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第1話:荷物持ちの少年

「おい、オルテガ! ポーションは?まだかよ!」


乾いた風が吹きすさぶ砂利道。その中央で、剣を担いだ戦士が不機嫌そうに叫んだ。


「ふむ、少々お待ちを。瓶が鞄の奥に転がって……ああ、これだね」


そう答える少年――オルテガは、ひとつの小瓶を丁寧に布で拭ってから差し出した。瓶の中では淡い青の液体が揺れている。


「遅ぇよ! まったく使えねぇな、荷物持ちがよ!」


戦士はそれを奪い取ると、飲む前から悪態をつく。

(“荷物持ち”ね……ふむ、まァ、否定はしないさ)

オルテガの職業は《アイテム士》。彼に与えられたスキルプレートは、「アイテム整理整頓+1」「ポーション注ぎの手際+1」「鑑定眼(初級)」。戦場で大剣を振るう者たちからすれば、まるで役に立たない“飾りのスキル”と呼ばれていた。

けれど、彼は笑っていた。どこか飄々と、他人事のような顔つきで。

15歳の時に、彼はこの世界に転生してきた。前世では、しがない40歳のサラリーマンだった。親も友人もなく、毎日を灰色のオフィスで生きていた。そんな彼が命を落としたのは、雨の日の横断歩道で、飛び出してきた子供をかばったからだった。

目が覚めたとき、そこは異世界だった。身体は若く、世界は広く、スキルと魔法に満ちていた。周囲の大人たちは言った。


「転生者か! こいつは期待できるぞ!」

「きっとレアなスキルを持っているに違いない!」


――だが、現実は無慈悲だった。

オルテガのスキルプレートに刻まれたのは、《アイテム士》。それだけだった。


「……は? え、初級サポート職?」

「アイテム管理って……それって、商人の下位互換じゃねぇか」

「終わったな」


人々の目が、一斉に冷たくなった瞬間を、オルテガは今でも覚えている。

それでも、彼は歩いた。旅に出た。剣も、魔法もない。だが、道具なら扱える。誰よりも丁寧に、誰よりも早く、誰よりも安全に。それが、彼の唯一の武器だった。


「おい、荷物の中身、全部入れ替えとけよな! 明日にはボス戦だぞ!」

「了解。すぐに対応しよう。……ところで、薬草の残量が心もとないようだ。採集を――」

「ああ!? おまえが行って採ってこいよ。あんま口出しすんな、役立たず」

言い返さない。言い返せない。そういう役割だからだ。彼が仲間に許されているのは、黙って道具を管理し、文句も言わずに働くこと。

回復ポーションの配布、武器の手入れ油の準備、魔晶石の在庫確認、呪符の紐の交換、巻物の湿気対策――そのどれも、命に関わる。

だが、誰も感謝はしない。

「ふむ、まァ、そんなものか」

彼は、ぽつりと呟いた。


夜。焚き火の煙が空に昇る。

一人離れた岩陰で、オルテガは鞄の中身を並べていた。薬草の粉、ガラス瓶、乾燥機構付きのポーションケース、火薬玉の試作。

(整理整頓+1……まったく大したことないが、それでも、道具の並びに無駄がなくなるのは気持ちがいいものだ)

そう思いながら、彼は一枚の皮紙を取り出す。それは、前世の記憶をもとに描いた“アイテム開発メモ”。

【――道具こそ、人の進化の証。……だったかね】

彼の父は、前世で小さな町工場を営んでいた。その背中を思い出すたびに、この言葉が蘇る。技術が人を変える。歴史や時代を変える。変わらないのは、それを使う人だけだ。


たとえ、今は誰にも理解されなくとも。

(“英雄”とは、剣を振るう者だけを指すわけじゃない。……はずだ)

静かな夜風に、皮紙がふわりと舞う。その端を指で押さえながら、オルテガは火薬玉に再び目を向けた。


「……もう少し、火力を調整した方が良いかもな」


そう呟いて、誰にも気づかれない努力を、またひとつ積み重ねた。

彼はまだ知らない。この夜が、静かな始まりであることを。


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