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28 協定違反


「だからワタシのほうが力持ちなんだから荷物持ち任せればいいアル!」

「いやだね!俺だって男の矜持ってもんがあるんだよ。女の子に荷物持たせるダサい男になりたくない」


「別にダサいとは思わないでショ!じゃあ半分持つアル!」

「結構だ。まだ他にも持てるくらいの力はある」

「くっ、なんでそんな頑固ナノ!?」

「ふんっ」



 シャオメイと買い出しに来て『どっちが荷物を持つか』で騒いでいたら、店先に出てきた豆腐屋さんと目が合った。

 そしてニヤリと笑みを浮かべて、おっちゃんはドアに背を預け、俺たちを上から下までじっくりと眺めている。


「お前、嫁さんもらったのか?」

「なっ!?違うわっ!シャオメイは……従業員だよ」

「ほーん?嬢ちゃん、そうなのか?」

「そうヨ!今はね!」


「ほーん……今(・)は(・)、ね?くっくっ。おもしれぇな」

「何が面白いんだっつの。おっちゃん、油揚げと豆腐を頼む」

「あいよ。嬢ちゃんには新商品やるから後で感想くれ」


「新商品?!タダでくれるならなんでも貰うアル。感想くらい朝飯前ヨ」

「ふっ、癖の強い従業員だな。頼むぜ」




 シャオメイにポケットから財布を抜き取ってもらい、支払いを済ませて豆腐屋さんを出る。

 買い物袋を受け取ろうとしたら逃げられた。くそぅ。



「ダメ。ワタシの新商品だからネ」

「ふん。まぁいいか、何もらったんだ?」

 

「豆腐花(トウファ)アルな、コレは。ピーナツを茹でたタレがついてるスイーツヨ」

「ほー?豆乳のスイーツだったっけ?」

「そうよ、ピーナツのこってりした味が最高に合うノ」


「うまそうだな……一口くれよ」

「ヤダ」

「ケチ」




 お互い笑いを浮かべつつ商店街を歩いていると、どこからか視線を感じる。

辺りを見渡してみても、誰も俺を見ていない。

 ……でも、この感触は知ってるものだ。



「どしたノ?」

「いや、誰かが見てるような気がする」

「誰かって?」

 

「多分環さんなんだが、なんで出てこないんだろう?」

「えっ!?視線でわかるノ!?」

 

「あぁ、環さんのならわかるぞ」


「…………そう」



 わずかに顔色を曇らせたシャオメイは「うん」と頷き、俺の腕から荷物を強奪し始めた。

 

「な、何してんだ?」

「環探してあげて。近くにいるんでショ」

「でも……うん。ごめん、頼む」

「ウン」





 力持ちのシャオメイは袋を軽々と掲げ、商店街をのしのし歩いていく。さて……環さんが声をかけてこないってのがどうしても気になるんだ。どこにいるのかな。


 コロッケ屋さんの看板の影、電柱の後ろ、小道の先……探してみても見つからない。うーん……こんなこと初めてだな。

 じゃあ、こうしよう。




 商店街の出口方向からぐるりと逆を向き、さっきの豆腐屋さんを過ぎて奥に歩いていく。

 思ったとおり、視線が途切れることなく追尾してくる。アーケードの出口にあるコーヒー屋さんで暖かいカフェオレを二つ買って、この先にある公園に向かって行く。




「環さん、いるんだろ?カフェオレ買ったよ。そろそろ出てきてくれんか?」


 背中に向かって話しかけても、彼女は姿を現さない。

もしかして怒ってんのかな?俺なんかしたっけ……?首を傾げつつ公園の奥に進むと、周辺の木々がなくなっていく。

 

 視線が遠くなり、足音が止んだ。




「環さん、何かあったのか?言いづらいなら何も言わなくていいから、冷めないうちにコレ、飲んでくれんか?」

「…………」

 

「環さん」


「はい……」




 最後の砦だった低木の木陰からようやく姿を現した環さんは、俯いたままゆるゆると近寄ってくる。

 怒ってる感じじゃなくて、なんだか落ち込んでるみたいだ。


 少し離れた場所に立ち尽くした彼女に近づき、手をとって暖かいカフェオレのカップを握らせる。

 そのまま背中に手を回して、眺望のいい崖っぷちまで連れていく。


 夕陽に照らされる顔はなんだか泣きそうだ。ベンチに座らせて、二人で飲み物を口にして……ただ沈みゆく太陽を眺めた。




「何も、聞かないんですか?」

「話したくなったら話せばいい。俺は自分勝手に環さんがなんだか落ち込んでるのが気になってるだけだから」

 

「…………」


 ふるり、と肩を震わせた様子を見て自分の上着を脱いで、肩にかける。

 こんな様子も初めて見るけど、放って置けない。

 

綺麗で柔らかい髪の毛にたくさんついた木の葉を取ってやると、目線が上がってようやく目が合った。


 これは、俺から聞いて欲しい感じかな。



 

「……どしたんだ?怪我したのか?具合が悪い?」

「なんでも、ありません。怪我してませんし、具合も悪くありません」


「ほんならいいよ。今日も晩飯食べに来るだろ?今日は何がいい?環さんの好きなもん作ってやる」

「…………」

 

「ご飯がキツイなら、甘いものでもいいぞ。ホットケーキとか、クッキーくらいなら作れる」


「メルシンハンバーグと、目玉焼きがいいです」

「わかった。俺んちで、最初に食べたご飯がいいんだな?」

 

「はい」




 眼下にある町はやがて灯りを灯す。以前二人で見た朝とは違う景色を見せている。

 オレンジ色に染まった空は、だんだんと黒や紫、青をつれてくる。

しばらく黙ったままでいると環さんはコップを置いて、口を開きそして閉じるのを繰り返した。




「わ、たしは焦っています」

「うん?そうなのか?」

「はい。とても、とても焦っていて、どうしたらいいのか、どうしたいのか、わからなくなってしまいました」


「ふーむ……そうだなぁ。自分の気持ちがわからなくなった時は、その原因と話ができるといいんだが」

 

「……」


「無理なら、仮に解決できそうな……たとえば慰めになるような事をしたらいいんじゃないか?

 寂しいなら手を繋げばいいし、悲しいなら泣いてもいい。そばにいるのが俺で申し訳ないけど、そのくらいならいつでも出来るぞ?」


「迷惑じゃありませんか」

「何でだ?環さんなら構わないよ」




 大して深く考えずに答えてしまったが、コレってセクハラにならんかな。後でシャオメイに怒られるかもしれん。

 環さんは滅多にこんな顔したりしない。何故かはわからないけど、俺は何とかしてやりたいと言う気持ちが抑えきれなかった。


 シャオメイに荷物を押しつけてまでここに居る自分に……正直理由がつけられない。


 ただ、そうしたいと思っただけなんだ。




 顎を摘んで思い悩んだ環さんは、お尻をずらして体をぴったりくっつけてくる。夕陽を眺めながらため息をつき、わずかに口端を上げた。


「どうして私が見てるとわかったんですか?」

「うーん?わかんない。なんとなくだ」

 

「私以外の人もわかるのですか?」

「どうだろうな?注目を浴びることは結構あったけど、確信が持てたのは環さんのだけだよ」


「…………」

 

「もしかして、シャオメイと仲良くしてたから寂しかったのか?」

「はい」

「そっか。じゃあ……手、繋ぐか?」

「は、い」




 思っていたよりも随分小さな手を握り、自分の膝の上に乗せる。女の子にこんなこと初めてしたなぁ。

 

 想像もしなかったが、自分の心の中にふわふわと暖かいものが浮かんでくる。

くすぐったいような気がして、俺までにやけてしまった。


 環さんの冷たい手が俺の体温で温まるのが堪らなくいい。この感覚は、他の人とは違う気がするんだ。


 


「……わ、私は協定違反をしています」

「んぁ?またそれか。シャオメイとのやつだよな?」

 

「そうです」

「内容は教えてくれないんだろ?」

 

「ダメですね。シャオメイも巻き添えになりますから」


「そりゃ良くないな。じゃあ今してるのは、秘密にすりゃいい」

「…………」

 

「俺と、環さんだけの秘密だ」




 黙りこくった彼女はぽすっと頭を俺の肩に乗せて、瞼を閉じる。

環さんには無理だろうなぁ、と思うけど。この人は嘘がつける人じゃないから。


 紅の色に染まる夕陽に照らされる横顔が、とても綺麗だと思う。

 風に揺らされる彼女の前髪越しにじっと見つめて、気が済むまでこうしてやりたい……と、そう思った。


 

 

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