11.放課後の列車
今日は珍しく菱原が起きていたので一緒に帰ることになった。そのおかげかいつもの面倒事は起きず、スムーズに列車に乗ることができた。
これから毎日一緒に帰れば……それは菱原に迷惑か。
「今日も暑かったねー」
「……あぁ、そうだな」
「まだ6月なのにね。私は寝心地よかったけど三好はきつかった?」
「体育なかったからまぁ……大丈夫」
「そっかー、ならよかったー」
電車の中には俺たち以外に誰もいないので真ん中で二人隣り合うように座っていた。だがこの猛暑にも関わらず菱原はかなり近づいて座っていたので彼女から出る熱気が冷房が効いた車内でも容赦なく襲いかかっていた。
それに加えて二人で横並びに座っているのにはなんともいえないむず痒さがあった。
「それで何を聞きたいの?」
「……こうやって面と向かうと案外思いつかないもんだな」
「そっちから知りたいって言い出したのに、心変わりが早い男だなー」
「……わりぃ」
別にいいけどと笑う菱原を見ていたたまれなくなった、だからといって質問が都合よく思い浮かぶわけでもないけど。
「……お互いのことを知りたいんならこっちからも質問してもいーい?」
「いいけど、面白くないと思う」
「面白さ求めてないしー」
「そうか……本当になんでもいいからな」
「うーん……じゃあ、好きな異性のタイプって何ー?」
菱原もそんなくだらないことが気になるのか。女子ってそういう関係になりたいわけじゃない男でも知りたくなるものなんだろうか。
何でもと言った手前答えるが……正直この答えででいいのかというためらいはある。
「……ミステリアスでいつも笑ってるやつ、たぶん」
「具体的なのにたぶんなんだ」
「……正直、自分でもこれがタイプなのかわかんねぇけど」
何回もこう答えてはいるがそれが好きになるきっかけが一切見えてこない。過去に惚れた相手が、とかそういう理由もないし全くの謎だ。
「これが当てはまる誰かを無意識に考えてたのが、恋愛的な好きと混ざって錯覚してるだけなのかもな」
「じゃあその誰かさんと付き合えばわかるわけだ」
「……誰かさんだから困ってる」
大口をたたいておきながら菱原の疑問に大して答えていない気がする。
「案外私かもよ? 言ってたじゃん、俺たちはお互いのこと全然わかってないって」
「だからミステリー……絶対違うだろ」
「でもよーく笑ってるっしょ? ほら、にこー」
「お前のそれは薄ら笑いだろ。俺のイメージは微笑み」
「ちゃんと微笑んでるっしょ、見方うがりすぎー」
そうは言っているがどう見ても薄ら笑いの域は出ていない。別の見方があるのかもう少ししっかりと観察したかったが、あっちが顔を背けてしまって叶わなかった。
そこでようやく自身のした過ちに気づいた。
「……さっきのデリカシーなかった、ごめん」
「いーよー」
「そう……か」
「……」
もうこれ以上は話してくれないようだった。所在なさげに窓を見つめる菱原の沈黙が痛く突き刺さってくる。
重たい空気と罪悪感のような感情に押しつぶされそうだった。
「ねぇねぇ三好くんや、お隣空いてます?」
「ぇ……あ、うん」
「そっかそっか。では遠慮なく」
「……えっ、白水?」
白水は俺の右隣に座ると肩に頭を預けてきた。桃色の髪がシャンプーなのか香水かなにやらわからないが、柑橘系の匂いを振りまいていた。
匂いのせいで過敏になった感覚のせいで冷や汗が腕を伝うのがよくわかった。
「疲れたなぁ……」
「お前、またいきなり……」
「どこにでも偏在する。それが白水静琉という人間なのだよ」
「そんなバカな……」
ただ今の瞬間移動でもしてきたのかというほどの急な登場はその論に説得力を持たせた。
そうでないとしてもこの距離まで気配を消していたことになるので、人間離れしているのに変わりはないが。
「ていうかお前、勝手に俺の肩使って休んでんじゃねーよ」
「別にいいよ? そっちもしても」
「……え?」
急速に赤面したのが自身の顔の熱さでよくわかった。ていうかいいのか、そんな事していいのはカップルぐらいなような気がするんだけど。
でもここでじっとしてるのもそれはそれで何か、ダメなような気がする。
「はっ。だったらこっちも容赦なく行か……」
「んんっ!」
「はっ……?」
頭を傾けた矢先、左から掴まれ強制的に菱原の胸に頭を引きずり込まれた。今度はむわっとした汗の臭いに包まれ、意識が飛びそうになる。だが逃げようにも腕でがっちりホールドされているので身動きが取れない。
「わお、大胆。さすが幼なじみ」
「……アンタか、タイプの人って」
「なんの話かな、紗璃ちゃん」
「わかんないままでいーよ。そのうちに勝たせてもらいますからー」
「ふーん、よくわかんないけど警戒する相手って私じゃないと思うよ」
「はぁ?」
なにやら二人が言っているが全く聞こえない。さっきから顔にする柔らかい感触がさらに俺の発汗を促進させて……このままだと脱水症状になりそうだ。
ていうか意識ももう飛びそう。なんか目の前がチカチカしてきた。
「ふぁえふぁふぁふふぇへ……」
(誰か助けて……)
俺が必死に絞り出したSOSは誰にも届かず、菱原の胸の中に消えた。




