スキルポイントの割り振りは計画的に
「…酷い目に遭った。」
俺はボロボロになった服装で帰り道を歩く。
前には同じく泥だらけの服装のエレナとユキネが歩いている。
「本当ですよ。流石に、今日は疲れました…。」
エレナがため息をつきながら言う。
なぜ、こんな状況になったかというと話は数時間前に遡る。-
-「あれが、ファングってモンスターか。」
俺とエレナ、そしてユキネの3人は草陰に隠れて様子を見ていた。
見た目は完全にイノシシだった。
ただ、テレビで見たことがあるようなイノシシよりもさらに牙は鋭く、気性も荒そうだった。
「基本的には初めてクエスト受ける方が狩るモンスターって感じですね。お肉も意外と美味しいとか。」
エレナが俺の隣で説明をする。
なるほど、序盤の練習台的な立ち位置なのか。
「どういたしますか?」
ユキネがエレナに尋ねる。
「とりあえずは近接戦闘が得意なユキネさんが前を張ることにしましょうか。武器と装備がまだ整っていないヒロトさんは私の隣で魔法で援護しましょうか。」
俺はコクリとエレナに頷く。
「では…。」
ユキネが立ち上がると、刀を鞘から抜きファングに向かって突撃する。
ファングの方も気づいたのか、地面を蹴り上げユキネに対して突進の構えをする。
「フリーズ・アイス!」
俺は右手から小さな吹雪を出すと、地面を凍らせる。
すると、ユキネに対して突進をしてくるファング達が足を取られて滑る。
上級魔法とかも教えてはもらったが、スキルポイントの高さがネックとなり今は取れていない。
なので、初球から中級で属性を一通り取ったという感じだ。
「おっ、いいですね!」
エレナが俺に声をかける。
ユキネは、滑ったうちの1匹を自身の持っている刀を振るって仕留めていた。
やっぱり、武器があるとカッコいいなと思った。
終わったら、教えてもらうことにしよう。
そんなことを考えながら、調子がよくなっていた時だった。
頭上に何かが飛んできた気配を感じた。
「…は!?」
俺はギリギリの所で避けた。
地面にはファングが突き刺さっていた。
「先程、1匹飛んで行ったのが落ちたのでしょうか。」
エレナがそう言うと、地面に突き刺さったファングを仕留める。
これで2匹目だ。目標の5匹まであと3匹。
「いや、確かに1匹飛んで行ったのは覚えているけど。そんなピンポイントで俺の真上に飛んでくることなんてある?」
「ま、まあ…。運が悪かったのですかね。」
エレナが苦笑いを浮かべる。
幸先が悪いなと思う。
すると、エレナから声が飛んでくる。
「ヒロト殿!1匹仕留めそこないました!」
もう1匹を仕留めたはずのユキネの声だ。
俺の眼前には突進してくるファングが飛び込んできた。
「うおっ!」
俺は思わず、声を上げる。
しかし、まだスピードとか回避スキルとかを持っていない俺に急な攻撃を間一髪で避ける術がなかった。
突撃して来るファングの攻撃をモロに受けると、俺は地面に転がった。
しかも、起き上がろうとしてもそんな力も出てこない。
「何しているんですか!私達がいなかったら死んでいましたよ!」
もう一度、突進をしてきそうになっていたファングを仕留めたユキネが俺に近寄る。
そんなこと言われても、立ち上がる力が出てこないんだ。どうしようもない。
「ヒール。」
エレナが回復魔法をかけてくれる。
そう言えば、立ち上がる力は出てこないが魔法を打つ力はあった気がする。
次からは、魔法を打つか回復魔法を覚えることにしよう。
「体力がなくなったからですか?」
エレナが駆け寄ると、俺に言う。
俺はその言葉に嫌な予感がした。
「なあ、もしかしてHP0の影響だったりする?」
エレナとユキネが互いに顔を合わせる。
そして、微妙な表情を浮かべていた。
俺の予想はどうやら当たっている可能性がある。
ということは、あの頭上に的確に降って来たファングは運が0だからということなのか?
「…一度帰る?」
俺は2人に言う。
正直、このまま進んでも良からぬことが起きそうな未来しか見えない。
いくら、攻撃力とMPをほぼフルで上げていたとしても体力と運がないのだから。
「一応、あと2匹ですからね。ちゃちゃっと倒して帰りましょう。」
せっかくここまで来たんだから、あと少し頑張ろうとエレナが俺を励ます。
確かに、そう聞くとあと2匹か。
まあ、それなら頑張るか。ちゃちゃっと倒してクエストの報酬金を貰って夕飯を食べたい。
「じゃあ、行く?でも、俺のやれることといったら遠距離で魔法をちょこちょこ打つくらいになるけど?」
「大丈夫です。まあ、近距離はユキネさんが何とかしてくれますので。私とヒロトさんで中距離で援護しつつ2匹倒して帰りましょう。」
頑張りましょう、とエレナが元気づける。
ユキネもエレナがそう言うなら、と従うつもりのようだ。
「そういえば、倒した3匹はどうするの?」
俺は2人の後ろを歩きだすと、エレナに尋ねる。
倒した分は誰かが持って行ってくれるのだろうか?自分で持って行くのは面倒だな。
「クエスト中は安全を確保するために上空を連絡用の鳥が飛んでいますので。倒したのを確認したら、回収してくれますよ。」
それは便利だなと思う。
そんなことを考えながら歩いていると、ちょうどファングの群れがいた。
残り2匹だが、群れは5匹ほどいた。
「結構いるな。」
俺はエレナとユキネと共に草むらに隠れると小声で言った。
もう少し、3匹くらいの少なめの群れで倒したい。
「そうですね。別のを狙いますか。」
エレナも俺の言葉に賛成する。
ユキネも同じ気持ちだったらしく、無言で頷く。
俺達は別の場所に移ろうと、こっそりと移動を始めた時だった。
都合よく足元にあった石に俺が引っかかると、転んだ。
その音に、ファングの群れが気づく。気性の荒い生き物であるため、少しでも音がするとすぐに突進してくる習性があるらしい。
「や、ヤバいです!あいつら、こっちに突撃してきますよ!!!」
エレナが泣きそうな顔をする。
魔法使いを自称するだけあって、腕っぷしにはまるで自信がないようだ。
ユキネが刀を抜いて、エレナの前に立つ。
すみません、出来たら俺の前にも立って欲しいです。このままだと、確実に踏みつぶされてまた歩けなくなります…。-
-その後は、予想通りの展開だった。
俺は、突進してきたファングの1匹に踏みつぶされるとHP0の影響で立てなくなった。
エレナはユキネに隠れながら、魔法で俺を守りつつユキネが2匹を仕留めたと同時に俺にヒールをかけて3人でダッシュで逃げた。
「…あれだ。当分はクエストは受けないことにする。」
俺は、飲んでいたジョッキを机に叩きつけると2人に言った。
アルコールが入っているのか、少しだけ酔った気分になる。
この世界では、日本のようにお酒は20歳からみたいなルールはないらしい。
机を挟んだ向かいではエレナとユキネが今日狩ったファングの肉を焼いた料理を食べていた。
「受けない、とは…?」
エレナが意味が分からないのか俺に聞き返す。
「そのままだよ。装備と武器を用意出来るまでモンスターは狩らない。」
「でも、クエストなり何かをして仕事をしないと追い出されますよ。それこそ、装備と武器を用意するならクエストを受けるのは必須ですし。」
机の中央に山盛りに盛られたファングの肉の切り身をフォークで突き刺して一口で食べたユキネが俺に言う。
俺も切り身の1つを食べる。
ジビエ料理なんて、日本にいた時は食べたことなかったが割と美味しい。少し、獣臭さはあるが中々に肉々しさがある。
「別にずっと受けないわけじゃないさ。見た感じ、討伐系のクエスト以外にも仕事はあるみたいだし。」
採集系とかそれこそ、アルバイトみたいな仕事まであった。
カードの方を確認すると、レベルが3つほど上がっていた。
スキルポイントも少し貯まっていた。さらには、忌々しいステータスポイントも3となっていた。
どうやら、レベルが上がることでステータスポイントが貯まるようだ。
俺は、2人にカードを見せる。
「とりあえず、HPとLUKの部分が最低限の数値に戻るまでかな。」
俺はそう言うと、HPとLUKにそれぞれステータスポイントを振った。HPに2とLUKに1だ。
その代償に、ATKとMPが合計で3ポイント減った。
「でも、それをするならレベルを上げる必要がありませんか?それだと討伐クエストをしないと…?」
エレナが俺に言う。
もちろん、考えなしに討伐系のクエストを受けないなんて言わない。
「言ってたじゃん、料理を食べることでもレベルは上がるって。だから、とりあえずは城の美味い料理を食べてレベルを10くらいまであげる。それで5まで戻す。」
「それで足りますか?」
ユキネはモグモグと食べながら、俺に尋ねる。
意外と美味しいですね、とエレナと言いながら食べている。
普段は城での食事なのであまりこういう食事を食べたことはないのだろう。
「まあ、足りないだろうな。そもそも、食事とかでどのくらいレベルって上がるんだろ?」
「人間の仕組みはあまり分からないですけど、多分微々たるモノだと思いますよ…。そうじゃなかったら、必死に私達を倒そうとしないですし。」
エレナがゴクゴクとジョッキに入っている飲み物を飲む。
甘くてジュースみたいで美味しい。ビールとか飲んだことないが、どちらかというと日本で言うところのハイボールとかそんな感じなのだろうか。
「そうだよなー。じゃあ、エレナとユキネの2人にレベル上げ手伝ってもらうかになるんだよな…。」
俺はチラリと2人を見る。
「お手伝いはしたいのは山々ですが、私達も城でのお仕事がありますからね…。」
エレナが申し訳なさそうに言う。ユキネも無言で頷く。
「そうなのか…。」
俺は絶望しながら言う。
「暇な時にお手伝いとかは全然出来ますので。まずは、1人で適当なクエスト受けるところから始めるとかになるのですかね…。」
エレナは俺の表情を読み取ったのか、すぐに訂正するように言う。
まあ、そこは暇な時に頼むとするか。
とりあえず、ライアの話的に当分は城に居候出来ることは確定だろうから。
「上げたステータスを下げて別のステータスに戻せたりしないのかな…。」
俺はカードを見ながら、つぶやく。
「出来ないんですか?」
「出来たら、してるからなー。」
俺はカードを見上げながら言う。
そして、肉を食べる。何だかんだ、お腹が減ったからか腹に染み渡る。
「というか、お金を稼ぐだけでいいならクエストを受ける必要なんて特にないのか…。」
俺はふと思ったことを口にする。
「うん、別にお金を稼ぐじゃなくてその日、1日の暮らしをするという話なら別にクエストを受ける必要なんてないんだよな。」
俺は頭に浮かんだ言葉をもう一度声に出して反芻する。
エレナとユキネの2人がどういう意味か理解出来ずに首を傾げる。
「まあ、エレナ。城で雇ってもらうことって出来たりしない?」
俺はジョッキを片手に持っているエレナに尋ねる。
「えーと、城で雇うですか?まあ、仕事はあると言えばありますけど…。」
そう言うと、悩み始めた。
まあ、だいぶ無茶なことを言っているのは理解している。
正直、こんな状況だからクエストとか受ける気はだいぶ無くなりつつある。
この辺りは、日本にいる頃からの生来の面倒くさがりが影響している気もするが…。
「正直、城の仕事をこなすからあの城に居候するって話ならごく潰しにならないと思うんだよね。」
そう、魔王城に何でもいいから雇ってもらうのだ。
そうすれば、暇な時を見つけてエレナなりユキネを誘ってレベル上げをすることも可能なはずだ。
我ながら、いい考えだとは思う。
というか、それ以外で真っ当にこれからの毎日を無事に生活していく手段なんて存在しないと思う。
「とりあえず、お姉さまには言いますか。」
そう言うと、チラリとエレナはユキネを見た。
「私もライア様がいいと言うなら構いませんよ。」
ユキネは静かにエレナに言う。
エレナはそれを聞くと、ため息をついた。
「まあ、一応は言っておきますけどあまり期待はしないでくださいね。」
「了解、了解。まあ、ダメだったらまた考えるよ。それにこの鍛冶師ってのもまだ何か分からないからな。」
「本当に、それ何なんでしょうね。人間ってホント不思議なことをしますね。」
「そもそも、この世界の人間ですらないから不思議なことばかりだけどな。俺からしたら。」
エレナの言葉に呆れながら俺は返す。
「何か、せっかく異世界に来たのに全然これじゃない感が凄いんだよな…。」
俺は、そう言うとグイっとジョッキの中の液体を飲み干した。
とりあえず、何とかして生活の基盤を作ることが急務だ。そうしないと、本当に2回目の死を迎えることになる…。