7山は宝箱
「おっ!これは……タンポポか!葉っぱが若いな、茹でて食うか」
「…………」
「こっちはつくしだー!これも茹でて食おう!よもぎもあるぞ!天ぷらにしようかな?」
「…………」
「シャオメイ、さっきから静かだがどうした?疲れたか?」
「違うヨ!さっきから草ばっかりでショ!見た目がしょぼいアル!!」
「まぁまぁそう言わずに。もう少し上に行けばたらっぺとかあるぞ。菜の花が自生してるから菜花も摘んで帰ろう。蕗の薹と山ウドもあるかもしれん」
「……たら?よくわからないアル」
「正式にはタラの芽って言うんだぜ。少し苦いけど、スーパーで買うと結構な値段はするもんだ。どれもこれも、市販品だと高級食材だぞ?」
「ふむ?なるほど高級なのカ」
「そうそう。ハウス栽培されてたりするけど、山で獲れるものは別格だ。野生の野菜って感じで味も匂いも濃いんだよ」
「ふぅん……?でも、ぱっと見全部草に見えるケド、どうやって見分けてル?」
「……だいたい目につくもんは食える」
「日本人の食へのこだわりというか、執念はよく知ってル。でもそれはおかしいでショ」
「そんなことない、と思うが」
訝しげな顔をしたシャオメイは枯れ葉を踏んで、キョロキョロと辺りを見渡す。俺も『どうやって』と言われるとちょいと困るな。ただ知っているだけなんだ。
山歩きは知識があれば楽しいけど、逆に無ければ危ないとも言える。普通に毒持ってる植物や、漆みたいに触っただけで被れちまうような木もあるからな。
まぁ、普通は山を持っていなきゃ他人様の土地に入ってまで、山菜を取ろうなんてしないから大丈夫だよな。うん。
「これは?」
「それはナズナ。食べれる」
「……これは?」
「こりゃ蕗の薹だが薹が立ちすぎてる。でも食えるぞ……味噌用に取っとこうかな。イイ匂いがするんだ」
「ぬぬ、これは?これは?」
「ぜんまいにこごみ、……お?サワワサビじゃないか!……ということは」
「わさび?この葉っぱが?」
「うん、そうだ。根っこは期待できないが、これは良いものを見つけたぞ」
サワワサビの小さな葉っぱをかき分けて、地面を突くとわずかに湿っている。これは、湧き水が出てるぞ。ワサビは川に生えるものだから、これを辿ればセリがあるかもしれん。
ヒュルリと木々の間を通る風は湿っている。昨日の雨だけのせいじゃなさそうだ。
この辺りは暖かい気候だからか、冬の終わりなのに結構草木の間に山菜達が顔を出している。蕗の薹なんかはもうシーズンを過ぎてるくらいだ。
……もしかして地獄なのも関係するのかな。この辺りはよくわからんが。
どれもこれも群生地らしいものはなく、ちょびっと生えてるくらいで量的にはかなり少ない。
まとめて春山菜の天ぷらにするか、ぬたで和えるか……鰹節と醤油でお浸しかな。小鉢くらいにはなりそうだ。
サワワサビが見つかれば群生しているだろうし……それを狙おう。
「そしたらシャオメイ、湧き水が沸いてるっぽいからそこを探すぞ」
「え?わかっタ」
「よく見つけてくれたな!こりゃ良い発見だぞー!お宝♪お宝♪」
「……ふふん」
お宝を見つけたお手柄シャオメイを褒めると、にこりと微笑み、二人して足取りが軽くなる。
俺たちはスキップをかましつつ山の中腹へ向かった。
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「ショボイ!!」
「わはは!まぁそんなもんだ。山の湧き水ってのは川になりにくい。水量が豊富な所はそうそうないんだよ」
山の中腹へ到着すると、岩がゴロゴロある場所を見つけた。そこからチョロチョロ清水が湧き出している。
川って言えばザーッと流れるアレを想像してたんだろうなぁ。だが、ここいらの山は雪が降らないから水量はあまり望めないだろう。温泉でもない限りは。
確かに見た目はしょぼいかもしれん。
「雪解け水が伏流水になるから水量が増えるが、この辺りは雪が降らず山が枯れてる。この水は貴重だぞ」
「……水源にはならないアル」
「人間の使う水量には足らないだろうな。だが、ここには動物が来る。生き物が来るってどういうことかわかるか?」
「畑なら害獣になル。でも、山だと何か意味あるネ?」
「うん。動物が食べた植物がここに生える。胃で消化されなかった種がうんk」
「皆まで言うな。生命の循環が起こると言うことカ……なるほど。
確かに動物の水場なら新しい種類の参入もあるかもしれないアル」
むむ、うんこはうんこだろ……別に良いじゃん。意外にシャオメイは上品だな?
じわじわと地面に流れる水を見て、わさわさしげるサワワサビの葉達を見つけた。わさび本体は期待できなさそうだな……。生えてる土地は畑のように柔らかい土じゃないから、ひょろひょろした根っこになってすりおろせるほどの太さにならない。
食べるのには苦労するし、繊維ばかりで口当たりも悪いから商用は厳しいだろう。
蓮の葉のように丸い葉っぱのサワワサビを、根元側の茎からポキポキ折って収穫する。白い花が蕾でついているから、それもとっておこう。
シャオメイはじっと俺が収穫する様子を見て、同じようにして手伝ってくれる。
「わさびって言うから根っこを掘ると思ってタ」
「これだと美味しい根わさびは収穫できないよ。茎と葉っぱで漬物を作ろうかなと思う」
「辛いノ?」
「まぁまぁピリッとする感じだな、そんなに辛くはない。若葉と花は天ぷらにしても美味いぞ」
「白い花、小さくてかわいいネ。お蕎麦の花に似てる」
「そうだな、あっちはもうちっと繊細な感じだ。夏以降になれば葉も辛味が増すんだぞ。βアミラーゼつったか……アレが増えるんだってさ」
「へぇ……佑はなんでも知ってるナ。物知りと山に来ると楽しい。
何にもないと思っていたけど、知っている人が来れば宝箱みたいだネ」
「そうだな、竹が生えてりゃたけのこもあるんだろうけど……ん?」
熊笹のたくさん生えた斜面の方から、コロコロと小さな石が転がってくる……あ、ちょっと嫌な予感。
「シャオメイ、ここを離れるぞ」
「…………」
「シャオメイ?」
肩を叩いてその場を離れるよう促しても、崖の上を見据えたシャオメイは眉根を寄せて、動かない。
やがて大きな岩がゴロン、と転がってきたのを皮切りに叫び声が聞こえた。
『ピギャー!!』って、言ってるぞ。
「イノシシ!!!」
「ひえっ!?」
「佑、そこの木に隠れて!」
「し、シャオメイは!?」
ピリッとした緊張感の中、彼女はズボンの裾から何かを取り出した。小さな棒はビリッと電気を発しながら彼女の手の中で伸びた。身長を超えるほどのでかい棒に変わっだぞ……すごいな。
「鬼を舐めない方がイイネ」
「ハイ」
ニヤリと嗤う彼女はだんだん近づく荒い鼻息を聞き、目の色が鋭く変わる。
戦う術を何も持たない俺は大人しくでかい木の裏に身を潜め、冷や汗を拭った。
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「いやー!助かりましたよ!あそこは禁猟区ですからハンターが入れなくて」
「あんた達が追ってたのが他の山に来ちゃったんでショ、私がいるところでよかたアル」
「すいません」
ふん、と鼻息荒く笑顔で漁師さん達と話しているのは……電気棒ででっかいでっかいイノシシの鼻先をぶん殴り、一太刀でのしてしまったシャオメイ。
イノシシってのは侮られがちだが気性が荒く、一直線にすごいスピードでやってきて、筋肉の塊でぶつかるから普通に車に轢かれるくらいの衝撃があるんだ。
生前でゴルフ場の草刈りバイトしてたやつがぶつかられて、全身複雑骨折で死にかけたのを知ってるからな……本気で怖い獣だ。
賢いから収穫間近の畑を荒らすし、人里にもホイホイ出てくるから現世でも厄介者扱いされてたな。
退治してくれたシャオメイ本人に怪我がなくて良かったが、一応いろんな決まりがあるから役場に届け出て……免状を持ったハンターさんにお礼を言われている。
……それはイイとしてだ。
「で、コレは食えるのか?佑」
「くっ、そうだよな、そう思うよな」
「いかな料理人でも無理アル?」
「いや、あの、その……だってそのイノシシ、200kgもあるんだ。それにお客さんに出すなら食肉処理上でやらんと違法になるよな?…………現世だとそうだった」
「あ、地獄でもそうなります。食品衛生法に引っ掛かりますからね。ええと、僕らの知り合いでいいなら紹介しますが」
「傷もないし、そんなに歳食ってないから血の処理さえ間違えなきゃいけると思いますよ」
「ハンターさんがいうなら間違い無いだろうけど……うーんうーん」
「ちなみに食べないとどうナル?」
「埋却処分か、焼却施設で処理になります。それならこのまま引き取りますけど。せっかく電気で気絶してるし、食用としては一級品ですよ」
「……私、聞いたことあるネ。イノシシは牡丹鍋というのになるらしいナ」
「あぁ、あれは美味いですよ。調理というよりも血抜きをいかに早くするかで、臭さが変わります」
「佑、私食べてみたいアル」
「……くっ」
「そうじゃ無いと私の苦労が……むざむざ殺すだけなのも気が引けるナ?」
「く……わ、わかったよ!!」
おれは体が痺れて動けず、拘束されて恨めしそうに睨んでくるイノシシから目を逸らし、でっぷり膨らんだ腹を眺める。脂肪がうまいんだよな、イノシシは。
流石にコイツは食ったことがない。処理に関しても食品衛生法がある以上、俺が捌けないから逆にありがたい事態ではあるが。
「すまないんだが、猟師さん……食肉加工所を紹介してもらえるか?」
「おっ!いいですよ!せっかくの上玉ですからね」
「お礼はお肉半分ことかでもいいか?」
「そんなにもらえるんですか!嬉しいですね……あそこのはどんぐり食べてますから、イベリコ豚くらいの旨みがあるらしいんで!!」
「ほ、ほう?」
「うちの軽トラックで持って行きますから、後で連絡します。多分明日には渡せますよ」
「明日!?明日はうちも店開かなきゃなんだよな……どうするか」
「じゃあ宅配便で送りますよ!」
「そこまでしてくれるのか、すまんけどお願いします……」
ニコニコ笑顔の猟師さんに全てを託し、シャオメイはもう一度電撃で完全に失神させて……イノシシはドナドナされて行った。
……すごく複雑な気分だ。山菜を取りに来たら肉まで貰う予定になってしまった。
「んふ、収穫は十分でショ。明日には肉が届くなら私も食べれるアル」
「マジ?食べたいのか?」
「佑はいらないネ?」
「明日までに調理法を勉強しておく。肉の処理をしなくて済んだのは御の字かもしれん。
シャオメイ、守ってくれてありがとうな。次から鈴でもつけて山に入らなきゃだめだな……」
「そうネ、クマも出てくるかもしれないし、撃退スプレー買ったほうがいいかもネ」
「そうするよ。……危ない目に合わせて本当にすまなかった。でも、すげーカッコよかったぜ」
「……ウン」
「どした?どっか痛めたのか?」
「ううん。……ゴニョゴニョ、もじもじ」
小さな体をさらに縮こまらせて、シャオメイはモゾモゾしている。ほっぺが赤いし……どうしたんだ?
本当にどこか怪我でもしたのだろうか?心配になってあちこち触ってみるけど、ますます顔が赤くなるばかりだ。
「シャオメイ?」
「あの、もう一回言って欲しいアル」
「……え?」
「褒めて欲しいノ!!」
「……………………」
シャオメイは耳まで赤く染まり、プシューっと蒸気が出ているような気がする。なんだコイツ、可愛すぎんか?
俺は口の端が上がるのを止められず、ちょっと気持ち悪いだろうな、と思われるほどニヤニヤしながらシャオメイのお団子頭を撫でた。
「よーしよしよし、シャオメイはいい子だなー、非力な俺を守ってくれて、本当に助かったなぁー。
お店のことも色々考えてくれるし、命の恩人だし、ソフトクリームにクッキーついてるやつ買ってやるからなぁーーありがとなぁーーー」
「ウン」
「ふふ、本当に可愛いなお前さん。担当の奴らはコレを知らんのだろうな。般若の取り立て師って言われてるもんな」
「一言余分ヨ!でも、いい。佑に可愛いって言ってもらえたから、イイ」
いじらしい発言でたまらなくなった俺は小さな体を抱き抱えて、シャオメイが『もうイイ』というまでひたすら頭をこねくり回したのだった。
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「シャオメイ、アイスが溶けるぞ」
「うん……おいしいナ」
「寝るなら俺が食っちまうぞ?」
「ヤダ。ピーナツ味、あまくて、胡麻ペーストみたいで……スキ」
「あぁ、ほっぺについてるぞ。ほらティッシュ」
「ん……」
「拭いてやるよ、じっとしてろ」
「ウン」
すっかり夜になっちまって、閉店間際に駆け込んだピーナツソフトクリーム屋さんの駐車場で休憩してるんだが……シャオメイは疲れたのかうつらうつらしている。
ほっぺについたクリームを拭いてやると、ほのかに笑みが浮かび……半分下がった瞼のままでソフトクリームを食べている。
今日は山ほど食材が収穫できたが、山菜も野菜も早く処理しないとダメだな。次の日では味が落ちるんだ。
イノシシが来るまでは肉がないから、やはりお客さんには豚肉限定で持ち込んでもらおう。
とにかく、どうにか開店はできそうだ。昼前に開ければランチ客が来て……夕方までゆるゆる開店しておいて、明日はシャオメイにボタン鍋を作ってやろう。環さんも呼ぶか。
「ごちそう、さまでした……アル」
「ん、食い終わったか?あったかいお茶あるぞ」
「…………すぅ」
「寝ちまった……そんなに疲れたんか」
小さな手に抱えられたアイスのカップを取り上げて、ゴミ袋に突っ込む。適度に緩くなったペットボトルのお茶を握らせて、シートベルトを確認して……俺の上着をかけてやった。
車のエンジンをかけて、さっさと帰ろう。レンタカーを返して、黒い扉を使って帰宅して……そこから徹夜だな。
田舎特有の街灯の少ない道を静かに走り、車窓には時々家に灯る灯りだけが過ぎていく。暖かい車内では穏やかな寝息が聞こえていて、優しい気持ちになる。
「なぁ、シャオメイ。俺はさ……地獄に来てから、悪いことばっかじゃないんだぞ。
環さんやお前さんがこうして手伝ってくれるし、うまい飯が食えて、あったかい布団で眠れる。
……シャオメイもそうだろ?きっとこの先は、誰もお前を痛めつけたりしない。うまいご飯を毎日食べて、早く成仏するんだぞ。きっと来世は幸せになれるから」
返事は返ってこないが、耳の中に『ウン』という声が聞こえた気がした。




