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20.朝の自宅


「死ぬ、死にそう……」


 一週間の締めくくりとなる金曜日、そんな日に俺は見事に朝から熱でダウンしていた。布団から一歩も出ていない、もちろん朝飯も口にしていない。


「ゆえらぁ……たすけて……」


 情けなく名前を呼ぶが悠衣來は学校にいる。ていうより家に残ろうとしたのを俺が行かせた。さすがに俺個人の都合に付き合わせたくはなかったから。

 しかし高熱の時に一人だとなんとも心細い。気持ちが滅入るって本当にこういう事を言うんだろうな。


 そんな時誰かの足音が近づいてくるのに気づく。さみしいと言っても空き巣は御免だぞ。しかし足音は無情にも俺の部屋の前で止まった。


 扉がバンと開かれ金髪にピアスの女が押し入ってくる。セーラー服を着ているし高校生だろうか、しかしなんか見たことある制服だな。

 毎日毎朝、玄関でいつも見ている……なんだったら採寸は俺がした……。


「……悠衣來んとこの制服?」


 思わずつぶやいてしまった。女はジロリとこちらを睨む。

 まずい、迂闊だった今の行動は。


「あ、そうです。悠衣來さんといつも仲良くさせてもらってます」

「えっ……」

「あっ、すいません。申し遅れました、悠衣來さんのクラスメイトの三嶋由香里という者です」


 想定外の丁寧な受け答えに少し身じろぐ。なんだ、悠衣來の友達か。たしかに悠衣來の友達なら家に遊びに来てもおかしく……いや悠衣來は今学校だ。


「なんで来たんだ……?」

「悠衣來がお兄ちゃんが心配って言ってたので、まぁ来よっかなって」

「……」

「授業をサボるついででもありますけど」


 伝聞ぐらいでしか知らないであろう俺をわざわざ看病しに来るって中々すごい判断だな、それも授業をサボるついでって……さすがは悠衣來の友達と言ったところか。


「それで、大丈夫っすか体調」

「結構良くない」

「そうですよね。ご飯食べてるか心配って悠衣來も言ってたし」


 彼女は持参してきたバッグからレジ袋を取り出すとこちらに放り投げた。

 レジ袋の中から飛び出したゼリー飲料の容器が布団の上に散乱する。色々な種類のゼリーが布団が真っ白なのも相まって綺麗に見えた。


「色々買ってきたので気に入ったの食べてください」

「……後でレシートくれ。代金払うから」

「大丈夫ですよ、私からしたら端金ですから」


 おおよそ華の女子高生の語彙とは思えない単語が飛び出した。たしかに言われてみれば身につけているアクセサリーは見るからに高価そうなものばかりだ。

 しかし年上としての示しがつかないので後で悠衣來を通して金は返しておこう。


「……悠衣來は学校でどうなんだ」

「世間話する余裕あるんですか?」

「話してたら気分がちょっとマシになるんだよ」


 彼女は少し考えるような仕草をしたがすぐにこちらに向き直る。


「なんか定型文みたいですけど……いつも世話になってます」

「……」

「授業に無理やり引っ張り出されたり、無理やり単語テストの勉強に付き合わされたり……」


 無理やりと言うたびに彼女はニヤついていた。兄として最高に嬉しいが、どういう状況なんだろうかコレは。


「それで……ん?」

「どうした?」

「いや、なにか玄関の方から音が……」


 まさか今度こそ本当の強盗だろうか。悠衣來の友達を危険な目に遭わせるわけにはいかないが、憎たらしいことに全身の倦怠感が動くのを邪魔する。


「鍵閉めときますね」

「あぁ、ありがとう」


 彼女はゆっくりと音が鳴らないよう慎重に金具を回して鍵を閉める。二人で息を潜めていると足音が鮮明に聞こえるようになった。


「近づいてきてますね……」

「あぁ……」


 さすがに泥棒とかならわざわざ鍵を開けてまで入ろうとはしないだろう。近づいてくる足音に耳を澄ませながら身構える。


 三嶋さんの方を見るといつの間にか部屋にあったスポンジの剣を装備していた。それを使うぐらいなら素手のほうがまだ攻撃能力はあるだろ、そうツッコみたかったが今はそれどころではない。


「来ましたよ……!」


 足音は前みたいに玄関の前で止まる。そして鍵がかかって回るはずのないノブが……ボキボキッとあり得ない音を立てながら回った。

 そしてその犯人はずかずかと俺の領域に踏み入ってくる。犯人の正体は……今度は知っている人間だった。


「……菱原?」

「やっほ。お見舞いに来ちゃったよー」

「いやお前は本当になんで来たんだよ」


 三嶋さんはまだ悠衣來の恩があるからわかるがコイツに関しては本当に何もない。

 過去に俺の体調不良での欠席は何回かあったがその際にお見舞いに来たことなど一度もなかった。


「なんか心配になっちゃってさー、だから……は?」


 菱原は何かを見つけた瞬間固まった。菱原の視線の先を辿ると真っ青な顔の三嶋さんがこちらを見ていた。


「は? 仮病使って女連れ込んでたん?」

「いや違……」

「は? は? は?」


 あ、ダメだ。いくら弁明しても聞き入れられないゾーンに入っちゃったな。


「あの私は……」

「あ?」

「何でもないですごめんなさい許してください……」


 ベッドで寝込む俺と顔面蒼白の三嶋さん、そしてブチギレている菱原。


 このカオスな空間の収集の付け方は俺には思いつかなかった。ただ悠衣來が帰ってくる頃には終わってほしい、その切実な願いは叶いそうになかった。


 菱原は鍵がかかっていることには気がついていません。

 「ちょっと硬いなこのドア」ぐらいにしか思ってないです。

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