第10話:勝利
森の奥、陽も沈みきったころ――。
獣の唸りが、夜気を裂いた。
「……追ってきたか」
オルテガは立ち止まり、道具袋に手を伸ばす。そこから取り出したのは、光をほのかに帯びた瓶
――閃光石と癒し草のエキスを融合させた《改良型ヒールフレア》。
森の茂みをかき分けて現れたのは、体長三メートルほどの黒毛の魔獣。
赤く光る眼は、怒りと飢えに満ちている。
「ブラッドウルフ……群れからはぐれた個体か」
その名のとおり、血を求めてさまよう夜の狩人。
通常なら熟練の戦士でも複数人で挑むべき相手だ。
だが今のオルテガには、新たな力がある。
魔獣が飛びかかるその瞬間、彼は地面に瓶を叩きつけた。
――閃光、そして爆音。
強化された効果が炸裂し、ブラッドウルフが悲鳴を上げてよろける。
「ふむ、次だ」
オルテガはすかさず、毒煙袋を投げ込む。本来は足止め程度の効果だが、《アイテム効果二倍》の発動によって、毒性は中型魔物にも十分通用するレベルに強化されていた。
狼が咳き込み、動きが鈍る。
その隙を逃さず、オルテガは腰に下げていた鉄製のスパイク球を手に取り、全力で投擲した。
ごつん、と重たい音と共に、魔獣の頭部に直撃。
そのまま倒れ込むようにして、ブラッドウルフは動かなくなった。
……静寂。
あまりに呆気ない幕切れに、しばらくオルテガは息を潜めていたが、やがて確信する。
「……やった、か」
彼はその場に座り込み、はぁと一息ついた。
魔物に、単独で――武器らしい武器を使わずに、勝利したのは初めてだった。
それは、今まで誰にも見向きされなかった“道具”による勝利。
オルテガは魔獣の亡骸を見つめながら、小さく笑った。
「ふふ、これで少しは、報われた気がするよ」
夜の森に、微かな風が吹いた。
彼の胸には確かな手応えと、次なる決意が芽生えていた。
――これは、ただの“生存”ではない。
これは、“反撃”の第一歩だ。