5軍師シャオメイ
「ほわ……はわ……うん、うん」
「はー!おぼろ豆腐うんまっ!豆乳が新鮮かつ濃厚!さっぱりお酢醤油が効いてて、ザーサイと桜エビの塩っけがいい塩梅ネ!」
「さく……じゅわ……ほわぁ……」
「私の作った餃子サイコーネ!炒り卵とニラとたっぷりのエビがプリップリ、しっかり焼き目をつけて皮がサクサク、中からジュワッと滲み出るツユがたっぷり!からしも合うナ!」
「…………うっ」
「んふー!このとろんとした濃厚なピータンの旨味!!!マーベラス!熱々のごま油に火が通ったネギがシャキシャキ、塩がまた甘味を引き出して、みっちりした豆腐がよくあう!」
環さんは鹹豆漿を口にして、柔らかさに驚いて頷き……カリカリの焼き餃子をハフハフしながら食べて目を細め、ピータンの匂いを嗅いで固まってしまった。
うん、そうだな。想像しているより変わった匂いがするよな。
シャオメイはモリモリ食べながら良く喋れるな……感心してしまうぞ。
「シャオメイは食レポすげぇな……環さん、無理せずちょこっと齧ってみれば?ピータンがうまいのは黄身のところだ。豆腐とネギ、ちょこっとのピータンで味はわかる」
「……は、はい……。うぅ、なんでこんな色なんです?」
「熟成してるからヨ!臭いけど美味い!このピータンそんなに臭わないヨ」
「臭いって言っちまってるだろ……」
「でもネギの匂いでほとんど消えてるヨ!絶対美味しいカラ」
「俺が作ったんですけどぉ」
「細かいこと言わないアル!ご飯おかわりくださいナ!」
「へいへい」
キッチンに戻って山盛りの白飯をシャオメイに渡し、俺はこっそり持ってきた隠し味をささっと環さんのピータン豆腐に振りかけた。
「これは……何かいい匂いがします」
「山椒だ。少しだからそんなにしびれないし、匂いもさらに誤魔化されるだろ」
「なるほど?……っ!い、いけそうです」
「おん、無理すんなよ。なぁシャオメイ、この餃子中身が少ないがなんでこんなに肉汁?が出るんだ?エビの旨みがすげーな」
「これは海老の汁ヨ。ラードを入れてもいいけど、このままならさっぱりしてて朝からイケるネ」
「確かにこれならいいな。あとで味付けを教えて……」
シャオメイに餃子のレシピを聞いていると、環さんがガターン!と音を立てて立ち上がる。倒れそうになる椅子の背を掴んで、環さんの顔を覗くと……目を見開いてプルプルしていた。
「ど、どした?ダメだったか?」
「……!……!」
「美味しいでしょ、ピータン!」
「美味しいです……なんですかこれは」
「「卵」」
シャオメイとハモって伝えると、環さんは胸の前に腕を組み、十時を切る。
ジーザスってか??
「お豆腐の旨みが際立っていて、ピータンの濃厚なとろける黄身を噛み締めると二つが口の中でマリアージュします。塩の粒を噛み砕くと甘みが増して、胡椒と山椒、ネギの辛味と胡椒の辛味が絶妙……しかも匂いもイイ感じです」
「おん……気に入ったのね。良かった良かった」
「コイツはビールにも合うヨ!朝から飲めないけど!ニンニクよりネギの方がヨイ」
「ニンニクだと強すぎるんだよな。しかしこの餃子美味いな。ひき肉入れないのなんて初めて食ったが、本当に朝からイケる。炒り卵とエビ、ニラって初めて食ったぞ」
「ふふん、そうでしょ、そうでしょ!」
三人で黙々と食べ、あっという間に器が空になる。沸かしておいたほうじ茶を保温のポットから注いで渡すと二人とも「ほわぁ……」と満足げなため息をついた。
「美味しかったです、ごちそうさまでした」
「中々イイ腕してるアル!毎日朝飯ここにしたいネ!」
「落ち着いたら早朝から昼まで、そのあと深夜にちょびっと酒を出す感じにしたいんだ。でもなぁ、何しろ金がなくてなぁ……」
ふむ……と顎をつまんで思案顔になったシャオメイ。環さんはお茶を味わってまだホワホワしてる。今日は米粒つけてないな。
「土井佑、商売の鬼と言われるワタシが助けてやるから朝飯タダで食わせろアル」
「え……ただ飯食わせるほど商才があるのか?下町の食堂で活かせるのか??」
ふん、と鼻息を吐き出したシャオメイはノートを取り出し、カリカリと何か書き出した。
「まず、外の張り紙だけどアレはダメ。商材持ち込みは確かに材料費掛からないけど、手のかかる食材だったら?何を調理するにもガス、水道、油や調味料使うアルよ?」
「うっ」
「長時間煮込み料理とかどうするアル?いただいた料金ではペイ出来ないヨ。この店のジジイは山を持ってた。山菜をとって自給自足に近い形にして、肉とか特定の食材を〝持ち込み指定〟して日替わりで掲げたらどうカ」
「ほう……そういえば山菜採りにはよく行ってたな。時々漁師のおじさんに鹿やら猪やらもらってたし、山付近の産直野菜は安いし新鮮だったからそこで仕入れてもいい」
「そしたら、こうしようカ。一汁一菜基本提供、炒め物か煮物を固定にして……余裕があれば漬物つけて、メインの炒め物の食材を持ち込ませる。おばんざい屋さんとかでやってるように、その日の珍しい食材をプラス料金で出すネ」
「……シャオメイ……お前、天才か?」
「タダ飯食わせてくれれば定期的に改善してやるヨ!どう?」
椅子から立ち上がり、シャオメイに向かって手を差し出す。彼女は小さな手で俺と握手を交わした。
「よろしくお願いします!!」
「まっかせなさーい!」
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「そのクズ野菜はコンソメスープにするネ?」
「あぁ、その予定だ。玉ねぎの皮がたくさんもらえたから、香ばしさマシマシだぞ」
「ふむ……」
店内の掃除を済ませ、外に貼った張り紙を変えて、お出かけ支度中。環さんはお仕事があるそうでシャオメイだけ残っている。
と言うか、わざわざ休みの日にここに来てくれたのか?
「シャオメイ休みだったんだろ?何か悪いな」
「……まぁネ。私は環に恩を売るために来た」
「えっ、何それ」
少々バツの悪い顔になったシャオメイは、人差し指でテーブルをグリグリしながら口を尖らせる。
「環は普段、言い寄られても響かない人。男にも女にもモテる」
「シャオメイ……お前もしかして」
「私は男が好きヨ!!」
「……あ、そうですか」
「違う!遊び人ではないアル!!とにかく、環と仲良くしたい奴が多いのに……あの子は無意識に人を避ける傾向があるノ。それが、アンタの担当になってから他の獄卒に意見を聞き始めタ。引っ越し手伝った男どもは環にホの字アル」
「あー、そゆこと?環さんにお近づきになりたいってことか」
「ソウ。私は前からなんとなく仲良くしてもらってたケド、一緒にご飯も食べたことないし……飲みに誘っても断るし、仕事手伝ってもらうばっかりで何にも恩返ししてないカラ」
「ほー、なるほどな。でもそうか、環さんはシゴデキだし、可愛いしな」
「……可愛い?」
ポカンとはてなマークを浮かべたシャオメイ。小さな顎をこれまた小さな手で摘み、「確かに今日は可愛かったナ」と呟いている。
「見た目こそきつそうだが、アレは中身がのんびりした人だろ?マイペースなんだよ。ご飯食べてるのを見てたらその感想しか思いつかん」
「そうネ。でも、それはアンタが生み出した属性でしョ。今までご飯食べてなかったんだから」
「まぁ、そうか。じゃあわかりやすくなったってことだろ?クールビューティーでも好きな人がいたなら、元々魅力があったんだろ。彼女はいい人だよ」
「借金取り立てられてる奴の言い分カ?環の担当はキツイ案件ばかりヨ。あの子の情状酌量を理解できてない罪人ばかりアル」
「そうか……大変な思いしてるんだな。環さんも朝飯フリーパスにしようかな。シャオメイもそうだが、俺は身の回りの人たちに恵まれてんだなぁ……ありがたやありがたや」
「…………それ、本音カ?」
「え?何でだよ。こんな嘘言っても仕方ないだろ?」
「ふぅん、そう。なるほどネ?じゃあ聞くけど、さっきのザーサイはいくらだった?クズ野菜はタダよネ?」
「三百円。うん、クズはタダでくれた」
「豆乳ハ?」
「1リットル280円」
「豆乳は安いナ。今度行くならおからも買うアル」
「お、おん。たまたま売り切れてたから買ってないが、普段は安くて沢山売ってくれるぞ?」
「はぁー……佑は商売向いてないんじゃないカ?人が良すぎル」
おお?なんか突然のダメ出しが始まってしまったぞ。シャオメイから見たら俺はまだ素人なんだろうなぁ。なんか教えてくれるのかな。
「商売に向いてないかもってのはたまに言われるよ。どうにかこうにかやっていくうちに形になるんじゃないか?」
「野菜の店、商店街のトコでしョ?あそこ、割とボッタくるって有名よ」
「へ?そうなのか?」
「今時ザーサイ一つで300円は若干高い、百均でも売ってる」
「そうか、確かになぁ。でも百均で買い物をするのはお店としては微妙だろ?品質も保証がない」
「まぁ、そうネ。でも、そのクズ野菜は本当に捨てるとこばっかりヨ?企業ゴミが減って店主も助かるでしョ。ゴミ出すのも金かかル」
「おお、そうか。それなら無駄にしなくて済むし、ゴミが減って店の支出が減るからいい事だな」
「ゴミ、押し付けられたとか考えないノ?」
「俺は助かってるから別に思わんけど。コンソメはクズ野菜でできるし、捨てる必要なく利用できるならいい事じゃん。お互い助かってるならウィンウィンだろ?」
おや……顎を摘んだまましかめ面になってしまった……なんか変なこと言ったのかな。シャオメイは心配して言ってくれたんだからお礼言うべきだったか。
クズ野菜を煮込んだコンソメスープは、もう一晩寝かせないとコクが出ないけど……胃があったまるからな。
小さいマグカップにそれを注ぎ、胡椒を振ってカウンターに置く。
「さっきから立ちっぱなしだろ?スープ味見して休憩したらどうだ」
「…………」
トコトコやってきたシャオメイはイスによじ登り、律儀に『いただきます』と言ってからスープを口にする。
玉ねぎの皮が沢山入ると香り豊かになるし、にんじんの葉っぱ、根菜の根、蓮根の端っこに大根の茎とか葉物野菜の外葉……旨みがたっぷりの場所ばかり貰ってきたから美味しいはずだぞ。
「若い味だけど美味しいアル。ベーコン入れてほしいケド」
「あはは、一晩寝かせないとな。ベーコンじゃなくて明日持ち込んでもらう豚肉の余りでも放り込んでおくよ。一汁一菜の汁として二、三日は持つだろ。二日目になったらきっと美味いぞ?シャオメイにはちゃんと取っといてやるからな」
「そう……そうネ。アンタは、そう言う人なんだ。環が入れ込む理由がワカタ」
「???な、何で?今の話でか?入れ込むって……環さんはイイ人だから協力してくれてるんだよ。別にそういうんじゃないだろ」
「ハァー……アンタがとんでもないお人好しで、悪意を悪意にしない頭がハッピーな奴だと理解しタ」
「何だよ頭がハッピーって。前向きって言え」
「なんだ、自覚あるノ?」
「ふ、あると言えばある。世の中には色んな人がいて、色んな思いが溢れてるだろ?
それを自分がどう受け取るか、それだけ気をつけていればいい。何かを恨んでもいいことなんか一つもないし、時間の無駄だ」
「…………そうネ、確かにネ」
鍋そこから野菜たちをかき混ぜて、それらを穴あきお玉で掬っていく。具になる野菜はないからなぁ……今日山に行かなきゃダメだな。
冬だからハウス栽培のところには何かあるかな。あっ、ザーサイ畑やってる人がそれこそ居たはずだな、新芽の積取りがあるならそれを狙っていくか。
野菜の摘果があれば良いんだがな、アレは本当に美味いんだ。山菜は何か生えてると良いけど、春や夏よりは少ないしクセの強いものばっかりだろう。
キノコを探すか。しばらく歩いて何もなければ産直で買おう。……よし。
「スープは後は寝かせるだけだ。シャオメイ、俺山に行ってくるけどどうする?」
「……え?どうするって?」
「一緒に行くか?やる事なくて暇なんだろ」
「乙女に暇とか言うナ!もしかしたら街を歩けばナンパされるかもしれないし、突然恋に落ちるカモ知れないシ!」
「そう言うの危ねぇだろ、やめとけ。獄卒さんに取り入って悪さする輩がいるって聞いた。
シャオメイは女の子なんだから、軽薄に声をかけてくる奴には気をつけろ。男はオオカミだぞ?」
「……ふん。ふん!べ、別にそんな奴らに絆されるシャオメイじゃないケド!まぁ、仕入れについては今後も計算しなきゃだし、仕方なくついてってやってもイイ!」
「ハイハイ、じゃあ軍師殿にウチの山をご案内しよう。帰りにソフトクリーム食べてこようぜ」
「ソフトクリーム!!」
「ピーナツソフトが有名だぞ」
「アッ!それ食べたい!」
「おっけー、じゃあ準備してくるな」
「うん!」
浮かない顔色だったが、ソフトクリームの話で輝くような笑顔を浮かべたシャオメイに手を振って、俺はお出かけの支度を始める事にした。




