第7話:魔物襲来、そして裏切り
それは突然だった。
ナジア村の空が、鈍く濁った雲に覆われたのは昼過ぎのこと。
木々のざわめきが不気味に沈黙し、鳥の影すら消えた。
オルテガは、井戸の補強作業をしていた手を止め、道具袋を手に立ち上がった。
「……嫌な風だ。何かが来る」
直後、エルダが駆けてくる。
「南の森! 獣の鳴き声じゃない、あれは――!」
森の向こう、土煙を上げて現れたのは、四本脚の大型魔物《獣鬼ヴァルダ》だった。
漆黒の毛並みに金の瞳、巨大な前脚には、岩をも砕く鉤爪が光る。
オルテガは一瞬で分析を終え、背負い袋からアイテムを取り出した。
「火薬瓶と、閃光石、あとは……罠式拘束鎖!」
「オルテガ、戦えるの!?」
「戦えない。ただ、“戦わせる道具”を使うだけだ」
地面に閃光石を配置し、罠鎖を道に埋め込む。火薬瓶には即席の導火線をつけ、焚き火から火を取る。
「来るぞ。合図は――この火柱だ!」
オルテガの叫びと共に、火薬瓶が炸裂。土煙と閃光が獣鬼ヴァルダの視界を奪う。
その隙をつき、オルテガはエルダの手を引いて退避路へと走る。
「これで完全に封じられたわけじゃない。早く、北門の守備隊へ連絡を――!」
だが、そのときだった。
木々の陰から、数人の影が現れた。重装鎧に身を包んだ帝都北門の自警団――その中のひとりに、オルテガは見覚えがあった。
「……ユーリス、君か。なぜここに?」
「オルテガ。確かにここにいたか」
彼の声には感情がなかった。そして、次の瞬間、冷たく告げた。
「帝都指令により、お前は魔物誘導の容疑で拘束される」
「……なんだと?」
エルダが怒鳴る。
「なにそれ!? オルテガが魔物なんか連れてくるわけないじゃん!」
「証拠がある。君たちが火炎瓶や閃光石を用いた痕跡が発見された」
それは罠として当然の装備だった。だが、彼らは“証拠”にした。オルテガは静かに問いかけた。
「……ユーリス。これは誰の命令だ? 本当に“帝都”からか?」
「……『天秤の主』の名において、均衡を保つ」
その言葉に、オルテガの背筋が凍った。
“天秤の主”――帝都の上層にしか使えぬ、特権階級の名。その実態は知られていないが、スキルプレート制度の中枢と噂されていた。
「……そうか。私は“均衡を乱す存在”と見なされたわけか」
もはや会話は成立しなかった。
拘束具が投げられ、彼の脚を絡め取る。エルダが剣を抜こうとするが、周囲にはすでに複数の兵が展開していた。
「オルテガ!」
「大丈夫だ。……必ず、戻る」
オルテガは、拘束されながらも静かに言った。
これはただの襲撃ではない。
力を得た者を潰す、制度側の“予防措置”。そして“天秤の主”という名の存在――その片鱗が、
ようやく姿を見せ始めたのだった。