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今日も務めを

 トントンという音を立て、束ねた紙を揃える。

 地下水路での決戦から、数週間が経った日の朝。ヒメナは騎士舎で書類の整理をしていた。


 イメルダを打倒したのち、ヒメナとレティシアは地下水路の出入り口を見つけた。そこから地上に戻り、リカルドに事の顛末を話す。その後、リカルドと他の騎士数人が地下水路に向かい、イメルダの身柄を拘束した。そのイメルダは傷の手当てをされた上で監房に収容されることとなる。


 イメルダが身柄を拘束された話は、その数日後に公示された。しかし、その事由は業務上横領の罪によるものとされる。さらに横領したのは、騎士団の資金とされた。

 魔女や人工悪魔の話は一切、言及されていない。つまり、真実は隠されたのだ。


 これは、王下騎士団上層部による判断らしい。

 イメルダが魔女となり、大陸に混乱をもたらそうとしていたなんて話は、世間に与える衝撃が大きすぎる。騎士団全体が信用を著しく損なうことにもなりかねない。だから拿捕を公表するにしても、その事由は偽ることとなったそうだ。


 処罰については協議中だが、無期刑になる可能性が高いらしい。

 上層部としては極刑を科したいところではあるだろう。しかし、十年程度の懲役が相場である業務上横領で極刑は重すぎる。市民から疑問の眼差しを向けられかねない。というところで、中間的な措置を講じたいと考える者が多いのかもしれない。


 無期刑が正式な決定となるなら、ヒメナは喜べた。それはとにかく、イメルダに生きていてほしかったからだ。


 イメルダは監房収容と同時に、支部長の任を解かれた。その後、レルマ支部が大騒ぎになったことは言うまでもない。急に長が不在となったからだ。


 だが、それも三日前に落ち着いた。リカルドがイメルダに代わって支部長となることが決まったのだ。


 副支部長であるリカルドが支部長になることは、レルマ支部の誰もが納得の人事だった。しかし、当の本人は不承だったらしい。その気持ちを、リカルドはいまも引きずっているようだ。


「はぁ……」


 リカルドは机に顎を乗せながら、腑抜けた顔をしていた。


「副支部長に就いたときも思ってたんだけど、上に立つような柄じゃないんだよ……これから大変なことがいっぱい待ってるんだろうなぁ……うぅ、鬱だ……」


「心中はお察ししますが……」


 ヒメナは鼻で息を吐く。


「いま支部長を務められるのは、リカルドさんしかいませんよ。大変なことも、わたしたちが支えていきます。だから、そんな顔をしないでください」


 ヒメナが励ますように言うと、リカルドは堅い表情になった。


「惨めさと情けなさがすごいね……ヒメナちゃんにそんなこと言われるなんて」


「それは、わたしが新人だからですか?」


「それもあるけど、どちらかと言うとこっちかな。俺なんかより、ヒメナちゃんのほうがよっぽど、これから先大変だろうから……」


「……なるほど」


 リカルドが言わんとすることを、ヒメナは理解した。


 イメルダは支部長であるとともに、ガルメンディア家の当主でもあった。その当主が、悪事を働いたというのだ。地位や名声を失いかけていたというガルメンディア家が、これでそれらを完全に失ったことは間違いない。


 イメルダの横領はヒメナが暴いたことになったそうなので、家内で尻拭いをした形にはなった。それでも、ガルメンディアが地位や名声を失うことは阻止できないだろう。


 というところで、これからガルメンディアに向けられる目はきっと厳しくなる。偏見を持たれたり、差別されることになるだろう。


 想像すると、気は重くなる。

 しかし、ヒメナの表情は決して暗くなかった。


「心配はないでしょう。レルマ支部の方々はリカルドさんをはじめ、良い方ばかりです。わたしがガルメンディアでも、母様の娘でも、不当な扱いはしないでしょう。それに──」


 ヒメナは息を潜め、穏やかに言う。


「ガルメンディアが地位や名声を失うことも、いまは大したことじゃないかなって思えるんです。騎士は、人を救う職業です。人を救うのに権威や名声はいりません。人を救いたいという気持ちさえあればできることですから」


「ヒメナちゃん……」


 目を瞬かせてから、リカルドはふっと笑んだ。


「うん、それもそうだね」


 言って、顎を机から離す。それから、大きく伸びをした。


「ヒメナちゃんがそうなら、俺もうだうだ言ってられないな~」


「はい。あぁ、でも──」


 ヒメナはそこで一つ、思い出す。


「心配ないと思えるのは近々で、一つ大変だと思うことが他にあるからかもしれません。それが──」


 バン! という音が、唐突に響いた。騎士舎の扉が叩き開けられた音だ。それが、ヒメナの話を遮る。

 その扉からは、レティシアが現れた。


「ヒメナちゃんヒメナちゃんヒメナちゃん!」


 レティシアは悲壮な顔で迫ってきた。


「聞いてよ! 前話したよね? ずっと売り切れ中のハニーオーツパン! あれ、今日は買えたの! ラスト一個! でもね? お店出てすぐ食べようとしたら、ビュって風が吹いてさ。 パン落としちゃったの! ねぇ、あんまりじゃない? こんなことってある⁉」


 レティシアはほとんど息継ぎをせず、まくし立てる。ヒメナは身を反らし、顔を引きつらせていた。


 さきほど、リカルドから言い渡されたことがあった。その内容は、ヒメナはこれからもしばらく、レティシアとコンビで任務に当たってほしいといったもの。


 どうやら、今後もこの溌剌さや奔放さに振り回される日々は続くらしい。大変であることは言うまでもなかった。いまから疲労感が募る。

 ただ、同時にわくわくするような気持ちが湧いていることも事実だった。


「ちょっと、ヒメナちゃん!」


 レティシアが頬を膨らませる。


「話、聞いてた⁉」


「聞いてたぞ。名前を何度も呼ばれたところまではな」 


「うぅ、めっちゃ最初! 話まったく入ってないじゃん!」


「まぁ、怒るな。話は道すがら聞く。とりあえず向かおう」


「へ、向かうってどこに?」


 きょとんとするレティシアに、ヒメナは教えてやる。 


「もちろん任務だ。わたしと君に命じられた。最近、レルマの周辺で野犬が頻繁に出ているらしい。その野犬は、レルマを出入りする者を襲っているようだ」


「へ、何それっ⁉」


 レティシアの両眉がぴくんと上がった。


「こうしちゃいられないよ! 早く行って退治しよ!」


 レティシアは踵を返し、扉のほうへ駆ける。その瞳はしっかりと開かれ、その口はしっかりと結ばれていた。それらを見たのち、ヒメナの胸に熱いものが溢れる。


「ヒメナちゃん?」


 レティシアが足を止め、こちらに向かって振り返ってきた。


「……いや、なんでもない」


 ヒメナは首を左右に振って、レティシアを追う。そして、口元を綻ばせながら言った。


「さぁ、今日も務めを果たそう。人々を幸せに、笑顔にしよう」


「うんっ!」


 レティシアと揃って、ヒメナは騎士舎の外へ踏み出す。その直後、雲一つない青空が目に飛び込んできた。


 なぜだろう。その空はどこか笑っているように見える。

 ヒメナは、そんな空に向かってそっと笑みを返したのだった。

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