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13 強盗と偉人


 食い逃げ強盗事件から一週間経ち、お店の調子も落ち着いてきた今日この頃。

シャオメイの成仏事件をきっかけに来店した獄卒さん達は、なんだかんだ毎日来てくれるようになった。

 

 常連さんが増えたおかげで前よりもランチタイムは繁盛している。環さんのお知り合いである警察と繋がりのある人たちが頻繁に来てくれるから、その後はゴタゴタが一切ない。詳しくは教えてもらえないけど、獄卒さんはいろんな部署があるらしいな。



 

 ようやく毎日のルーティンに体が馴染んだある日の昼下がり、暖簾を下ろした後、俺は久しぶりにカップ麺を食べようとお湯を沸かした。

 

 個人的には醤油味が一番好きで、生前はよく食べていた。俺が好きなメーカーも最近地獄で発売されて、一ダース買ってきたんだ。

……環さんには秘密だ。おやつを買うお小遣いを貯めて買ったから、多分怒られはしないだろうが。ジャンクフードを食べるのはあまりいい顔しないからな。


 ヤカンがカタカタ蓋を鳴らして湯が沸き、カップの規定線まで注ぐ。器の腹を少し押すとお湯が減って、もう一度そのラインまで注ぎ足した。

 なぜかはわからんけど、こうすると入れるべき湯が増える。俺はこうしてラーメンを作るのが決まりだからそうしてるけど、どっちが正しい量なのかはわからない。

 

 みんな、こう言うカップラーメンだけのこだわりってあるよな。



  

 学生時代の友人はお湯を入れてからすぐに蓋を全部剥いでいたが、ちゃんと柔らかくなるらしい。

 俺もその謎豆知識を試してみたいと思いつつ、なんとなく出来ないでいる。だって、カップ麺のパフォーマンスを落とすわけにはいかないだろ?俺の趣味で使えるお小遣いは有限だからな。


 白と赤と金色の装飾は本当に懐かしい気持ちにさせてくれる。青春はこいつと共にあったと言っても過言ではない。

カップの中身は博物館で見たが、よく思いつくよなあという知識の宝庫だったぞ。外側の柔らかい材質ってすごくないか?熱湯を注いでも熱くならないし、食べ終わるまで熱々だし。地獄でも食えるのは本当に嬉しい。


「よし、2分30秒!いただきます!」


 


 沸かしたてのお湯を入れるなら、3分では柔らかい気がする。硬めのご飯と硬めの麺が好きな俺は、ちょこっと早めに開けるんだ。

 

 ホワホワ立ち上がる白い湯気、スパイシーな香り、お醤油の香ばしさが鼻をくすぐる。

 しっかりほぐして謎肉とねぎと共にワシっと麺を箸で掴み、思いっきり啜る。ガツンとした味に箸が止まらなくなってしまった。


「ズルズル……ズルル……うんまっ」




 このラーメンは何を足さなくても美味しい……完璧だ。これこそ簡易食の最高峰!!どう食べても褒め言葉しか出てこない。流石に塩分が多いとわかっているが、腹ペコで食べたらもうどうにもならん。

 これだけじゃちょっと物足りないから、麺がなくなった後に冷飯を突っ込んでスープを染み込ませる。燃費の悪い俺はこうしなければ腹一杯にはならない。


 合間にキンキンに冷やした水を飲み、しょっぱさを逃す。本当はシュワシュワ炭酸飲料が飲みたいけど、カップ麺と大して値段が変わらんからな。




 ご飯に汁が染み込むのを待つ間、テレビから聞き慣れた声が聞こえた。どこかの商店街で街頭インタビューをしているようだ。テロップには〝街角バレンタイン事情調査〟と書いてある。そういえば今日、バレンタインだったな。


『いえ、恋人はいません』

『では、好きな人はいますか?!』

『好きな人、というのはどういう状態ですか?』

 

『えっ!?ええと……一緒にいたいとか、会いたいとか思う人でしょうか』

『それは恋人でなくても適用されると思います』

 『そ、そうですね。あはは……』


「あーあ、環さんにインタビューしたのが運の尽きだな」


 画面には環さんが映し出されている。いつものスーツ姿で両手に白いビニール袋を抱えて。それ、有名なコロッケ屋さんの袋だな。一個食べたい。

携帯からコロッケを所望する旨を送った。画面の向こうで彼女はポケットから携帯を取り出して、ほのかに口角を上げた。




『はっ!その笑顔は……メールのお相手は男性ですか!?』

『はい、そうです』

『幸せそうなお顔ですね!その方が好きな人では!?』

 

『……私は……幸せそうな顔をしていましたか、そうですか』

 

『……わ……』


 環さんが笑みを深め、その可愛さにインタビュワーの人が顔を赤らめる。

 そうだよなあ、環さんは最近表情金が柔らかくなったように思う。生で見るとびっくりするよ。

 メールを送ったタイミングが悪かったかな、へんてこな勘違いをされてしまったぞ。





『確かに幸せです、こんな風にメールをもらえるのは。嬉しいです』

 

 『そ、そうですか……』

 

 カメラに向かって視線をよこした彼女は優しい目の色をしていた。

 

『コロッケは元からお土産です、一つではなく沢山あります。お夕飯に食べましょう。おいしい副菜を期待しています』

 



 彼女のまぶしい笑顔にあっけにとられた俺は、自分の頬熱くなるのを感じていた。



 ━━━━━━


 

「いただきまーす!」

「いただきます。キャベツにコロッケは鉄板ですね」

 

「腹一杯召し上がれ……」

 

「佑もぼーっとしてないで食べなヨ。私も見てたけどさ、何だったのあのインタビュー。旦那さんにのろけてる感じだったでショ」

「土井さんは旦那さんではありません。テレビを見ているならばメールよりも早いと思っただけです」

 

「……ウン」


  

「はーやれやれ、ごちそうさまアル。それでも私のチョコがないと、バレンタインゲット数が0ヨネ?」

「ああ……ばあちゃんとか近所の商店の人にはもらってるけど」

 

「チッ。じゃあいらないアルか」

 

「いやいや、ほしいです!!俺チョコ好きだし!!甘味が欲しい!!!」

 

「おや?おやつの予算は使用履歴がありますが。何を買ったんですか?」

「ギクゥ」

 

「ははーん……なるほど。環、男には必要なものがあるのヨ。佑だって成人男性アル」

「男性に必要なものとは?」

 

「欲求解消に使うヨ。DVDとか本とか」


「ちょ、違うっての!俺はそんなもん持ってないからな」

「えー?それはそれで微妙アル。はい、とりあえずバレンタインチョコどうぞ」

「くっそお……ありがとうございます」




 シャオメイが持ってきてくれたのは、有名なチョコ屋さんの箱だ。おいしいだろうな、これ。ラーメン勝手甘いもの不足だったしありがたい日が来てくれたものだ。

環さんはバレンタインの名目ではなかったみたいだが、名物のコロッケはとってもおいしい。結局量が多くてチョコを持参したシャオメイの夕飯にもコロッケが登場することになった。


 コロッケは一般的なお肉屋さんのコロッケだが、じゃがいものマッシュ加減がどうしたらこんなふうにとろとろになるんだってくらい柔らかい。が、とろりと溶け出るわけでもなく……じゃがいもの甘さ、挽肉の旨み、塩加減の絶妙さが相まってめちゃくちゃ美味しい。


 サクサクした衣は細かめのパン粉だが、俺ならもう少しゴツい衣にしたいな。クリーム見たいなポテトの中にチーズを入れて、ザクっと齧ったらとろりと溶けて出てくるチーズコロッケとかどうだろう。

 よし、明日はこれにしよう。



 

 決意を新たにしたところで顔を上げると、環さんがまだ俺を見ている。


「で、何を買ったんですか」

 

「くっ!?流されてなかった!!」

「確かに気になるネ、甘いものを欠かしたことなかったのに」

 

「えーと、えーと、最近発売された食べ物を買いました」

 

「繰り越し予算で買ったとすると、何か高級品ですか」

「いや、高級じゃないけど箱で買って……」

「佑が箱買いするほどおいしいものなの?気になるアル」




 ジトっとした視線を受け取り、悪事を働いたわけでもないのに冷汗が浮かんでくる。なんか、言いずらいんですけど。


 言い訳を考えているとドアをノックする音が聞こえた。これぞ天の助けか!?


 慌てて席を立ってみたが、ドアガラスの向こうにはやたら派手な色が見える。赤に、金……?


「どちら様ですか?」

「…………」

「もしもーし?」





 首を傾げながら鍵を開けようとすると、環さんとシャオメイがドアの前に仁王立ちになる。まぁ……警戒しておいて損はないな。

 二人は腰に刺した警棒を手にして頷きあった。


「開けて下さい」

「お、おう」



 ガラガラ、とドアを開けると……そこには目も眩むようなド派手な着物を着た武士が立っている武士?侍?だよな?ちょんまげがあるし。

 どっかで見たことある猿顔だぞ。そして、その男性に手を握られているのは……。


「あの、先日はすみませんでした」

「あぁ、よく来たな。今日は赤ちゃんはいないのか?」

「はい……」


 


 先日ウチに来た、金髪碧眼の強盗さんだ。間違いない……わざわざ来てくれたんだな。

 目つきを鋭くした環さんの肩をポン、と叩き二人を招き入れる。


「今日は飯食ってくか?」

「いえ、あの」

「ちなみにお連れさんも飯食うのか?」

 

「いや失敬、ご挨拶が遅れました。なかなか懐の広い御仁ですな。こうして罪を犯した者が顔を見せても、責めずとは」


「はぁ、あんたは誰だい?もしかして旦那さんか?」


 


 強盗さんは微妙な顔をしているが、左手に光る指輪は二人ともお揃いのだ。……これがDV旦那か?

いや、でもこの前見た時よりも顔色は随分いいし、お化粧をほとんどしてないのにあざもない。

 お風呂にちゃんと入れているみたいだし。きっと、良い進展があったんだな、このお金持ちっぽい人のおかげで。



  

 ゴージャスな猿顔の男性は腰に手を当て、ニッカリと微笑む。胸元に刺した扇を開き、ギンギラギンの金箔カラーが目の前に広がる。すごく眩しい。


「ワシは豊臣秀吉(とよとみひでよし)と申す。つい先日妻として迎えたこの者が迷惑をおかけしたと聞き、馳せ参じました。食堂の主人、……少々お時間をいただきたい」


「うぇ!?秀吉さんって、天下統した人だろ?流石の俺も知ってるぞ!」

 

「んふ、そうじゃろう、そうじゃろう。この通り『忘れ物』も持参したゆえどうか、お許しいただきたい。事情も説明致しましょうぞ」

「あ、ハイ、じゃあどうぞ……」



 派手な色に目がしぱしぱするんだが。手に持った封筒は明らかに俺の店が出した売り上げより多いから、とりあえず引っこめてもらう。


 しかし、この人が俺の知ってる秀吉さんなら……四百年以上成仏してないんだな。

 なんとも言えない気持ちで二人を招き入れ、環さんがドアを閉めて……鍵をガッチリ閉めた音を聞いた。

 


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