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4シャオメイの中華飯


「はよーっす」

「おぉ?〈なかよし食堂〉の二代目さんのお出ましか!」


「いや、まだ店の名前決めてねーし……もうそのままでいいか。

 じいちゃんが掛売りの金払ってないのが判明して、支援金が出るまでジリ貧でさぁ。なんか安いのあるか?」

 

「ほぉ、そりゃ大変だな。取り立てられてないなら、ごまかしゃ良いのに真面目だな?」

「商売するならそれは御法度だろ。まぁ、それを教えたじいちゃんが支払い忘れてたんだけど」

 

「はっは、仕方ねーな。(たすく)が来るまでは会計間違えて、妙な輩に利用されてた事もあったし。お前が継いでくれてほっとしてるだろーさ」

 

「まぁな、本当に呑気な人だった」

「はは、これからもよろしくな。ちっと待ってろ」


  


 笑顔で会話を交わすこの店の店主は、もう顔馴染みだと思う。俺が自分の飯を作るのにもお世話になっている優しい八百屋さんだ。

 お財布の中身が寂しい俺の厚かましい申し出に嫌な顔ひとつせず、段ボールを漁ってくれる。

 


「うーん、クズ野菜とザーサイくらいしかねぇな」

「あ、ザーサイか、良いな。さっき豆乳が安くて買ったんだ。両方ください」

 

「おう。ザーサイなんかどうすんだ?お前んちは糠床があっただろ?」


 八百屋さんの店主は首を傾げつつ、袋いっぱいにクズ野菜とザーサイの漬物を一袋手渡してくれる。




「俺はそのままじゃなくて、豆腐にして食うんだ。朧豆腐みたいにとろんとしてて、あったかくて美味いぞ。生前の台湾でよく食われてたものだ」

 

「ほぉ、中華か?」

「中華といえば中華か?脂っ気がなくて良いんだよ」


「ふーん?ああ、金はザーサイだけで良いぞ、三百円」

「ありがとう、助かった」

「おう、またなー」



 ホクホクの気分で買い物袋をぶら下げて、一路帰路に着く。俺はお家賃がもったいないから、先日食堂の2階に引っ越したんだ。

 元々大した荷物もないし、獄卒さんたちが手伝ってくれてあっという間に終わったが……なんであんなに熱心に働いてくれたんだ?今思い返してもわからん。


 店の前に辿り着き、ポケットをゴソゴソして鍵を探す。ぬぁー、どこ行ったんだ。ポケットの中なのに何故すぐ見つからんのだ。いつもこれをやっている気がする。

 もだもだしていたら、トントンと肩を叩かれる。誰が来たのかと振り返ると、昨日……いや、日が変わってたし今日だよな?に会ったばかりの環さんが佇んでいた。




「土井さん、こんにちは」

「あれ?環さんこんにちは。どしたの?」

 

「近くの取り立てがあったので。明日から開店なので様子見にまいりました」

「あぁ、金がないから……とりあえずの打開策で環さんの案を採用したよ。コメだけはどうにかできたし、最悪スープと飯は出せそうだ」



 俺は店の入り口に貼った紙切れを指差す。そこには「仕入れの金がありません。主食の材料を持ち込んでくれれば飯は作ります。一食八百円位で」と書いてある。


「しばらくはこの状態だなー。なんか食いに来たの?」

「はい、今日は連れがいます」

「ほ?連れ????」

 

「鍵、開けますね」

 


 鍵が見つからない俺を見かねて環さんが開けてくれた。……どうもすいません。 

 その背後から、ちょこんと小さな女の子が姿を現す。この子も獄卒なんだな。二人とも同じスーツを着ているが、環さんの腰くらいの背丈だ。

 

 


「こんちわアル」

「こんちわ……出身は中華圏か?」

 

「なっ!?なぜワカタ!?こいつ、千里眼持ってるアル!?」

「そんな大層なもん持ってたら、もうちょい金は稼げただろ。とりあえず中入れよ」

「確かにそうネ!」



 その語尾で中華圏じゃなけりゃどこなんだと聞きたいが。腹っぺらしを放っておくのは可哀想だしな。


 さっさとキッチンに入り、手を洗って……ついでにクズ野菜を洗う。

 玉ねぎの皮がたくさんあるな、何を作るか店主はわかっているようだ。

洗い終わった野菜をザルに入れ、俺はでかい寸胴を取り出して水を注ぐ。


 ガス台の上に水道の蛇口を作ったのは大正解だぞ。便利すぎる。




「シケた店アル」

「悪かったな。設備はちっと新しくなったぞ。中身は殆ど空だが」


 環さんの横に並んでカウンターに座った少女……いや、年的には俺よりは上か。獄卒だもんな。


 そういや名前も知らんぞ。



「俺、土井佑(どいたすく)ってんだけど、あんたの名前は?」

「フフン、知ってるアル!借金長者番付ナンバーワンの極悪人でショ!」

 

「ひでーな……そんな番付作るなよ」


雪梅(シューメイ)、口が過ぎますよ」

「環はこいつに肩入れしすぎアル。珍しいこともあったもんでショ」

「……私の担当ですから」


「ほーん、じゃあ小梅(シャオメイ)って呼べばいいか?小が◯◯ちゃんってんだろ?」

「へぇ、呼び方をよく知ってるネ?ちゃん付けはまぁ、許してあげヨウ」

 

「どーもな。しかし、古い名前だよな。昭和より前の生まれか?」

 

「はぁ!本当によく知ってるナ!そうだ、私はこう見えて環よりも年上ヨ!」




 環さんもびっくりしてるが、飯屋をやってると色んな人が来るからな。豆知識も山ほどあるぞ。気をよくしたシャオメイはルンルンしながらビニール袋を取り出し、食材をカウンターに並べ出した。


 俺はそれをチラ見しながら寸胴鍋を火にかけ、中にクズ野菜を突っ込む。塩だけ入れて、あとは弱火でひたすら煮るだけだ。




「環に聞いたよ、あんたの飯が美味いって。ビックリしたネ、環に食事させるとか!」

「そうか、褒めてもらって嬉しいな。環さんも食ってくだろ?」

 

「あ、はい。お願いします」

「はいよ」


 

 カウンターの上にずらりと並んだ食材を受け取り、中身を確認すると……。今日の昼飯は完全に中華確定だな。



「ピータンに豆腐、ネギ、ワカメに卵、桜エビ……なんだこれ?手作り餃子?」

「ソウ!私が作った餃子!冷凍庫に余ってて食べきれないから持ってきタ」


「在庫処分かっての。食べたいものが透けて見えてるし。お望み通りピータン豆腐にしてやる。餃子は焼くぞ」

「イイよ!日本人焼き餃子好きね!私も好きだけド!」


「珍しいな、茹でるのが好きだろ?お前さんの国は」

「焼き餃子も好きヨ、日本の変態食文化も好き!!」


「変態なのは否定できねーな。さっきザーサイと豆乳買ってさ、鹹豆漿(シェントゥジャン)にしようと思ってたんだ。でも、豆腐がかぶるな」


「シェン……なんですか、それは」


 


 環さんはカウンターから身を乗り出して、材料を眺めている。中華としてはややマニアックではあるか?珍しいのかも知れん。


「おぼろ豆腐みたいなやつヨ。朝ごはんによく食べル」

「初めて聞きました」

「じゃあ食べればヨイ!そんな感じでよろしく!」


「へいへーい」




 二人の獄卒からキラキラした眼差しを受け取り、俺は服の袖を捲り上げる。

量が多いから俺もご相伴にあずかれそうだ。気合い入れてつくるぞっ! 


━━━━━━


 今日のメニューは焼き餃子、わかめと卵のスープ、ピータン豆腐に鹹豆漿(シェンドゥジャン)だな。


 まずは桜エビをフライパンに入れて、弱火で炒るところから始めた。まな板の上でザーサイとネギを細かく切り、片手間でフライパンをゆする。

 やかんに水を入れて沸かしておこう。


 やかんの横にもう一つ鍋を追加して、その中に水を注いで火をつける。

鶏ガラ出汁の粉末を入れて、塩胡椒。沸いたらわかめとかき玉を入れればいい。



 桜エビから香ばしい匂いがしてきたところで鶏ガラ出汁スープの中に追加して、残りをみじん切りに。

器を三つ出して、エビとザーサイ、ネギを少々入れる。


 お酢と出汁醤油を注ぎ、準備完了だ。あとはここにあたためた豆乳を注げばお酢が固めてくれる。


 沸き立った鶏ガラ出汁スープにワカメを入れて、水溶き片栗粉を入れる。くるくるかき混ぜて卵を念入りにとき、そこにゆっくり注ぐ。


 ふわふわの黄色がレースのように広がった。仕上げに塩胡椒とごま油を少し足しておこう。


 スープはこれでよし。小鍋を火からおろし、フライパンを代わりにコンロに置いて、火力を上げた。




 冷凍されたシャオメイの餃子は平べったい。皮が厚めだから両面焼くべきだな。カチカチの餃子を入れて油を追加して……温まるのを待つ。


「餃子のタレはどうする?」

「んー、ワタシはお酢だけで良いアル」

「……わ、私も同じでいいです」


「環さん、俺のおすすめで食べない?酢だけだとちと上級者向けだぞ」

「すみません、お願いします」

「おう」


 小皿に醤油、お酢、胡椒と傍に芥子をちょこんとのせた。シャオメイには別でお酢の味を用意してと。

 つけダレをカウンターに置くと、二人がテーブルに下ろしてくれる。



 ぱちぱち油が弾ける音が聞こえて、餃子をひっくり返す。焼き色がついてるのを確認して、フライパンの高さギリギリまで熱湯を注いで蓋をしておく。

 そろそろ豆乳が湧く頃かな。ふつふつとしてきた様子を眺め、豆乳を先ほど用意しておいた器に注ぐ。上から胡麻を散らしてカウンターに置いた。



「これがシェンなんとかですか」

鹹豆漿(シェンドゥジャン)ヨ、環。少し待てば固まるからネ」

「どうやってこの豆乳が豆腐に?魔法のようですね」

「ンフッ!面白い反応アル」



 

 二人の可愛い会話に微笑みつつ、豆乳の鍋を洗って水を拭き、ごま油を入れて熱する。

長い皿の上に豆腐を切って並べ、塩胡椒。ピータンの殻を剥くと真っ黒な姿が現れた。


「なっ……卵なのに黒いです」

「ピータンは黒いアル。中は緑ヨ」

「恐ろしい色味ですね」


「色は怖いけどなかなかこれがクセになる味でな。匂いが苦手な人もいるけど、上から匂い消しをかけるから試してみるといい」

 

「……臭いんですか?」

「く、臭くないでショ!?ちょっと排泄物っぽいとか言われるけど!」


「……………………」

「そんな顔しないで!美味しいカラ!」


 


 うーん、食べてみれば意外にいけるとは思うが……大丈夫かな。ちっと少なめにしとくか。


 ピータンをくし切りにし始めると、環さんの顔が曇っていく。ねちょっとした黄身いや、色味は緑だが。をみて、『うわぁ』と声に出た。


 まぁな……不思議な食い物だよ、これは。

 アヒルや鶏卵を使い、生卵の殻に石灰や木炭を混ぜた粘土を塗りつけて強アルカリ性で熟成させるんだ。

 

 中国はすげーよなぁ、日本の変態こだわり具合といい勝負で食文化は豊かだ。

最初は灰の中に卵を二ヶ月置き忘れてできたらしいけど、日本でいう納豆みたいな発祥だな。


 ピータンを豆腐の上に並べ、刻んだネギをたっぷり乗せて……熱して煙を出し始めたごま油をその上からかける。

 ジュワッと派手な音がして、ネギと胡麻の香ばしい香りが広がった。




「斬新な作り方ですね」

「フツーでショ。よくあるやり方ヨ」

「熱した油で香りが立つからな、簡単だし火傷に気をつければいいだけだ」

 

「ほう……」


 出来上がったピータン豆腐をカウンターに置き、塩胡椒を振る。さて、卵スープを温め直そう。


 卵スープを火に掛け直し、餃子を焼いているフライパンの蓋を開ける。もわっと湯気が立ち上がり、シーフードの匂いがする。中はエビかな。


 残った水分を捨てて、ごま油を追加し火力をさらに上げた。


 いい皮だな……もちもちしてそうだ。

 ひっくり返すと綺麗な狐色が見える。食欲をそそる色になったぞー。



 スープをお椀に注ぎ、白米を山盛りで盛り付ける。次々に並べて行くと二人は手際良くテーブルに下ろしてくれる。

 

 よし、餃子が焼けたぞ!


フライ返しで大皿に盛りると、カリカリに焼き目がついた餃子はぷるんと皮を震わせる。スゲーうまそう……。



 

「はい、出来たぞ。先に食ってろ」

 

「え……土井さんは?」

「そうヨ!せっかくだしみんなで食べないと!早く!早く!」


「シャオメイ……見た目によらず可愛い性格してんな?」

「チョット!?一言余分アルヨ!?」

 

「あはは、じゃあ片付けは後にするか」




 

 野菜くずの入った寸胴をかき混ぜてからキッチンを出る。

 環さんの隣に座り……手を合わせた。


「んじゃ、いただきまーす」

「「いただきます」」


「腹一杯召し上がれ」



 お決まりの文句を聞いて、環さんは満足げに頷く。その様子を見て『なるほど』と頷くシャオメイ。

 

 何に納得したか知らんが、早速いただくとしよう。


  


 


 

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