魔王城でのお仕事
城の庭で掃き掃除をしていた。
大きめの箒を両手に持って、落ちている落ち葉を一ヵ所に集める。
まるで、小学校でしていた掃除みたいだ。
「ふあぁぁぁ。眠い…。」
俺は大きく欠伸をすると、つぶやいた。朝の早い時間からの起床で、地味にまだ眠気が残っている。
エレナからライアに頼んで、何とか城の雑用係として雇ってもらった。
雑用係だから、部屋も昨日まで寝ていた部屋からだいぶランクが落ちた部屋になった。
それでも最低限の寝るためのベットとかはあるのでそれだけが救いだなと思った。
一応、毎日シャワーと風呂も入れるので温室育ちの日本人の俺からしたらそれだけでmありがたい話だ。
「欠伸をしないでちゃんと掃除をしてください。それが終わったら、食堂のお皿洗いがありますので。」
後ろからユキネの声がする。
ライアとエレナの侍女というだけあって、メイド服姿だった。
「今日は随分と可愛い姿なんですね。」
俺は変な敬語でユキネに言った。
「そうですか。基本はこの姿です。」
特に表情を変えずにユキネが言う。
昨日から思っていたが、あまり感情表現を表に出すタイプではないらしい。
「というか、この庭。広すぎない?終わる気配がしないんだけど…。」
俺はまだまだ終わらなさそうな落ち葉集めを思うと、ため息をつきながら言った。
「頑張ってください。自分から、雑用でも何でもすると言ったからでしょう。ライア様もしょうがないからと言って仕事を与えていただいたんですから。」
「それはそうだけどさ…。」
俺はそう言うと、再び手を動かす。
まあ、まだ一文無しで追い出されなかっただけマシだろうか。
ライアの方も、厄介者扱いする気はないらしいしとりあえず言われた通りに仕事をこなすとしよう。
少し離れた場所では、俺と同じように朝早くから起きているスーツ姿の男性やメイド服姿の女性が掃き掃除をしている。
ユキネも俺の隣で箒で落ち葉を集めている。
「一通り、自分の集めているエリアが終わったらその箱に落ち葉を入れてください。」
ユキネが大きめの側面が開いている箱を指さした。
俺は、その箱を持ってくるとその箱に落ち葉を入れる。そして、庭の隅に置かれているゴミ箱に落ち葉を入れた。
「では、厨房の皿洗いをしましょう。」
ユキネはそう言うと、歩き始めた。
俺はその後ろを歩き始めた。
「…なあ。人間達からかなり侵攻を受けてるって聞いていたけどこの辺りはだいぶ平和なんだな。」
ユキネの背中越しに俺は尋ねる。
「ここは、魔族が住んでいる地域ですとかなり奥にありますので。流石にここまでやって来る人間なんて見たことありませんよ。私もあなたが初めてです。」
静かな口調で俺に教えるユキネ。
まあ、魔王城と言えばラストダンジョン的な立ち位置だもんな。
そんな近くに存在していたらそれこそ拍子抜けというモノだろう。
そんなことを思いながら、廊下を歩いていると進行方向からライアとエレナが歩いて来た。
「おはよう。中々に似合ってるじゃないか。」
ライアは俺を見ると声をかけて来る。
俺の服はジャージから黒のスーツ姿になっていた。
普段着たことがないため、変な感触である。
「おっ、そうか。今から、皿洗いしてくる。」
俺はライアに言う。
「悪いな。雑用ばかりだが、来たばかりのそれも人間のお前を雇うとなるとどうしてもこういう仕事になってしまう。」
「別にいいよ、そこは。そもそも、ステータス振りをミスったのは俺のせいでもあるんだし。」
俺は申し訳なさそうな顔をするライアに言う。
「でも、クエストか。興味はあるんだけどな。行ってみたいな。」
ライアは少しだけ羨ましそうに言う。
「そんなこと言うなら一緒に来ればよかったのに。」
「私には城での仕事がある。そうもワガママは言っていられない…。」
ライアが困ったような表情を見せる。
若くして、魔王になったことで色々と気苦労も多いらしい。
ましてや、転生した日本人達のせいで侵攻も激しく連日のように支援の要請だのが舞い込んできてここ数日は特に大変なようだ。
「私は比較的、時間はありますのでまた行きましょうね。」
エレナがニコリと笑うと俺に言う。
そんなことを言っているが、姉のライアを手伝うために連日のように一緒に働いているとユキネからコッソリと聞いている。
エレナが軽く俺に会釈をすると、2人はそのまま俺達とは逆方向へと歩いて行った。
「あの2人はこれから何かあるの?」
2人の後ろ姿を見ながらユキネに尋ねる。
「これから、恐らく各地で人間達と戦っている地域からの報告を聞くのかと。」
「何か大変そうだな。」
「そう思うのでしたら、あまりお2人をクエストに誘わないようにしてください。」
呆れるようにしてユキネが俺に言う。
そんなことを話していると、厨房に着いた。
中では、料理人らしき人達が料理を作っていた。
「ここの溜まっているお皿を洗ってください。私も少し手伝いますので。」
「ユキネは基本的には毎日、こういう仕事をしているの?」
洗面台に無造作に置かれている大量の皿を見ながら、俺は尋ねた。
「そうですね。まあ、基本的にはライア様とエレナ様のお仕事を手伝うことが多いですが。今日から当分はあなたの雑用を一緒にすることになるかと。」
「じゃあ、よろしく。」
「ならば、速く終わらせてください。私も、この後仕事がありますので。」
口よりも手を動かせと言わんばかりに、ユキネが俺に言う。
はーい、と俺は小声で言うと、皿を1枚取り、洗剤を付けたスポンジで洗う。
日本にいた時は、レジ打ちのバイトはしていたがこういう皿洗いとかのバイトはしたことがなかったので何か新鮮な気持ちだ。
まあ、異世界に来てまでこんなことをする羽目になるとは予想もしていなかったが。
ガシャン!
そんな時だった、隣で何か音がした。
俺は音のする方向に視線を向けると、ユキネが地面を見ていた。
「こらーーー!!!また割ったのか!お前は!」
コックらしき人物から怒号が飛ぶ。
ユキネは地面から真っ二つに割れた皿を拾い上げた。
「申し訳ございません。こういった作業は苦手なモノで。」
そう言うと、頭を下げる。
「じゃあ、やらないでくれよ。お前、毎回割りまくって厨房の仕事をクビになったのを忘れたのか!」
コックらしき人物が頭を抱えながら言う。
「まったく…。ただでさえ、忙しい時間なんだからよ…。」
「すみません、私は不器用でして。」
そう言うと、再び取った皿をスルリと地面に落とす。
「だから!!!落とすなって!!!もういい!隣で見てるだけにしててくれ!そして、新入り!お前は手を動かせ!」
2人の様子をジッと見ていた俺にコックからの怒りが飛来する。
俺は慌てるようにして手を動かす。
ユキネは割ってしまった2枚の皿を洗面台の隅に置くと、俺の後ろでジッと立っていた。
「こういう作業、苦手なの?」
「はい。昔から、力仕事だったりは得意なのですがそれ以外はからっきしで。一応、小さい時からこの城に代々住んでいるから雇ってもらっているだけでライア様がいなかったらとっくの昔に追い出されていたかもしれないです。」
そう言うと、皿を一枚抜き取った。
そして、胸の前に両手で掴むとパリッと真っ二つに割っていた。
「いや!今割る必要あった!?」
「一応、力だけはある所は見せようと思って。」
「また怒られるぞ!というか、見られてはいないよな…。」
俺は周りを確認する。
都合よく、朝の時間ということもあり厨房は大忙しで俺達の様子など誰も気にも留めていないようだった。
流石に3枚目が割れましたって後で言ったらトンデモなく怒られる気がする。
俺は、皿を洗う手を止めた。
「どうされましたか?」
ユキネが尋ねる。
「いや、直せないかなって。」
流石に3回目の怒号を聞くのはあまりよろしくはない気がする。
俺は綺麗に真っ二つに割れた皿をどうにか出来ないものかとくっつけてみる。
「無駄かと…。完全に真っ二つに割りましたから。」
「反省の色ゼロかよ…。」
「怒られたので少しむしゃくしゃしてやってしまいました。」
「今日日、日本の犯罪者でもそこまで分かりやすい理由述べないだろ…。」
俺はユキネに呆れながら言う。
真面目で何でも出来そうな見た目の癖に、かなりポンコツな人な気がする。
「おい、何をサボっているんだ?って、お前まさか3枚目も…。」
ヤバい、コックの人に見つかった。
俺は慌てて、真っ二つに割れた皿を苦し紛れにくっつける。
「ちょっと、それを見せろ!」
顔を紅潮させたコックが俺とユキネの間に割り込んでくる。
あっ、これ俺も一緒に怒られるやつですね。
そんなことを思っていた時だった。
割れていたはずの皿がしっかりとくっついていた。
「何だ、割れていなかったか…。じゃあいいか。ちゃんと、手を動かせよ。」
割れていないことを確認したコックがそう言葉を残すと元の場所に戻っていく。
俺はすぐに、洗面台に置かれた皿を見た。
うん、くっついている。しっかりとだ。元の皿とそのまま同じように。
「何かしたんですか?」
一緒に覗き込んでくるユキネが小声で尋ねる。
俺は無言で首を横に振る。
「いや、何も。どういうことなんだろう?」
俺はそう言うと、またサボっていると怒られないようにするためにとりあえず手を動かすことにした。
半分ほど洗い終えただろうか。
まだ、少しばかり積みあがっている皿の山を見ながら思った。
俺は気になり、ユキネによって割られた2枚の皿を見た。
「…まさかな?」
俺はそう小声で言うと、欠片で割れ目がバラバラの形になっている皿をくっつけ合わせた。
すると、何ということだろうか。割れる前の元の綺麗な皿に戻った。
「まさか、鍛冶師ってのは…?」
俺は、冒険者カードをすぐに見た。
カードに示されていた、鍛冶師と書かれていた部分が少し光っていた。
「壊れた物を直せるスキルだったりするのかな?」
俺はカードを見せながらユキネに尋ねる。
「どうでしょうか?でしたら、もう1枚もやってみてください。」
そう言うと、悪びれることなく割れた皿を俺に見せて来た。
「少しは反省をしなさいよ。」
「私に皿洗いなどという繊細な作業を任せたからです。」
「皿洗いが繊細なら、もうほぼ全ての作業が繊細な作業になるぞ…。」
俺はジト目でユキネを見ながら、割れた皿を繋ぎ合わせる。
すると、こちらも同じように元の状態に直った。
「いいですね。これからは皿を割ったりしたらヒロト殿に頼むとしましょう。」
「まず、割らないように頑張ってください。」
俺はそう言うと、直った皿をユキネに渡す。
ユキネが不思議そうに皿を眺めていた。
パキッ!
小さい音が鳴った。ユキネはあっと言った表情を見せると俺にこっそりと再び割れた皿を見せてきた。
「馬鹿かな?何でまた割るんだよ!」
俺は小声でツッコむと、ユキネの頭をはたいた。
そして、すぐさま皿を取り返すと再びくっつけ合わせた。
もうこの女には皿は持たせないようにしよう。
俺はそう思うと、洗い終わって積みあがった場所に直した皿を乗せる。
正直、この作業を終わらせたらもう少しどういう仕組みなのか調べてみる必要がありそうだ。
壊れた物を直すだけじゃなくて、一から作ることも出来たりするのだろうか?
「この後って、どんな仕事があるの?」
俺はユキネに尋ねる。
一日、何かしらの雑用があるのだとしたら試すのは夜になるだろうなと思う。
「さあ、どうでしょうか?私はこの後、ライア様の所に行かねばなりませんので。」
ユキネが言う。
そんなことを話していると、俺の後ろから何やら怒りに満ちた殺気を感じた。
「雑談する暇があるとは、随分と余裕だな…。」
先程のコックが俺の後ろに立っていた。
「あっ、これはですね…。」
俺は愛想笑いを浮かべながら、何か言い訳をしようかと考えていた。
「言い訳をするな!ちゃんと言われた仕事はしろ!!!」
コックからの怒鳴り声が室内にこだまする。
俺はユキネに助けを求めるために振り向いた。
しかし、ユキネの姿はすでにそこにはなかった。
どうやら、危険を察知して逃げたようだった。
何て、逃げ足の速さだ。いや、そもそもあいつが皿を割らなければこんな状況にはならなかったはずだ。
「ちょっと待ってください!皿を割った人がいて作業が遅れたんですよ…。」
俺は必死に言い訳をする。
しかし、どうやらこれが火に油だったようだ。
「言い訳だけに飽き足らず、人のせいにまでするとはいい度胸だな。」
そう言うと、腕を組んで俺の前に立った。
「皿洗いが終わったら、厨房の掃除も追加だ!」
コックの怒号が再び、室内に響き渡る。
俺はこの後、さらに増えた皿洗いと共に厨房の掃除までさせられて午前中が丸々潰れることとなった。