悪酔いからのご褒美
「「「「「いらっしゃいませ!!!」」」」」
店に入ると、大勢の女性達が俺に向かって頭を下げてくる。
もう、すっかり顔馴染みとなった店。
時々、ダンカン達ともここで飲むことがありリリィ以外の女性ともそれなりに話すことが増えた気がする。
「よう、上手くやってる?」
俺はその中のメイド服を着た女性に声をかける。
改造ヴァンパイアのナヤである。
例の一件の後、住む場所が半壊して新たに研究所を建て直すことも考えたが、森は何かしら危ないことが多いと城下に住むことになった。
ただ、住むと言っても金なんてあるわけがなくリリィに頼んでここで働くことになった。
「まあ、それなりにかな。一応、最近は固定のお客さんも増えては来てるし。」
ナヤが言う。
メイド服で接客をしているが、すっかり板について来ているなと思う。
こう見ると、コスプレイヤーみたいだ。
「何か、コスプレの吸血鬼みたいな感じだよな。」
俺はポツリと言う。
「うん、昔にマスターにも言われたことがある。」
ヒラヒラするスカートを触りながらナヤが言う。
「お前のマスターは本当にどんな奴なんだよ…。」
俺は呆れたように言う。
コイツのマスターとやらのせいで今回は酷い目に遭った。
「うーん、どんな人って言われてもねー。でも、よく似ていると思うよ。君と。」
「似ていたくねえよ。」
俺は嫌な顔をしてナヤに言う。
「そう?何か発言とか趣味嗜好的なところが似ている気がするんだよね。」
「例えそうだとしても、とりあえずそのマスターとやらに会ったらまずは一発ぶん殴らせてくれ。」
「残念、もうこの世にはいないんだよね。」
「だったら、黄泉の国にでも行ってマスター連れて来てくれよ。」
俺はそんなことを言うと、ナヤが首をすくめた。
そういえば、ふと思ったことがある。
「なあ、お前ってどのくらい生きているんだ?何か、マスターの話とか聞いていると凄い昔な気がするんだが。」
俺は同じくこの店で働いているマスコットのスケルトンのことも思い浮かべながら尋ねた。
すると、ナヤの顔が途端に曇った。
「ヒロトさん、そういう年齢については女性に聞いてはいけないと思いますよ。」
聞き慣れない敬語で話すナヤ。
俺はそんなナヤの顔を見ながら鼻で笑った。
「何だ、ババアか。」
「はぁっ!?どういう意味よ!私はヴァンパイア!年齢なんてないんです!永遠の17歳よ!」
「どこのアイドルだよ。そもそも、年齢不詳ならすでに俺の知り合いにいるから気にしねえよ。はいはい、分かったから。とりあえず、リリィはいるの?」
俺は怒り出すナヤを適当にあしらうと、近くにいたコミュ障スケルトンことジルに尋ねる。
このスケルトンもすっかり、接客が板について来たような気がする。
コミュ障と言うが、それは女性に限っただけの話で男相手には普通に話せるので客が基本は男しか来ないこの店は天職と言えるかもしれない。
最近は店長が着ぐるみを着せたいとか言っていたので、作る際はぜひ頼んでくれと言ってある。
「今日は、リリィちゃんはいないよ。」
ナヤがジルの背中越しからニョキっと出てくると俺に言う。
珍しい。この時間帯に行けば、基本はいるのに。
「そうなんですよ。だけど、今日はオススメの子がいるんですよ。ヒロトさんに是非紹介したいんですよ。」
手をにぎにぎと握りながら、言うジル。
正直、骸骨なせいで表情の細かな変化が見れない。
「えー、別に新しい子開拓とか求めてないんだけどな…。」
俺はジルに言う。
ダンカン達と行く時は基本的には大勢で飲むので、それこそ1人で飲む時はリリィと飲む以外は考えていない。
「いいじゃない。ほら、今回も大活躍だったじゃない?」
「だったじゃない?、って。お前、俺の活躍見たの今回が初めてだろ。」
俺は同じようにゴマをするように言うナヤに言い返す。
ナヤが働き始めてから何度かこの店にも来ているが、最初と比べるとすっかり慣れているように思える。
幼い顔立ちとメイド服という姿もあり、一部の層に絶大な人気があるらしい。
「じゃあ、その人でいいよ。今日は。」
俺はジルに言う。
「かしこまりました!1名様、ご案内!」
ジルが大きな声で店内に向かって言う。
もういっぱしのボーイだなと思う。顔ないけど。
俺はジルに案内されると、これまでだとあまり入ったことがない部屋に案内された。
確か、BIP用の部屋とかで値段もそこそこする部屋だった気がする。
たまに、懐が潤ったダンカンと来ると入るくらいだろうか。
「それでは、お楽しみください。」
ジルが何か含みのあるような言い方が気になる。
壁の向こうからナヤと数人の女性陣からコッソリと見ているのが気になる。
俺は、何なんだと思いながらドアのノブに手をかけて中に入った。
「初めまして。今日、新しく入りましたエレナと言います。今日はよろしくお願いいたします。」
どこか聞き覚えのある声が聞こえる。
ソファーの上に座っている女性は頭を下げているので顔まではあまり分からない。
だが、パッと見の見た目で大体誰なのか想像出来る。
女性が顔を上げると、俺と目が合う。
ニコリと笑みを浮かべていた。
「チェンジで!」
俺はエレナに対して言った。
「はあッ!?どういう意味ですか!?」
俺の言葉にエレナが顔を真っ赤にして立ち上がった。
いや、何でお前がここにいるんだよと言いたい。
「いや、そのままです。リリィとチェンジだ!」
俺はエレナに言う。
エレナの服装はリリィ達と同じような胸元が開けたドレス姿だった。
「流石に、それは女性として傷つくのですが…。」
エレナが俺を睨みながら言う。
そんなこと知ったこっちゃない。
「いや、風俗に1人で行ったら高校の同級生がいましたみたいな感じだから今の状況。R18指定の同人誌みたいな展開求めてないから。」
俺はエレナに言う。
エレナは風俗?、R18?、同人誌?とつぶやきながら不思議そうな表情をしていた。
どうやら、聞き慣れない言葉らしい。
まあ、別に知らないくていい単語です。
「そもそも、何でエレナがこの店のこと知ってるんだよ?誰にも言ってないはずだけど。」
俺はエレナに言う。
身内の女性陣には誰にも言ってないはずだ。
あれか?もしかしたら、ダンカン辺りが口を滑らせたのだろうか。
いや、それはあまり考えられない。
「ヒロトさんがジルさんとナヤさんの就職先を斡旋してると聞きましたから。城下でナヤさんと会った際に聞いたらここを教えてもらっただけですよ。」
…あの女。
俺はドアの先にいそうな年齢不詳のヴァンパイアを想像して睨んだ。
「それでどういう関係でここで働いているのさ。とうとう、魔王軍のお金がなさ過ぎて水商売に手を染め始めたのか?」
「そんなことしません。前にヒロトさんに言っていたお礼の件で接待をしてあげようと思っただけです。」
「お礼って。そういえば、そんな約束あったな。すっかり、忘れかけてた。」
俺は思い出したかのように言う。
あの後、今回の件でライアから特別報酬を貰い店に通い詰めていたからすっかり記憶のかなたに消えていた。
「どうぞ、お酒の酌くらいしてあげますよ。」
エレナがそう言うと、空いている席に置かれているグラスに酒を注いだ。
俺はこれはもう成り行きで仕方ないな、と思い席に着いた。
「お酒の酌して貰うのがお礼って…。」
どことなく残念そうに言う俺。
エレナがそんな俺をチラリと見てくる。
「なら、何でも聞いてあげますよ。どんなことがお望みですか?」
エレナが俺に尋ねてくる。
どんなこと、って…。
俺は少し考えこんだ。
「どうせ、エッチなことを考えているんでしょうけど本当にそれが出来るならいくらでもしてあげますよ。」
ニヤニヤとした表情で言うエレナ。
どうせ出来ないのだろ、と高を括った顔だ。
クソ、何か悔しい。
俺は悔し紛れに酒を一気に喉に流し込んだ。そして、テーブルの上にグラスを置くと間髪入れずにエレナが酒を注ぐ。
「結局、あの後はどうなったんだよ?」
俺はエレナに尋ねる。
あの後、とは例の異変の後始末のことだ。
あの後、見事にど真ん中に大穴の空いたキメラを事の発端のロイヤル家が処理をしたらしい。
ロイヤル家に蔓延していた呪いもキメラを破壊したことで無事解決した。
どうやら、キメラを作る際に集められた負の感情が森の近辺に居を構えるロイヤル家に流れ込んだことが原因だったらしい。
シエスタに懐いたあの白いドラゴンは、ロイヤル家のガレスとかいうロクでもない息子が駄々をこねていたようだが結局は諦めて魔王城で飼うことが決まったらしい。
シエスタは眷属が出来た、と喜んでいてここ最近は熱心に例のドラゴンの教育に力を注いでいる。
「大変でしたよ。ロイヤル家の方に納得してもらうのに。」
エレナが疲れ切った表情で答える。
「よく、納得させれたな。絶対に、シエスタに懐いたあのドラゴンの件とか面倒そうに思えたけど。」
俺はエレナから注がれた酒をチビチビと飲みながら言う。
「まあ、呪いの解除が出来たことが大きかったようですね。あのままだと、屋敷自体が機能不全に陥る可能性があったので。」
エレナはそう言うと、テーブルに置かれているお菓子の袋を開けて一口食べた。
俺も小腹がすいたので皿に盛られたお菓子を1つ食べた。
「この店のことはライア達は知ってるの?」
俺はふと気になり、エレナに尋ねる。
正直、無事に片が付いたのならこれ以上この件について聞くことは何もない。
俺としては、ライア達がこの店のことを知っているかの方が気になる。
真面目なあの女のことだ。店のことを知ったら何かしらしてくるような気がする。
「お姉さまには言っていませんよ。ダンカンからもどうかと懇願されましたから。」
「あの人も大変だな。」
俺は呆れながら言う。
「何で、今回はあんなに無茶しようとしたんだよ。」
俺はさらにエレナに尋ねる。
俺とナヤが行かなかったら、あのまま1人で何とかしようとしていたのだろうか。
「特に大した理由はないですよ。ただ、これを解決したら魔王軍の評価が上がると思ったからですよ。」
「まあ、実際上がったから良かったのか。」
「そうですね。少なくとも、領主達の間ではかなり魔王軍への信頼度は上がったらしいですよ。」
俺はそれを聞きながら、酒を飲む。
何だか、話すネタがあまりないし、知り合いとこういう場で飲むのは慣れない。
これなら、普段よく行く居酒屋で飲んでいた方が良かったんじゃないかと思う。
「エレナも飲んだらどう?」
俺はそう言うと、酒をコップに注ぐ。
エレナがコップに注がれた酒を覗き込んだ。
「私も飲むんですか?」
「まあ、どうせこういう接客に慣れてなさそうだし。だから、一緒に飲んだ方がいいかなって。」
エレナは少しだけ考えていた様子だったが、少し笑みを浮かべてコップの中にある液体を飲み干した。
俺はそれを見計らうように注ごうとする。
「…ヒック!」
余り普段聞き慣れない声でエレナがしゃっくりをした。
「…エレナさん?」
俺は不安そうにエレナの顔を覗き込む。
すると、エレナの顔が真っ赤になっていた。
…まさか、コイツ。
俺は嫌な予感がした。
「…何、うじうじした表情してるんだよ。私の酒が飲めないんですかぁ~。」
顔を真っ赤にして虚ろな目で呂律の回らない口調でエレナが酒瓶を握る。
コイツ、酒癖悪いタイプだ。
俺は確信した。
「あっ、ヤバそうなんで俺は今日はこの辺で帰ろうかなって思います。」
俺はアハハと笑いながら席を離れようとする。
「何、逃げてるんですかぁ~?夜はまだまだこれからでしょう?」
エレナが逃げようとする俺の服をしっかりと掴んでくる。
コイツ、意外と力がある。
「いや、かなり酔っているみたいだから…。」
俺は、何とかこの場から逃げようとする。
すると、外からカチャリと鍵をかけられた音がした。
あいつら、面倒ごとになると思って逃げやがった。
俺は外で様子を覗いているであろうナヤ達を睨みつける。
「そんなこと言わないでくださいよぉ~。」
エレナはそう言うと、無理やり俺の方を振り向かせて酒瓶を口にぶち込んでくる。
「飲めない!飲めない!」
俺は苦しそうに叫ぶ。
エレナが面白そうに笑いだした。
この女、怒り上戸なだけじゃなくて笑い上戸でもあるのかよ。
ますます、タチが悪い。
「ほらほら、一気!一気!」
そう言うと、空になった酒瓶を投げ捨てて別の酒瓶を持つとそれを直接飲み始めた。
「あの、エレナさん?大丈夫ですか?これ、だいぶ度数高かったはずですけど…?」
普段、酒場で飲んでいるようなジュース感覚で飲める酒とは訳が違う。
俺は一升まるまる飲まされてフラフラとした足取りで尻もちをついた。
すると、同じようにフラフラしたエレナが俺の胸倉を掴むと、突然頭突きをしてきた。
「ハハハ。頭、いたーい!」
「いや、酔いすぎだろ!やめろ!本当に痛いから!」
俺はエレナに叫ぶ。
先程までいたように感じた外の気配はすっかり消えていた。
どうやら、面倒ごとに巻き込まれる前にすでに逃げたらしい。
あいつら、今度来た時に覚えておけよ。
…その後、夜通しエレナの悪酔いに付き合わされた俺はフラフラとなりながらエレナを背負って魔王城へと次の日には帰宅した。
シエスタにその姿を見られた俺達は、朝帰りをしてきたなどと噂を広められ、エレナが慌てて噂の鎮火活動をしていたのはまた別の話。
後日、魔王城の庭で草むしりをしていた俺の所にエレナがやって来た。
「よう。この前は随分と暴れ回っていたみたいじゃん。」
俺の言葉にエレナが顔を真っ赤にする。
「その話はもういいですから!あれは私も反省していますから!」
エレナが必死に言い訳をする。
そして、咳ばらいを一度した。
「ありがとうございました。今回はお世話になりました。」
エレナがポツリと言った。
俺は少しばかり恥ずかしかったので、エレナの方を振り向かずに無言のままでいた。
エレナはそんな俺の姿を見ると、帰って行く姿が横目に見えた。
結局、大したお礼もなかったから今度美味しいモノでも奢ってもらおう。
俺はそう思うと天気のいい空を見上げた。




