達成感の裏に
「すべて甘えにしか聞こえない。一度も飢餓感に勝てなかった? ふざけるなよ。勝てないなら勝てないなりに、打てる手はあったはずだ。出頭するなり、人がいない森や島に移り住むなり、できることがあったはずなんだ。だが、お前はしなかった。それは甘え以外の何物でもない」
語る口からは、時々、剥かれた歯が見える。
「目を逸らすなよ? ニーニョ、ジョンパルト、ロイバル、アマドル、その他大勢は、お前が人狼にされたから死んだんじゃない。お前が甘えていたから死んだんだ。取るべき行動を取っていれば、助かった命はたくさんあって……」
イメルダは、サウロにずんずんと迫っていった。
サウロは、びくっと身を震わせる。そののち、急にじたばたと暴れ出した。
「わっ、うわああああっ!」
部分的に、サウロの四肢が狼化する。直後、ブチッという音が響く。それは、サウロを椅子に縛る右脚の縄が切れた音だった。
サウロは解放された右脚を振り上げる。その右脚は、イメルダの腰を蹴った。
「ぐっ……」
イメルダは後方に飛ばされ、地面に尻餅をつく。
「母様っ!」
ヒメナはイメルダに駆け寄った。リカルドとレティシアは剣を抜く。
「うう……」
日光を浴びているからか、手傷を負っているからか、サウロの人狼化はすぐ解けた。リカルドはサウロを押さえながら、右脚をふたたび縛り上げる。
「お怪我はっ……?」
地面で片膝を突きながら、ヒメナは尋ねた。
「あぁ、大事ない。蹴られたのは腰当てだったからな」
ふらふらと立ち上がってから、イメルダは呼吸を重ねる。
「すまない、頭に血が昇ってしまったようだ。私がいると、尋問が停滞しそうだな。続きは任せることにしよう」
言って、騎士舎に戻っていく。イメルダを見送ってから、リカルドは息を洩らした。
「やれやれ、相変わらず正義感が強い人だ。まぁ、それがあの人を支部長にまで押し上げたところもあるわけだけど……」
仕切り直すように、リカルドは言う。
「支部長は続きを……と言ったけど、もういいよね?」
ヒメナが答えた。
「はい、聞きたいことは聞けたと思います」
「うん。じゃあ、事件も解決ってことでいいかな?」
「えぇ」
異論はない。犯人を捕まえることができ、その犯人が罪を認めたからだ。
ふぅーっと息を吐いてから、ヒメナは自覚する。
胸には達成感が湧いていた。
だが、それと同じくらい不満が湧いていることも事実だった。
全体を通して、この事件の捜査は思い通りに進まなかった。
人狼を捕えるまでの過程には、幸運が多すぎた。人狼を捕らえることができたのは、向こうがたまたまヒメナを見つけてくれたから。また、あまり巧妙とは言えない罠に引っ掛かってくれたからだ。
幸運に頼るつもりなどなかった。ヒメナは実力だけで事件を解決に導きたかった。しかし、それは叶わなかった。
ヒメナがもやもやとした気持ちに包まれるなか、リカルドが察したように言う。
「思うことがあるのは分かるよ。けど、捜査が思い通りに進んでくれることなんてない。他のどの同期よりも先にそれを学べたことは収穫だったと思う。そして、人狼を捕らえただけでもすごいんだ。とても新人騎士が成し遂げられることじゃない。それは誇っていい」
「……ありがとうございます」
ヒメナは感謝を返す。しかし、声に気持ちは伴っていなかった。
「さて、じゃあ──」
リカルドが、ヒメナからサウロに視線を移す。
「とりあえず、俺は彼を監房に連行する。ヒメナちゃんとレティシアは帰っていいよ。で、明日から三日間休暇を与える」
「え、休み? ホント?」
レティシアが顔を輝かせた。リカルドは数回、頷く。
「ホントホント。二人ともまともに休みも取らず、捜査してたでしょ? 俺は騎士団のブラック化に反対なの。いっぱい働いたなら、いっぱい休みな」
「わ~いやった~! 洋服買いたい! 甘いもの食べたい!」
レティシアは両手を突き上げ、喜びを露わにする。だが、それとは対照的に、ヒメナは淡々としていた。
「了解です。お気遣い感謝します。それではお疲れ様でした」
ヒメナは挨拶し、鍛錬場を後にする。騎士舎の中を通り抜け、扉から外に出ていった。ガルメンディアの屋敷に帰ろうとする。
そのとき、何者かから声を掛けられた。
「あの、ヒメナ・ガルメンディアさんですか?」
視線を横に遣ると、そこには三人──青年と少年と少女がいた。
「はい、そうですが……あなた方は?」
「僕たちは、エマ・ニーニョの子どもです」
「あ……」
エマ・ニーニョは、人狼事件で最初に犠牲となった女性の名前だ。その女性の子どもたちだったのか。
関連資料には何度も目を通したため、子どもたちの名前は憶えている。中央で話している青年はオリバ、左側で目尻にうっすらと涙を浮かべている少年がトビアス、右側でポロポロと涙を流している少女がカリサだろう。
一体、何の用か。
ヒメナが訝しんでいると、オリバは深い息をついてから、ふたたび話し始めた。
「僕たちは、人狼事件の犯人が捕まったと聞いて飛んできたんです。人狼を捕えたというガルメンディアさんとアンヘルさんにお礼が言いたくて……」
話すオリバの傍らで、トビアスは一度だけ頷き、カリサは何度も頷いている。
「僕たちは、母に惨い死に方をさせた人狼が許せなかった。怒りや悲しみで胸がいっぱいになっていました。しかし、あなた方のおかげですこし胸が空いた。そして、明日から安心して暮らすことができる。人狼の脅威に怯えなくてもよくなった。あなた方のおかげです。本当に、本当に、ありがとうございましたっ……」
「……」
ぽかんとしたまま、ヒメナは硬直する。
しばらくして、なぜだろう、と思った。胸に溜まっていた、もやもやした気持ちがいつの間にか消えている。いま、心はとてもすっきりしていた。その感覚を味わっていると、勝手に口が動く。
「エマ氏の件から、追加で三名の犠牲者が出ています。解決は遅くなってしまいました。そこには申し訳ない気持ちがあります。ただ──」
ヒメナは言葉を紡ぎながら、柔らかい笑みを向けた。
「そのお言葉は素直に受け取りたい。感謝いたします。これからもレルマに住む市民の方々が安心して暮らせるよう、精一杯努めていきます……!」
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