サビれた商店街に再び活気を
ミリアの実家で夕ご飯をごちそうになった次の日、俺は朝日と共に目が覚めた。
最近はどこぞの魔王様が毎朝叩き起こしてくるせいで、崩れていた生活習慣がすっかり直ってしまった。
恐らくは、俺の体内時計の感じだと6時辺りだろうか。
小さい頃に朝早くに学校に行くために叩き起こしてくる母親のことが思い出される。
あいつは、俺の母親か何かかな。
俺は、何やら体に誰かがのしかかっているような重い感触を感じていた。
もしかしたら、金縛りにあっているのかもしれない。
ここは異世界で、さらには魔王城だ。金縛りのイタズラくらいする魔族がいても不思議ではない。
俺はまだ覚めきってないいない目を擦ると前を見た。
「…おはようございます。」
見覚えのある顔が見えた。
茶色のショートの髪の少女が俺の上に乗っていた。
しかし、俺が目を覚ましたことに気づいたのかバツが悪そうに布団の上から降りた。
「…何しているの?」
俺は、先程まで上に乗っていた少女ことユキネに尋ねる。
「掃除をしようと思っただけです。」
ユキネが小さな声で言う。
俺は思わず、声をあげて言い返す。
「嘘つけ!お前、何してた!?ねぇ、まさかと思うけど寝ている間に俺の初めてを奪ったとかないよな!」
俺は履いていたパジャマのズボンを下げると、自分の大事なモノを調べようとした。
「ちょっ…!?ちょっと、仮にも女性の前でそんなモノを出さないでください!」
ユキネが珍しく動揺しながら、俺に言う。
「知らねえよ、そんなこと!こちとら、貞操の危機なんだぞ!何、お前?夜這いが趣味だったりするの?」
俺はどうやら、まだ無事な自分のモノを確認すると再びズボンを履き直す。
「そんな趣味はありません!そもそも、誰があなたような人に夜這いなんてしますか!」
「いや、朝起きて目の前に女性がいたら真っ先に疑うのは当然だろ。というか、何でお前は最近ツンデレみたいになってるんだよ。ツンデレはライアの特権みたいなモノだろ。」
俺はすっかり目が覚めてしまったので、とりあえず今日着る服に着替えようとする。
「ツンデレではありません!ライア様から命じられた件で相談をしようと思って来ただけです!」
「あー、なるほどね。そのついでに以前の件で惚れてしまった俺にお礼と称して大人な関係になろうとしたわけね。はいはい、分かったから。」
俺は着替えながら、ユキネに言う。
「…殺すッ!」
物騒なことを言い出したユキネが剣を引き抜いた。
「待って!流石にからかいすぎた!ごめんって!でも、何度も言うけど疑うのは当然だろ!」
俺は危うく真っ二つにされる寸前でユキネの剣を両手で受け止めると顔のギリギリのところで耐えながら言う。
ユキネも少しは冷静になったのか、両手で受け止められていた剣を離すと再び鞘にしまった。
「全く、これだから世間知らずのお嬢様は。いいか、俺は雰囲気を重んじる男なんだ。自分の初めてが寝ている間に卒業とかになったら嫌なんだよ。もし、そういう関係を望むならちゃんと事前に俺に言ってから来てくれよ。」
「そもそも望まないので、その心配は杞憂に終わります。だから、安心してください。私が来たのはそんなくだらないことではありません。」
普段の物静かな様子に戻ったユキネが、俺に言い返す。
「じゃあ、何で来たんだよ。ライアに命じられたとか何とか言っていた気がするけど。」
俺は着替え終わると、軽く柔軟体操をしながら尋ねた。
「来てもらえれば分かります。」
ユキネの言葉に俺は全く分からず、首を傾げた。-
-ユキネに連れられて行くと、そこは何度も通りかかったことがある城下のある場所だった。
商店街、のような場所に思えたが初めて俺がこの場所を見た時から閑古鳥が鳴いていて活気も何もない場所だった。
「こんな場所に連れて来てどうするんだよ?」
俺はユキネに尋ねる。
ユキネはついて来い、といった視線を俺に向けて先を歩く。
すると、立ち並んでいる建物の中から数人の魔族が出て来た。
「あっ、ユキネ様!わざわざ来ていただいてありがとうございます!」
1人がユキネに言うと、頭を下げる。
「ライア様から命じられて来ました。それで、要件を軽くこの男にも話してもらえませんか?」
ユキネも丁寧な口調で応対する。
ユキネに頭を下げていた男が俺の方を見る。
「分かりました。簡単に申しますと、ここのエリアを再び賑やかにしたいのです。」
「再びって昔は賑わっていたんだ。ここ。」
俺は意外そうに言う。
見た感じ、全員それなりに年を取っている感じだから彼らの若い時にはそれなりに賑わっていたのだろうか。
それも正直、想像がつかないが。
「私の子供時代にはかなり繁盛していたのですけどね。今は魔族の人達も人間界の方が娯楽が多いとすっかりそちらに行ってしまって人出が少なったのです。」
「毎回それを聞いて思うけど、普通に魔族と人間の交流があるくせに人間は攻めて来るんだな。矛盾してるだろ…。」
俺は少しだけ呆れながら言う。
「以前にも説明しましたが、昔は魔族と人間との間で暗黙の了解のようなモノが存在していたのでお互いに持ちつ持たれつの関係だったのです。それが、ここ数年であなたのような見た目をした不思議な力を持った冒険者が現れたせいでその暗黙の了解もなくなったのです。」
「やっぱり、シエスタってロクでもないな。」
俺は、事の元凶の女神の顔を思い浮かべながら言う。
正直、あの女に会わなければ今頃俺は天国に行けていたかもしれないのに。
ライア達から聞いた話だと、人間の方にもいくつか国は存在し、特に転生者の降り立つ場所となっている国が盛んに魔王軍に攻撃を加えているらしい。
逆に言うと、それ以外の他国は軍事面的にも劣っているので後塵を拝していて、苦々しく思っているらしい。
「それで?別に賑やかにしたいなら、すればいいじゃん?わざわざ、俺達に頼むようなことか?」
俺はユキネに尋ねる。
ユキネが最後まで聞け、という視線を俺に送る。
「以前のようなやり方では全く人が来ないので、何とか魔王軍の知恵を借りたいと訴えをしてきたのです。しかし、ライア様もエレナ様もお忙しい身。そこで、悪知恵を考えることには優れているヒロト殿を使おうと考えたのです。」
「都合のいい時だけ、人を頼ろうとするんじゃねえよ。」
俺はムッとしながら、辺りを眺めた。
すっかり錆びついた建物。
この見た目で、大勢の人に来てもらおうと思っているのがまず間違いだと思う。
「別にやるのはいいけど、ちゃんと上手く行ったら儲けはくれよ。」
俺は商店街を運営している1人の老人に言う。
「…相変わらず、この人は。」
ユキネが冷たい視線を浮かべながら、俺に言う。
無償でやるなんてのはそもそも間違いだ。成功すれば、その分の儲けは貰えて当然だろう。
「分かりました。あなたの噂はよくお聞きしています。もし、また以前のような活気を取り戻せたらしっかりと報酬は払いましょう。」
「よし、契約成立だ!というか、俺の噂ってそんなにあるのか?やっぱり、有名人なんだな。」
俺は少しだけ嬉しそうに言う。
「魔王城に住まう悪知恵が働くロクデナシ、という名でよろしければ?」
ユキネがポツリとつぶやく。
誰だ、その不名誉な噂を広げた奴は。
俺は噂を広げてそうな数人の顔を思い浮かべた。
ただ、今はいい。とりあえずは、何かいい対策を考えるのが先だ。
「とりあえず、活気を取り戻すために何かはしていたんだろ?それを教えてよ。」
俺は尋ねる。
集まっていた、数人が何やら話し合いを始めた。
「えっと、まずは商品を安くしました。」
「ダメ。そもそも、別に安くても高くても消費者なんていいモノなら値段を気にせずに買うから。」
俺は即座に言い放つ。
どうやら、それ以外にまともにしていないらしい。
「そもそも、一度ここを見たことあるけど売る際にやる気が感じられないんだよな。店の前で寝ている奴もいた。あと、見た目が暗すぎて来る気が起きない。」
俺はとりあえず、思いつく限りのダメなところを言っていく。
「流石に言い過ぎでは?」
ユキネが俺に言う。
「むしろ、言い足りないくらいだよ。ちゃんと、悪い所を教えた上で改善点を教える。一番効率のいいやり方だ。」
俺はユキネに言い返す。
「それで、我々はどうすれば?」
いきなりダメ出しをされて、少し気落ちしている老人達。
俺は、改めて周りを見渡す。
「まず、ここの一帯を明るくしろ。それで、俺の持っている屋台飯のメニューを教えるから調理スキルのある奴で出店を開く。」
「屋台飯?出店?」
ユキネが聞き慣れない言葉に首を傾げる。
いちいちここで説明をするのは面倒なので無視をする。
「それと、随時イベントを開催しろ。こんだけ閑古鳥鳴いてて、暇なくせに生活は出来てるんだから金はあるんだろ?」
俺が尋ねると、微妙な表情を浮かべて頷く。
「じゃあ、イベントの内容は子供や大人が欲しがるような景品を集めてそれでくじ引きをさせる。くじの回数券はここの商店街で買い物をしないと貰えないってことにしよう。それと、可愛い女の子達を呼んでビキニ姿で踊ってもらうようなイベントもありだな。」
俺は自分で言いながら、我ながら良い商店街活性案だなと思って来た。
「…ビキニか。家にあったかしら。」
恐らくは商店街の老人の中の奥さんか誰かだろう。
ポツリと不安そうな声が聞こえてきた。
「誰もあんたらにしてくれと頼んでいるわけじゃない。というか、ババアの水着姿なんて需要なんてないから。」
俺は一刀両断でツッコむ。
「では、私ですか?あまり過激なモノは遠慮したいのですが…。」
ユキネが俺に尋ねて来る。
まあ、ユキネも入れてもいいかもしれないがそもそも当てならある。
というか、今思うとここにいる老人共の何人かはリリィの店で見たことのある顔触れな気がしてきた。
「いや、別に今回はお前じゃなくても大丈夫。ちゃんと、大勢でボンキュッボンな若い女の子を連れて来れるから。」
ユキネが俺の発言の意味が分からずに、不思議そうな顔を浮かべる。
まだ、ユキネにはリリィの店のことは教えていないのでこのまま内緒にしておこう。
「というわけで、あんた達のすることはとりあえずここの建物をもう少し明るめの色合いに直すこと。色の配分とかは俺が言うから、後は出店の用意もするぞ。やるからには、ちゃんとやってやる!」
俺はそう言うと、さっさと動けと商店街の人達に合図を送った。-
-結果から言うと、想像以上だった。
景品を買う際に、あまりお金を使いたくなさそうにしていたので強引に説得するのが大変だったくらいだろうか。
それ以外は全て、順調に行った。
リニューアルオープン、と題打ってチラシまでばら撒いて盛大に宣伝をしたのだ。
予想していたよりも多くの人で賑わっていた。
人間界では中々食べられないような珍しい魔獣の肉を使った屋台飯なども用意したからか人間の客もあちらこちらで見えている。
ステージを用意して、リリィ達に頼んで踊ってもらったり、くじ引きの際にレースクイーン的なことをしてもらったりしている。
女の子目当てで、見覚えのある顔が何人もいるが、まあ賑わってくれるなら何でもいいか。
これなら、十分に儲けは出るだろうから報酬が楽しみだ。
「大盛況ですね。」
ユキネが嬉しそうな顔で言う。
「まあ、俺の手にかかればこんなモンだよ。というか、この程度の考え、俺のいた国ならどこでもやってそうな気もするんだけどな。」
正直、学校の授業やテレビとかで見た知識をそのまま運用しただけだ。
それだけでこれだけ上手く行くのだから、そこそこネタは残っているのでまだまだ色々とやれそうな気がする。
「正直、あの商店街の人達もお金には困っていないのですが、やはり客が来ないのは寂しかったんですね。私も幼い頃に、ライア様達とよく行きましたけどこれだけ人がいるのは初めて見ました。」
ユキネがしんみりとしながら言う。
「なあ、お金に困ってないって言うけど何であれだけ錆びついていたのに金だけはあるんだ?」
俺は不思議そうに尋ねる。
「簡単だ。あそこは元々彼らが代々住んでいた家なのだ。加えて、城下の商業ギルドの役員でもある。他の店からの儲け分のいくらかが入ってくるのでわざわざ商店街を運営しなくてもいいわけだ。」
いつの間にいたのか、ライアが説明をしてくれた。
なるほど。俺は納得した。
というか、それって日本の田舎の商店街でも聞いたことあるような話だなと思った。
「ただ、やっぱり店を開いていて客が来ないのは悲しいと言い出して今回ヒロトさんに手伝ってもらったんですよ。私達からしても、かつてよく行っていた場所がこのまま消えてなくなってしまうのは悲しかったので。」
同じく、ライアと共に様子を見に来てたエレナが言う。
何だか、正直いいように利用されただけな気がしてきた。
俺は脳内でどうにか報酬を増やせないモノかと考え始めた。
「一応言っておくが、不正はするなよ?」
ライアが俺の考えを見通していたのか、釘を刺す。
「な、何を言っているんだ?そんなこと考えているわけないだろ!」
俺はライアに慌てて言い返す。
コイツ、俺の考えていることを段々と読めるようになってきている。
「…考えていましたね。」
「…ですね。」
エレナとユキネが呆れた顔をしながら言う。
こうして、城下の商店街は再び活気を取り戻した。
しかし、そこまで俺自身に儲けが入らなかったことに数日間はモヤモヤすることになってしまった。




