15地獄での婚姻
「よし、あと買うのは鰹節だけだ」
「了解です。お肉とか……豪華なものは用意しないのですか?」
「ああ、俺が作るのは秀吉さんを思う飯だからな。それに、得意料理はフツーの食事だよ。背伸びして失敗するのはよくない」
「確かにそうですね。彼もわかっていて依頼されたのでしょうし」
秀吉さんとの約束の日を迎えた。お店はいつも通りに営業して夕飯の買い物に来たところだ。
お仕事が早めに終わったという環さんとばったり鉢合わせして商店街をめぐり、食材をもうすぐ買い終えるところだ。
ビニール袋の中には大根、ゴボウ、豆味噌、どじょうにネギ、玄米、安いウナギが入っている。一番高いのはウナギだが、スーパーで買える奴だ。
羽柴秀吉っていうと派手好きな人のイメージがあるよな。でも、俺はそっちじゃなくて彼の人となりに対しての料理を作る事にした。
現代人の思う羽柴秀吉ってのがテーマだとすると、彼が欲しいのは「ワシのことをどう思ってんだ?」という問いかけの答えが欲しいのだと思う。
俺が一週間かけて調べた情報で作るわけだから、現代人代表としてはだいぶ偏った解釈かもしれんけど。
それにしてもさぁ、彼は地獄で結婚したんだよな。今、どんな気分なんだろう。
俺はまともに恋愛すら経験してこなかったし、好きな人もいなかった。あの日彼女が秀吉さんに出会ったとして、すぐに結婚するほどの気持ちになるって……どういう過程を踏んだのだろうか。
想像できないのは経験がないからだと思うが、この辺りも少し情報が欲しいんだ。環さんに聞いてみよう。
「なあ、環さんって生前恋人とかいた?」
「いいえ」
「好きな人は?」
「いません……でした」
「ふーんむ、そっかあ。恋愛するってどんななんだろうな。秀吉さんは地獄で結婚したけど……俺たちが死んでいる以上子供とかそういうものは望めないだろ?どんな気持ちでそうすることにしたんだろう」
環さんの顔を眺めると、ちょこっと戸惑っているような感じがする。
あれ、もしかしてこれってセンシティブな質問ってやつか?あー……俺はやっぱ無神経なヤツなんだ。やっちまった。
会社で女の子にそう言われたことがあったんだよな。仲良しだったから男友達の様に接していたけど、それがよくなかったんだと今更思い出した。
「女性に変なこと聞いちまった。忘れてくれ」
「別に気にしなくていいですよ、私はあなたの担当なのですから。
今現在身の回りに恋愛をする人はいます。地獄で恋をするというのは……将来はありませんし、合理的ではありません。ですが、二人の支えになっていると感じます」
「へえぇ……。じゃあ、聞いても良いか?例えばどんな時にそう思う?」
「手を握りあったり、頬を擦り寄せたり、抱きしめ合うというのはとてもあたたかそうに見えました」
「あたたかい……へえ……」
「あたたかいというのは、体だけではなく心もです。辛いことがあったり、悲しいことがあった時に寄りかかれる場所が好きな人なのでしょう」
「なんか深いな、心のふれあいってことか」
「それだけではなく、相手が心の中にいれば自分を鼓舞してくれます。例えその人から同じ気持ちをもらえなくても、元気になれますよ」
「すごいなそれは。エネルギー源になるってことか?片思いでもそうなの?」
「はい」
環さんの言葉は経験がある様に聞こえる。もしかしたら、好きな人がいるのかもしれん。さっき『好きな人はいませんでした』って言ってたし。
環さんも経験者なのかぁ……そうかぁ。
「こほん。ええと、それからご推察の通り地獄で結婚したとしても子供はできません。結婚したことで互いの魂に縁ができても、生まれ変わってまた出会えるかはわかりません。
私たちのように獄卒であれば、望んだ人の傍に生まれ変わることはできますが、彼は獄卒ではありませんから」
「秀吉さんは病死だったな。あの時代の人で獄卒やってる人はいるのか?」
「いえ、戦国時代の方は私の記憶上いらっしゃらないと思います。大体が病死、戦死、自殺ですから」
「あー……そうだな、当時の医療も今とは違うし。慢性的な栄養不足で健康を害して亡くなった人も多い。糖尿病、高血圧、脚気、痔で亡くなった人もいるって聞いた。あとは自殺……切腹か」
「はい、数で言えば切腹が多い気がします。強制されたとしても、自分の手で死んだ者は獄卒になりません」
「切腹も結構悲惨なもんだろうけど……怖いなあと思ったのは柴田勝家さんだ。あの人腹切したあと内臓を掻き出したっていうじゃん。想像したくない」
「それは痛いでしょうね、似たような経験をした獄卒が同僚にいますが。詳しく聞きたいですか?」
「遠慮します!!そういうのは知らんままでいいよ。恋愛云々は憧れてたけど、そういうのは怖いからいい」
肩をすくめると、環さんはほのかに笑う。一般人としては遠慮したい話だろ。魚は捌くのとは別の問題だ。
「土井さんは、意外なところで手を引っ込めるんですよね」
「悪かったよ、変なところに手を突っ込む人で」
「ふふ……。私もたまには突っ込んでみましょうか。生前で恋愛の経験はなかったのですか?」
「ない。俺ってちょっと変な人だろ?男性として誰かを好きになるっていうのが理解できるほど大人じゃなかったんだ。『一人のために生きる』ってのをできないまま死んじまった」
「一人のために……そうですね、あなたは誰に対しても優しい気持ちを持つのですから。子供というよりもご年配の方のように達観されているのでは?」
「え、なんだか微妙な気持ちになるんだけど。でも、うーん。女性に『鈍い』『残酷』といわれることは多かったから、優しくはないんじゃないか?」
「それはどんな女性にですか?」
環さんのツッコミが厳しいぞ。うんうん唸りながら思い出したのは、近所に住んでたお姉さん。それから、会社に勤めて仲良くなった同僚。ちゃんと考えたら学生時代に散々言われているんだが。
ちょっとトラウマだな。俺、嫌なやつだって環さんに言われたら泣いちゃうぞ。
「早く教えてください」
「ぐぬ……仲が良かった女性にズバッと言われたんだ。『そんな風にされるとキツい』とか、『好きな人がいるのか、なんて残酷な質問だね』とか」
「なるほど、察しました」
「えっ……それでわかるのか?どういう意味なんだ、俺は何かしちまってるのか?」
「今の私にはわかります。シャオメイ、秀吉さんや奥様にもわかることです。
あなたが気に病むことではありません」
「そうなのか?俺だけわからんって事か?でも、皆んな悲しい顔をしてた。……俺はそんな思いをさせたくないんだけど、どうしたらいいんだ」
「…………」
鼻をぐすぐる鰹節の匂いにハッとして顔を上げると、環さんはただ静かに微笑みを湛えている。あんまりまっすぐに見つめられて、何を言っていいのか分からなくなってしまった。
「あなたはきっと、想像もしていないのでしょう。そう言った質問をされた女の子達が、どんな気持ちでいたのか。
目の前に好きな人がいて『誰か好きな人がいるのか』と聞かれたら、どんな風に思うのか」
「へ?え?」
「土井さんは何も気にしなくていいんです。いつかご自身で分かりますから。
おしゃべりはここまでです。鰹節を買いましょう」
「はい……」
釈然としないままにっこり笑った環さんに手を引かれ、俺は足を踏み出す。
前を見たままの彼女の顔は、びっくりするほど綺麗だと思った。




