2.放課後の保健室
「あー……いってぇ……」
処置こそしたがボールを顔面キャッチした痛みはかなり残っていた。
しかしゴールは守った。あのスーパープレーで3組の勝ちは揺るぎないものとなっただろう。
「先輩、いるっすかー?」
聞き慣れない声が聞こえる。誰かを探しているようだが俺の他にここで休んでいる人間はいない。
その事を伝えようとベッドから起き上がり、軽く声をかけた。
「誰か探してんのか?」
「あっ、先輩。だいじょ……何でもないっす」
「先輩って……俺? 知り合いだったっけ」
「私は琴梨海未っす。初対面なんでぜひ覚え……なくっていいっす」
ぺこりと頭を下げると同時に結んだ髪も一緒に垂れ下がった。ハーフツインテールって学校だと初めて見たな。
それにしてもわざわざ俺に会いに来たのに名前は覚えなくていいってどういうことだろうか。
誰かから様子を見に来るように頼まれたのか? だとしても別の授業中であるはずの後輩が来るのはよくわからないが。
「心配……というわけでもないんすっけど、6限終わるまで一緒にいてもいいっすっかね?」
「それは俺が決めることじゃないだろ」
「そ、そっすよねぇ! 何言ってんすかね私!」
「疲れてんじゃねーの。ベッドで寝れば?」
さっきまで自分が寝っ転がっていたのでかなりシーツがグチャグチャだが。ていうかよく考えたら結構汗染み込んでるよなアレ。
じゃあ今の俺ってまぁまぁ酷い提案したのか?
「い、いや大丈夫っすよ。元気マックスなんで!」
「あぁそう。ならいいけど」
「は、はい……」
「……」
「……」
急に沈黙が続き、気まずい空気が流れ出した。別にこっちは構わないが、あっちは何やら考え込んでいるようだった。
別に無理してまで他人と話そうとしなくてもいいのにマジメだな、コイツ。
「先輩、好き……な食べ物ってなんですか」
「……焼きそば」
「そっ、そっすかぁ……私も好きっ……じゃないですぇ……」
「……」
「……」
ベタな質問をしてきたが冷酷にも一瞬にして会話は終わる。こっちも『そっちは?』とか聞き返してやるべきだったか。
いやそもそもこっちは進んで会話する気などないんだから本来はコレでいいはずだ。ていうか焼きそば好きじゃない人っているんだ、ビックリした。
「先輩、私言いたいことが……あるわけじゃないんっすっけど……」
「なら黙ってりゃいいだろ」
「うっ、それはそうなんすけど……」
「別にこっちはお前が黙ってようが気にしねぇよ」
無理してまで親しくもない相手の顔色伺うことはない。俺がそれを望んでないならなおさらだ。
「えっ……それって……」
「言葉通りの意味だよ。こっちはお前がどうしてようがお前に対する感情が悪くなったりすることはねぇよ」
「それって両想いってことっすよね!?」
「……は?」
最大限のカッコつけを無視し、突拍子もない事を目の前の女子は言う。それと同時にさっきまで収まっていた頭の痛みが再燃し始めた。
「何があってもお前に対する気持ちが変わることはないって……そこまで思っててくれてたなんて、正直泣きそうっす……!」
「今変わったよ、とても悪い方に」
「なっ、なんでっすか!?」
そこでなんでって言うところがだよ。
「あっ!? や、やば……そういえば控えめにしないとダメだったぁ……」
「何をだよ」
「何がって……先輩は控えめな人がタイプじゃないっすか!」
「控えめ……えっ、控えめにしようって意識した結果があの謎な否定型? だとしたらめちゃくちゃ下手だったぞ控えめに振る舞うの」
ツッコミを終えた直後、ドアがバンと開く音が響く。保健室のドアってそこまで力強く開けていいものなのか。
入ってきたサイドテールの女子は一度こっちを見ると驚いた顔ですぐにこちらへと駆け寄ってきた。
「あれっ、先輩いるじゃん!?」
「あっ!? やば……!」
「ちょっと海未、先輩いたら呼んでっていったじゃん!」
「ふ、ふーんだ。パシらせるほうが悪いんっすよー」
「私が一人で行くって言ったのをそっちが自分が代わりに行くから待っててって言ったんじゃん! 嘘つき、バーカ!」
「ば……! バカって言うほうが泥棒の始まりっすよ!」
いやあの予想あたってたのかよ。嬉しさとちがうなんか別の知らない感情が湧き上がってきたわ。
「なぁ、そっちの……名前はなんだ?」
「な、名前ですか? いいですけど……」
謎にモジモジし始めた。そういうのいいから早くしてくれ、その時間こっち何していいかわからないから。
「葉森蒼夏です、絶対に覚えてくださいね!」
「この先の返答次第で一生忘れなくなるから安心しろ」
「えっ……な、なんですかぁ?」
「俺が怪我したことどうやって知ったんだ?」
「それは体内の盗聴器から……あっ」
俺は保健室を飛び出し、走った。
体内ってどういうことだ? 寝てる間にでも埋め込まれたのか?
疑問が浮かぶたびに嫌な可能性が次々と頭から湧き出してくる。
「あっ、おーい! 三好!」
「長野! いいところに!」
コイツはさほど親しくはないがいい人間だ。よく余ったお菓子を分けてくれる。コイツなら携帯ぐらい貸してくれるだろう。
「スマホ貸してく……」
「わりぃ、あのあと連続でシュート入れられて負けたわ」
瞬間、体から一気に力が抜けた。電池が切れたロボットかのように、立つという機能が停止した。
「あっ、おい! 大丈夫か、おいしっかりしろ三好ー!」
遠のく意識の中、長野の悲壮な声が響いていた。