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3環のお手軽朝ごはん


「い、いただきます」


 手を合わせてペコリと頭を下げ、割り箸を持った環さんはじーっとトレーの上の食事を見ている。

 俺はホールに設置されたテレビをつけ、新聞を手にしてカウンターのはじに座った。




 この人は、ベテランの獄卒らしい。何年この地獄にいるのかは知らんが。獄卒は、特別酷い死に方をした人しかなれないと聞いた。存在としては鬼に分類される。

 

 それこそ生きてきた中で大なり小なり罪を犯して生きてきて、俺と同じように借金を背負わされる筈が……罰を帳消しにするような犯罪・事態に巻き込まれて、亡くなった人だけがなれる仕事だ。

 いつ成仏するとかその辺の決まりは口外しないらしいから、メリットもデメリットもよくわからんままだ。



 環さんは食事を摂らないらしいが、獄卒でウチの飯を食ってる奴は沢山いた。食べたいと思えば食べられるらしく、獄卒の少ない楽しみ……趣味の一つらしい。食欲は人間の三大欲求のうちの一つだからな。



 

 人として死ねなかったから、人らしくありたいと願い……食事を口にする。そんな獄卒がいるんだ。

 環さんは、それをわざわざ避けている。そうしなきゃならない何かがあったんだろう。


 サクサク、とハンバーグを箸で切って卵の黄身につけ、トロトロになったそれを口に入れる彼女は……少なくとも俺には幸せそうに見える。まぁ、若干わかりづらいが。

 あちこち手をつけ、むしゃむしゃ白米を消費していくのが見えて、俺も胸の中があたたかくなった。


 人が飯を食うのを見るのはとてもいい。俺が作った飯を食べて、幸せそうにしてくれたら嬉しいんだ。


 しばらく彼女の食事する音を聞いて、勝手ににやけてしまう。ちゃんと食ってくれてるし、やっぱいい人だな。




「あの」

「お?やっぱ完食は無理か」

「……いえ」

「………アレ?」



 新聞をたたんで声をかけてきた環さんに目線をやると、耳が赤くなってる。

トレーの上に置かれた器は……空っぽだ。




「すみません。食べ始めたら、止まらなくなってしまいまして」

「ほほぉ……腹が減ってたんじゃない?」

 

「わかりません。記憶が定かではなく、久しぶりに胃に有機物を入れたため、脳がエラーを起こしているようです」


「………………おん、エラーか……」



 ぽくぽくぽくぽく……ちーん、と効果音がした気がする。えーと、えーと。どうしたらいいかわからん。とりあえず他のお客さんと同じようにしておこう。


「おかわりするか?」

「…………」

「漬物と味噌汁、飯ならすぐに出せる」

「ハイ、お願い……します」




 俺はニヤけながら席を立ち、環さんからトレーを受け取る。ほっぺについた白米の粒を摘んで取ってやって、自分の口に放り込んだ。


「なっ!?な……」

「んぁ?どした?」

「何でもありません!」



 おお、ついに顔が真っ赤になったぞ。初めて見たな。涼しげな顔だちはやや険しい様相だが……なんか可愛く見えてきた。拗ねてる子供みたいじゃないか。


 にやけつつ漬物を麺つゆから取りだし、上に七味唐辛子を振りかける。みそ汁をよそい、ご飯を山盛りに盛り付けた。


「はいよ、お代わりどうぞ」

「ありがとうございます」

 

「漬物はもうないけど、足りなかったらお茶漬けにできる。古い茶葉があってな、ほうじ茶にするから食べれるなら言ってくれ」


「……はい」



 

 人が食事する音って、なんか落ち着くよな。俺は飯をたくさん食べる方で、燃費が悪いから上品な飯屋では腹一杯にならない。

 ここに来たのも、へこんだ俺を見てじいちゃんが飯を恵んでくれたからだ。


 店の中に入って、みんなが静かに食事をしている音を聞き……飯をもらって腹一杯になった時、涙が出た。


  

 俺は死んでしまったんだな、もう二度と現世には戻れないんだなって。

それでも、またこうやって飯を食って……地獄で暮らしていくんだって、初めて全てを受け止められた気がした。


 腹の具合はメンタルに直結する。借金額のことだけで思考が固まって気が狂いそうな俺を救ったのは、間違いなくここでもらった飯だった。


 俺も、そんなふうに出来たらいいなと思う。仕方なく継いだとしても……どうせやるなら前向きに行きたいし。


 


「あの」

「ん、お茶漬け食うか?待ってろ」

 

「はい、ありがとうございます」



 コンロに火をつけて、水の入ったやかんを置く。フライパンに古い茶葉を入れてそれを広げた。

 コンロの火を弱火にして環さんから空の茶碗を受け取り、飯をよそって鰹節をかけ、ほんの少し醤油を垂らした。


 

「環さん、結構な量食ってるけど大丈夫か?腹壊すなよ?」

「問題ありません。脳はエラーではなくキレが良くなっています。普段手先が冷たいのですが、あたたまりました」


「あぁ、糖分……カロリーは体に必要なもんだぞ。体の中の熱を作ってくれるんだから寒い日は尚のこと必要だな。

 満腹だとメンタルも安定するらしい。空腹はあまり良いものじゃないと思う」


「……仰る通りですね」


 


 茶葉を炒った香ばしい香りが広がり、テレビから聞こえる音と、やかんから湯が沸いたコトコトという音だけが聞こえる。

 カウンターに頬杖をついた環さんは、目を閉じてその音を聞き入っている。


 火が入って茶色く色を変えた茶葉を急須に入れ、湯を注ぐ。水を吸った葉っぱたちがぷくぷくと泡を浮かばせる。

 白飯の上で踊る鰹節にほうじ茶を回しかけ、残りを湯呑みに注いだ。



「はいよ、お待たせ」

「すみません、お手間をかけました」

「いえいえ」


 環さんにお茶漬けを差し出すと、瞼がぱちぱちと瞬く。煎りたてのお茶はいい匂いするよなー。

 茶碗を手にした彼女はそっとお茶漬けを口にした。カウンターに湯のみを置くと、ペコリと頭を下げられる。


 自分の湯呑みにもお茶を注いで、ふうふうと息をかけて啜る。

うん、良い感じだな。しばらくはこれを出そう。新しい緑茶は古い茶葉がなくなってから買い足せば良い。


 ぼーっとしながら洗い物を始め、しばらくすると鼻をすする音が聞こえた。

 …………環さんが、泣いてるだと!?




「ティッシュ、そこにあるぞ」

「はい」

「おかわり、いるか?」

「いえ……満腹です。ごちそうさまでした」

「おう」



 涙を拭う彼女から目を逸らし、洗い物を終えて……もう一度茶を啜る。

少しぬるくなったお湯を急須に入れて、環さんの湯呑みに注いだ。


 

 

「私が……地獄に来てからご飯をいただいたのは、これが初めてです」

 

「ほぉ?そりゃさぞかし腹減ってただろう」

 

「そのようです。お腹が満ちたら……心が満たされた気がします」

 

「そりゃ良かったよ、不味くはなかったか?」



 

 顔を上げて、まっすぐに見つめてくる環さんは僅かに口端をあげて笑っているように見えた。笑顔も初めて見たな、可愛いじゃん。


「とてもおいしかったです。このお店で、あなたが店主としてやっていけるように私が心を込めてサポートします。客としても来ますから」

 

「お、ありがたいね。よろしくお願いします」


 

 またほっぺに米粒ついてるな。箸の持ち方のへたっぴだし、この人のキャラに合わない食べ方だった。

 生前、本当に何かあったんだろう。普段無表情な彼女は顔色が良くなり、いつもの厳しい雰囲気が消えて……柔らかな表情になった気がする。


 頰の米粒を取って口に放り込み、またもや赤くなる彼女を見て……俺も覚悟が決まった。




「改装はしなくて良いだろ、和風な飯がメインになるだろうし。この寂れた雰囲気が好きなんだ、俺」

 

「はい、私もです」

 

「ん。あー、でも冷蔵庫とか……でかいものは変えたい。端っこが冷えないんだあれ」

「かしこまりました。他には?」




 真剣な顔をした環さんと二人、夕暮れの光が差し込む店の中。ありがたい支援金の申請用紙をあっという間に仕上げた彼女は、夜になる頃には去っていった。


━━━━━━


「あれ?環さん、どした?こんな夜中に」

「……土井さんこそ」



 店の中で鍋を磨いていたら、ドアの鍵が開く。環さんには合鍵渡したんだ、自由に出入りしてくれって。随分早い再会になったが。



「……もしかしたら、いらっしゃるかと思って来ました」

「へ?そうなの?あ、ちょうどイイ!白飯10合の消費、手伝ってくれ。おかずはゼロですが」

 

「買ってきました。初めてスーパーに参りましたので、しかるべき所作振る舞いを教わりました」

「スーパーの、所作振る舞い」


「はい。サービスカウンターにいらしたご婦人から丁寧に教えていただきました。二回目はきっと一人で買えます」

「そ、そうか……よかったな。おばちゃんが最後まで付き合ってくれたんだな」



 

 こくりと頷いた環さん……彼女が持った袋はパンパンになってる。何をそんなに買ったんだ?

 重そうなそれを受け取り、カウンターの上に乗せた。


 

「随分買ったな」

 

「ええ、あなたに食事代を断られたので、物で返そうと思いました」

 

「マジか……ありがとうございます。どれどれー?」



 袋を開き、中から食べ物を取り出す。

 ……だいこん、メルシンハンバーグ、卵、きゅうりににんじんに……味噌、ツナ缶、煮干し????環さんに出したご飯の材料がそのまま返ってきたぞ。しかも、量が多い。


 

「このハンバーグは、私が小さな頃に食べた物です。お腹が空いて、冷蔵庫で見つけて、それを齧った記憶がありました」

「そうか……」

 

「焼くとあんなに美味しいんですね。焼かなくても食べられましたが、あの食べ方はとても斬新で……私は頭の中に雷が落ちました。卵の黄身のとろとろと、醤油と、メルシンハンバーグは今後伝説として私の中に名を残します」

 

「そんなにか」


「はい。お味噌汁も干からびた魚を入れてどうするんだと思っていましたが、あれはお出汁になるそうですね?大根の甘みとほこほこした食感が心地よく、葉のわずかな苦味とシャキシャキした感じが素晴らしかったです」


「なんだかすごい食レポだが、普通の飯だぞ?どっちかというと、ちょっと手抜きだ」

 

「いいえ、私にとっては……とてもとても素晴らしい食事でした。誰かが傍にいるのも、悪くないと思います。今度は、その……一緒に食べれば更に良いのではないかと思い、たくさん買いました」




 環さんは椅子に腰を下ろし『ふぅ』とため息を落とす。現時刻は2:00……同じメニューを食べたいということでイイのだろうか。


「お疲れのところ申し訳ありませんが」

環さんの言葉の途中で『キュルル』と可愛い音が聞こえた。……も、もう我慢ならん。



「ふはっ!あはは!!環さん、可愛すぎる。なんなの、もう。クールビューティーだと思ってたけど、ギャップ萌えじゃんか」

「…………クールビューティー、はよく言われます。別にクールを気取った覚えはありませんが何故でしょうか。改善すべきかも知れません」


「ぷふ……はぁ、笑った。真面目に仕事して、獄卒の仲間でもきっと可愛がられてるだろうし、そのままでいいんだよ」

 

「確かに仲間にはよくしていただいてます。怖い顔をしなければならない場面も多く、凝り固まっているのかも知れません」

「大変な仕事だもんなぁ……よし、じゃあサクッと作ろう。一緒に食べていいか?」


「はい、宜しくお願いします」



 

 とりあえずお茶を入れてカウンターに置き、俺はまた、昼と同じ動作を繰り返す。

 

 今回は、二人分だ。




「土井さん、食べ物を食べると体が温まります。私は長らくそれを忘れていました」

 

「そっか、じゃあこれからはちゃんと飯食って、体をあっためて、心もあっためてやってくれ。食事にはその力もあるはずだよ」


「はい、そうします」



 キリッとした表情のままの環さんは、いつも見ていた姿とは違って見えた。いや、元々この人は優しい人だったな。


 俺はお小遣いで買った小さな羊羹をカウンターに乗せて、お茶のおかわりを注いだ。


 

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