第14話 月夜の告白
またある日の夜。
俺が風呂から上がると、脱衣所にクロハがいた。
タオル一枚で体を隠している。
「!?」
「次は私の番だ」
「いや、それはいいけど、なんで脱衣所で待ってるんだ!?」
「お前が出てくるのを待っていた」
「普通はリビングで待つだろ!」
「ここの方が早い」
クロハは平然と言った。
タオルで体を隠しているが、肩は完全に露出している。
白い肩。細い鎖骨。濡れた銀髪が肩にかかっている。
そして、タオルの端から、太ももがチラチラ見えている。
俺は必死で視線を逸らした。
「と、とにかく、俺は出るから!」
「待て」
「え?」
「背中を流してくれ」
「は? 前にも言ったけど、無理だからな!?」
「人間は背中が洗いにくい。私も洗いにくい。だから、お前に頼んでいる」
「だから、裸の女の子の背中を流すのは無理だって言っただろ!」
「減るものではない」
「俺の理性が減るんだよ!」
「なぜだ」
「なぜって……!」
俺は三十四歳の大人だ。
見た目十代後半の女の子の背中を流すなんて、犯罪だ。
「では、髪だけでも洗ってくれ」
「髪……?」
「シャンプーの仕方が分からない。人間の髪は繊細だと聞いた」
髪なら……まあ……いいのか……?
いや、やっぱりダメな気がする。
「……お願いだ」
クロハが、上目遣いで俺を見つめてきた。
紫色の瞳が潤んでいる。
こんな顔をされたら、断れない。
「……分かった。髪だけだぞ」
「ありがとう」
俺はクロハを風呂場に戻した。
クロハは椅子に座り、俺に背を向けた。
タオルで体の前だけ隠している。
背中は……見えている。
白い背中。
華奢な肩甲骨。
細い腰のライン。
俺は深呼吸した。
落ち着け。髪を洗うだけだ。
背中は見ない。見えてるけど見ない。
シャンプーを手に取り、クロハの髪に触れた。
サラサラで、繊細な手触り。
銀色の髪が、俺の指の間を滑る。
「……気持ちいい」
クロハが小さく声を漏らした。
その声に、俺の心臓がドキッとした。
「もっと強くてもいい」
「あ、ああ……」
俺はクロハの頭皮をマッサージするように洗った。
クロハは目を閉じて、気持ちよさそうにしている。
時々、小さな声を漏らす。
「……ん……」
「っ……」
俺は必死で理性を保った。
髪を洗うだけだ。背中は見てない。
見てないったら見てない。
……嘘だ。ちょっと見た。すごく綺麗だった。
---
その夜。
俺がベッドに入ろうとすると、クロハがベランダで一人、月を見上げていた。
いつもはすぐにベッドに来るのに、珍しい。
「……クロハ?」
声をかけると、クロハは振り返らずに答えた。
「……今日は、少し考え事をしていた」
「考え事?」
「三千年、生きてきた」
クロハの声は、いつもより低かった。
「その間、多くの人間を見送ってきた。生まれて、育って、老いて、死んでいく。その繰り返しを、何万回も見た」
「……」
「最初は何も感じなかった。それが死神の仕事だから。でも……」
クロハは月を見上げたまま、続けた。
「お前と過ごしているうちに、分かってしまった」
「何が?」
「お前も、いつか死ぬということが」
俺は言葉を失った。
クロハが振り返った。
月明かりに照らされた紫色の瞳が、いつもより揺れているように見えた。
「今まで見送った人間は、誰も覚えていない。三千年の記憶は、薄れていく。でも……」
クロハの声が、かすかに震えた。
「お前のことは、忘れたくない。忘れられない。それが……怖い」
俺は、ベランダに出てクロハの隣に立った。
そして、クロハの頭をそっと撫でた。
「……俺も、お前のことは忘れない」
「でも、お前は先に死ぬ」
「そうだな。でも、それまでの時間は、お前と一緒だ」
クロハは俺の胸に顔を埋めた。
小さな体が、少しだけ震えていた。
「……死神なのに。お前のせいで、人間みたいになってしまった」
「それは、悪いことなのか?」
「……分からない。でも、嫌じゃない」
俺はクロハを抱きしめた。
冷たい体が、少しずつ温まっていく。
「クロハ」
「何だ」
「俺は、お前と出会えてよかった」
クロハは何も言わなかった。
ただ、俺の胸に顔を埋めたまま、小さく頷いた。
月が、二人を見守っていた。
---
【次回予告】
「誠一」——クロハが、俺の名前を呼んだ。
「お前は、私にとって……大切な人だ」
そして、恋愛映画を見ながら——
「私は……お前のこと、愛しているのかもしれない」
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