第10話 お前の死は、怖い
「なあ、クロハ」
「何だ」
「お前って、実際何歳なんだ?」
クロハは少し考えてから答えた。
「人間の時間で言えば、約三千歳だ」
「三千歳……」
「死神としては若い方だ。まだまだ新人扱いされる」
「……そうか」
三千歳。
俺より二千九百六十六歳も年上。
見た目は十代後半だが、中身は超高齢。
……これは、俺の方が年下じゃないか?
いや、見た目は……でも中身は……。
混乱する俺をよそに、クロハは淡々と言った。
「なぜ年齢を聞く」
「いや、その……。俺、お前のこと、十代後半くらいだと思ってたから……」
「見た目はそうだな。人間に近い姿で顕現する時は、この姿が一番馴染む」
「じゃあ、本当の姿は違うのか?」
「本来の姿は、人間には見えない。概念のようなものだからな」
「へえ……」
つまり、この美少女の姿は仮の姿。
中身は三千歳の死神。
……それはそれで、なんかすごいな。
三千年生きてきた存在が、俺の健康管理をしてくれている。
贅沢な話だ。
「ありがとう」
「何がだ」
「いや、おかげで俺、生き返った気がする。比喩じゃなくて、本当に」
「当たり前だ。私の仕事だ」
そう言って、クロハはそっぽを向いた。
だが、その耳が少し赤くなっているのを、俺は見逃さなかった。
……三千歳でも、照れるんだな。
なんか、かわいいな。
---
三ヶ月が経った。
俺とクロハの生活は、すっかり馴染んでいた。
朝は一緒にウォーキング。朝食は二人で食べる。
夜は一緒に料理を作り、一緒に食べる。
クロハは相変わらず無表情だが、時々、小さく笑うようになった。
俺が下手なジョークを言った時や、料理が上手くできた時。
その笑顔が見たくて、俺は毎日頑張っている自分に気づいた。
---
ある日、俺は高熱を出して倒れた。
季節の変わり目に、油断した。
三十八度五分。ベッドから起き上がれない。
「……鈴木」
クロハが、珍しく動揺した声で俺を呼んだ。
「大丈夫……。ただの風邪だ……」
「大丈夫ではない。お前の魂が、弱くなっている」
「魂が弱くなる……?」
「病気になると、魂も弱くなる。このまま放置したら……」
クロハの声が震えていた。
三千年も生きてきた死神の声が。
「安心しろ。ただの風邪で死ぬほど弱くない」
「油断できない。過労死しかけた前例がある」
「あれは働きすぎただけだ。今回は違う」
「でも……」
クロハはベッドの端に腰掛け、俺の手をそっと握った。
ひんやりとした手。
でも、不思議と温かく感じた。
「……そばにいてくれ」
「……」
「お前のそばにいる。離れない。任務だからではない。私が……そうしたいから」
クロハの言葉に、俺は目を見開いた。
任務ではない。
クロハ自身の意思で、そばにいてくれる。
「……ありがとう」
「礼を言うな。当然のことだ」
その日、クロハは一晩中俺のそばにいてくれた。
氷枕を替えてくれた。おかゆを作ってくれた。
汗をかいたら、タオルで拭いてくれた。
そして、俺が寝苦しそうにすると、ベッドに潜り込んできた。
「ちょ、クロハ……」
「私の体温は低い。お前を冷やすのに丁度いい」
「いや、でも……」
「黙れ。眠れ」
クロハは俺の体に寄り添った。
確かに、ひんやりして気持ちよかった。
熱で火照った体に、クロハの冷たい体温が心地よかった。
クロハの腕が、俺を抱きしめた。
小さな体が、俺に密着していた。
「……怖かった」
クロハが小さく呟いた。
「お前がまた死ぬかと思った。あの時みたいに、突然いなくなるかと」
「……」
「私は死神だ。死ぬことには慣れている。でも……」
クロハの声が、かすかに震えていた。
「お前の死は、怖い」
俺は目を閉じた。
クロハの温もりを感じながら。
死神が、俺の死を怖がっている。
三千年生きてきた存在が、俺一人の死を恐れている。
それは、とても不思議な感覚だった。
でも、同時に、とても嬉しかった。
「……俺は死なない」
「約束しろ」
「約束する。お前がいる限り、俺は死なない」
クロハは何も言わず、俺を抱きしめる力を強くした。
翌朝、目が覚めると、熱は下がっていた。
そして、クロハは俺の手を握ったまま、眠っていた。
無防備な寝顔。
長いまつ毛が、頬に影を落としている。
薄い唇が、少し開いている。
三千歳の死神が、俺のために一晩中起きていてくれた。
そして、疲れて眠ってしまった。
俺は、そっとクロハの髪を撫でた。
サラサラで、繊細な手触り。
「……ありがとう、クロハ」
小さく呟いた。
クロハの耳が、少し動いた気がした。
---
【次回予告】
俺の誕生日。三十五歳。
不格好な手作りケーキ。
そして——クロハが、泣いた。
「お前の一瞬は、私にとって永遠より大切だ」
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