クエストには危険がたくさん
…結局、あの後数日ライアは俺と口を聞いてくれなかった。
「悪かったって…。でも、あれは不慮の事故。ラッキースケベは推定無罪って俺の国では言われているぞ。」
「お前の国の常識はどうなっているんだ!?推定無罪という言葉もよく分からん!…全く。」
まだ、多少怒りが収まっていないライアが俺に怒る声が部屋に響く。
現在、シエスタを連れてライアの普段仕事が行われている部屋に呼び出された。
同じく、エレナとユキネもいた。
「で、何の用なの?私はこう見えて忙しいのよ?」
俺の後ろにいるシエスタが偉そうに言う。
今日も、昼近くまで寝ていて本来しなければいけない朝の庭掃除をサボって怒られていたくせに何が忙しいのか分からない。
「普段のお前の姿を見て、誰もそんなこと思わないけどな。」
俺はシエスタの方を見ると、言う。
シエスタが俺に掴みかかって来る。
鬱陶しいので、頭を手で押さえて引き離す。
「2人に頼みたいことがあってな…。」
大丈夫かな、と不安そうな顔でライアが言う。
俺まで一緒に見るのはやめて欲しい。少なくとも、コイツよりは使える自信はある。
ライアは俺に1枚の紙を見せて来る。
「…何これ?」
俺は紙を見ると、ライアに尋ねる。
紙には、“ラプトル10体の討伐”と書かれていた。
「そのままだ。最近、繁殖期に入り気性が荒くなっているから討伐依頼が来たのだ。」
なるほど、依頼を受けろということか。
まあ、別に最近取った新しいスキルも試してみたいからちょうどいい。
それに、レベル上げも定期的にしないといけない。早く、下げすぎたHPとLUKを最低限の数値に戻したいからだ。
「…それでだ。」
ライアはそう言うと、チラリとシエスタを見る。
シエスタはその視線に気づいたのか、首を傾げる。
「そこのシエスタのレベル上げもした方がいいんじゃないかと思ってな。ほら、これからクエストをこなすなら数人でしたいとか言ってただろ。」
俺はシエスタを見る。
コイツと一緒にクエストをするのか。正直、どんなミスをされるのやら…。
ただでさえ、運の数値が下がっていて俺自身が危ない目に遭いやすい状態なのだ。
「…あまり、一緒に行きたくはないな。」
俺は嫌そうな顔でライアに言う。
隣のシエスタから、どういう意味よと言葉が飛ぶ。
そのままの意味だが、と言ってやりたい。
「そう言うと思ったので、私とユキネさんも同行しますよってのが今日私達もいる理由ですよ。」
エレナがそんな俺の考えを想定していたのか、サタンの後ろから俺に向かって言う。
この2人がいるなら、まあ多少は安心かなと思う。
「パーティーを組むというわけね。いいわね、冒険っぽくて。」
シエスタが満足そうに頷く。
どうして、お前はそんな簡単に順応しているんだと言いたい。
いくらなんでも、この状況に慣れすぎだ。本当に、天界に帰る気はあるのだろうか。
この女のことだから、自分がクビになったことすら忘れている可能性がある。
「一応、エレナが魔法使いでユキネが戦士、シエスタが僧侶と聞いてはいるから人間のよく組むパーティーでも相性は良さそうだな。」
そう言うと、ライアが俺を見る。
「結局、ヒロトは何の職業だったのだ?」
「それがいまだに分からないんだよな。一度、人間の方のギルドに行ってみるかとは思うんだよな。」
そう言うと、自身のカードを見る。
何度見てもカードには職業は書かれていない。
まあ、正直好きなスキルを覚えたいから別にここまで来たらそこまで職業云々はどうでもよくはなっている。
「まあ、ヒロトさんはスキル自体は色々と覚えていますからね。支援に回ってもらえれれば大丈夫かと。」
エレナがニコニコと笑いながら言う。
一応、この世界の仕組み的に止めを刺すことでその人に経験値が入るらしい。
最終的な止めを俺かシエスタで分担していけば、それなりに経験値も入りやすいだろう。
「じゃあ、早速行きましょう!さあ!早く!早く!」
気分がよくなったのか、シエスタが飛び上がりながら言う。
まあ、エレナとユキネがいれば大体のことは何とかなるか。
恐らく、このラプトルっていうモンスターもこの前討伐したファングと同じ立ち位置だろう。
「じゃあ、頼んだ。私も行きたかったが、少し仕事が立て込んでいてな。エレナには無理を言って同行してもらうことにしたから上手くやってくれ。」
ライアが少しだけ寂しそうな笑みを浮かべると、俺に言った。-
-そんなこんなで、俺達は以前ファングを討伐した場所とほぼ変わらない場所の草むらに身を潜めていた。
10体を倒せばいいとあったが、目の前で集まっている群れは5体くらいの少ない群れだ。
「とりあえず、俺が中距離で弓で援護するからユキネは近接で頼むよ」
俺は隣にいるユキネに言う。
ユキネは無言で頷く。
「ねえねえ、私は?私は?」
背中越しから何か仕事を寄こせとシエスタが聞いてくる。
正直、近接スキルなんて大して持ってない、魔法も攻撃系のモノはあまり覚えていないのに戦闘が出来ると思っているのかと言いたい。
「お前はバフ役。とりあえず、ユキネの防御力とか回避スキル上がるようなモノかけてあげてよ。あと、俺に運が高くなるバフもよろしく。」
よく考えてみれば、支援魔法を一通り覚えているコイツがいるなら、レベルが上がりステータスがある程度まともになるまではバフをかけてもらえばいいことに気づいた。
とりあえず、体力と運気が上がるバフは必須だ。
「えー。私も戦いたいのに。」
不満そうに言うシエスタ。
「何で僧侶が前線に出るんだよ。どこの脳筋パーティだ。それがしたいなら、近接特化のスキルを取ってからにしてくれ。」
「無理よ。もう、ほぼほぼ支援魔法とか回復魔法とか覚えちゃったから枠があまり無いの。」
「じゃあ、諦めろ。エレナ。コイツが勝手に飛び出さないように見張りながら、魔法で援護よろしく。弓メインで今回は戦うだろうから、敵に距離詰められるとキツイ気がする。」
「分かりました。まあ、明らかにあまり聞かないような役割も増えた気もしますが…。」
「気にするな。そいつが全てをぐちゃぐちゃにする未来を見たいのか?」
「それは嫌ですね。」
「だろ?だったら、お守りはよろしく。」
「ねえ?もしかしたら、私馬鹿にされてる?」
自分のことを言われているのか分かっていない、シエスタがユキネの肩をちょんちょんと叩く。
ユキネは分かりません、と絡まれるのが嫌なのか小声で答える。
「よし、じゃあ行くか。」
俺は、シエスタを無視して弓を構える。
「とりあえず、バフかければいいのね。」
シエスタはそう言うと、俺とユキネの背中に手を当てる。
「とりあえず、言われた通りにあんたの運気と体力をマックスまで上げてあげたわ。これで、犬のウンコとか踏まなくてよくなるわよ。」
「踏まねえよ。というか、せめてそれを言うなら今から倒すモンスターのウンコとかにしてくれ。」
俺は、シエスタにツッコむ。
ユキネが草むらから勢いよく飛び出す。
死なない程度に仕留めるというのはすでに話をしてある。
理由としては、シエスタのレベル上げのためだ。
どうしても最後の一撃をした者に経験値が入るから、少しばかりハイエナみたいで申し訳ないがこれが一番効率がいい。
「“フリーズ・アイシクル”。」
俺のすぐ後ろに立っているエレナが魔法を唱える。
ラプトルの頭上に氷のつららが落ちる。
ラプトルの群れが慌てふためくと、あっちこっちに走り回る。
ユキネがそれを死なない程度にダメージを与える。
「いいぞー。」
俺は、逃げ回るラプトルの2匹に弓矢を当てて仕留める。
あっという間に5匹の群れを壊滅させた。
「うん、運気が上がるバフを受けたおかげで変なことも起きないし楽ちんだったな。」
俺は、5匹のラプトルが動かなくなったのを確認するとエレナとシエスタと共に草むらから出る。
シエスタがテクテクと歩いて俺の前に出る。
「で、このまだピクピクしている3匹に止めを刺しちゃうって話ね。」
まだ息があるラプトルの一匹を指でツンツンと触る。
シエスタは特に気にしていないようだが、何だか俺からしたらちょっと気が引ける。
まあ、しょうがない。ゲームと違って命が懸かっているのだから。
こればかりは、ある程度切り替えていくしかない。
「いったーい!!!」
シエスタの声が響く。どうやら、指でつついていたラプトルに指を噛まれたようだ。
だから、下手に近づくなよと言ったのに。
言わんこっちゃない…。
「よくも、神聖なる女神の指に傷をつけたわね。万死に値するわ!」
「はいはい、万死でも何でもいいからさっさと仕留めて残り5匹終わらせるぞ。」
俺は、自分で作った短刀をシエスタに渡す。
「フハハハ!女神の怒りを受けるがいい!」
そう声高に叫ぶと、ザクっと何の遠慮もなくラプトルに止めを刺す。
やっぱり、女神なんて嘘で邪神か何かだろと思わざるを得ない。
「…元気な方ですね。」
寡黙なユキネがポツリと言う。
あれは、果たして元気なのだろうか。ただ、何も考えずに能天気に生きているだけな気がする。
まあ、少なくともユキネに前線を任せて、俺が中距離から援護。エレナが遠距離から魔法での仕留めそこなった敵の掃除。シエスタが言うことを聞かずに前に行くことを防ぎながら、回復とバフに専念させる。
うん、とりあえずこれで何とかなりそうだ。これに、もしライアが参加すればユキネと一緒に近接を担当してもらえば簡単なクエスト程度なら余裕で達成出来るだろう。
そんなことを考えながら、次の群れを探すかと思った時だった。
少し離れた草むらからゴソゴソと音が鳴った。
俺達は音のする方向に視線を向ける。
その瞬間だった。草むらがボコッと盛り上がった。
そして、巨大な生き物が現れた。
「「うわぁぁぁぁ!!!何か出た!!!」」
クマ、だろうか。いや、クマにしてはデカすぎると思う。
というか、頭に何か突き刺さっている気がする。
「モリクマ!?何でこんなところに!」
エレナが俺達の前に出て、声を上げる。
「とりあえず、逃げましょう!」
ユキネが俺達に言う。俺達は一目散にその生き物から逃げ出す。
「モリクマ?どういう生き物なんだよ!」
俺は走りながらエレナに叫ぶ。
「モリクマはモリクマです。頭に生えた森に意識を乗っ取られてとても凶暴なのです。」
「ただ、寄生されているだけじゃねえか!見た目がクマっぽいけど明らかに俺の知っているクマじゃねえだろ、あれ!」
クマと言うよりゴジラみたいな見た目だ、よく見ると。
遠目で見る分ならカッコいいかもしれないが、この近距離だと恐怖でしかない。
「そもそも、寄生する森って何だよ。」
「あんたはこの世界について知らないから教えてあげるわ。この世界の森は大小様々いてそれこそ動く種類とかもあるわ。」
俺の隣に追いついてきたシエスタが教える。
小さい森って何だ!キノコでいいだろ、それなら!
「というか、お前僧侶だろ。何でそんな速いんだよ!」
「自己強化してるに決まってるじゃない。」
「それ、俺にもかけてください!」
「しょうがないわね、今日の酒代で許してあげるわ。」
「ざけんな!ここで死んだらその酒代もなくなるんだよ!」
強欲な女神に対して俺はツッコむ。
恐らく、同じようにシエスタから支援魔法を受けたのだろう。そこまで体力に自信がなさそうなエレナが凄い速さで俺に追いついてくる。
「とりあえず、どこかに隠れましょう!」
「よし!俺に考えがある。ここでこそ、この前覚えた盗賊スキルの出番だ!」
エレナが俺の言葉に頷く。
「“マッド・ショット”!」
エレナはそう言うと、杖から泥の弾丸が飛び出す。その弾丸がモリクマの目に直撃する。
モリクマが突然の攻撃に苦しみ悶えだす。
その間に、俺は3人に隠密スキルを付与する。そして、そのまま近くの草むらに飛び込む。
「で、どうするの?」
草むらに隠れた俺達にシエスタが尋ねる。
どうするも何もこのまま逃げるのが安全だろう。
まあ、見つからないという確信もないが。
「しかし、こんな場所に出て来るなんて。正直、立場的には出来たら倒したいんですよね。」
エレナが様子を見ながらつぶやく。ユキネも同じ気持ちなのか、頷く。
倒したい、って言われてもな。正直、弓を当てても効くような相手とは思えない。
「あれを一撃で倒せるような魔法ってあったりするの?」
俺は小声でエレナに尋ねる。
エレナは少し考えると、小さく頷く。
「一応、爆発系の魔法は持っていますので…。」
「じゃあ、俺は引き付けてユキネがあいつの攻撃を一撃だけ耐える。その間に、魔法を打ち込む。それで行こう。」
俺は3人に言う。
シエスタが仕事はないのか、と言った顔をしている。
お前に出来る仕事なんて1つしかない。
「お前は俺に全力で回避スキルと速度上昇をかけろ。それで、ユキネの防御力を最大値まで上げる。後は大人しくする。いいな?」
「分かったわ、任せなさい!」
本当に大丈夫だろうか。
ただ、もう腹を括るしかない。俺はそう思うと、エレナとユキネに無言で合図を送った。