予期せぬ最期
まさか、こんな最期になるなんて思わなかった。
エマには、予想があった。
死ぬとしたら、年齢は六十歳ないし七十歳。死因は、老衰か病気だろう。病気だとしたら、心臓由来のものかもしれない。エマの家系は代々、心臓が弱いからだ。祖父も曾祖母も心臓を患って亡くなっている。
死を迎える場所は、自宅西側の寝室だ。枕に後頭部を乗せ、布団に覆われながら、ベッドに横たわっている。
酒飲みの夫は一足先に逝っているだろう。そのためベッドの傍に立っているのは、長男のオリバ、次男のトビアス、長女のカリサだ。みな優しい子に育ってくれた。エマの死を悲しんでくれるはずだ。
ただし、悲しみ方に差はある。
オリバは、涙を我慢するだろう。長男としての責任感があるためだ。きっと自分が取り乱してはいけないという思いを持つ。
トビアスも、涙を我慢しようとするはずだ。これは、兄を模範としているところがあるためである。しかし、その我慢はきっと途中で限界を迎える。感受性が豊かな彼は、最後まで気持ちを抑えられない。やがて、目蓋に涙を溢れさせる。
カリサは、そもそも我慢などしないだろう。わんわんと泣き喚く。子どもたちのなかで最も素直な彼女は、端から感情に逆らうことなどできないからだ。
エマは、オリバに握られた手を握り返す。しかし、次第に握力が弱まっていく。やがて、手を上げておくことすらままならなくなる。そののち、天に召される──エマは、そんな予想をしていた。
だが、実際に迎える最期がこんなものになるなんて思いもしなかった。
真夜中の路地裏。
エマは、夜空を眺めるような形で冷たい石畳に倒れていた。そして、フードつきのローブで顔と全身を隠した者に覆い被さられている。その者は、くちゃ、くちゃ、という音を立てながら、エマの腹に口を近づけては離し、近づけては離し、をくり返していた。口周りには、赤色が広がっている。
それは、エマの腹部も同様だった。凹凸を作りながら、同じ赤色に覆われている。
赤色の正体は、血だった。その凹凸は、雑然となった肉と脂肪。くちゃ、くちゃというのは咀嚼音。
エマは、何者かによって食われていたのだった。
最早、痛みはわずかにしか感じられない。その痛みも、ほどなく音や匂いとともに消えていった。夜空から降ってきていた月の光も、目が捉えられなくなる。
すべてが無になる。
そして、エマは息絶えたのだった。