表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/35

16 羽柴秀吉膳


「よっし!じゃあやるかー!」

「楽しみですね」

「なんかしょぼい材料ばっかりアルな」


「うっせい。俺は秀吉さんが食べたかっただろうものを作るんだい。豪華な飯なんざ散々食って来ただろうし、俺がイメージしてる彼はそういうのを好まないんだよ」

「フーン?」




 食材を買い終えて、俺はすでに調理中だ。環さんとシャオメイの二人はカウンターの向こうで頬杖をついてキッチンを覗き込んでいる。


 まずは基本の出汁からだな。昆布と鰹の出汁は鍋に使うだけだが、食後のお味噌汁にも使おう。

 あらかじめ用意していた昆布の入った水を鍋に入れて半日ほど置いておいたものを火にかける。昆布は一煮立ちしたら取り出し、鰹節を加えて濾過すると万能出汁の出来上がり。



 まるまる太った立派な大根の皮を剥き、面取りをして十字に切れ目を入れる。ごぼうはスポンジでゴシゴシ洗って薄皮を剥き、そのまま大きめに切って水と塩だけ入れた大鍋にドボンだ。あとはこのまま長く煮るだけ。大根の皮も出汁が出るから、一緒に入れておこう。



「それって下茹でアル?皮も食べるの?」

「いや、皮は取り除くが最後までこのままだ。」

「塩と水で煮て……?それだけ???」

 

「そうだ。日本昔ばなしってので大根鍋を煮る話があってな。畑仕事に行く前に塩と水と大根をぶち込んで、帰ってきたらほくほくに煮えてるものを食べるってやつ。あれは美味いぞ。

 野菜からいい味が出るし、塩のおかげで充分うまい。物足りなければこの前房総でもらった柚子で作った味噌がある」


「なるほど、ふろふき大根のようなものですね。戦国時代は豆味噌を重用していたとか。赤い色をしています」

「うん、彼は昔の尾張(おわり)……今の愛知出身だから赤味噌に馴染み深いだろう。発酵が進んでるから赤くなるんだが、これはメラノイシンって成分だ。血中脂質の酸化を防ぎ、動脈硬化の予防も出来て、お通じも良くなる」


 ふーん、とつぶやいたシャオメイは椅子の上に膝立ちになりじっと鍋を見つめている。二人の分もこれはあるぞ。塩で引き立つ大根の甘みを味わって貰いたい。

 最近では梅干しを更にプラスして腸を綺麗にするのが流行ってるらしいが、確かにすごく()()だろう。

体にいい食べ物で、カロリーも少ないからたくさん食べれるしな。


 


「ねーねー、前から思ってたけど佑はそういうの詳しいよネ?栄養とか、成分とか……何で?」

「あれ、知らんかったか?生前は看護師免許を持ってたんだぜ。栄養士の資格もある」


「……えっ!?」

「それは……でも病院にお勤めされていませんでしたよね?」

 

「環さんも知らんかったのね。仕事してたのは新卒から二、三年だから履歴書には書けない程度だ。

 ……わかるだろ?俺は知識があっても人の死を受け止められなかった。看護師は日々生死に直面する。覚悟もなく働ける仕事じゃないんだ」


「「…………」」

「そんな顔すんなって。今思えば危ない看護師だったと思うぞ。あそこは俺のお人好しを垂れ流ししてしまう場所だ。仕事としてやっていくなら、そんな甘い考えじゃ続かない。患者さんにも、同僚にも申し訳ないから辞めただけだよ」



 まぁ、何がどこで役に立つかはわからん。昔の勉強はこうして役に立っているし、人生いろいろってやつだ。

黙り込んでしまった二人に苦笑いを送った。さて、料理を続けよう。



  

 出汁が湧き立ったな、鍋の中の鰹節と昆布をザルで濾しておこう。 

 金色出汁を小さな土鍋に移し、今度は酒に漬けて臭み取りをしたどじょうを取り出す。塩煮の途中で少し火の通った牛蒡と、短冊切りにしたネギを入れて火をつけた。

 

 この……どじょうってのは現代人には抵抗があるんだよな……見た目がまんま〝どじょう〟だし。小さなヒレと間の抜けた顔が可愛い。そんな目で見るなよ、美味しくしてやるから許してくれ……。


 


 出汁が煮立ったところでどじょうを入れて、豆味噌……八丁味噌を入れる。少しみりんも足しておこう。

 蓋を閉めて、しばし火を通す。どじょうさんが柔らかくなるまで煮ればいい。

 

 さて、次は鰻だ!と言ってもすでに火が通っていて、温めれば食べられるものだがこのまま食べると大変美味しくない。生臭いし、ついてるタレの味が微妙なんだよ。乾燥しないように片栗粉が入ってるんだった気がする。

 とりあえずそれを綺麗に流水で洗い流そう。


 


「鰻を……洗うノ?」

「あぁ、臭みも閉じ込められてるから市販品はこうして洗い流すんだ」

 

「えっ?しかもまた焼くノ??」 

「うん。ひつまぶしにするから、香ばしくするために焼く。開きが関東風なのは仕方ないが、直火焼きが関西風だからそっちに寄せるんだ」


「ふぅん……スーパーの鰻でも美味しく食べれるノ?」

「んまいぞ。きちんと処理すれば臭くないし。タレを綺麗に洗い流したらアルミホイルを敷いて、日本酒をたっぷりかけて焼くと外はカリカリ、中はふわふわだ。

 最初は薬味をたっぷり乗せた蒲焼丼、最後は出汁をかけて食べるとすんばらしいご馳走になる」


「「ごくり……」」

「これは流石にお前さんたちの分はないぞ。鰻は高いんだから」

「匂いだけ嗅いでおくアル」

「そうしましょう」


「二人の給料なら普通に食えるだろ……また今度な」




 鰻をグリルに入れて、中火でじわじわと焼くことにする。干物を焼く要領と同じで焦げる前に取り出せばOKだ。

 さて、どじょう鍋もそろそろかな。


 土なべをカパッと開けると、ほわほわ甘辛い醤油味の匂いが広がる。……しかし、どじょうさんの姿は健在だ。凄く〝どじょうどじょう〟している。




「…………どじょうの主張が凄いです」

「私もちょっと苦手アル」

「俺もだ。小さいからそのまま煮ろって魚屋さんに言われたが、胸が痛い。でもこいつは栄養が豊富でな、ちんまい一匹が鰻一匹と同じ栄養価を持ってるんだぞ」


「こんなに小さいのに……」

「どじょうの脂質は鰻の九分の一量でヘルシーだしミネラル、タンパク質、ビタミンがバランスよく含まれている。さらに鉄分は鰻の十一倍、カルシウムは九倍。魚の中ではトップクラスの栄養価だ」

 

「ダイエットに最適じゃないですか。鉄分まであるのですか?」

「そうなんだよー。売ってる店自体があまりないけど、挑戦する価値はあるぞ。こうやって卵で閉じて仕舞えば姿も隠れて食いやすいし」



 

 鍋の中に泳ぐどじょうさんに溶き卵を被せて、卵とじにする。見た目はこれでどうにかなった。上にネギを乗せて蓋を閉める。

 さーて、ガス釜の炊飯器はちょうど玄米ご飯が炊き上がった頃だ。蓋を開けてかき混ぜておこう。ガス釜は優秀だよな……どんなコメもうまく炊けるぞ。


 あとは鰻の様子だ……おお!カリカリに焼けていい匂いだ。

 秀吉さんたちが来たら熱々のタレをかければ、これも出来上がりだな。薬味は切っておいたものを冷蔵庫から取り出しておく。フライパンに少しだけ出汁を入れ、醤油と砂糖を煮詰めてタレにしよう。



 

 腹が減った環さんとシャオメイにもなんか作ってやるか……。うまそうな鰻の匂いに眉がしょんぼりしている。


 玄米のおにぎりを作ってカウンターに出してやると、二人とも嬉しそうにかぶりつく。とりあえずそれで我慢してくれ。

 


 一煮立ちしたタレは程よく煮詰まり、とろみが出てきた。よしっ!あとは漬物と、味噌汁を作れば出来上がりだ!


 器を並べ出したところで店のドアが叩かれ、少しだけ開いたドアから待ち人が顔を覗かせた。


 



「失礼……そろそろよろしいか?ええ匂いがしてたまりません……」

「おっ!秀吉さんに奥さん!ちょうど料理ができたところだよ。どうぞどうぞ〜」



 煌びやかなゴールドの着物を着た秀吉さんはしっかりおしゃれをしてきたようだ。奥さんもこの前と違って可愛いワンピース姿だな。

 二人を招き入れ、一番奥の席に座ってもらう。いつものほうじ茶を出して、ニコニコ笑顔の二人にお料理を運ぶ。


 熱々のどじょう鍋にはクタッとして煮汁を吸ったネギと牛蒡が卵の脇に添えられている。ノリと三つ葉を上から散らしてちょっと華やかになった。

 玄米ご飯をお櫃に入れて、カリカリに焼いた鰻を細く切ってのせ、被せて醤油と砂糖のタレをかける。好みで使えるように山椒粉の器を忘れずに置いとこう。

 大皿にたっぷりの汁と大根、牛蒡の塩煮を盛り付け、レンゲを添える。これは汁もうまいんだ。 

 

 


「おおぉ……これはどじょう鍋!はっ!大根と牛蒡の煮物に、ひつまぶしですか!あぁ、豆味噌の懐かしい香りがしますな。漬物はお店で出されているものか?」


「うん、そうだよ。あと、うちの常連のおばあちゃんがくれた蜂蜜漬けの梅干し。これは口直しに食ってくれ。

 ひつまぶしの米は玄米だから、よく噛んで食べて。薬味は茗荷、ネギ、のり、わさび、針生姜、山椒をお好みで。最後に出汁茶漬けにするからな」

 

「素晴らしいですな。この味噌は……ゆずの香りがしますぞ?」

「大根は塩煮だけど、物足りなければゆず味噌をつけてくれればいい。手作りだから、塩分控えめだ。冷めないうちにどうぞ」



 テーブルの上に乗せられた煮物、ひつまぶし、どじょう鍋と漬物一つ一つをキラキラした瞳で見つめた秀吉さんは勢いよく両手を合わせた。

 

「では早速いただこう!」

「いただきます」


「腹一杯召し上がれ」




 いつものお決まり文句を言い、俺はキッチンに引っ込む。二人の暖かな食卓を背に、環さんたちのご飯を作ることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ