第4話:追ってきた者
ナジア村の朝は静かだった。鳥の鳴き声すらなく、聞こえるのは風が草をなでる音と、オルテガが木材を削るナイフの音だけ。
「うん……この梁は使えるな。雨露をしのぐには、まだ戦える」
屋根を補修しながら、オルテガは独り言を呟く。それは誰にも届かない独白であり、孤独を紛らわすための術でもあった。
だが――その時だった。
「見つけた!」
突如、草を踏みしめる音と共に、鋭い声が響いた。オルテガが振り向くと、そこにいたのは、一人の若い女性。腰まで届く赤褐色の髪に、ススだらけの作業服。手には金槌、背中には大きな道具袋。
「……君は、たしか……エルダ嬢?」
「“嬢”はやめなって。前に同じパーティーだったろ? あたしはただの鍛冶職人だ」
彼女はオルテガの前に立ち、目を細めた。
「本当にこんな辺境にいたんだね。追放されたって聞いて……放っておけなかった」
「はは、追放されるのは三度目さ。慣れてるよ」
自嘲気味に笑ったオルテガに、エルダは金槌をぐいと突きつけた。
「そういうとこがムカつくんだよ! なんでそんなにヘラヘラしてられるの!?」
オルテガは肩をすくめた。
「感情的になっても道具は磨けないからね。怒りで釘を打てば、木材も傷む」
「……まったく、ほんと変なやつ。でも、だからこそ――」
エルダは、ふうっと息をつき、視線を真っ直ぐに彼へ向ける。
「だからこそ、あたしは追いかけてきたんだよ。あんた、覚えてる? 昔、あたしに言ったこと。“道具は命を救う”ってさ。あたし、あの言葉に惚れたんだ」
風が吹いた。枯草の香りが、二人の間を抜けていく。
オルテガは少しだけ、目を見開いたあと、苦笑しながら答えた。
「惚れた……とは言っても、道具にだろう?」
「もちろん! でも、それを教えてくれたのはあんたじゃん」
エルダは腰の袋をドサリと地面に置いた。
「鍛冶屋にとって、腕だけじゃどうにもならない世界がある。あたしはそれを知った。でもあんたとなら、もっと面白いものが作れそうな気がする。ここで、一緒に村を直そうよ」
「ふむ……では、君が来てくれるなら、資材の選定は任せられる。釘も再鍛造できるね」
「おっけー! じゃ、まずはこのクズ鉄からだな!」
エルダの目が輝く。彼女の情熱と、オルテガの冷静な観察が交わるとき、何かが始まりそうな予感があった。
かつて仲間にすら見放されたアイテム士。そのもとに、最初の“仲間”が戻ってきた。
「ナジア村再生計画、始動って感じかね」
「その名前ダサい! やり直し!」
二人の声が、静かな廃村に響いた。
廃墟の中に、小さな希望の音が確かに鳴っていた。