」


 俺たちは、しばらく見つめ合っていた。

 そして、どちらからともなく、手を繋いだ。


「……お前と出会えて、よかった」

「……私も」


 エンドロールの音楽が、二人を包んでいた。


---


【次回予告】

半年の任務が終わる日。

「私は、戻る」——クロハの別れの言葉。

俺は、覚悟を決めた。

「俺は、お前のことが、好きなんだ」

死神と人間。永遠と一瞬。

その想いは、届くのか——


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