表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/35

10 猪肉カレーとせりのサラダ


「よっこいせっと」



 買い物袋をカウンターに置き、俺は水差しからコップに水を注ぐ。昼飯時に用意した水はまだ氷が溶け切っておらず、重い荷物を運んで熱った身体に気持ちいい。


「ぷはーっ!水がうまい!……さて、肉も届いたことだし明日のメニューを作るかな」




 今日使わないものたちを区分して冷蔵庫へ入れて、玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、せりを取り出した。

 戸棚から海苔と胡麻を用意して、業務用カレールーを眺める。


「ルーの賞味期限明日だって気づいてよかったよ……ちょうど猪肉もあることだし、カレーならワンオペでも問題ないだろ」





 独りで呟き、しんと静まり返った店内を見渡す。……やっぱ寂しくなっちまった。

 そう感じるのは楽しいひと時を過ごした証だが、寂しいもんは寂しいんだ。


 ……はぁ。とりあえず飯を作ろう。

 

しょんぼりした気持ちになりつつ、ご近所さんにいただいたせりをボウルに入れて、水で洗う。


 今日久々に店を開けたと知って、仕入れ先の人たちが今日はおまけしてくれたから食材が豊富に手に入った。店主たちの優しい笑顔を思い出して胸が温かくなり、俺は調理を始めた。




 まずはカレーの具材からだな。玉ねぎの皮を剥き、半分は微塵切り、半分はザクザクと大きめの具として刻む。玉ねぎを大量に切るときは切り目を水につけると滲みないぞ。

 

 ひたすら玉ねぎと格闘して、まな板の上に山になった玉ねぎを一番でかい寸胴に入れ、ガスの火をつけた。


 極弱火にして、塩コショウを振ってクミンパウダーを入れる。これで香りが良くなるんだ。小さな粒の種が減量だが、これはびっくりするほど香りがいいスパイスだな。カレーっぽい匂いがする。


 サラダ油を上から注ぎ、玉ねぎに絡ませる。よく飴色玉ねぎって言うけど、俺はこの『たまにかき混ぜるだけ』の弱火炒めの方が好きだ。

 香ばしさが欲しいならチョコレートやコーヒーを入れればいいし、ほったらかしでもよっぽど放置しなければ焦げない。


 ニンニクを包丁で潰して細かく刻み、生姜をすりおろす。どちらもお椀にたっぷり用意してようやくシューシュー焼き音を出し始めた鍋に入れた。

 それから、香りづけの月桂樹もぱらりと入れて……さて。野菜を切り終えたら次は肉だな。




 カウンターの上に並んだ五つの発泡スチロール箱を見て、若干頭痛がする。こんなに大量に届くと思っていなかったんだ。

 デカかったもんな、イノシシ。こうして肉だけになっても量がこんなにある獣を倒したシャオメイはすごい。

 

 ジビエは個体差が激しいから、少し焼いて味見をしてから調理するか?と思ったが……蓋を開けてみると豚肉とほとんど変わらない形の、赤みの強い(シシ)肉が現れた。


 匂いもほとんどないし、綺麗なもんだ。脂身が多いはずだが綺麗に処理されて、別の箱に入っているらしい。

 ……イノシシの脂もラードとして使えるのか?あとで作ってみよう。




 保冷剤に冷やされてキンキンの肉を掴み、密封された袋から取り出す。……うん、改めてみるとすごく赤いな。流石『牡丹肉』と言われるだけある鮮やかな色だ。


 それを賽の目に切り、塩胡椒と小麦粉を塗す。そろそろ玉ねぎをかき混ぜておこう。



 大きな木ベラで鍋そこから玉ねぎをひっくり返しながら混ぜると、特有の甘い匂いが立ち込めた。

 

 これは水分の多い春玉ねぎだから保存は厳しいが、安売りしていてたくさん買ったんだ。

 明日の付け合わせは玉ねぎとせりのサラダにしようと思う。それと、豆腐屋さんからお礼の代わりに買った豆腐・漬物屋さんで買ったらっきょう、福神漬けを用意しておけばいいだろう。


 


 玉ねぎが半透明になったのを確認して猪肉を鍋に入れ、火力を上げる。

最初に玉ねぎをこうして弱火で火にかけておけば、他の材料が入る頃には柔らかくなって甘味が強くなる。

 

 カレーは作るのが簡単だけど、ちょっとした工夫でとても美味しくなるからこう言う一手間が大切だ。



 肉に少し火が通り、表面が白っぽくなったところでシナモンを振る。それから、真っ赤なパプリカパウダーも追加。味に深みが出るからどちらも欠かせないスパイスだ。


 ゆっくり鍋をかき混ぜつつ、全体がしっかり混ざったところで水を注ぐ。あとはにんじんを入れて水が溜まるのを待ち、コンソメを数粒放り込む。


「よし、あとでじゃがいもを入れるとして……サラダを用意しておくか」



 

 大き目の雪平鍋を取り出して水を注ぎ、塩を入れて火にかける。次はせりを洗おう。

 この()()は隣の本屋さんが山奥の川に行って摘んできたらしい。どこに生えてるか聞いてきたから、摘みにいってみよう。春の間は楽しめそうだ。


 力強い茎を掴んで全体をボウルの水でざぶざぶ揺らして洗う。

ちゃんと根っこがついてるから、ここをきっちり洗わないとジャリッとするんだよ。あの食感は酷いからな……。


 野菜は全部根っこや先端が美味い。きりたんぽ鍋でもせり根は良く食べられるが、ただ茹でて食べてもうまい。



 水道の近くに置いておいた野菜用の歯ブラシを手に持ち、バケツを置いてその上にまな板を置く。少量の水を流しながら根っこを歯ブラシで丁寧にしごくと、泥が取れて真っ白な根っこになった。細かいヒゲ根は泥を孕んだままだから、綺麗に外しておこう。


 よし、これならサラダに入れても問題ない。ついでにそろそろカレー鍋の方にじゃがいもを投入しておくか。



 買ってきた分を全部を洗い終えた頃に湯が沸き、茹でに入る。

 茎を入れて5秒。さらに先端の葉まで湯に浸し、5秒。すぐに鍋を火からおろし、そのまま水道水をじゃぶじゃぶ注いで冷やす。

 わずかに苦味のあるせりの香りが立ち上る。少しだけ千切って、口の中に入れるとシャキシャキした歯応えを感じる。舌の上にミツバとセロリの合いの子みたいな爽やかな香りが広がった。

 春だなぁ……なんてほのぼのしてしまう。




 水気を切ったせりをバットに置いて、さっきとは種類の違う玉ねぎの皮を剥いていく。柔らかくてみずみずしい〝春玉ねぎ〟のツヤツヤした白い丸を見て、思わずにやけてしまう。玉ねぎってどう調理しても美味いよな。


 新しいボウルに水を少しずつ注ぎながら玉ねぎを薄く切り、そこに入れる。本当は水に晒すと栄養価が落ちるけど……辛くて食えないよりは美味しくたくさん食べられた方がいいだろ。


 全て切り終えて道具を洗い、カレーの鍋をのぞく。うん、そろそろいいな。

カレーの缶を取り出して、それを全部鍋に投入する。

 これは中辛と甘口を最初から混ぜてある、じいちゃんの独自なルーだった。俺もこれが好きだから、そのまま使わせてもらおう。


 業務用だから市販のブロックではなく粉に近い細かさだから入れた途端に溶けていく。地獄でもカレールーがあるのは凄いよなぁ、ちょっともじった名前なのは面白い。

 ちなみにこれはビーモントの甘口と、ゾワカレーの中辛だ。



 ルーを混ぜつつ火を止め、少しずつ茶色に染まっていく鍋の中はだんだんとツヤツヤした色を浮かべてくる。

肉がいいな、ぷりぷりしてるぞ。こりゃ美味しいだろう。


 完全にルーが溶けたところで味見だ。

 ……もう一味足りない……。


 コーヒーを少々と、塩胡椒を追加して満足のいく出来になった。一味足りない時は香りと塩を足せ、ってのが鉄則だ。


 これでようやく猪肉カレーの完成だ!あとはサラダのドレッシングを作っておこう。




 ボウルにごま油、塩胡椒、レモン汁と酢、はちみつと醤油を少々入れて、かき混ぜる。

 レモンと酢を入れるのは、さっぱりした香りと味が欲しいが『レモンが高いから消費を最小に』するためだ。

 さて、ここに海苔を……パッケージを掴んで初めて気づいた。これも賞味期限近いじゃないか。しかもかなり残ってる……明日のサラダは多めにいれるしかない。


 一枚ずつガスの火で炙り、パリパリになってから粉々に砕いてドレッシングに入れては混ぜる。……真っ黒だ。仕上げに胡麻をパラパラと入れて出来上がり、と。




 これで準備万端だ!あとは米を炊いて、買ってきた漬物を提供する小皿に分けておこう。いつも作っていた分くらいでとりあえずいいかな。


 チラッと時計の針を眺めると、18:30。環さんとシャオメイが来るまで一時間半ある。それまでには終わるだろう。


 俺は大量の小皿を取り出してトレーに並べ始めた。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ