13.夕暮れ時の公園
あの予想外の接吻のあと、俺が何かを言う前に悠衣來は自分の部屋に戻ってしまった。
俺は家にいるのも気まずくて、近くの公園で時間を過ごすことにした。でも夏の太陽が沈むよう時間になっても家に帰る気持ちはぜんぜん湧かなかった。
「どうしたらいいんだ……?」
何度繰り返したかわからないその問いに答える人間はどこにもいない。何もする気も起きず、ベンチにもたれて天を仰いだ。
空は曇りで灰色一色。あいつの感情に白黒つけれない俺にぴったりな空模様だった。
二人でよく遊んだ公園に来たら何か思いつくかと思って来たのに、遊具は全て撤去されベンチしか残っていない。
形だけ残ってて中身は別物。アイツのことを全く理解できていなかったことを此所は嘲笑っていた。
「よっ、勝己お兄ちゃん」
「……悠衣來」
「やっぱここなんだなー、オレらって」
悠衣來は俺の隣にどっかりと座ると俺と同じように天を見上げた。
俺は何も言わずベンチについていた手の上に手を乗せた。手はお互い冷え切っていた。
「悠衣來、俺は……」
「言うな言うな。聞きたくねー」
「う……」
「オレは勢いで本心伝えただけだ。ハナから返事には期待してねぇよ」
悠衣來の目元は赤くなっている。それだけでこいつの今の気持ちは痛いほど伝わってきた。
俺は浅いところでしか見てなかった。見ようとしなかったからすれ違いが起きた。
「今すぐ返事はできないけど、その……」
「あははっ、ゼッテーフラれるやつじゃん」
「そんなこと……」
「いいっていいって。もう言っていいぞ、オレ引きずらねーから」
誰が見てもわかる引きつった作り笑顔が痛々しい。こんな顔兄としてさせてはいけない、即刻やめさせなきゃいけない。
なのに俺は兄として接するか一人の男として接するか答えを出せず、また黙って見ていた。
「……」
「悪かったって。どう考えてもオレの頭頭がおかしかったし」
「違う……」
「違わねーし。ガチでキショかっただろ?」
「俺は、その……」
「あーあー、変なこと言ってごめんなさい、コレでいいだろ? 早く忘れろよ」
ずっと続く一本調子な声に背筋が寒くなる。俺はその時にいかに沈黙という行為が妹にとって残酷な行為であったかを理解した。
兄としてじゃなくて俺が言うべきだった言葉ならずっととどまることなく頭の中に浮かび上がっていた。今はそれを言わなきゃいけない時なんだろう。
「……フラねぇ」
「じゃあ恋人になってくれんのか。結婚してくれんのか、しねぇだろ」
「まだわかってねぇ、だからフラねぇ」
「……なにがだよ」
「お前にその……された時、悪い気がしなかった理由がわかってねぇから」
それを聞いた瞬間悠衣來は頬を紅潮させた。濁っていた目も光をわずかに取り戻し、表情はいつも通りのへらっとした顔に戻った。
「んだよ、オレら兄妹揃ってきしょくわりーなぁ」
「そう、かもな」
「……でもよかった、安心した。お兄ちゃんはオレんこと女として見てたんだな」
「そうかは知らねーけど」
「どう考えてもそうだろーが。妹とベーゼしといて平気なやつ普通いねーよ」
切り替えが早い。昔からコイツはそうだった、泣いたと思ったらすぐに立ち直って、またその直後に泣く。
俺は恋愛感情の有無にはかかわらず、妹のそういうところが好きだった。
「……でも不安だから、ちょっと確かめていいか」
「何を」
「……目つむれ、そんだけでいい」
「……わかった」
視界を閉じると肩を強く掴まれる。これから先に起こることを予想できないほど鈍感じゃない。
平静を装おうとしたが無意識に拳を強く握りしめて身構えてしまった。
「んっ……」
また唇に柔らかな感触が襲う。でも2秒、3秒、4秒……唇は離れない。舌を入れるわけでもなく、ただ唇を重ねるだけの時間が流れる。
体感30秒ぐらい経ってようやく唇は離れた。目を開けると赤面して口元を押さえる悠衣來がいた。
「やばぁ……すげぇドキドキする……」
「2回も妹とするとかマジで終わってる」
「顔真っ赤にしといてよく言うわ……」
それだけじゃない、鼓動もめちゃくちゃ速くなってる。でも人間として終わってる行為をしたのに背徳感は全くない。
「……付き合うのか、オレら」
「いや、それは違うだろ」
「二回もキスしといて? ほんとにクズだなー」
「異性としてお前のことを好きになれれば付き合うかもな」
ほぼ断り文句のような言葉。だけど悠衣來の表情はいっそう明るくなった。
「じゃあその第一歩としてこれからは勝己って呼んじゃおっかなー」
「さん付けすんだったら考えてもいいけど」
「年功序列制かよクソだりー。ならお兄ちゃんのままでいーわ」
「……俺も慣れてる方がいいし、そうしろ」
こんな歪んだ関係始めるべきじゃないってことはわかってる。でも今さら悠衣來の心を正そうという選択肢はあまりにも残酷で、弱い俺には取れなかった。




