21世話焼き料理人
「こら!まずは野菜からだって!いきなり肉に行くんじゃないの!」
「しかし……牛乳をキチンと飲んだじゃろ?胃は守られておる」
「ダメ!血糖値が急上昇するから野菜から食べるんだ。それから、朝に濃いお茶飲んでただろ。あれだけ何か腹に入れてから飲みなさいって言ったのに。
食後ならお茶も飲んでいいし、後半に肉を持ってくるなら構わない」
「むぅ……わかった。味噌汁は先でもええのか」
「うん、いいよ。少し薄く感じるかもしれないけど、飲んでいるうちに口の中が慣れて美味しく感じるから。よく噛んで食べてくれ」
「ほほぉ……」
温かいお味噌汁を差し出すと、彼は両手を合わせて「いただきます」とつぶやいた。俺はいつも通り「腹一杯召し上がれ」とは言えない。
「家康さんは腹八分な」
「わかっておる。おぉ、菜花の味噌汁か。春を感じるのう」
「季節の食べ物を口にするのが一番いいんだよ。自分の体に今の季節を知らせる手段の一つだ。
帰りに散歩しながら桜の蕾でも眺めればさらにいいかもな」
「ではそうしよう」
ニコニコしながら朝飯を食う家康さんを横目に、シャオメイと環さんは固まってる。……うん、そうだろうな。昨日まで敬語だったしな。
「土井さん、いつの間にそんな仲良しになったんですか?」
「ホントよね、聞いてた話と違うアル」
「昨日から体調を整えるために家康さんとマンツーマンになったからな。打ち解けたって事だよ」
「「へぇ……」」
「あっ!こら!それ以上醤油かけないの!ちょっと目を離した隙にすぐそうやって足そうとするんだから。
あなたのご飯は全部味付けが済んでます。……何も足すなよ?」
「むむ、仕方ないのう」
家康さんが摘菜のおひたしに醤油を足そうとしていたところを止めて、ため息をつく。
健康オタクが聞いて呆れるぞ。塩分過多、油多め、起き抜けにカフェインたっぷりの濃い緑茶を飲んでるのが日常だったんだから。
いくら自分で調合した漢方薬を飲んでても、これじゃ逆効果だよ。
胃癌になったのも納得のいく所作振る舞いだ。家康さんは見張ってないとすぐこうなるんだから。まったく。
「家康さんも心なしか表情が柔らかくなりましたね。怒られているのに嬉しそうです」
「あぁ……俺が警戒してたから、彼もそうするしかなかったんだろう。反省してる。寂しがり屋の可愛いおじいちゃんだったのにな」
「何で佑が反省するアル?不思議ネ」
「人の心ってのは、鏡と同じなんだよ。嫌いだと思って相対すれば相手に嫌われる。俺は腹の底が見えない彼を自分から遠ざけてたんだ。
だから反省してるの。シャオメイ、おかわりは?」
山盛りのご飯を平らげ、シャオメイは笑顔を浮かべている。朝ごはんは豚しゃぶにしたからな、シャオメイ特製の食べるラー油をたっぷりかけてご満悦のようだ。
「ううん、いい。佑、家康氏の仕事が終わったら重大発表があるからネ!楽しみにしてて!」
「なんだよそれ、今教えてくれないのか?」
「ムフフ」と含み笑いしたシャオメイはジャケットを羽織り、仕事に出掛けていった。なんだよ、もったいぶりやがって。気になるじゃないか。
「環さんは知ってるのか?」
「知っていますが教えませんよ。本日は夕刻早めに上がれるので、あのお庭に行かれるのでしたら……」
「あぁ、行く予定だよ。いくつか試したいレシピがあるから夕飯付き合ってくれるか?」
「かしこまりました。では、私も仕事に言って参ります。ごちそうさまでした」
「いってらっしゃい」
席を立った環さんを見送り、家康さんがニヤリと嗤う。意味深な視線をよこした彼はゆっくりとほうじ茶を啜った。
「何だよ」
「いや、どちらが土井殿の想い人なのかと思ってな」
「は?いやいやいや、そう言うんじゃないから。環さんは俺の担当獄卒で、シャオメイは……お手伝いしてくれる獄卒さんだ」
「ふーん、爺さんにはとても信じられんのう。それとも、お前さんが鈍いだけかな」
「鈍いって何だよ。ほらほら、ご飯を食べ切ったらしばらくゆっくりして。帰るなら散歩に付き合う。そのままお庭に邪魔していいか?」
「うむ。……何だかのう、ワシは……今までにない幸せを感じている。
ワシを思って作ってくれる朝食を食うて、やれ油を取るな、塩を控えろと小言を言われるのが楽しくて仕方ない」
「ふふ、健康オタクには本当に健康になってもらわないとな。うるさく言ってストレスなら少し控えるけど?」
「控えないでほしいのう。ワシはお前さんの小言がすとれす解消になる故」
お互い微笑みを交わし、朝のニュースが流れる店内でゆったりとくつろぐ。朝飯のメニューも固まってきたし、朝から昼までの営業に切り替えるのも問題なさそうだ。
今日は天ぷらの材料をいくつか摘んで持ち帰り、料理してみないとな。
俺は棚の戸を開けて、材料の確認をする事にした。




